第十二章
第十二章
外出許可が出たのは、殉が病院に戻った翌週の事だった。
入院してから初めての外の世界…
加夏子はずっと拒否していた。
何故だか判らない、でもこの病院の外にはとてつもない怪物が待ち構えていて、一歩でも門を出ればひとくちでワタシを頬張り、噛み砕き、骨も肉も無いグチャグチャの塊になるまで味わって、ゴクンと飲み込んでしまうに違いないんだ
理由も無くそう思い続けてきた。
そうじゃない
何かがひどく間違っている
そんな風に思えるようになったのは、ジュンと話すようになってからだ。
自分では一度も世の中を視た事の無い彼の言葉…
そこには“真実”があった。まともに見開いているというだけの目には決して映る事の無い、ありきたりな、何処にでもある、でも絶対に偽りではない光と温もりが、まるで目前にあるかのようにありありと感じられるようになったのだ。
「(…チョット、いってくる、ね…)」
病院の正門で迎えを待つ間、加夏子はずっと黙っていた。
“声”を出すのがひどく久し振りのような気がしながら、彼女はおずおずと隣りに立つ殉に話しかけた。
「(ひと晩だけだから、すぐ帰ってくる。荷物だってそんなに持っていかないし…)」
加夏子は車椅子の手摺を睨んでうつむいたままだった。
「言い訳してるみたいに聞こえるよ」
殉が笑いながら答えた。
「僕だってこの間は帰ってきたんだ。カナちゃんだって帰ってあげなきゃ。お父さんやお母さんも待ってる筈だよ」
「…」
「もしかしてカナちゃん、『この前は散々、一時帰宅したジュン君をなじっておいて今度は自分が帰っちゃったりしたら格好がつかない』な〜んて思っちゃったりしてるの?」
「…」
加夏子は沈黙を続けていた。
「ねぇカナちゃ…」
「(そんなのじゃないっ!!)」
殉の言葉を覆い隠すように、烈しい想いがほと走る。
「(私… ワタシ怖いの、どうしてだか知らないケド怖いの! 凄く怖いのっ!! 行きたくないっ!!!)」
加夏子が車椅子から身を乗り出して殉にしがみ着いてきた。
「(やだヤダッ、やっぱりヤダァ!!)」
幼な子のように泣きじゃくる加夏子の背中をさすりながら、殉が優しく囁いた。
「大丈夫。君には家族がいるから」
近付いてくる白いクラウンに、彼は手を振ってみせた。
(続く)