家に帰ったら、お兄ちゃんが妹になってました!?
「たっだいま〜」
ガラガラガラ! とドアを開け、大きな声で挨拶をする。
いやぁ、久しぶりの我が家だよ!
「あ、あら……おかえり、未羽」
「ただいまお母さん! 1年振りだね!」
学校を休学しロンドンに留学して一年、ようやく帰ってきた。その一年で随分とマイナーでアングラな世界に足を踏み入れてしまったりもしたんだけど、それは今は置いておこう。
こういう時に真っ先に出てくるお兄ちゃんはどこにいるんだろう?
「で、お兄ちゃんは?」
「え!? あ、うーん。今はいない……かな?」
途端にしどろもどろになるお母さん。どうしたんだろう?
はっ、まさかわたしのお兄ちゃんに何かあったのでは!?
「あ、いや、そんな悪いことじゃないから安心して。けど、その……ね、何て説明したらいいのか分からなくって」
「そうなんだ?」
むむむ。
お母さん、何か隠しているね?
二日前に電話して今日帰るってことは伝えてあるし、あのシスコンお兄ちゃんがわたしの出迎えに来ないなんてありえない! 受験だって放棄して来るって言ってたのに!
「とうっ!」
「あ、未羽!?」
バスケで鍛えた運動神経を無駄活用して、ショルダーフェイクでお母さんのブロックをすり抜ける!
「お兄ちゃーん! 愛しの未羽が帰ってきたよっ!」
「のわぁっ!?」
マッハの速度で階段を駆け上がり、お兄ちゃんの部屋のドアをバン! と開いた。驚くような声、やっぱりいたか! でもなんで出てきてくれないの……?
恨みがましい視線を受け取ったのは、見たことのない銀髪のかわいい女の子だった。
「「……………………」」
沈黙が重い。
「み、未羽……今の速度、本当に人間辞めてるわよ……」
息を切らして上がってきたお母さんに、
「ねえ、どういうこと!? なんでお兄ちゃんの部屋にこんなかわいい女の子がいるの!? ……はっ、まさか彼女さん!? お兄ちゃんに付いてる悪い虫!? 駆除駆除駆除ーー!」
肩に下げた鞄から、ロンドンで何度も世話になった金属バットを取りだすと振りかぶる。
「ちょ、ちょっと待て未羽! 俺だ、颯だ!」
「へ? お兄ちゃん?」
銀髪の美少女がそんなことを言った。
「そうだ。お前の愛しのお兄ちゃんだ。中学に上がるまで一緒のベッドで寝てお前を抱き枕扱いしていて、連れてきた男友達を彼氏と勘違いしてボコボコにして、いじめがあったと聞いてお前のクラスに殴り込みをかけて、この一年寂しくてこっそりお前のベッドで寝ていた颯お兄ちゃんだ」
間違いない。
この銀髪美少女は、重度シスコン残念イケメンスポーツ万能超絶バカのお兄ちゃんだ!
「お兄ちゃん!」
「妹よー!」
ひしっ! と抱き合うわたしたち。
わたしは重度ブラコン残念ロリ美少女スポーツ万能超絶天才の未羽ちゃんなのである。
だから留学だって出来たのだ。
「元気だったか? ロンドンは楽しかったか? しかし、何事もなく帰ってこれたようで安心だよ。お帰り、未羽」
「うん、うん! お兄ちゃんも変わらな……くはないね。でも元気そうで安心したよ! 電話だけじゃ分からないことも多いからね!」
きゃっきゃと会話をするわたしたちに、お母さんが呆れた溜息を吐く。
「未羽、あなた……颯がこんなになっちゃったことに対して何かコメントはないの?」
お兄ちゃんの問題満載発言には突っ込まない母であった。
もう諦めたんだろうね。ずっと前からわたしたちこんなだから。
あ、一線は越えていないのでご安心ください。
「うん? 女の子になってるね」
「そうだな、女になってるな」
「それで、何か?」
「何も問題はないな」
うんうんと頷き合い、
「時に妹よ」
「なにー?」
「お兄ちゃんはこれから、未羽の妹になるのでよろしくな」
「……うん? お姉ちゃんじゃなくて?」
首を傾げるわたしにお母さんはこう告げた。
「その辺りも含めてきちんと説明するわ。とりあえず、一階へいらっしゃい」
「「はーい」」
一回に降り、お兄ちゃんと並んで座る。
で、お母さんの説明を聞くことには。
「つまり、お兄ちゃんは先祖がえりの吸血鬼で、血が覚醒して女の子になったと」
「ええ」
「で、その時肉体が若返ったので妹になると」
「そういうことよ」
「ふーん」
「「…………」」
「え、それだけ?」
驚いた様子のお母さん。
「他に何を言えと?」
「吸血鬼なんてファンタジーだーとか」
「TSの時点でおかしいよね」
「そもそも性転換の時点で疑問を持たないのかしら」
「実際、目の前で起こってるし」
「若返るなんてうらやましいとか」
「それお母さんの感想だよね」
「「…………」」
「ま、お兄ちゃんはお兄ちゃんだし?」
「そうだよな妹……いや、お姉ちゃんよ」
ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめて、もじもじとしながら上目遣いのお兄ちゃん改め妹。破壊力があり過ぎて……
ガハッ
ヤバい、悶えそうになった。
何 こ の か わ い い 生 物 !?
わたしの妹です!
最高ですねっ!!
「ど、どうしたのだお姉ちゃん?」
「ゲハッ」
ヤバい、悶えた。
湧き上がるリビドーを押さえつけるので精一杯で、妹の言葉に返事ができない。
襲いかかりそうになるのを必死で自制する。
「で、颯の戸籍は作り直すとして、新しい名前だけど、未羽に考えて欲しいの」
「へ?」
「だ、ダメかな? お姉ちゃん」
「はい、喜んでーッ!!」
妹の希望とあらば火の中水の中だよっ!
最高の名前を考えてあげる!
「うーん、そうだなあ……」
きらきらとした視線を受け止めながら、頭をこれでもかという速度で回転させる。テストでも出したことがない最高速だ。発電所のタービンよりも速いよ。
未羽……みう……みはね……美羽!
字も読みも違うけど、意図的に間違えれば同じ名前で共通の字も含まれている、最高の名前だね!
「美羽! 美しい羽と書いて美羽だよっ!」
「よし! 今日から私は美羽だね!」
「「イェーイっ!」
ハイタッチが華麗に決まる。
「だから突っ込もう? 戸籍作り直すとかそういう部分に……」
わたしたちに常識を期待しちゃだめだよ、マイマザー。
ま、この際だから打ち明けちゃおっか。
「あ、わたしからも一つ報告があるよ」
「なにかしら……?」
さすがに疲れた様子のお母さん。
でも、そんなことには構わず、わたしは満面の笑みで告げた。
「わたし、ロンドンで魔法使いになってきたから♪」
直後、ゴンと鈍い音が響く。お母さんが机に頭を打ち付けた音だ。
そして美羽は青色の綺麗な瞳をキラキラと輝かせている。
「……ええ、吸血鬼がいたのだから魔法使いがいてもおかしくないわ。至って普通の話、そう、普通の話よ。ロンドンに留学した妹が魔法使いになって帰ってきたなんて、どこにでも転がってる話よね。だってイギリスと言えば魔法の国、そう、妖精さんの飛び交う魔法の国だもの。おかしくないおかしくない。わたしの家が人外魔境だなんてそんな事実は存在しないわ、しないのよ。お願いだからだれかそう言って…………」
「魂の抜けかけているお母さんはさておいて」
本当に魂が逃げ出さないように簡単な結界を張っておく。
ま、必要ないとは思うけどね。
「美羽はこれからどうなるの?」
「えっとね、編入手続きはさすがに難しいから、もう一回高校をやり直すことになるはずだよ」
「ってことは、同じ学年だね!」
「そうだね!」
入学早々休学してロンドンに飛び立ったわたしはもう一度一年からだ。え、なんで許されたのかって? そりゃわたしが天才で、入試ではぶっちぎりの一位を取った生徒だからに決まっているじゃないか!
わたしはこのままいけば東大だって楽勝、ハーバードとかも行けるかも? という偏差値と知能指数を叩きだしているので、いかに好き勝手しても学校側としては退学させるわけにはいかないわけだ。
ちなみに、学校側には事後承諾で休学申請を受理してもらったので説得なんかもされなかった(させなかった)。
なんか本当にお母さんの魂が抜けだし始めたのを結界で押し返しながら、にっこりと笑う。
「よし、美羽の立ち位置も分かったところで、色々と女の子のお勉強を始めよっか♪」
「へ?」
「とりあえず、まずは下着の付け方からだね!」
さあさあ、かくして、かわいすぎる元お兄ちゃんの妹との学校生活が幕を開ける。
どんな日々になるのか、今から楽しみです!