第四十六章
第四十六章
「おはよう、殉クン」
白く長い病院の廊下で、恵美子が声をかけてきた。殉の背中が一瞬、ピクリと反応する。
「おはようございます、衣笠さん」
ゆっくりと振り返る殉の顔は、いつもと変わらぬ微笑を浮かべていた。
「ちょっと、いいかな?」
「えぇ、何ですか」
きた…
銀さんの言った通りだ
恵美子の言葉に備え、殉は心の中で身構えた。
「今度の月曜日なんだけど、リハビリの後、彼女… 清水加夏子さんに会ってくれないかな」
「カナちゃんに? でも今彼女は…」
「そう、手のつけられない暴力癖で誰からも敬遠されてる。貴方自身も被害者の一人よね」
「被害者だなんて… あの時は九十九先生に助けてもらいましたが」
「彼女に変化が現れたの。ついこの間の話よ。笑ったの、あの娘が」
「笑ったんですか? カナちゃんが」
「そうなの、笑ったのよ。それでね…」
恵美子が少しの間、言い澱むような仕草を見せた。
「今なら、貴方と加夏子ちゃんを会わせる事が出来るわ。今までは貴方の身を案じて、彼女を貴方に近付けないようにしてきたけど、今ならきっと…」
「気のせいかな。僕から会いに行くのも出来なかったような気がするのですが。検査だとか何だとか、その都度色々な事があって」
「それは…知らない。偶然じゃない? 私達は加夏子ちゃんの方だけを見てたから」
「わたし、たち?」
恵美子の顔がスゥーっと白くなる。
「それはともかく。月曜日はマズいな、僕、また一時帰宅しようと思うんです」
「そ、そう。じゃあ月曜日は無理よね。いつなら大丈夫?」
「その一週間後なら、たぶん」
「なら、その頃にお願いする。頼むわね。加夏子ちゃんの回復は、恐らくあなたにかかってると思う」
「判りました、衣笠さん」
歩き去る恵美子の足音を見送りながら、殉は銀さんの言葉を思い出していた。
お嬢と会うなら、誰にも知られず、誰も居ない所がいい
病院は駄目だ。恐らく途中で邪魔が入る
それはお前達の為にならねぇ事だ
坊やもそんな事は望むまい
それから…
みーちゃんの事、あの二人に勘づかれるな
一人きりの廊下で、殉はゆっくりと頷いた。
(続く)




