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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
本編
4/22

第四話 なんて素敵な相互関係




 ルルリア・エンバースが昔を思い出す時、まず浮かび上がってくるのは両親の顔だった。まだ三歳か、四歳ぐらいだった頃の記憶。この頃の姉はまだ今ほどの暴虐性はなく、食事中にいきなり妹の頭に水をぶっかけてくるぐらいの可愛いらしいものだった、と彼女は思い出すらしい。


 そんなおぼろげな記憶の中で、彼女の自我が芽生え始めて最初に思ったことは、おそらく「何がいけなかったのだろう」という気持ちだった。成長していくルルリアの顔を見て、父が眉を顰めた姿を、母と言い合いになっていた光景を、いつも思い出していたからだ。


 容姿のことに気づいても、ルルリアにはどうすることもできなかった。髪の色を金色にすることはできない。目の色を変えることだってできない。徐々に離れだした両親との距離に、彼女は必死になって考えた。


 勉強ができたらいい子だと思ってくれるだろうか、身体が丈夫だったら喜んでくれるだろうか、人から本からと色々な知識を蓄え、ルルリアは自分にできることを頑張った。顔は変えられないけど、それ以外のいけないことがなくなれば、きっと自分を見てくれるはずだと信じていたのだ。


 事実、両親はルルリアを見てくれたが、――それは彼女の思いとはかけ離れた感情だった。彼らには、末の娘は異常だと捉えられたのだ。幸か不幸か、ルルリアにはそれだけの能力が備わっていた。幼子でありながら、高い能力を彼女は有していたのだ。


 しかし彼らにはカレリアという子どもがいたために、その妹のルルリアが異様に映ってしまった。『自分たちとは似ていない容姿』、そんなことから始まった歪みは、だんだんと大きくなっていき、ルルリアが本当に自分たちの娘なのかと考えるまでになった。皮肉にも彼女が努力をすればするほど、家族の溝は深まっていったのだ。


 そこにカレリアのルルリアへの扱いが加わったことで、彼らとの距離はさらに遠ざかっていった。扱いのわからない娘から、彼らは背を向ける道を選んだ。カレリアに愛情を注ぐ、という形で逃げてしまったのだ。


 そしてただ愛情が欲しかっただけの娘は、諦めることを覚えていった。どうしたらよかったのか、どうして自分はこんな風に生まれてしまったのか、何を信じて進めばいいのか、何もかもがもうわからなくなってしまった。だからルルリアも、理解することを全て捨てて背を向けた。お互いに向き合うことがなくなってしまったのだ。


 彼らの関係は、何か一つでも違っていれば、変わっていたのかもしれない。そんな小さな歪みから、始まった出来事だった。




******




「婚約……ですか」

「あぁ、そうだ」


 突然使用人に呼び出され、エンバース家の応接間に通されたルルリアは、淡々と語る父親の言葉を復唱した。自分の家でありながら、もう何年も入ったことがなかった広々とした部屋。ただ、昔見た光景と比べると、調度品のいくつかが無くなっていることに気づく。その理由に心当たりはありながらも、ルルリアは目の前の人物たちから目を逸らすことはなかった。


 色合いの違いはあれど、美しい金の髪を持った男女が、彼女の向かい側に座っていた。真正面にいるのは、端正な顔立ちをした三十代ぐらいの男性だ。その隣には、どこかカレリアと似た顔立ちの女性がいる。改めて見ても思うが、本当にこの家族の中では自分が一番異端なのだろうな、とルルリアは感じた。


 そんなことを考えながらも、彼女の思考は止まることなく稼働している。そして、遂に来たのか…、と心の中でそっと呟いた。そろそろだと思い、外出は控えていたが正解だったようだ。それでも自分の考えが当たっているのかを確かめるために、ルルリアは話を続けることを選んだ。


「何故、私が婚約を」

「何故、だと? お前は貴族としての、責任も知らないのか」

「……申し訳ありません」


 ルルリアの言葉に、父親は不機嫌そうに鼻をならした。本当だったら、早々に話を切り上げたいのだろう。そんな態度が、ありありとわかる。娘の婚約という話にもかかわらず、無関心な母親の様子も目に映った。


 ルルリアだって、貴族として結婚がどれほど大切なことなのかは理解している。つまり、今回の話は政略結婚なのだろう。貴族の家なら、よくあることだ。だからこそ、聞かなければならない。


「お姉様ではなく、私が婚約者を持つことに驚いたのです。私と姉は一つ違いですから、年齢が理由ではないと思いました」

「今回の婚約は、エンバース家にとって大切なものだ。娘のどちらかであれば、問題はない。カレリアにも昔、婚約者を作ろうかと思ったことはあったが、それはあの子の自由を奪うことになるかもしれない。出来れば私たちのように、心から好きになった者同士で幸せになってもらいたいからな」

「……あなたはあの子と違って、受け取り手がないかもしれないと思って、私たちでお願いしたのよ。カレリアとエンバース家のために、しっかり役目を果たしてくれるわね」

「役目……」


 ルルリアは母の言葉を繰り返した唇を、瞬時に引き締める。エンバース家のために、という理由は理解できる。貴族の子女として、家のために役目を果たすことも理解できる。嫁ぐということなら、長女よりも次女に話が下りてくることも、まだ理解できるのだ。それでも、これほどまでに違うものなのかと思う。思わず、笑ってしまいそうだった。


 どこの家に、娘に幸せな結婚をさせたいと言ったその口で、政略結婚を娘に押し付ける親がいるのか。どこの家に、娘の将来をこんなにも無関心に告げられる親がいるのだろうか。どこの家に、受け取り手がいないでしょうと決めつけて、恩着せがましく娘に告げる親がいるのか。受け取り手に関しては、ルルリア自身もちょっと目を逸らしてしまったが。


 彼らが、貴族主義な人間だったらわかる。子どもを政略の駒としてしか見ないような、為政者ならわかる。自分の子どもなのだと、思っていないのならわかる。……つまり、そういうことなのだろう。彼らにとって、ルルリア・エンバースとはそういうものなのだ。


「お相手は、……誰なのですか」

「今回お話を受けて下さったのは、とてもありがたいことに侯爵家のお方だ。お前のことを話したら、喜んで引き受けて下さった」

「十五歳の、それも子爵家の娘をですか」

「あぁ、そうだ。だからしっかり妻としての勤めを果たせ。そのお方の名前は――」


 リリック・ガーランド侯爵閣下。彼は妻に先立たれた後、次々と若い愛人を作り、囲っている色狂いとして有名な人物。ルルリアの両親よりも年上であり、しかも彼女と同い年の息子までいるという、ルルリアと三十歳以上も年が離れた……五十代の男だった。




******




 ガァンッ! と自室に戻ったルルリアは、無表情で壁に拳を叩きつけた。無遠慮に殴ったことで、指の皮がすりむき、鈍い痛みが身体全体を駆け巡った。壁から拳を離すと、そこに赤い跡がついてしまったが、彼女がそれを気にすることはなかった。


 自分の親に会うために、わざわざ着替えさせられたドレスを、ルルリアは即座に脱ぎ捨てる。床に落ちた衣服を足蹴にし、そのままの勢いでベッドの上に倒れ込んだ。少し古くなっていた寝具は、ギシリッ、と嫌な音をたてたが、少女一人を支えることに問題はなかった。


 うつ伏せになっていた身体を天井に向け、ルルリアは腕を目元へと持っていく。家の中でも離れにあるこの部屋は、彼女が音をたてない限り、何も聞こえることはない。無音の暗闇が、先ほどまでのやり取りを何度も彼女に見せつけるように、頭の中で再生された。


「……くっ」


 思わず噴き出してしまった声が、彼女の口からこぼれる。ルルリアをものの様に見ていた両親。相手の名前を告げた後、それ以上彼女になんの説明もなく、無理やりもとの部屋に帰らされた。いきなり三十歳も年上の、それもいい噂を聞かない男の下へと嫁げと言う話。



「くくくくっ、ぁはははははッ!」


 そして、――そんな彼らの態度に全く心が動かなかった自分自身に。それら全てがおかしくて、ルルリアは笑ってしまった。


 涙は出ない。悲しみさえわかない。怒りすらもわかない。ふと、結局意味がなくなったが、堪え切れない笑いを抑えるために叩きつけた拳を口元に持っていき、ぺろりと舐める。もう慣れてしまった味に、苦笑した。



「はぁー。いやー、自分のことながらナイス演技。もう上手くいきすぎて、思わず噴き出しそうだったよ。もしかしたら…、と思って懸念していたことも心配損だったみたいだし」


 先ほどの我慢しきれなかった笑い声の時よりもトーンを落とし、息を整えながら呟いた。その後、ルルリアは生き生きとした表情で、ベッドの上をごろごろと転がる。するとベッドからまた嫌な音が鳴り、一瞬揺れたため慌てて止めた。特に異常がないことに、ほっと息を吐いた。はしゃぎすぎた。


 ルルリアが懸念していたのは、自分の両親への反応だった。普通に考えて、あんなことを言われた娘が、怒り狂わない方がおかしいのだ。姉との扱いの差に、道具でしかない自分自身に、非道でしかない嫁ぎ先に。


 たとえ、そうなることがわかっていたのだとしても、覚悟していたのだとしても、人間の心とはそんな簡単なものではない。自分は挑発にのらない、と言ったって、ついのってしまう心理みたいなもの。心のどこかでまだ信じたい、と思っている自分がいたらと考えていたのだ。


 しかし、ルルリアの心には一切の揺らぎが起きなかった。彼らから向けられた目にも、告げられた言葉にも、本当に何も感じなかった。怒りや悲しみなんて起こらない。


 もう自分の中に、彼らはどこにもいなかった。



「我ながら、なんという精神力と言うべきか、悟り状態なんだか。これはこれでまずくないかな…。ざまぁ、のカタルシスも落ちてしまわないだろうか。でも、あいつらが地面に這いつくばった姿を想像したら愉快だから、まだ大丈夫かな。気を付けよう」


 相変わらずの性格の悪さを確認しながら、何も感じることができなかった心に、彼女はそう結論付けた。落ち着いて反省したルルリアは、下着姿のままベッドのわきに作った隠し棚の鍵を解除する。その中に入っている金庫の扉を開け、十数枚の資料を取り出した。その資料には、とある人物たちの経歴から趣味を含め、調べ尽くせるだけのあらゆる情報が載せられていた。


 そこに載っていた名前は、「リリック・ガーランド」。ルルリアの婚約者に選ばれた侯爵閣下を含め、他にも二人の男性の名前が書かれていた。侯爵家であるためか情報の守りが固く、他の二人の資料に比べると枚数が少ない。それでもルルリアにとっては、十分な情報がそこにはあった。



「それにしても、私の婚約者候補は三人ほど用意しておいたけど、やっぱり侯爵さんを選んだか。まぁ、地位があって、お金もいっぱい持っているものね。お姉様のわがままのための資金作りのために、本当に……平気で娘を売り飛ばすとは」


 経済的に苦しくなったエンバース家が、まず切り崩すとしたら何か。そう考えた時、「あっ、私じゃね」とルルリアは瞬時に思い至ったのである。


 他二人の資料をもとの金庫の中に直しておき、リリック・ガーランドの資料を改めて読み直す。一年前にシィ、と呼ばれる協力者から予想された事態も踏まえて、ルルリアは早速行動を開始した。情報を見極め、ルルリアの候補になりえる貴族を選別。そして、エンバース家にとって損のない条件と合わせたのだ。


 両親としては侯爵家とのパイプが手に入り、さらに娘を売ることで金を得られる利益を。ガーランド侯爵としては、若い娘を堂々ともらえ、好きにできる権利を。家の調度品を売るにしても、数に限界はあるだろうから、まさに渡りに船の条件であっただろう。


 そしてそれは、ルルリアにとっても同じことであった。リリック・ガーランドは、もともと彼女の中ではもし婚約者として選ばれるのなら彼しかいないと思っていたからだ。ちなみに他にも候補者を用意しておいたのは、侯爵家を選びたくなるように比べる対象を作っておくことと、彼女なりの確認のためだった。


 彼らにもし、ルルリアへの良心が少しでもあるのなら……選ぶだろう人材を入れておいたのだ。爵位やお金は侯爵家と比べると低くなるが、それほど年が離れていない普通の男性を候補として入れておいた。政略結婚なのは変わらないが、それでもルルリアが幸せになる可能性はあっただろう。


 しかし、彼らが選んだのは五十代の色狂いと言われる侯爵閣下。ルルリア・エンバースの幸せを考えるのなら、まず選ばれないだろう人選だった。


「この親、本当に鬼畜だわ」


 ルルリア自身は、彼らの鬼畜具合を予想していたので、あっけらかんとしていたが。彼女がわざわざ候補者を三人にした理由は、それほど重要ではない。答えが出た確認作業に、小さく息を吐く。ルルリアは資料を握り締めながら、頭を振って意識を切り替えた。



「……他の二人になっていたら、お互いに大変だっただろうし別にいいわ。それより、ついに侯爵様かー。エロ親父かー。普通の女の子だったら失神するか、めそめそと泣いているわね。本当に物語ならここで、『きゃー、王子様助けてー!』ぐらいのクライマックス場面よねー」


 転げまわったことでぼさぼさになった栗色の髪を手で掻き、枕に顎をのせながら資料を眺めていく。時々欠伸をし、下着姿で寝転がる姿は、とても子爵家の令嬢には見えないほどの適当ぶりだった。これほどまでに悲壮感が全くない、政略結婚前の娘は他にいないだろう。


 軽く物語のお姫様と王子様の駆け落ちエンドごっこまで楽しんだルルリアは、スッと表情を引き締める。ガーランド侯爵との邂逅は、今日から二日後になる。随分性急だが、おそらくルルリアが逃げ出さないようにするためだろう。人形のような娘でも、もしかしたらと考えてもおかしくない。


 ならば、その時が本番だ。しくじれば、自分は侯爵の愛人の一人となり、このエンバース家と姉のための肥やしとなる。逃げ出せるだろうが、それはルルリアの敗北に他ならない。だが、成功すれば――ようやく願っていた手札を手に入れられる。そのためなら、一切の容赦なんてしない。甘さなどは切り捨てる。捩じ切る練習もしておく。


 リスクはあるが、リターンも大きい。何よりも、ルルリアは勝てない勝負など行わない。勝てないのなら、勝てるようになるまで力を蓄える。成功率は高いと踏んだからこそ、彼を婚約者として考えたのだから。そうじゃなければ、ざまぁ並みに全力を持って妨害しまくっていたかもしれない。


 彼女が何度も確認し、照合して手に入れた彼の情報は、結局はぶっつけ本番でしか確かめられない代物である。それでも、突き進むしかない。



「くくくくっ。待っていてくださいね、リリック様。私の大切な今の婚約者様。すぐに……あなたの望みを叶えてあげるわ」


 彼が愛人を欲しがること、昔の侯爵閣下と奥さんの肖像画の写し、そして今まで侯爵家が秘密裏に購入したとされるリスト。


 それらを眺めながら、令嬢として完全にアウトな笑みをルルリアは浮かべたのであった。



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