第十四章
第十四章
どこにでもいる、当たり前の家族の姿だった。
人影のまばらなアウトレットモールを散策し、隣接するヨットハーバーから吹く潮風の中を仲良く三人で進む。
大柄な父親はよく喋りよく笑った。娘も、娘に寄り添う母親もその様子に釣られて笑顔をこぼす。
普通と違うのは、車椅子に座った娘が一言も言葉を発していない事だった。
板張りの桟橋で、買ってきたパンをちぎっては群飛ぶカモメに放って飽きる事の無い娘の姿を、少し離れた所から両親が見守っていた。
「あのコったら、あんなに愉しそうに… 病院を出る時はまるで死刑台に引きずり出されそうな顔をしてたから心配だったけど、とても良くなってそう。まるで今にも歩きだしそうじゃないですか」
眩しそうに手をかざしながら、紗季子が傍らの夫に話し掛けた。
だが恒彦は先程までとうって変わり、厳しい顔で推し黙っていた。
「アナタ…」
「昨日、あの子の担当医と話した。リハビリトレーナーも交えてジックリとな」
「それで、先生は何て?」
紗季子の声が今までに輪をかけて低く小さくなった。
「背中の傷はこの一年でほぼ回復したそうだ。元々、重要な部分には殆んど傷は無かったし、神経束を圧迫していた骨片も三回の手術のお陰でほぼ除去する事に成功した。にも関わらず加夏子の足は一向に動く兆しすら無い。言葉も戻ってこない。それに」
「あの事は…まだ、なのね」
「あぁ、何も思い出さないそうだ。あの日の記憶は、一年経った今も何一つ戻ってきていない」
太い溜め息が恒彦の口から漏れた。
「交通事故…か。そう信じ込む事であの日の恐怖を封じてしまったのだろうと医者は言っていたよ。その力が強過ぎて、自分が歩けたことも、喋れたことも、一緒に忘れてしまったんじゃないかとも、な」
胸のポケットからマルボロの箱を取り出しながら、どこかすがるような目で恒彦が紗季子を見た。
「なぁ」
「?」
「もしかしたら、あの子は今のままのほうが幸せなんじゃないだろうか」
「そんな! アナタったら…」
紗季子が絶句した。
「歩く事、口をきく事を思い出すのが加夏子の忘れてしまいたい恐怖を呼び起こす事になるというなら、いっそこのままの方が…」
タバコの火はつかなかった。
太い指の間でライターが震えていた。
(続く)




