第十一章
第十一章
どうかしてしまったんじゃないかしら
自分でもそう思う程、次から次へと頭の中に言葉が浮かんできた。経緯も脈絡も時間軸もすっ飛ばして、止めようのない想いの洪水が溢れてくる。
さすがのジュンが、チョット待ってよと苦笑しながら諭す程、加夏子の想念の奔流はケタ違いであった。
「カナちゃん、もうチョットゆっくり話してよ、ちゃんと全部聞いてるからさ」
「(ダメ、ジュンが黙って家に戻っちゃったのが悪いんだからね!)」
ピシャリと言い放ち、増々脈絡の無い、いつ終わるでもない話に没頭してゆくのだった。
薄く開いたドアの隙間から、二人の奇妙な会話を覗き見る者がいた。
「銀さん…どう? あの二人。ワタシにはどう見ても、あのコ達がちゃんと意思の疎通をしているようには見えない。でもなにかしら、あの愉しそうな姿は」
恵美子の後ろでは、難しい顔をした銀さんが腕を組んで立っていた。
「フムゥ〜…」
「ンもうっ! さっきからそうやって唸ってばかりなんだから。おかしいとは思わないんですか? 彼女、話せないんですよ。さっきから彼が一人で赤くなったり青くなったりしてるだけ。でも見て下さい、あんなに表情をコロコロ変えて…あんなに愉しそうに…初めて見た」
小声であったが、恵美子は興奮を隠せなかった。
「彼は絶対! 彼女と直接コミュニケーションを取っています。この様子が何よりの証拠ですよ!」
「エミちゃん…」
「これが彼の“幸福の王子”である秘密なんですよ! 彼さえ居れば、自閉症の子だって心を開けるかも知れない! 治療の道の無い人達にも光が差すんですよ! うまくいけば…」
「エミちゃん!!!」
銀さんが怖い顔で恵美子の両肩をわし掴みにした。
!?
「あの坊やは俺達の道具なんかじゃない。あの子はな、ああやって誰に頼まれた訳でもないのに、毎日病室を回って、淋しそうなコ、哀しそうなコ、退屈で壊れてしまいそうなコの話を聞いてやってるんだ。自分だって目が見えないくせにな。俺達はいつも、そっと坊やを見守ってる、坊やが手に負えなくなった時だけ何食わぬ顔して助けてあげられるように、な」
哀しそうな顔をして、銀さんが言った。
「放っておいてやろうや、ナァ…」
銀さんの言葉が、恵美子の胸の奥深くに染み渡っていった。
(続く)