第十五章
第十五章
久し振りの一家団欒の食事。
忘れかけていた父と母の暖かさ。
手作りのカルボナーラはひどく懐かしい味がした。
パパもママも、本当にワタシの帰りを待っていてくれたんだ
加夏子の想いは複雑であった。
今日まで病院で過ごしてきた一年間がすごく遠回りだったような… 実体の無い脅迫観念に縛りつけられ続けてきたような… そんな気分であったのだ。
事故の怪我だってもうだいぶ良くなったって先生も言っていたし、そろそろ家に帰ってくる事を考えなきゃダメかも知れないな
ワタシ、何であんなに病院から外へ出る事を怖がっていたのかしら
こうして自分の家に戻り、父や母の変わらぬ笑顔に触れていると、今までの自分が不思議に思えてくる。
歩けない事、喋れない事を除けば以前と何一つ変わらないのだから。
加夏子の中で、その二つはさして重大な事では無かった。普通ならとてつもなく大変なハンデであり、人によってはそれだけで生きる希望を根こそぎ奪われてしまっても不思議ではない事であるにも関わらず気にもならない、そのこと自体が異常な心の働きなのだと言う自覚が彼女の中からはスッポリと抜け落ちていたのだ。
病院食と違いボリューム豊かな夕食にお腹が少し苦しくなった加夏子は、腹ごなしにリビング脇のスロープから庭へ出てみた。
潮の匂いがする夜風に髪がなびくに任せていると、庭に面した路上に人影が動いた。
全身の毛が逆立つ。
「もしかして… カナちゃん、なのか?」
「(憲一…クン?)」
海外留学へ出たっきりずっと会っていなかった隣家の幼馴染みが、二年前より大人になった姿でそこに立っていた。
ケンちゃん…
ケンちゃんだ!
夢中で車椅子のホイールを回し庭の端まで来ると、加夏子は柵越しに身を乗り出してひしとしがみついた。
ケンちゃん、会いたかった… 会いたかったよ…
声を出さずただただ涙を流して抱きついている加夏子の背を、彼…速水憲一は優しく撫でた。。
「帰国したばかりなんだ。ゴメンよ、ずっと連絡もしないで」
加夏子が激しく首を振る。
「君の事、ずっと知らなかったんだ。もしかしてと思って来てみたんだけど、会えて良かった」
加夏子はただ嬉しかった。
だが…
「大変だったね、相手は通り魔なんだろ」
…えっ?
(続く)