そして無音
その声はずっと私の鼓膜を震わせていた。どういうわけか、彼女の涙声が聞こえている。
「ごめんなさい…ごめんなさい。」
謝罪の言葉。それは私に当てられたものなのだろうか。それすらも分からないまま、私は暗闇の中で彼女の声を聞いている。目蓋を開こうとも、何故か開かない。体が思うように動かせない。疲れているのだろうか?ともかく私は、彼女が何故泣いているのか理由も分からぬまま、彼女の泣き顔さえ見ることもできずにその涙声をただ無言で聞いていた。
さて、暫くして彼女の涙声が幾分か治まると、次はガサゴソと何かを漁る音が聞こえた。一体何だろうと気になったが、相変わらず私の目蓋は石のような融通の利かなさで固く閉ざされていた。
ズー、とファスナーが閉まる音、そして雨。いつの間に降っていたのか、叩きつけるような激しい音が彼女と私を包んでいた。おそろしいくらい激しい雨音と、車が去って行く音。喧噪、踏切、息遣い。どれも私の脳髄を刺激していた。しかしながらやはり、どういうわけか私の世界は暗闇である。私は眠っているのだろうか。先程から満ち溢れる音たちは、テレビか何かから流れているのだろうか。黒一色に染まった世界からは判断できない。
「うう…っ。」
嗚咽が時折聞こえる。彼女のものだろう。
彼女は私の親友だ。昔からずっと傍に居た、気遣いの要らぬ本当の友人である。そう、今日も一緒に過ごしていたのだ。そういえば私は彼女に呼び出されていたのだった。天気予報を見て、ああ雨が降るのかと思い、傘を持って彼女が指定した待ち合わせ場所に向かったのだ。―――しかし、その後、わたしはどうしたのだろう?
「ごめんなさい、こんなつもりじゃ…あの人のことをただ訊こうとしただけで…。」
あの人…彼女が言う“あの人”とはもしかして私の恋人のことだろうか。ああ少し思い出した。彼女は私の恋人のことをよく知りたがっていた。「だって知らなかったもん。それなのにアンタは…!!」彼女の言葉に怒りの色が混ざる。ああ…成程。
「……」
瞬間、ドボンっ!!と深い音が私の心臓に、脳に、鼓膜に叩きつけられた。ごぽごぽ、という泡が全てを包む。そうか、ここは水の中なのだ。感覚も無ければ視覚も無いが、すぐさま理解した。
―――そうだ、私は先程、親友に殺されたのだ。
泡の音が段々遠ざかってゆく。何も無い。触覚も嗅覚も味覚も視覚も…聴覚も。
最後に脳裏で見たのは、親友の涙に濡れた顔だった。




