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モブとヒロインの場合

画面に映らずとも、なお存在は完全に消すことはない。

普通であり普通ではない、それがモブというものだと自分では思っている。


モブは単に背景と一体化するのではない。物語のキャラクター達を自然に目立たさせること、それが一番重要だ。

が、今回の場合はサブタイトルから分かるように、成績も見た目も趣味も何もかも普通という僕が脚光を浴びる羽目に、いや活躍できる機会が訪れたのである。


自己紹介を少ししよう。

僕、山田は前回登場した佐藤君と同じ学年で同じ文芸部に所属していた。佐藤君とはいわゆる親友というやつだ。またの名を腐れ縁ともいう。


部活が同じなのはただの偶然で、今こうして部活の後輩に廊下で鉢合わせになったのも、偶然だ。

「あれ?もしかして山田さんですか?」

「久しぶりだね。もう佐藤君には会えた?」

「いえ…今日は諦めようかと」

「な、なんで?!昨日一生懸命チョコ作ってきたのに?」

「山田には関係ないだろ」

「今先輩のこと呼び捨てにした?」

「していません。作ったチョコも忘れてなんかいません」

「えぇ?!忘れたの?!」

「そんなわけないだろうが、このアホ」

「今アホって言った?」

「言ってません」

後輩は完全によそ見をしている。

アドバイスをしたのは僕なのに、この理不尽はなんなんだ。

さっさと家に取りに帰って渡しに行けばいい。ていうかはよチョコ渡せ、後輩からも告白しろ、そんでもって佐藤だけ爆発しろ。

「なあ、チョコなら帰ってから渡せば」

「ダメなんです」

「え…?」

真剣にこっちの目を見て話してくる。

僕は一歩後ろに後退りしてしまった。

「そ、そうなんだ」

「そうです。では私はこれから先輩に会いに行きます」

「が、頑張って」

「はい!」

親指を立ててドヤ顔をする後輩はもはや誰にも負けない強靭な女性に見えた。

しかしチョコもないのに会いに行くなんて、どういうことなのだろう?

時刻も夕暮れに差し掛かり、腹の虫が乗り移っているみたいに頭の中は食べ物しかなかった。

「義理くらい欲しかったなぁ」

今年こそは後輩からきっと貰えるだろうと思ってたわけではないけど、知り合いの女子から一個くらい貰えるんじゃないかと期待していたわけではないけど。

哀しみに呑み込まれる前に帰宅しようと歩き始めた。


僕の前を何かが通り抜けた。

その方へ向くと綺麗な髮をした少女?がブレーキをかけて止まっていた。

「い、いちごちゃん?」

「良かったあ、ちゃんと見つかったよぉ」

息を呑むとはこのことをいうのか。

彼女、いちごちゃんは同じ学年で受験で忙しくなる前まで一緒に遊んだりする仲だ。実際はほとんど彼女に無理やり連れて来させられたのだが。

いちごちゃんはすごく自慢したそうに頬をほんの少し膨らませながらポケットからチョコを取り出した。

「みてみて!美味しそうでしょ?」

「そ、そうだね」

確かに一口サイズのそれは見た目も可愛いハート型で美味しそうだ。

内面はしゃいでいるのを悟られないように、貰うのが本当は申し訳ないように手を出した。

「私が昨日みんなと作ったんだよぉ。あ〜ん、ん〜美味しい!」

…あれ?

「山田君、それじゃあねぇ〜!」

いちごちゃんは帰りながら大きく手を振ってきたので僕も小さく手を振った。

半分すら夢が叶わないなんて、こんなことってないよ…。

上げてすぐに叩き落とされた気分で今度こそ帰ろうとした、その時にまた誰かに声をかけられた。

たしかいちごちゃんと同じクラスの人だったはず…。

その彼女は走ってきたようで少し息があがっている。

「ねえ、ここにいちごが来なかった?」

「それなら」

「会ったの?!」

僕は胸元捕まれてしまい、はたからみれば脅されているように見えるだろう。

「つ、ついさっき…会いました」

相手が女だろうと脅されている時、人は何故か敬語になってしまうのだ。

「感想は?」

「か、可愛いと」

「違うっ、味はどうだったか聞いてるの!」

「お、美味しそうでしたっ」

「はあ?」

「だから、いちごちゃんが目の前で美味しそうにチョコを食べてどこか行ったんです」

急に手を離されて少し噎せていると、脅した本人も何処かへ行ってしまった。

おそらく多分だが、彼女が少し憤怒の表情となった顔を見た気がした。

おお、オソロシイ。ガクガク。

オジサン臭いことを考えながら歩いていたら先程のいちごちゃんが駆け足でこちらにやってきた。

「さっきいちごちゃんを探していた人がいたけど」

「うん…」

いつもはとても明るいヒロインのような雰囲気だったのが今はどうしたわけか、まるで叱られた子供みたいに泣きそうな顔が見えた。

よく見たら頭の天辺にたんこぶも付いている。

「これ…」

彼女の手から折り畳まれた一枚の紙を渡された。

これは何?と質問する前にいちごちゃんは軽くお辞儀して何も言わずにまた何処かへ行ってしまった。

短時間に色んなことが起こって酷く疲れてしまった。

紙には、下駄箱で待つ、とあった。




それからバッタリ佐藤君に出会い、下駄箱まで行ってみたが人は誰もいなかった。

佐藤君を見送った僕はすることがなく、無駄に時間を浪費していった。

時計の針ばかり見ていると頭がおかしくなりそうで違うことを考え始めた。

高校に入って初めて話したのが、いちごちゃんだったっけ。彼女の身長が回りの女子に比べて少し低いことしか目に写らなくて、話の内容は適当に相槌打って流していた。

それから毎日のように僕を気遣い話してくるから止めるように言ったら、「なんで?みんなと一緒の方が楽しいよ?」と当たり前の顔で言うのだった。

僕は気楽な一人以外に慣れていなくて気分がそぐわない感覚が最初はあったのに…。


「いつの間にか、振り回されるのに慣れちゃってたなあ」


右の腕の袖を誰かが引っ張った。誰か、と思ったが顔を見なくても僕にはその人が誰なのか分かった。

「いちごちゃん」

彼女の名前を呼んであげる。返事をする代わりに袖を強く引っ張った。

「僕に何か用事があるんでしょ?」

「………」

「渡そうとしたチョコを食べてしまって謝りたいんでしょ?」

「…うん」

少し鼻声で返事したいちごは恐らく目に涙が浮かべていることだろう。

できるだけ顔を見ないように振り返り、本当に小さい身体を僕の腕で干したばかりの布団を抱きしめるように、フワリとしてあげた。

いちごは少し驚いたのか小刻みに身体を震わせながらこぼれる涙を僕の服で拭っていた。

「頑張って作ったんだね。ありがとう。謝らなくても気にしないから、笑っていてね」

「うん、うん私また笑うね」

顔を上げたいちごは泣き顔に無理やり笑顔を塗りつけた感じで、僕は少しだけまた君に惚れてしまった。

強引?に身体を突き放してしまうと不意に恥ずかしくなってきた。一度燃えてしまったハートはとても燃えやすくて、扱いが難しい。


君を、愛している…


何もかも普通な僕と、いつも元気で明るい彼女を引き合わせた神様がいるなら一言謝りたい。

彼女を既に何度か愛してしまってごめんなさい、と。


顔を見られたくなくて背を向けていたが、やはり気になって振り返ると泣いているいちごを(さっき僕のことを脅迫?してきた彼女)いちごの友人らしい人が慰めていた。

…帰っていいかな?

「帰っていいかな?」

「ダメ」

「即答ですか?!何故ですか?!」

「いちごを家まで連れて行ってあげて」

鋭い視線で僕を貫いてきた。あれ?さっきも同じ思いをしたような気が…まいっか。

「いいですよ」

いちごちゃんは僕の言葉に反応して彼女の友人に憤った様子で肩を掴んで揺らした。が、すぐに拳骨の裁きが降ってきてしまうのである。

「そ、そんなっ。私、聞いてないよ?!」

「今決めたの。ほら、さっさと帰った帰った〜」

なんだかいちごちゃんには申し訳ない感じになってしまった。

その場の流れに乗せられた気もするが、実を言うといちごちゃんともう少し楽しい話とかしたいと思っていたのだ。

「じゃあ帰ろうか」

僕が歩き始めると彼女も後をついて歩いてきた。

わざと遠回りでもしてやろうかなと思ったが流石に欲を言い過ぎだと思うから僕なりに普通で行こうと思う。


どうでもいいけど今年もチョコ0個でした。



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