第三十六章
第三十六章
恵美子が九十九の言葉に従うと決めた日から一ヶ月が過ぎた。
清水加夏子と堀川殉、二人が近付く事のないよう病院内での患者の動きをそれとなく見張り、常に距離を保たせる。
広い施設とは言え、限られた範囲でそれを実行するには恵美子一人では難しかった。
あの日、ひとしきり泣きじゃくった彼女は、事情を話して銀さんに協力を頼んだのだった。
「…気が乗らねぇよ、いくらエミちゃんの頼みでも、そいつぁチョットなぁ…」
「駄目、ですか?」
泣き腫らした目で恵美子が銀さんを見上げた。
「そんな目で見るなって。ただでさえこんな所でオィオィ泣かれて抱きつかれて、オマケにそんなすがりつく目で御願いなんかされてるのを誰かが見たら、絶対にオレたち何かあったんじゃないかって誤解されちまうじゃないか」
むず痒い顔をして銀さんが言った。
「意外だな、銀さんってそんな事、あんまり気にしないかと思ってた。私、無理な御願いしてるって判ってます。でも、こんなこと話せるの銀さんしか居なくって」
「そりゃあな、『患者を見張れ、気付かれないように隔離? しろ』なんて、エミちゃんにしたら嫌だったろうよ。いつも誰に対しても一所懸命だからな。治療の為とはいえ、九十九先生も酷な事を言いつけやがる」
恵美子は全てを打ち明けた訳ではなかった。
この密約に、彼女自身の意志もまた加わっている事を。そしてそれが、看護師としての矜持と責めぎ合っている事を。
「気は進まねぇ、進まねぇが… 今日のような出来事がこの先も続くなら、さしもの王子サマもただでは済むまい。それでも諦めるような奴じゃないし。ここは先生の言う通りにするべきなのかも知れないな」
ハァとひとつ溜め息をつき、銀さんは恵美子の肩をポンと叩いた。
「協力するよ。どれだけの事が出来るかは判らんがね」
「…アリガトウ、銀さん」
両手を揃え、恵美子は深々と頭を下げた。
よせやぃと頭を掻いて、銀さんがヒラヒラと手を振りながら言った。
自分も正直、あの子たちとどう接していいのか判らないんだと。
クリスマスも近くなったそんなある日、小児病棟に入院してきた少女がいた。
この子の存在が、凍りついた殉と加夏子の歯車を再び回し始めるとは、まだ誰も気付いていなかった。
(続く)




