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第四十四章

  第四十四章


 杖を手にたたずむ殉の脇で、枯れ木の根に腰を下ろした銀さんが訥々と話し始めた。

 「お嬢があんなになって、俺は戸惑ってた。口はばったいが、これでもニンゲンって奴は色々と見てきたつもりだった、だがありゃあいけねぇ」


 パッケージのひと振りで煙草を出すと、軽くくわえて火をつけた。澄んだ金属音がジッポから響く。

 

 「正直、お手上げだった。坊やもそうだろう? 俺に出来る事と言えば、おとなしくしている時にさっさとリハビリを終える事と、暴れたらとり抑える事、それ位だ。前のように、口がきけなくても何かを話しかけようとしていたあの娘は、どこか知らない所へいっちまった」

 「それは… 僕のせいです。多分」

 「なぁ、あの夜いったい何があったんだ? 今まで何度も、お前は曖昧に笑って答えようとしなかった。聞きてえ、いや聞かせてもらうぜ、今日こそ」

 「話があるといって呼び出したのは銀さんじゃないんですか、ヤダなぁもぅ」


 今度は笑って逃げられなかった。

 殉を斜め下から真っ直ぐに睨む銀さんの目からは、盲目の殉ですら感じとれる程凄まじい気が放たれていたのだ。

 曖昧な返事を許さない、有無を言わせぬ気迫。


 無言のまま時間が過ぎ、殉が折れた。


 「…まるで蔦の密林みたいでした、彼女の心の中は…」

 ゆっくりと殉が話し始める。


 そこで傷だらけの加夏子を見つけたこと

 彼女を苦しめていたものを見つけたこと

 それが彼女を襲った者の姿をした彼女自身のトラウマであったこと

 そして…


 それが彼の兄とうり二つの姿形をしていたこと


 銀さんが目を見開き、唾を飲んだ。


 「カナちゃんは結局、あの男と僕を同一視して、僕を刺す事で恐怖を克服したんです。でもその代わりに誰も信じなくなってしまった。それは多分… あの時の恐怖の裏返しなんじゃないかと思います。あの暴れようも同じでしょう」

 「あの夜、血を吐いて倒れたのは…」

 「彼女の中で刺されたから。心と躯って、嫌になる程結びついてますからね」

 僕のせいなんですよと、自嘲気味な笑いを浮かべて話す殉の横顔は何ともいえず淋しそうであった。


 僕があの時、動揺さえしなければ…

 僕のせいなんです…


 「なぁ。そいつは本当にお前の兄さんだったのか?」

 少しの間を置いて、銀さんが聞いた。


  (続く)

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