第四十三章
第四十三章
三本目の煙草を携帯灰皿にねじ込んだ所で、ゆっくりと歩み寄る人影に気付いた銀さんは、もたれかかっていた木から躯を起こした。
「こっちだ、坊や」
「こんな風に呼び出すなんて、銀さんらしくないですね」
「悪いな、人に知られず坊やを呼ぶのに、こんな方法しか思いつかなかったんだ。ちゃんと聞こえてたみたいだな」
「凄いダミ声で、ね」
笑いながら殉が言った。
「あれか… 心の声って〜のは、普段の声とおんなじに聞こえるものなのか?」
「えぇ、モチロン」
「そっかぁ〜…」
白衣のポケットに両手を突っ込んで、ブラブラと殉の周りを銀さんは歩き始めた。
「こうやって二人きりで話すのは久しぶりだな」
「あの夜以来ですよ」
「大事な話がある。誰にも聞かせられない話がな」
いつも飄々とした風情の銀さんに似合わぬ、重く沈んだ声だった。
「衣笠さんや九十九先生に、でしょ?」
「…やっぱり知ってやがったか。俺が何で坊やとお嬢を会わせないようにしてたか。とっくにお見通しだったんだろ」
銀さんの声が沈み込んでいた。殉に対して明らかに負い目を感じている、そんな声であった。
少しの沈黙の後、殉が口を開いた。
「カナちゃんの治療に必要だったんですよね。僕は超能力者じゃない、みんなの『声』を少しだけ聞くだけ… だからそれ位しか知りません」
「すまねぇ」
見えぬと判っていながら、銀さんは殉へ向かい深々と頭を下げた。
この子はみんな知っている、知ってて知らぬ振りをしている
このむくつけき年上の友人を傷付けないように
それが銀さんには痛い程判った。
こんな少年に気を遣わせている自分が恥ずかしかった。
情けねぇ…
「そんなことないですよ、銀サン」
殉が微笑みながら銀さんの手を握った。
「あなたが僕を、いつでも見守っていてくれた事… 知ってました。お礼をいうなら僕の方ですって。情けないなんて思わないで下さい」
頭を下げたままの銀さんの背を、殉は何度も撫で続けた。
すまねぇ
すまねぇ…
二人の目の端に、高く昇った太陽が光の欠片を照り映した。
(続く)