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※フリーゲーム:迷☆探偵の助手より、
アサヨと蓮華の出会いについて書いたスピンオフ作品です。
事件ファイル5の約1年前の話です。
空の箱を覗いた時に俺は気付くべきだったんだ。
アイツがもう帰らないことに。
いつまでも何もない箱を覗いている気分は――そうだな、誰かがそこに何かを与えてくれるのを期待しているような、だが「つまらない」と言う簡単な言葉で片付けたくもなる最高な気分って事だ。
俺は今日もどこにも行かず、レポートすらまとめることもしないで昼間から酒を呷った。
亡くなった親父がヨルジに残した小さなビル。少し前まではこの箱は音楽で溢れかえり、そこそこのライブハウスとして賑わっていた。だが、今はどうだ? 日の射さない地下室。まるで牢屋の中の囚人だ。思わず口をついた。
「くそったれ……」
今から9年前、年末を控えた11月のことだ。弟のヨルジとこの地下で酒を飲んで騒いだ時には、まるで秘密基地にいる子供の心境だった。それが今はアイツがいないってだけで、俺は魂の片割れを失くした気分だ。いや、そうじゃない。本当の片割れなんだ。
俺とヨルジは双子として生まれた。何をする時もずっと一緒だった。嫌になるくらいにな。だが、成長していくにつれて個性が芽生えた。ヨルジはホウキを片手にロックンロールをエアプレイ、なんて事を始めて、俺はと言うと……家中の電化製品をドライバー1つで解体して回った。そうやっていつの間にか似ているようで似ていない、他人のようで自分のような不思議な存在になっていった。
お陰で喧嘩もなく、誰から見ても俺たちは最高の兄弟だった。なのに突然だ。年明けにようやく海外での研究が終わり、ヨルジの居るこのライブハウスへ戻ったと言うのに主はいない。もぬけの殻。アイツは行方不明になっていた。
ヨルジの音楽仲間も捜してくれたらしいが、親族でなければ警察も動かないと俺の帰りを待っていたらしい。それでようやく帰った俺がヨルジの行方不明の話を聞いたは良いが……警察は結局、取り合ってはくれなかった。
何故だ? 全てに対して俺は吐いた。何故、ヨルジはいなくなった? 何故、警察は捜してくれない? 何故、俺は何も気づかなかった? 何故、ヨルジは帰って来ない? 何故? 何故 ?ナゼだ…………
それはキリのない問答だ。世の中には答えの出ない問題のほうが多いと、そのとき俺は始めて知った。数式やキカイなんてものを弄っていると、当たり前に答えが用意されていて、物事には分かりやすい原因があった。だが、人の心や世の中の流れ……そんなものには答えなど人類の数だけ用意されていて、残念な事に俺がそれを全て知ることは叶わないのだ。
だが、ヨルジさえ戻ってくれば全てが解決する。俺はヤツを取り戻す為にとんでもない妄想に駆られた。《タイムマシーン》を作る。そう決めたのだ。
だが、仕事もやめ、9年間この地下でひたすら頭と手をフル稼働させたが、完成のかの字も見えない。俺は諦めの悪い人間だ。これくらいで諦めてたまるかと思ってはいるが、さすがにタイムマシーンは現実的じゃないと半ば無駄な努力である事には気付いていた。
ならば、タイムマシーンを諦めて――――ヨルジを諦めるのか?
ベッド横のテーブルの上には、ほぼ0に近い数字の預金通帳が転がっている。こうなってしまった以上、絶対に作り上げてみせる。だが、今日はなぜだか無性に疲れた。休息させて欲しいと俺は2日ぶりにベッドへと横たわった。
窓もない地下だ。外の天気どころか、今が昼なのか夜なのか、それすらも分からなかった。いや、ヨルジのいない日々は俺にとってずっと曇天で、さらに言えば星すら見えない夜なのだ。だらしなくベッド横のテーブルに寝転がったまま手を伸ばすと、酒のボトルを掴んだ。それをグラスにも注がずに口へ流し込むと、甘く焦げた香りが鼻腔に広がる。
「酒だけは変わらずに美味い、アイツがいねぇってのにな……」
それがやけに悲しくて、俺は下手くそな歌をくちずさむ。歌詞なんてものは知らない。アイツがいつもここで爪弾いていたメロディーだ。それを適当に乱暴に歌う。アイツが笑いながら「また兄貴は音ハズしてる!」そう言って戻ってくるような気がして……
気付けば俺は眠っていたらしく、少し汗ばんだ体に目が覚めた。天井を照らしているのは壁につけられた間接照明だけだ。作業用のライトは消してある。その僅かな光が一瞬揺らめいて見えた。誰かの影が天井にうつし出されたのだ。
途端に眠気も酔いも消し飛ぶ。誰だ? ヨルジか? 妙な体の震えと熱さにベッドから起き上がる事が出来なかった。声も出ない。ただ耳だけが音を捕らえる。コツコツと少し高めの靴音を。
そこで俺は目だけを見張って得体の知れない影法師に意識を集中させた。
分かってはいたんだ。ヨルジがもう帰ることはないと。双子ってヤツは時に残酷なまでにも、魂の片割れの気配を俺に教える。だが、その気配をここ9年感じていなかった。それはあいつがもしかするとこの世に――――それだけは考えたくない事だった。ヨルジは地獄の底からですら這い上がって来るような男だ。だから、俺は諦めない。
だが、今この部屋に足を踏み入れたであろう影法師は、残念だがアイツではない。聞こえてくる僅かな靴音がそう示している。そこで俺の頭に過ったのは《泥棒》という二文字だ。
このビルはヨルジが失踪して以来ライブハウスではなくなり、俺という亡霊が生死すらも曖昧な状態でキカイを弄っている墓場である。社会からも遠ざかり、口にするものは安酒と缶詰。あとは時折くちずさむ、ヨルジの曲くらいのものだ。
俺は同情した。こんな墓場に足を踏み入れてしまった泥棒を哀れに思ったのだ。金目のものなど何もない。居るのは天才科学者に憧れたただの亡霊だけだ。渡せるものなどない。それくらい俺はカラッポに乾いていた。一滴の水すらも分け与える事が出来なかった。
それを早めに教えてやるかと、俺はこの部屋と地上とを繋ぐハシゴ辺りに顔を向け、そこに居るであろう侵入者に向かって声をかけた。
「無ェぞ。何にも。嘘だと思うなら灯りをつけて見てみるか?」
俺は声が震えた。それは恐怖からではない。どれくらいかぶりに誰かに声をかけたのだ。最後に人と会話したのはいつだったか。最近はキカイの部品ですら、インターネットで注文できる。小さな独り言以外は喋ることなど皆無であった。
カランと何かにぶつかる音が聞こえた。あちらさんも驚いたのだろう。そんな人間味溢れる影法師に俺は少しだけ気分が落ち着いた。
「警察に通報する気はない。あいつらは……好かん。だからもうそのまま帰れ」
だが、影法師は逃げる素振りを見せない。足音が止んだのだ。
立ち止まったのか? こんな金目のものなどない墓場で、何を興味ひかれるものがあったのだろうか。純粋にその答えが知りたくなった。俺は面倒だと思ったが、ベッドの上で体を起こすと後ろを振り返った。
「来ないで!」
それは思いもよらない言葉だった。いや、言葉だけではない。聞こえてきた声に何よりも心臓が縮み上がった。高く澄んだ女の声。力強く弱々しさなど微塵も感じない口調だったが、声の震えが女の心理状態を表していた。ひどく興奮しているようなのだ。
俺は思いもよらぬ侵入者にこの後、何を語りかけるべきか……何一つ思い浮かばないでいた。
来ないでと言うからには、危害を加えるつもりもないのだろう。だが、こんな古いビルに一体なんの用があったのか。もしかすると迷い込んだのだろうか? 俺の中でそんな答えが浮かび上がった。だが、それならどうして出て行かないのか。疑問は絶えず湧き上がる。科学者という性分のせいか、俺は必ず答えを探しださなければ気が済まないのだ。
何故ここへやって来た? その目的を尋ねようと思い立った時だった。
「これ、もしかしてタイムマシーン?」
女が反対に尋ねて来たのだ。
間接照明に照らしだされたタイムマシーン。その傍に立っていたのは、真っ赤なチャイナドレスを身に着けた、白銀色の髪の少女だった。頭の上にまとめてあった団子は、片方だけが解けており、僅かな光で照らされている顔には、涙の筋が光っていた。
「……お、おい? 何かあったのか?」
自然と言葉が出る。ここへやって来た目的を知りたい、なんて思いからではない。見ず知らずのこの少女が心配になったのだ。
だが、少女は俺に目もくれず、タイムマシーンを眺めている。その様子から何があったのか彼女が語りたくない事を察した。そこで先程の彼女の言葉を思い出す。キカイを一目見て、これはタイムマシーンかと尋ねたのだ。なかなか見る目のある少女だと、僅かながら口角が上がる。
俺はベッド上で胡座をかくと、その質問に答えてやった。
「ああ、それはタイムマシーンだ」
すると少女の目に光が宿った。タイムマシーンを見つめる目が、こうキラキラと言うのか、金箔でもまぶしたようなモノへ変わった。
「じゃあ、私これで帰れるんダネ!」
だが、その言葉を聞いて俺は奥歯を噛み締めた。タイムマシーンとは言っているが、そのキカイが時間旅行を成功させた事実などどこにもない。そうだ。それはただのお飾り。レプリカでしかない。9年と言う月日を費やしたが、俺はタイムマシーンを――――ヨルジを取り戻すという願いを叶えられずにいた。9年間、俺はただ無駄に時間を過ごしていただけなのだ。
そんな事を改めて認識すると、己の情けなさに頭が痛んだ。病気とは無縁の人生だったが、気付けば俺も37歳だ。こんな生活を9年も送っていた。どこかガタが来てもおかしくはない。ほら、見ろ。オイル漏れだか何だか知らないが、眼の奥が熱くなって、鼻の奥にも痛みが広がる。食いしばる奥歯が、溢れ出しそうな弱気をどうにかやっとの事で押さえ込んでいる。
「…………どうしたアル?」
来るなと俺に言ったにもかかわらず、少女は自分勝手にこちらへ向かってくる。少し高めの足音が履いているヒールによるものだと俺は知った。だが、それも片一方がない。失くしたのか忘れたのか、はたまた履かない主義なのか。俺は顔を床へと向けたまま、ぼやけている視界ですぐ前に立つ少女の足を見ていた。
「タイムマシーン、作りかけなんダネ? でも、大丈夫ヨ。心配いらないアル」
子供をあやすような口調で言ってのけた少女に、俺は伏せていた顔を上げた。そこにあったのは、薄暗い部屋に浮かび上がる端正な少女の顔だった。それを目にした俺は、なんとも情けない気分になった。そして、擽ったさを覚えたのだ。
自分よりもずっと若く見える少女に慰められるなど、決まりが悪い。格好つけたい年頃ではないが、素の姿をそう簡単に見せたいとも思わない。 俺は少女から顔を背けると首を左右に振った。
「いいんだ、構うな」
確かに俺はそう言った。多少上ずった声だったかも知れないが、至近距離に迫る少女の耳には十分に聞こえるものだった……いや、その筈だ。なのに、何が起こったのか。気付けば俺の頭は少女に押さえ込まれ、頬には彼女の鼓動が伝わってきた。
何してるんだ! そう言ってはね退けることは容易い。それなのに俺は放棄した。
面倒だと思った。温もりが心地よいとも思った。休みたいとも、眠りたいとも。だが、何かにすがり付きたいとも思ったのだ。その最後の思いに俺は負けた。
見ず知らずの少女。何者なのかも全くわからない。俺の命を奪わないとも言い切れない。それなのに俺は赤子のように抱きすくめられ、安心している。
「私ね、未来から来たんダヨ。だからね、知ってるの。あのタイムマシーン……必ず完成するアル」
気休めの言葉だと言うことは分かっていた。彼女なりの気遣いだろう。だが、何故俺にそんな言葉を掛けるのか。そして何故俺はその言葉に鼓動を速めるのか。やはりどこかで認めてもらいたかったのだ。タイムマシーンは完成すると。ヨルジを取り戻せると――――
子供の頃、初めて俺が完成させたのはギターのアンプだった。金がなく、アンプを買えないでいたヨルジに作ってやったのが最初だ。親父の書斎から持ち出した科学マガジンと倉庫から持ち出した古い工具。そんなもので失敗を何度も繰り返しながら作ったのだ。確かあれを作り上げるのに2年はかかった。だが、俺は苦ではなかった。あの頃は、失敗をしても笑って乗り越えたのだ。今よりもはっきりと見えていた。失敗は結果なのだ。それに引きずられて腐っていては先へ進まないと――――
結局、俺が完成させた頃には、ヨルジは中古のアンプを手に入れていた。使われる事はないのだろうと思っていたが、ヨルジは「それをくれ」と言って持って行ってしまった。その後、アンプがどうなったのかは知らない。誰かにやったのかもしれないし、高いところの本を取るのに活用されていたのかもしれない。とりわけ俺も尋ねなかった。そうして数年が過ぎ、ヨルジのいなくなったこの箱に俺は戻って来た。そして、一つ一つアイツが残していった夢の残骸を手にしながら整理していると、不格好なアンプが部屋の隅に置かれている事に気がついた。それは子供の頃、胸を弾ませ作ったあのアンプだった。ヨルジは何も言わなかったが、ずっと捨てずに残していたらしい。それを目にして俺は決めたのだ。タイムマシーンを完成させると。
もう一度やってやろう。少女の腕に抱かれたまま俺は決意をした。
そんな風に言えば格好はつかないが、俺はもう体裁などどうでも良いと思っていた。子供の頃、情熱に燃えたあの感覚。それを今なら思い出せそうなのだ。
眠気など吹き飛んだ。今すぐにでもタイムマシーンの製作に取りかかりたいと体が疼く。しかし、少女の腕に抱きすくめられている俺は、捨て猫のようにじっと動かない。いや、動けない。俺の気持ちを落ち着かせようと抱きしめているとばかり思っていたが、少女の方が誰かにすがりつきたいと思っていたようだ。震える腕と頬に落ちて来る雫が物語っていた。
こんな時、何をしてやるのが正解なのだろうか。一滴の水すらも与える事の出来ない、乾ききった男ができる事など限られている。
「腹、空かしてないか? 美味い缶詰ならいくらでも食わしてやれるぞ」
すると一呼吸置いて少女は答えた。名前は蓮華と言い、歳は19歳で、ある組織から逃げてきたんだと……
それを端から信用するほど純粋でもないが、俺は何故かこの蓮華の言葉を疑う事はしなかった。それはタイムマシーンが完成すると言ってくれた優しさへの罪悪感なのか、それとも与えてくれた温もりへの感謝なのか、あまり深く考えないことにした。
「それとも風呂でも入るか? 随分と埃っぽいぞ。ダクトの中でも通ってきたか?」
蓮華がどんな組織から逃げてきたか分からないが、乱れた髪と脱げてしまったであろう靴が彼女の恐怖心を表していた。少しでも気持ちが落ち着くと良い。そんなつもりで俺は言った。なのに、蓮華は俺を裏切った。
「……アナタも随分臭うヨ? 一緒にお風呂入ろっか?」
そうして俺をからかった蓮華は助手として、この墓場に居着くことになった。いや、今ではすっかりその墓場も、花がらやピンク色の小物で溢れ《はかばっ!》くらいのものである。
そんな環境で俺はタイムマシーンを作っている。と言っても時間を超えるのは人ではない。場所だ。空間を遡って取得する《時空移転装置》を製作中だ。完成すれば失踪当時の部屋を過去から引っ張って、あとは部屋を探偵に調査してもらいヨルジの足取りを追う。
当初の計画とは違うが、それで良いんだ。残酷だが、俺に出来ることはそこまでなのだ。妄想や夢を追えばアイツが戻ってくるわけではない。現実逃避にしか過ぎない。それならば確実に出来ることに精を出したい。
とは言っても時空移転装置も立派なタイムマシーンには変わりない。今はただ完成することだけを考えて突っ走っている。まだ何個か足りない部品があるのだが、それももうすぐ蓮華によって届けられる。そうすれば完成は目前である。
「旦那様ァ!」
蓮華の声だ。それは耳に入っては来たが、少々気になる箇所が見つかり俺の意識は時空移転装置へと集中する。その後、なにやらこのラボが騒がしくなるのだが、俺はヨルジの音楽が耳に入るまで手の動きを止めることが出来ないのだった。
事件ファイル5へ続く――――




