第二十五章
第二十五章
安らかな寝顔だった。
あの夜から、もう三日が過ぎていた。
ベットの脇に腰掛けた紗季子は、目を醒まさぬ娘の髪を指で撫でてみた。
艶やかな黒髪が指先をくすぐる。
よく判りもしない原因で死にかかっていたというのに、何をもって助かったと言えるのか…
峠を越えたようだと言った医師の言葉も、彼女の不安を拭ってはくれなかった。
あの時、加夏子の隣に座り、一心不乱に祈りを捧げる司祭のように全身を汗まみれにして、あげく大量の血を吐いて別の病室に運ばれていった少年がいた。彼が何をしたのか、憲一の説明を聞いたところで紗季子にはよく判らなかった。
判らなかったが…
あの夜、彼が加夏子を瀕死の状態から救ってくれたという事を、紗季子は疑っていなかった。
お願い、目を開けて
カナ…
髪を撫で続ける紗季子の後ろでドアの開く音がした。
「お嬢さんの様子はいかがですか、清水さん」
看護師が一人、検査セットを手に紗季子の脇へ来た。
「御主人が戻られたら一度、御休みになられた方がいいのでは? もうずっと付き添っていらっしゃいますし、躯がもちませんよ」
「ありがとう、衣笠さん。私は大丈夫」
そう答えた紗季子の目の下には、ファンデーションでは隠し切れない程ハッキリと隈が出ていた。
疲れ切っている…
しっかりと背筋を張ってはいるが、いつ過労と心労で倒れてもおかしくはないと恵美子は冷静に判断した。
空きのベットがひとつ必要になりそう
点滴のブドウ糖が1パッケージ、いえもう一つ…
私情を押し退ける自分が、恵美子は時々嫌になる。看護師としては有用な資質なのだろう、でもこんな時、励ましてあげるような言葉の一つも掛けてあげたっていいではないかと恵美子は思う。
だが彼女は、それをしなかった。
「無理は禁物ですからね」
殊更に事務的な口調で言い、恵美子は手を伸ばして体温計を差し込もうとした。
その腕を、思いもかけず強い力で紗季子が握った。
「えっ?」
「今、動いた、動いたんです!」
興奮して恵美子の手を握り締める紗季子の後ろで、ゆっくりと加夏子が目を開けた。
アイツ、ヤッツケタ…
声が聞こえた。
(続く)




