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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
本編
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第五話 ノリなカオスが火を噴く時




 血筋というものは、時に面倒なものである。ルルリアは、何度かそう思ったことがあった。


 たとえば、姉や両親を『ざまぁ』したとしても、ルルリアもその影響を受ける立場に立たされる場合がある。貴族というものは、一族郎党で処罰を受けることなど、政略結婚並みにあることだ。それがたとえ、人形のような小娘でも。


 没落させるぐらいなら、姉を貶めるぐらいなら、もっと前からでもやろうと思えばできた。実行すれば、確かに彼らを絶望させることはできるだろう。しかしルルリアの目的は、彼らをただ絶望させたいのではない。自分の方が彼らよりも幸せな様子を見せ、それを見せつけて悔しがらせる。上から彼らを見下さなければ、意味がないのだ。


 今エンバース家を没落させたら、自分も当然貴族ではなくなってしまう。他の貴族に目をつけられたら、『ざまぁ』の後でも妨害にあうかもしれない。それらのリスクを抱えたまま、彼らを貶めるのは早計だろう。リターンのないリスクなどは、出来る限り排除するのが理想である。彼らには失わせ、自分は手に入れる。そのためには、まずはこのエンバース家というしがらみから、解放される必要があった。



「ガーランド侯爵家まで、あと少しってところかしら…」


 ガラガラと移動する馬車の中で、ルルリアは景色を眺めながら呟いた。彼女の周りには誰もおらず、馬を操っている使用人に話しかけても、返事は帰ってこないだろう。両親は別の馬車で先行しており、ルルリアは一人馬車で揺られていた。密室で一緒はごめんなのだろう、と彼女も共感できたので、そこは彼らの考えに感謝した。


 ルルリアは振動で揺れる身体を椅子に倒し、ゆっくりと息を吐く。珍しく緊張しているのかもしれない。そんな考えが過ぎると、小さく噴き出してしまった。まだまだ可愛いことを考えられるじゃないか、と肩の力を抜くように笑ってみせた。


「……私がエンバース家との繋がりを断ち切る方法としては、捨てる同然の政略結婚が確率としては高い。彼らだって、私との繋がりは早々に切りたい筈。はぁー、姉ぐらいの美貌があれば、もうちょっと簡単に権力者と接触できただろうになー」


 いや、そもそも美貌があれば、こんなことにはなっていなかった! と、一人でノリツッコミをして暇を持て余す。資料などは全て燃やしてしまったし、本を読むのも飽きたところだ。こんなところで騒ぎを起こしたら台無しなので、大人しく座っているしかない。何度目かはわからないが、情報の整理でもして気を紛らせよう、と彼女は静かに目を瞑った。



 ルルリアが何よりも欲しかったのは、有力者の後ろ盾である。情報屋としての繋がりではなく、ルルリア・エンバース個人としての繋がりを。その相手として選ばれたのが、リリック・ガーランド侯爵閣下。彼は色狂いとして悪い方に有名ではあるが、そんな曰くがある貴族にもかかわらず、未だに力を持つ人物だ。他の貴族と渡り合うだけの手腕を持つのは、間違いないだろう。


 彼女の目的は、彼を自分側の人間に引き込むこと。別にガーランド家の権力を悪用する気はないので、他の血族の方や貴族と敵対するつもりはない。大切なのは、侯爵家の加護を手に入れることなのだから。エンバース家から売られたことで、ルルリアはもうガーランド家の所有物。故に、ガーランド家での地位を確立しなければならない。


「私の名前も、ルルリア・ガーランドになるのかしらねー」


 エンバース家の人間ではなくなる。ルルリアの全てを、両親はガーランドに渡す取引をしたはずだろう。親権も、人権も、何もかも。これはもう家の娘でもなんでもないので、好きにしてくださいという断絶状態。エンバース家から、ルルリアという人間は消えたのだ。


 これでルルリアは、エンバース家とは何も関係がない人間となった。エンバース家が没落しようが、罪にきせられようが、彼女はもう家とはなんの関わりもない。彼らが貴族ではなくなっても、自分は貴族として生きられる。何か言ってくる相手がいても、親に売られた哀れな小娘として同情だろうとなんだろうと利用する。実際、彼女の所有権は侯爵家なのだから。



「あとは、私がリリック様を味方につけられるかか…」


 情報に100%なものはない。どれだけ検証しても、外れる時はある。彼女にだって不安はあったが、それでも決断できたのは自らが培ってきた力と勘。ルルリアは一度情報屋として、偶然リリックを一瞬だけだが見かけたことがあったのだ。


 その時、何かが震えた。ルルリアはこの直感を確かめるために、情報をかき集めてきたのだ。それらを一つずつ整理しながら、ゆっくりと反芻していく。


 リリック・ガーランドの噂その一。彼は愛妻家として昔は有名な人物だった。最初の奥さんは、爵位そのものは侯爵家よりも下だったが、彼が見初めて婚姻をしたらしい。プライドは高い人物だったようだが、奥さんのことになると弱い。浮気は一切なく、家にも毎日のように帰っていた。


 リリック・ガーランドの噂その二。おしどり夫婦だとか、カカア天下だとか、きっと尻に敷かれている等々。時々屋敷から侯爵閣下の叫び声が聞こえたらしいので、彼の奥さんは恐妻なのだと囁かれていた。しかしその奥さん本人は、ほんわかした感じで、侯爵閣下とパーティーでは仲の良い姿を見せていたようだ。


 リリック・ガーランドの噂その三。リリック閣下は寒がりらしい。彼は年中肌を見せないような服を着て、親しい友人の前でも服を着崩すことが決してなかった。理由を聞いても、「寒いだけだ」と答える。深くツッコんでも、「昔の古傷さ…」だったり、「日焼けするとお肌が…」だったり、「人に肌を見せるなんて破廉恥だ!」等の内容で躱していたらしい。彼も何かに必死だったのだろう。


 そんな彼が変わったきっかけが、妻が病で死んでしまったことである。その時の彼は三十代だったようだが、三年後には新しい妻ができたらしい。その時は誰もが侯爵閣下が妻の死を乗り越えられた……と思ったのだが、そうではなかった。ここからが、彼の暴走人生の始まりだった。


 とにかく若い女性をどんどんやっちまったらしい。二番目に妻になった娘を含め、始めの頃は前妻とは違った気の強そうな娘ばかり。数年後には、前妻に似たおっとり系の女性が。また次には従順そうな女性が……、と傾向はあるようだが、彼は何かを探すように女性を招き入れた。ちなみに増えた女はどうするのかと言えば、元の生家に返ることも多かった。


 侯爵家なのだから、色情魔でも傍にいればいいものを…、と思うだろうが、そこは侯爵様の過激な性格が娘たちを逃げさせた。鞭を持って引っ叩かれたり、酷い言葉で罵られたり、普通の娘なら間違いなく逃げ出すだろう。おかげで彼に娘を差し出す貴族は、よっぽど金が欲しいか、侯爵家とパイプを結びたい者ばかりとなった。



「妻を失った悲しみで、狂ってしまった侯爵様。それでも、引き受ける娘はしっかり選別しているのよね。政敵にあたる貴族の娘や関係者は、絶対に迎え入れない」


 妻の死に耐えきれず、手当たり次第手を出す獣のような男と言われているが、理性がある。彼は確かに妻を失ったことで変わった。それでも彼の行為は、失った何かを取り戻そうとするかのように、必死だっただけなのだ。


 ルルリアはグッと拳を握りしめ、精神統一を図る。息を深く吐き、流れる景色の先に見えた目的地を見据えた。ここからが、彼女の戦場となる。シィと呼ばれる第三者から、素質はあると思うよ? と意見もいただいているのだ。あとは、その素質を十全に生かすだけ。


「……さぁ、いきましょう」


 そして、馬車は止まった。




******




 人形のような娘だ。リリック・ガーランドから見たルルリアの第一印象は、そんなものであった。彼の下に連れてこられる娘は、そのほとんどが悲痛と不安を表情に浮かべる。もっともその理由を十分に理解しているため、彼は同情などは起こさなかった。


 その中で両親に連れてこられた十五歳の少女は、無表情で無口のまま、親に言われたとおりに行動していた。エンバース家から捨てられたも同然の娘は、リリックと顔を合わしても、最後の別れもなく去っていく両親を見ても、何も変化を起こさなかった。泣くこともしない少女に、彼らがどんな命令でも聞く、という言葉に嘘はなさそうだと感じた。


「……部屋に行く。付いてこい」


 白の混じった赤毛に鋭い目を持った壮年の男は、新しい愛人に声をかける。三十も年下の娘に手を出す罪悪感など、彼の中ではとっくになくなっていた。ここ数年は新しい娘が来なかったため、今はどんな娘だろうと構わない。何より、ルルリアはリリックの所有物となったため、遠慮も必要なかった。


 短い返事を返した栗色の少女が、真っ直ぐな足取りでリリックの後を付いてくる。警戒は怠らずに観察をするが、彼女の表情や歩き方には何も変化が起きなかった。


 部屋に連れて行かれたら、自分の身に何が起こるのかわかっているのだろうか。それすらもわからない無知なのだろうか。震えることなく、逃げることなく、リリックの後を追従する少女。初めての経験に少しの戸惑いはあれど、楽なことにこしたことはないと切り替えた。



 彼らがたどり着いた部屋は、大きなベッドがある寝室だった。しかしその壁には、鞭などが飾られており、彼が嗜虐趣味だという噂の信憑性を高める。大抵の娘はここで泣き叫ぶなどの反応を示すのだが、ルルリアは堂々と部屋に足を踏み入れた。


「……感情がないのか? あんまり無反応だとつまらないのだがな」


 もとよりルルリアには期待していなかったが、ついぼやいてしまった。リリックが寝室に入ると、屋敷の者は誰一人としてこの部屋には近づかない様になる。事前に娘が何も持っていないことを確かめており、いくら五十代でも十代の娘を抑え込むことなど容易いことだ。彼は扉を閉め、鍵をかけた。


「あら、それじゃあリリック様の好みの女性はどんな方なのですか?」


 そのすぐ後、返ってこないだろうと思っていた言葉に、返事があったことにリリックは目を見開いた。今ここにいるのは、自分と少女のみ。驚きに顔を上げると、先ほどまでの生気のない娘はどこにもいなかった。


 そこにいたのは、楽しそうに口元に笑みを浮かべる――ルルリアがいた。



「お前…」

「あぁ、警戒なさるのは仕方がありません。しかし私は、あなたと敵対する意思はありませんよ? エンバース家の人形として売られた哀れな娘であることに、間違いはありませんから」

「自分で哀れだと言うか」

「えっ、世間的には哀れに映る、悲劇の少女的な感じだと思っていたのですが…」


 違います? とあっけらかんとした態度で首を傾げる少女に、リリックは苦虫を噛んだような表情を見せた。完全に猫をかぶっていた。それも特大のものを。少なくともこの少女が、大人しく愛人になりに来たとは思えなかった。


「別に陰謀論とか、全然ありません。私はただ、あなたの望みを叶えに来ただけですから」

「……望み? 私の望みは今からお前を抱くことだが」

「違いますよ」


 リリックの無感情な言葉に、ルルリアは否定の言葉で断言した。目を細めて微笑む少女に、背筋に冷たいものが流れる。それは恐怖ではない。まるで自分が若い頃に、味わってきたことがあるような懐かしい感覚。


「あなたの望みは、そんな簡単なものではないでしょう? ずっと心の奥底から求めている欲求が、今だってリリック様の身体や心を蝕んでいるのではなくて?」

「何を言って」

「あなたが若い娘を手に入れる時、まず気の強い娘を選んだ。奥様の面影を探すのなら、おっとりとした女性をまず選ぶはず。それなのに気性の激しい娘を選んだのは、あなたが欲しがるものを彼女たちならくれると思ったから。だけど、失敗した」


 ルルリアから淡々と語られる話に、リリックは立ちすくんだ。ルルリアのペースにのせられていることを冷静な部分が訴えるが、それをさせないために彼女はさらに言葉を重ねた。


「自分の望みを叶えられなかった彼女たちに、あなたは失望した。だから次に奥様に似た女性を選んだけど、これも失敗。プライドの高いあなたは、自分からそれを彼女たちに頼むことも、他の貴族に知られることも許せなかった。だから、自分の望む『性格』を持った女性を探すことになった」

「それは……」

「あの鞭、随分年期が入っていますよね。もう何十年と使い古されたような代物。嗜虐趣味にリリック様が入ったのは、奥様が亡くなって以降と言われています。しかしあの鞭を特注で作ったとされる職人は、奥さんがご存命の時に亡くなっている。……不思議ねー、それじゃあ一体誰に使われていたのかしら」


 じくじくと言葉で追い詰めるようなルルリアの話し方に、リリックは無意識の内に胸を手で押さえた。あっ、これって昔、よく妻にされていたアレじゃね? と記憶と身体が甦る。


「服を着崩さないのは、自分の身体の痕を見せないため。若い娘に酷い行いをするのは、それによって彼女たちが自分に反撃しやすいようにするため。……さぁ、リリック様。もう一度お聞きします。あなたの望みは一体何で――」

「――ッ、知ったような口を!」


 早鐘を打つ心臓を誤魔化すように、リリックはルルリアをベッドに押し倒そうと迫った。この娘は、確かに気づいている。だが、それだけでは意味がないのだ。彼女の演技は確かに舌を巻いたが、彼が欲しいのは演技で行う紛いものではない。本物でなければ、認められないのだ。


 体格差もあり、本能的に恐怖を感じるだろう、と思って覗いた彼女の表情は――ひどく楽しげであった。



「人の話は最後まで聞きましょう、って教わらなかった?」


 油断をしていたのは、事実だった。体格のある男が迫れば、女なら悲鳴をあげて縮こまるもの。そんな一般的な概念が、色々ぶっ飛んでいたルルリアに当てはまるはずがなかった。


 一撃。彼女はたった一撃、リリックを蹴りつけただけである。しかしその蹴りつけた場所が、本当に容赦がなかった。悲鳴すらあげられない痛みというものは、想像を絶するものがある。普通なら同性も異性も無意識に躊躇してしまうはずなのに、ルルリアは呼吸をするようにやってのけた。男性がこの場にいれば、魔王だと震えただろう。


「グホォッ!」


 そのままリリックの勢いを殺さずに背負い投げのモーションでベッドに叩き込み、起き上がって来られない様に踏みつけた。自分より高貴な御方を、踏みつけ見下す高揚感と背徳感。相手が苦しみ顔をゆがませることへの、胸の中のときめき。


「そうね、今の私たちは婚約者だもの。だからまずは、お互いを知ることから始めましょう?」


 ルルリアは、自分が無傷で勝利できるなどと思っていない。綺麗な勝ち方など、己には無理なのだ。泥臭く、お互いに傷つけ合いながら、それでも勝つ。力を手に入れるためには、犠牲が必要な時だってある。この闘いは、彼女が己という最大の敵に打ち勝つことが必須だった。誰だって、己の中に目を背けたくなるものを持っている。


 例えば、自分が『ロリコン』であること。例えば、自分が『厨二病』であることなどを、心から受け止めることができるか。自分はもしかして、そういう人間なのかもしれないと認められるか。己を隠さず、心のどこかで否定せず、これが自分という人間なのだと、ありのままを受け入れられるか。


 そう、彼女の勝利に必要なのは、自分の全てを認めることだった。目の前のリリック・ガーランドは、生粋の変態だ。ルルリアの心に少しでも戸惑いや嫌悪感、羞恥心があれば、それを見抜く恐ろしい相手なのだ。蹴られて、踏まれているのに、どこか期待を寄せる彼に、彼女が全力で応えない限り……己に勝利はない!


 だから、彼女は心から開き直ってみせた。自分が、――ドSで鬼畜な魔王であることを。



「さぁ、――お鳴きなさい!」



 この日、ルルリアは一匹(一人)下僕(協力者)を手に入れた。鞭を力強く握り締めながら、勝利の雄叫びがこだました。ガーランド家での自分の地位を、確立した瞬間であった。




******




「息子との関係はどうだ、ルルリア」

「あっ、お父様。そうですね、健気で優しい婚約者として楽しんでいるわ」

「……君の猫かぶりといい、本当に十五歳か?」


 自分の妻も表裏が激しかったが…、と何故か興奮するリリックを横目に、ルルリアは読んでいた本を閉じておいた。ルルリアがガーランド家に来て、もう3ヶ月が過ぎている。彼女の立場はあの日の夜を境に、劇的に変わることとなった。


「わざわざ私の息子を婚約者にしたのだろう? 将来を考えて、本性じゃなくていいのかい」

「一瞬で破局させる自信があるわ」

「私なら幸せだ」


 それはあんただけだ、とルルリアは冷めた目でリリックを見た。すごく喜ばれた。


「あのまま私の婚約者として、妻になってくれていたらよかったものを…」

「あら、お父様。……娘に辱められる父という構図は嫌い?」

「なんという背徳感。私の娘は天才か…」


 傍から見たらアットホームなのに、果てしなく終わりすぎている会話をする親娘。お互いの本性を知っているのは、お互いだけ。協力者として利益を分け与える相互関係を、二人は築くことができたのだ。色々な意味で、表ざたにはできなかったが。


 ルルリアがガーランド家に迎え入れられた背景には、リリックの協力が大きく働いた。実際のやり方は相当ひどかったが、表側の内容としてはとても耳に綺麗な情報を流したのだ。


 リリックの色狂いは有名であり、ガーランド家でも困りものだと考えられていた。それが突然、パタリと止んだのだ。その理由が、エンバース家から売り飛ばされた健気な少女の存在。最初はリリックもいつも通りに襲おうとしたのだが、彼女の慈愛溢れる対応に、リリックの負っていた亡き妻の傷を癒したのだ。


 今まで迷惑をかけたな、と憑き物が落ちたリリックの様子に、ガーランド家の者は大喜びした。それを成し遂げたルルリアに、誰もが感謝をしたのだ。真実を知らない方が、救いになることの典型であった。



「私がガーランド家の一員になるのは、変わらないのですから。妻でも娘でも、構わないでしょう」

「それもそうだがな。しかし、それならガーランドの婚約者ではなく、私の養子として発表した方がよかったのではないか」

「私も当初の予定では、あなたの養子になるつもりでした。でも、ちょっとそれだけだと足りなくなってしまってね…」


 屋敷の窓から庭を眺めると、自分と同い年の少年が見えた。リリックに似て、赤い髪を持った少年は、年相応の甘えがある子どもである。ルルリアが本性で接したら、確実にトラウマを植え付ける自信があった。


 恩人であるルルリアを、ガーランドに迎え入れることに反対する者はいなかった。エンバース家との縁は切れているため、リリックの精神安定剤のために彼女をこのまま残すことに異論はなかったのだ。権力を渡すことはできないが、加護程度ならと。その時、彼女の立場をどうするかが話し合われた。


 ルルリアはリリックに頼み、自分と同い年の息子を婚約者にしてほしいと頼んだ。もともとルルリアは婚約者としてガーランドに来たのだから、リリックの一声があれば不可能ではないはずだ、と頼むことにしたのだ。


 彼女は別に、ガーランドの次期夫人になるためにお願いしたのではない。婚約もお互いが必要ないと判断すればいつでも白紙になり、養子縁組を始められる。ルルリアがガーランド家に慣れるまでの、形だけの婚約者という関係になった。もっとも万が一にでも惚れることがあったら、そのまま結婚までいくつもりだが。



 わざわざそんな婚約者を用意したのは、姉を罠にかける為だった。彼女はルルリアの持っているものは、何でも欲しがる人物である。今は王子という追いかけている人間がいるため、彼女も迂闊に他の男に手を出す真似はしないだろう。しかしそこに、おいしそうな餌が現れたらどうなるか。


 ガーランド家のおかげもあり、ルルリアは十六歳にちゃんと学園へ入学することができる。捨てられたはずの妹が、自分よりも地位の高い婚約者を連れて幸せそうにしている。それを見たカレリアの行動の予測は、簡単についた。


 婚約者は彼女が用意したもの。彼が姉に靡かないのなら、姉のプライドはズタズタになる。彼が姉に靡いたのなら、姉を追い落とす一手にできる。


 カレリアにもルルリアにも靡かなかった場合は、彼をちゃんと自由の身にし、女を見る目があると太鼓判が押される。姉に靡いても自分があえて用意したものだから、特に手を出すつもりはない。お仕事ご苦労様だ。それでも家での居心地は悪くなるだろうなぁー、とルルリアはまさに人でなしな笑みを浮かべた。


「ところでお父様は、私のご子息への扱いに反対はしませんの?」

「ふん、あいつは少々甘えがあるからな。一度ぐらい女で痛い目に会えば、甘さも引き締まるだろう」

「経験談ですか?」

「あぁ。何度も痛い経験をしたからこそ、今の私がいる」


 精神的か物理的かに関しては、ルルリアは深く聞かないようにした。なるほど、異性に痛い目に会い過ぎるとこうなるかもしれないのかー、ぐらいの考えで止めておいたのであった。



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