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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
本編
9/22

第九話 家族のかたちは奇々怪々




「ねぇ、お父様。今日のドレスは大丈夫かしら。私、大きなパーティーって初めてだから、なんだか緊張しちゃうわ」

「良く似合っているから、心配はいらないだろう。……ただ私としては、こちらのヒールと合わせた方がもっと良くなると思うがな」

「……あら、本当。踏み心地がいいわ」

「だろう?」


 そこは履き心地ではないのか、とツッコむ者が誰もいない親娘の会話が、ガーランド家の一室にて繰り広げられていた。父親の声が何故か娘の足元らへんから聞こえてくるのだが、いつも通りに平常運転なほのぼのとした空気が、彼らの中だけには漂っているのだろう。


「最近の学園はどうだ? なんだか随分面白いことになっているらしいじゃないか」

「えぇ、予想通りに……かしら。報告では、お姉様も今回の表舞台で動くつもりらしいわ。よっぽど邪魔者が一人消えたのが、嬉しかったのかしらね。欲が出ちゃったみたい」


 リリックからの質問に、ルルリアはおかしそうにくすくすと笑った。カレリアにとってみても、公爵令嬢であるユーリシアが重体になることは予想外だったことだろう。しかしそのことに罪悪感を持つような性格なら、もうとっくに止まっている。自分の計画が上手くいき、障害が減ったぐらいにしか考えていないのかもしれない。


 カレリア・エンバースは、一切の挫折を知らずに過ごしてきた。今まで自分が立ててきた計画で、痛い目を受けたことがなかったからだ。それ故に、次の計画も必ず上手くいくと当たり前のように考える。多くの観衆がいる今回のような大舞台で、ルルリアを貶めようと欲を出した。


 そうなるように煽り、下僕に姉へ助言するように仕向けてきたのは、他でもないルルリア本人である。シーヴァと協力して、クライス王子と共に姉が現れるように唆し、そしてエンバース家にいる父や母も今回のパーティーに参加できるように手配をした。カレリアも王子の隣にいる自分を両親に見せたい、と嬉々として招待状を推薦してもらっていた。



「それにしても、お父様も今回の催しに来られるなんて、ちょっと意外だったわ」

「ははは、せっかくの娘の晴れ舞台だからな。それに、私はルルリアの共犯者だ。お前の下僕で父で犬で豚なのだ。だから最後まで見届けたいと思ってな。……それに、私なりにけじめをつけたいこともある」

「けじめ……ですか?」


 ルルリアは視線を下に向け、リリックと目を合わせる。そんな彼女の疑問の声に、彼は自嘲気味に笑みを浮かべてみせた。


 リリックには、最愛と呼べる家族がいた。しかしその大切な人は今から十数年も前に、彼をおいてこの世を去ってしまっている。それに彼はルルリアが現れる一年ほど前まで、ずっと納得ができずに過ごしてきたのだ。理不尽に奪われた悲しみの傷が、荒れ狂う己の性癖が、彼を自暴自棄へと導いていた。


 しかしそれが収まった今、彼は自分のどうしようもなさに苦笑してしまう日々を送っていた。確かに愛していた人を失った辛さは、どうしようもないほどに苦しかった。この痛みを性癖に変換できたら、どれほど楽だっただろうかと涙を流した。周りに牙を向けてしまう手負いの狼のような、そんな必死さがあっただろう。誰も己の辛さを理解してくれないと、嘆いて当り散らすだけだった日々。


 もっと目を向けていれば、自分には他にも家族がいたことを思い出せただろうに。最愛の人との間にできた息子を、馬鹿な己にそれでもついてきてくれた使用人たちを。彼には、今更どのように彼らに詫びればいいのかわからなかった。息子とは、未だにまともな口も利けていない。


「こんなかたちでしか、息子と話すきっかけを作れない馬鹿な親だ。君の両親ぐらい酷い人間だろうな」

「……彼の視点から見れば、お父様は確かに酷い親だと思うわ。義理の娘のざまぁのために協力して、痛い目にあわせることも了承済みだしね。その痛い目を糸口にしようなんてしている、本当に自分勝手な人」

「手厳しさに、胸がキュンと……」

「でも、彼の甘さを誰よりも心配していた。やり方は間違っているのだろうけど、私は嫌いじゃないわ」

「優しさが、胸にじんわりと……」


 このおっさん、最強だなー、とその息子を酷い目にあわせるきっかけを作った諸悪の根源は思った。少なくともルルリアにしてみれば、親であることを放棄せず、どんなかたちでも子どもと向き合おうとしている彼は、確かに父親なのだろうと感じた。


 それが羨ましいのかは、正直わからない。自分の感性が常人よりも大変ずれていることを、彼女は自覚しているからだ。なにより、人と向き合うことがどれだけ難しいことなのかを理解していた。ルルリアは、家族と向き合うことを諦めた人間である。事情はどうあれ、彼女は彼らを見限った。それが一番楽で、簡単な答えだったからだ。


「家族ね…」




『あなた自身が今までの自分が間違っていて、最低だって思うのならそうなんじゃない?』


 ユーリシア・セレスフォードが階段から突き落とされた、ということになったあの日。男爵令嬢である少女の手を掴んだルルリアは、彼女の懺悔を聞いた。二人を貶めようとしたことをずっと謝り続ける少女は、押し寄せる後悔に涙を流していた。


 後悔するぐらいの覚悟だったのなら、やめればよかったのに。他人の涙程度では揺れることがないルルリアは、そうはっきりと彼女に告げた。ルルリアにとってみれば、はいはい悲惨ですね。という感じで、慰める気は一切なかった。どんな理由だろうと、人を加害者に仕立て上げようとした人間の懺悔なんて聞いても仕方がない。影でそれを見ていたシーヴァの方が、密かに引いていた。


 ルルリアとしては、家を助けてあげる代わりに男爵令嬢の彼女には口裏を合わせてもらい、ひっそりとこの学園から去らせるつもりだった。この少女自身に興味などなかったため、どうでもよかったのだ。自分の不躾な言い様に、感情に任せて罵声を飛ばしてくるか、それとも黙って項垂れるだろうとルルリアは思っていた。


『……ごめんなさい』

『謝ってほしい訳じゃ――』

『違い…ます。お二人に危害を加えようとしたのは、間違いなく私の意思だったから。そのことにすごく後悔するってわかっていても、きっと私は何度でもこの選択を選んでやめなかったと思うから。だから、ごめんなさい』


 その謝罪は、先ほどまでのものとは違っていた。自分の罪に対して許しを請うための、自分を守るための言葉ではない。己の非を認め、それでも曲げられない思いを背負って放たれた謝罪の言葉だった。


 カレリアによって歪まされ、視野を狭くされていたのは事実だ。では冷静だったらやらなかったのかと考えたら、きっと自分は同じ選択をしたと考えた。他人を不幸にする最低な選択で、自分が酷い人間になってしまったのだとしても、絶対に失いたくないものがあったから。


 彼女にとって家族とは、ルルリアやユーリシア、そして自分自身の幸せを奪ってしまうことになっても守りたいものだった。ただ、それだけのこと。



 そう言って泣き笑った少女の表情に、ルルリアは初めて彼女の顔をちゃんと見た。栗色の色彩と同じような背格好の、自分と少し似た少女。何もできない無力さに嘆くだけだと思っていた、震えるだけで立ち向かう勇気もないと勝手に決めつけていた人物。


『お願いです、私にも何かできることはありませんか。権力も頼れる人も何もない私だけど、それでもこのまま逃げるだけなんて、私は自分を許せない。私の大切なものを、これ以上誰にも傷つけられたくないっ……!』


 あぁ、姉を笑えないな…、とルルリアは目を伏せた。この学園に入るまで、彼女は他者と関わることが少なかった。まして、真っ直ぐに人と向き合う機会などほとんどなかったのだ。


 先に情報を集め、その人物がどのような人間なのかを調べてからルルリアは動いてきた。男爵令嬢である少女のことも当然調べ上げ、そして自分の益にはならないと判断したのだ。今までの下僕のような対応にしなかったのは、気まぐれという慈悲に過ぎない。とりあえず助けてはあげるからこちらの言うことを聞きなさい、と頷かせるつもりだった。


 そんな程度に考えていた人物。しかし、こんなにも力強い目をした人間が、姉の取り巻きとして怯え続けるだけの……泣き寝入りをするだけの少女? 先入観で人を見ていたのは、自分も同じだと気づいた。どんなに小さく力のない者でも、牙のない者などいないはずがなかったのに。


 彼女の牙も、自分と同じ復讐なのかもしれない。それでもルルリアやユーリシアに比べれば、小さすぎて本当に力なんてないだろう。そんなことはわかっていたが、ルルリアは彼女を真っ直ぐに見つめた。自分とは真逆の理由で、戦うことを選んだ少女を。


『……できることはあるわ。それもカレリアの中では、ユーリシア・セレスフォードを突き落したことになっているあなただからこそできることが』

『本当ですか?』

『ただ、すごく嫌な役目よ。カレリアの恨みだって買うでしょうね。大人しく私たちに任せる選択を選ぶ方が、あなたにとっても賢明よ』

『……エンバースさんを信用していないのとは違うんです。でも、私たち男爵家が助かるには、もうあなたに勝っていただく他ありません。私の存在で少しでも勝率があげられるというのなら、必ずやり遂げてみせます』


 このままカレリア側についたとしても、いつかまた今回のように家族を人質に取られる可能性がある。少女がカレリアに黙ってついてきたのは、やりたくないことをやり続けてきたのは、男爵家を守りたかったからだ。それが脅かされる危険がある場所に、止まり続ける理由なんてなかった。


 ルルリアは静かに息を吐いた。こういう人間は、止めても行動に移す。それならこちらで手綱を握っておく方がいいと判断した。無理やり止める方法もあったが、彼女はそれを除外する。それは目の前の彼女が失敗しそうになった時の、最終手段でもいいだろうと考えた。


 本来ルルリアは、お互いに利益のない取引はしない。他人を信じて、任せる行為が怖い。だから今回のようなルルリアにとって必要不可欠ではない、この少女の取引を断ることもできた。同情で受け入れるような可愛らしい感性など、自分にはないのだから。


 だけど――家族を切り捨てることで、自分を守る道を進んだ少女は、自分を切り捨ててでも、家族を守りたいと願った少女のこれからを。己の無力を嘆き、それでも足掻こうとする彼女の先を見てみたくはあったのだ。




「一直線で、危なっかしい。まぁ見方は色々あるのでしょうけど、あの子の家族にとっては本当に良い娘で、良いお姉ちゃんなのかしらね…」

「ルルリア?」

「ふふ、心理的には全く問題はないから安心して。いよいよだから、さすがの私もちょっと緊張しちゃっているのかもしれないだけ。あの子はあの子。私は私。少なくとも私は、誰かの幸せのために我慢をしたり、ずっと頑張れるような健気な性格じゃない。最初から最後まで、自分の幸せのためだけに戦う人間よ」


 ルルリアは踏み心地を確かめていた足を床にしっかりと降ろし、目を細めて微笑んでみせた。そこには陰りも、感傷的な雰囲気も一切ない。あの絵本の主人公のような人間にはなれないと、もうとっくに決着をつけているのだから。


 むしろ冷静そうに振る舞ったり、余計なことを考えておかないと、心から滲み出そうになる歓喜のオーラに貴族の令嬢としての仮面がはがれそうだった。全く気負いもなく、ざまぁ超楽しみ! と実はウキウキしているのであろう元気な娘の様子に、リリックも微笑ましくなった。


「あぁ、全くもって心配はいらないようだ」

「もぉ、早くパーティーが始まらないかしら…。胸のドキドキで、興奮してきちゃったじゃない」

「興奮と言えば、ルルリアよ。お前の父として、一つ言いたいことがある」

「どうしたの、改まって」


 上から覗き込んだ侯爵閣下の表情が真剣であったため、ルルリアも気を引き締めて言葉を待った。



「……我が娘よ。今はいているガーターベルトより、こっちのガーターベルトの方が今のヒールに合って、父はより興奮す――」

「いやん、エッチ!」


 強烈な蹴りが、足元にいる決め顔のおっさんに見事に決まった。きちんと痕が目に見えない個所で、痛みも鋭いが後には引かないように配慮された素晴らしい蹴りである。娘の本番前のガス抜きに成功したことに、お父さんはご褒美と一緒に喜んだのであった。




******




「セレスフォードさんの婚約者であるクライス王子のパーティーに、よく参加できたものですね。私は、そこまであなたが恥知らずだとは思いませんでした」


 煌びやかに飾られた会場の中、その輝きに決して劣らぬ美貌を持つ金色の女性は、嘆かわしいとばかりに声をあげた。その言葉はそれほど大きなこえではなかったが、彼女の鈴を鳴らしたような声に会場にいた者たちの視線が集まる。……傍にいるクライス王子には、確実に聞こえただろう。


 この国の第一王子にして、今回のパーティーの主役と共に現れたカレリア・エンバースは、多くの視線を集めた。公爵家の姫の代理という大役を任された女性。どんな娘なのかと思っていた貴族たちは、その美しさにまず目を奪われた。結い上げられた黄金の髪に、それをさらに引き立てるような澄んだ青い瞳。透き通った肌と甘い微笑みは、純真さと妖艶さの両方を感じさせた。


 容姿や存在感は、公爵家の姫に劣らぬ女性である。そのような印象を植え付けることに成功したカレリアは、これからの輝かしい未来に喜びが溢れ出しそうだった。こうやって少しずつユーリシア・セレスフォードの存在を奪っていき、いずれ全てを成り代わってみせる。一度敵だと認識した人物のものを、奪うことはカレリアにとって当たり前のことであったのだ。



 そうして様々な視線を奪ったカレリアは、パーティーの参加者の中に、探していた人物をようやく見つけだした。すでに姉である自分に奪われていると知らない、婚約者の傍にいる少女。カレリアが学園で回した噂によって孤立させるようにしてきたため、彼女の周りにはあまり人がいなかった。


 それでも、めげずに前を向き続ける妹に、カレリアは苛立ちを生む。同じ栗色の髪を持っているあの男爵家の娘のように、可愛げがあれば使ってあげたのに。公爵令嬢を突き落した例の娘は、その後カレリアに心服を示した。使い捨てようかと思っていた人物が、思わぬ腹心となったのだ。


 自分も公爵令嬢が好きではなかった、とカレリアに共感する態度に、最初は半信半疑だったが、彼女はカレリアの全てを肯定的に認めた。公爵令嬢を突き落したあの日から、自分は変わりました。そう言って、ルルリアへの嫌がらせを自ら率先して行った。その姿を見て、カレリアはいい駒ができた、と彼女に任せるようになっていったのであった。


 全ては順調に回っている。あとは……、目の前にいる自分の世界にとっていらないものを排除するだけ。ルルリア・エンバースという、己の妹の全てを奪うために。


 その仕上げとして、カレリアはルルリアを己の舞台へと引き上げたのであった。



 ――そしてそれは同時に、カレリアが己に声をかける瞬間を今か今かと待ち構えていた肉食獣(空腹状態)を呼び起こす……もう一つの舞台のプロローグでもあった。




「……お姉様? いったい、何をおっしゃっているのですか」

「本当はわかっているのでしょう。そのような知らないふりを、いつまで続けるつもりなのですか…。もうやめて、ルルリア」

「カレ、リア?」


 妹を糾弾するような声音から、嘆願するように目を伏せるカレリアの様子に、クライスは彼女の隣に寄り添う。覗き込んだ彼女の顔は今にも涙を流しそうに、悲しみを浮かべていた。先ほどまでの明るかった彼女との落差に、多くの人間がその原因を作った少女に視線を向けた。


 周りからの視線に、栗色の少女は驚いたように目を瞬かせる。何故自分にこのような視線が向けられるのかが、本当にわからない……というような顔である。ルルリアの隣にいる彼も、王子と一緒に現れたカレリアの登場に目を白黒させ、姉妹を交互に見て疑問を募らせた。


 カレリアにしてみれば、妹の反応が自然なことを知っている。しかし、それを不自然へと変えるために、妹が偽っているのだと周りに思わせるために、カレリアは悲痛な声をあげ続けた。


「最初に聞いたときは、まさかと思っていたわ。確かにあなたは、もう私の妹じゃないのかもしれないけど、……家族であることに変わりはないって。でも、真実がわかっていくにつれて、私…、私……」


 取り留めもなく溢れてくるように、言葉を紡ぐ彼女の唇が、辛そうに歪みを作った。カレリアの話で目の前にいる栗色の少女が、彼女の妹であると多くの人間が悟る。エンバース家の次女が、ガーランド家にいることも。もっと詳しい人間は売られたことを知っているが、カレリアの慟哭はエンバース家も辛い選択をしたのだと訴えるようであった。


 そんな愛しい娘の様子に、彼女の両親が駆けつける。そして、娘であったルルリアに気づくと、鋭い視線を彼女に向けた。その視線に、ルルリアは怯える様に肩を震わせる。カレリアは寄り添ってくれたクライスにお礼を言うと、静かに溢れていた涙を拭き取った。


 そんな娘の背中に優しく手を添える父親と、心配そうに見つめる美しい母親。カレリアへ向けられる愛情の深さが周りにも見えた。故に、それとは正反対に冷たく見つめるもう一人の娘への、彼らの視線が余計に際立って見えたのだ。



「……カレリアから聞いていたが、殿下の前によく姿を現すことができたな。侯爵閣下にも、申し訳ないことをした。このような愚か者を、お渡しすることになってしまうとは」

「本当です。エンバース家だけでなく、ガーランド家にまで泥を塗るなんて…。あなたのような者を産んだなんて、私自身が信じられないわ」


 彼女らの両親から突きつけられる言葉にクライスを含め、全ての人間が目を見開く。怯える様に肩を震わせる少女に、向けられたとはとても思えないような言葉。いったいこのルルリア・エンバースという少女は、何の罪を犯したというのか。大衆の心理は、無意識の内にそのように誘導されていった。


 一方で、周りからは震えるだけの少女はただ佇んでいるだけに見えた。しかし、彼女の栗色の瞳が彼らの視線や言葉を受けても、一切の揺らぎが起きなかったことに気づいた者はいない。そしてそれが、酷く冷めたものであったことも。


 変わらないな、この人たちは。ただ、それだけをルルリアは思った。カレリアの言葉だけが、彼らの中で価値があるのだ。ルルリアの言葉を聞こうとしたことなんて、一度もなかったのだから。彼らの中では、ルルリアはどれほどの悪党に成り果てているのだろうか。思わず、笑ってしまいそうだった。


 そんな笑いの波を堪えながら、ルルリアは噴きださない様に気を付ける。そして、必死な顔を作り、声を張り上げてみせた。


「お、お待ちください! 私には何のことなのかわかりません。クライス王子とは初対面ですし、エンバース家に、ましてやガーランド家の方々の顔に泥を塗るなど……、そのようなことは」

「……白を切り通せると思っているのか。お前を信じていたカレリアの思いを、踏みにじっておきながら」

「どれだけあなたに酷いことをされても、離れていてもあなたは家族なのだと、この子はいつも言っていたのに…」


 本当に彼らの中では、姉はどれだけ天使で、妹は大魔王なのだ。ある意味勘違いとは言えない部分もあるが。しかし、今までルルリアを何とも思っていなかったにもかかわらず、ここで『家族』なんて言葉を使ってくるとは。家族……なんて綺麗な言葉なのだろう。


 家族とは、温かいもの。似ているところはあっても、何もかも違うはずの他人でありながら、血の繋がりなどによって当たり前のように築かれる絆。最後に帰って来れる家。


 昔のルルリアは、家族を求めたことがある。彼女の中では、多くを求めたつもりはなかった。ただ本で読んだような『家族』が欲しかった。叱られたってよかったのだ。温かいご飯を食べたり、大好きな絵本を読んでくれたり、時々でいいから一緒に寝てくれたりしてくれる。



 そんな『当たり前の家族』になりたかった――と、昔の私ってめっちゃ健気ー、という感じでルルリアは完全に白けた目になっていた。気づかれない様に仮面は継続中だが、いい加減本題に入ってくれないかなと思う。


 家族のかたちに、本当の定義なんて存在しない。どれだけ否定したって、無視したって、家族は家族。そして、認めさえすればどんなかたちでも家族になれるのだ。そんな曖昧なものだけど、強いもの。要は、自分や相手にとって特別な存在。


 ルルリアは、別に彼らが家族であることに否定はしない。ただ、彼らが言っているような当たり前の枠にはまった家族ではないだけ。これが自分にとっての、エンバース家という家族のあり方なのだ。


 ガーランド家に行って、変態(父)を相手にしてきた魔王(娘)は、悟りながらそう思う。きわどいプレイを空気を吸うように日常的にやる家族だってあるのだから、今更家族のことで悩んでも馬鹿らしくなってしまった。


 だからルルリアは、真っ直ぐに家族(エンバース家)と向き合える。ポジティブに自分を鼓舞しなくても、受け入れられる。



「ルルリア、どうして…。どうして、クライス様の婚約者であるセレスフォードさんを、階段から突き落としてしまったのッ……!」


 さぁ、最初で最後のざまぁ(家族喧嘩)を始めよう。姉の声と、周囲の喧騒を聞きながら、ルルリアは一人静かに笑ってみせた。



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