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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
本編
3/22

第三話 ざまぁに向けての前向きな準備期間




「先生、元気にしているかなー」


 十四歳になったルルリアは、手に持ったパンで昼食を済ませ、街中を歩いていた。貴族の子女としてははしたない行為だが、今の彼女を見てもパッと見で貴族だとは思わないだろう。服装は旅装束であり、フードをかぶっている性別不詳の子ども。そしてナイフを腰のベルトに数本下げているその姿は、どこにでもいる旅人のようだった。


 彼女の国は様々な人々で賑わい、暮らしも豊かな方だろう。戦争なんて何十年となく、隣国との関係はお互いに様子見という感じだ。ルルリアの先生はもうこの国にはおらず、田舎に帰ってしまっている。事情はどうあれ、彼女にとって彼は恩師だった。いつか必ず、恩を返したいと心から思うほどに。


 そして彼の息子にもお世話になり、傭兵のような職なので旅の仕方などは彼から教わった。実際に国の外に連れて行ってもらった時は、感動で言葉を無くしたほどである。


 慣れてしまった今の自分自身を、ルルリアは誇らしく思っていた。少なくとも、八年前の幼く無知な少女ではもうない。二回りぐらい年が離れた先生の息子に、彼女は娘のようにかわいがってもらった。思わず泣きそうになってしまうほどに、外の世界はルルリアを魅了したのだ。


「それでも、この性格は変わらないんだから……私も大概馬鹿よね」


 愛される感情を知った。大切にしたい感情を知った。楽しいと言う本当の感情を知った。それはとても綺麗で、壊したくなくて。自分には過ぎたるものだ、と思ってしまうほどに彼女は確かに嬉しかった。


 きっとこのまま逃げ出したって、誰にも咎められることはない。温かくて、優しいこの世界に、い続けたいこの思いは間違いではなかった。



 だけどそれは――ルルリア・エンバース自身が何よりも認められなかった。その選択は、今までの自分を、そして全てを否定することに他ならない。彼らからただしっぽを巻いて逃げ出すことを、彼女の心が受け止められなかった。


 自分が正義だなんて思わない。それでも、彼らに見せつけてやりたいのだ。ルルリア・エンバースという人間を、見くびっていたことを後悔させたい。この先、自分がどうなるのかなんてわからない。何をしたいのかなんてもっとわからない。


 それでも――少なくともこの気持ちに決着をつけない限り、ルルリアは前に進むことができなかった。



「えーと、確かこの看板から二つ先の路地だったなぁ」


 周囲に人影がないことを確認し、気配を殺しながら速やかに移動していく。外の生き方に手慣れた自分自身に、ルルリアは小さく苦笑した。


 姉であるカレリアが十二歳で学園に入り、もう三年が経った。姉の性格は変わらず、ルルリアは相変わらず奴隷扱いを受けていた。彼女も多少だが、反抗するようにはしている。無反応な対応をしすぎると、癇癪を起こすお姫様のために飴は必要なのだ。気分は猛獣の飼い主である。


 十歳以降からは生傷や痣が増え、相手にわからないように受け身を取ることに関しては、かなりの自信がある。怪我をしても、きっと医者になんて見せてはくれないだろうから必死に覚えた。両親に手を出されることはなかったが、姉の行為をただ傍観するだけの彼らに、もはや胸の痛みも起きなかった。


 傍から見れば悲惨だろうが、当時のルルリアはそこまで悲観的ではなかった。むしろ、これはいい修行になる! ぐらいのポジティブ精神だった。実際、その経験のおかげもあり、荒事のある外でも、女手一つで乗り越えられることもあった。得意技は、カウンターKOである。


「私が入学するまで、あと二年よね。拘束時間が増えちゃうし、それまでにやれることをしっかりやっておかないと」


 この国では、貴族は十六歳になると学園に通う義務がある。貴族社会の繋がりを作るための場であり、社交場への足掛かりのためだ。貴族以外にもお金があったり、優秀な平民も入学することができる。部下を作るためにも、一役買っているのだ。


 しかし貴族のみだが、十二歳から入学をするシステムがある。こちらは任意になるが、中等部のような扱いだ。平民がいない貴族のみの中等部は、入学金が高等部を合わせると二倍になるが早めにスタートをきることができる。故にお金のある貴族は、子どもを学園に入れるようになるのだ。


「あの時は大変だったなー。学園は寮生活だからカレリアと離れたくないー、っていう彼らを説得させるの。本当にお姉様にはあまいよねー」


 説得と言っても、ルルリア自身が行ったわけではない。彼らが彼女の言葉に耳を貸すわけがないのだから。だからカレリアを学園に入れさせるために、カレリア自身に行きたいと思わせるように誘導させたのだ。


 ルルリアが何よりも大切にしたのは、情報である。外に出るようになった彼女は、あらゆる情報を集めることに奔走した。無知とは蹂躙されるだけの存在だ。力を欲した彼女にとって、最も手が届きそうだと考えたのが情報だった。それが、今の彼女の武器になった。


 カレリアさえおとせば、彼女にあまい両親はうなずくだろうとわかっていた。だからルルリアは、姉の交友関係を使って彼女に学園に興味を抱かせるような噂を流した。カレリアの男性の好みを調べ、該当者が学園にいる情報を流した。さらに貴族や家の使用人を使って、父と母にとって不和な情報を流し、家に居づらい雰囲気を作る。当時の頑張りを思い返すと、ルルリアはちょっと遠い目になった。


 カレリアを学園に行かせたかった理由は簡単だ。いい加減受け身の練習に飽きたのと、自由にできる時間が欲しくなったからだ。ルルリアの行動範囲は、年々広がっていて、遠出や夜分を使うことも増えてきている。しかし、何日も部屋から出てこないとなれば、さすがに気づかれるだろう。


 姉がいなくなった家で、両親がルルリアをどうするのか見当はついていた。彼らがルルリアを傍においていたのは、カレリアのおもちゃがなくなってしまうからだ。可愛い娘のために、仕方なくおいている。だったら、その理由がなくなったらどうなるか。



「一応次女だから追い出しはなかったけど、部屋が物置のような場所に変えられる。使用人は基本無視。しかも食事もなくなり、自分でなんとかしなさいの超放任主義。いやー、ここまで上手くいくとは」


 指折りに数えながら、彼女は楽しそうに笑う。ルルリアは文字通り、いない者扱いされることとなった。六歳からこの八年間、彼女は親の前では従順で表情が乏しく無口な娘を演じてきた。彼らが大好きな姉とは正反対な妹に、彼らの態度は一目瞭然だった。


 そうして彼女は、自由を手に入れたのだ。時々使用人に姿を見せておくだけで、誰もルルリアがいなくなっていることに気づかないのだから。両親が彼女を、中等部に入れる可能性は皆無。姉のわがままでも、さすがに入れないだろう。学園に入る義務がある十六歳までの自由を、ルルリアは心から喜んだ。



「だけど、ちょっとまずい展開になったよね…」


 指に付いた昼食の粕を舐めながら、ルルリアはさらに細い路地を抜け、足を止めることなく歩き続ける。彼女の当初の計画は、エンバース家を嗤うことだった。姉の本性を公の場で晒し、家の権威を落とすぐらいはやってやろうと考えていた。没落だってカモンだ。


 エンバース家にとって不利な情報を集め、家から資料をこっそり持ち出すこともしている。気づかれないように注意は払っているが、まさか娘から盗み出されているとは思ってもいないだろう。それも逆らわない、人形のような娘が。彼女の家はそれなりに位のある貴族であるため、面白い情報を入手することができた。


 姉のわがままの出費のために、エンバース家の経済は思わず笑いたくなるような状態になりつつある。姉をちょっと唆し、姉をちょっと騙し、姉にちょっと甘い言葉を流すことで、年単位をかけて仕込んできたのだ。両親には裏で貴族を経由させ、国としてはちょっと灰色な感じの誘いをかけ続ける。


 可愛い娘の願いか、国の貴族としての威厳か。彼らはどちらを取るのだろうか。大変興味深い、とルルリアはにやにやしてしまった。彼女がどれだけ努力をしても、権力というものは非常に重い。権力者の後ろ盾を得るなど、運の領域だ。貴族の家と戦うのなら、戦えるだけのカードを揃える必要がある。無理やりにでも。


 ルルリアは、貴族であることにこだわりはない。彼らが堕ちていく様が見られるのなら、喜んで平民になろう。もちろん、貴族でいられるのなら貴族として生きるつもりだ。どちらにしても、彼女は一人で生きていく自信はあったのだ。だから、『エンバース家ざまぁ計画』のみに焦点をおいていた。


 その計画に亀裂が入った原因は姉であり――ある意味で自業自得だった。




「こんにちは、待たせてしまったかしら」

「いや、それほど待っていないさ」


 いくつもの狭い路地を抜けた先に、レンガ造りの建物がある。そこの扉の前までルルリアは進むと、三回ノックをし、一呼吸おいてから今度は四回扉をノックした。開けられた扉から大柄な男が現れ、合言葉を告げる。そしてその手に、金銭を握らせた。これらの流れ作業を終えた彼女は、退屈そうに本を読んでいたフードの青年の前まで歩き、挨拶をした。


「座ったら? ちょっと長い話になりそうだし」

「それじゃあ、そうする。……学園の様子はどうなの」

「直球だな」


 小さく笑った彼は、開いていた本を閉じる。遠慮がない彼女に、気分を害した様子はない。お互いが協力者であり、秘密を握り合う者同士。この場にいることが知られるだけで、面倒な立場なのもお互い様だった。


 ルルリアは彼に、エンバース家の次女であるとは伝えていない。ただ、カレリア・エンバースをざまぁしたいとだけ話しているので、彼女と何かしら関係がある人間だと思われている。一方で彼のことについても、ルルリアは詳しく知らない。その目的しか知らないのだ。


 彼とはもう三年の付き合いになる。彼女が学園内の情報を手に入れようと動いた時、妙に学園内の様子に詳しい情報屋がいたのだ。それが目の前の人物であり、何度か接触したことにより、彼が学園の人間であることを知ったのだ。


「本当にすごいね、彼女。中等部に通っている男たちを、あんなに骨抜きにするなんて」

「容姿は極上だし、あの人は男によって好みの性格や仕草を使い分けられますからね。本当にあの手腕だけは、拍手を送ってしまいたくなりますよ」

「それは同意。だけどそのおかげで、とんでもないものをつり上げてくれた」


 ルルリアにとって最大の誤算だったのが、姉の魅力を過小評価していたことだった。彼女のことだから、貴族の男子をはべらかし、女子の中で取り巻きによる派閥を作るぐらいはするだろうと思っていた。外面は整え、影でわがままや弱い者いじめは健在だろう。


 だけどまさか、王族を引っかけてくるとは思ってもいなかった。



「この国の継承権第一位である、クライス王子ですか。シィから情報をもらった時は、発狂しそうになりましたよ。次代の王の女を見る目が、なさすぎるって」

「えっ、そっちに。まぁ俺としても、現場を見た時は唖然としたけどな」


 ルルリアも情報として、確かに学園に王族が通っていたことは知っていた。しかしクライス王子には、有名な公爵家の婚約者がいるからと気にかけていなかったのだ。どれほどの手腕を持っていようと、子爵家の娘では接点すら厳しいだろうと考えていたからだ。


 それなのに現段階では、すでにお互いに顔見知り程度にはなったらしい。他の生徒に隠れて、何度か接触を繰り返しているようだ。あの姉が王子相手に、このまま大人しく引き下がる様をルルリアは想像できなかった。嫌な予想ばかりが膨らんでいく。


 苦い顔をするルルリアとは反対に、驚いたという割には嬉しそうにしている青年に、彼女は面白くなさそうに眉を寄せる。自分とは違い、彼にとって姉が王子を引っかけたのは朗報だったからだろう。


「……それを見た後、どうせあなたは高笑いぐらいしていたんでしょう?」

「そんな品のないことはしない。……口元の笑みは、なかなか消えなかったかもしれないがな」


 面白そうに笑う青年の口元は、ルルリアに似てどこか歪んでいた。その笑みを見て、彼女は疲れたように溜息を吐く。お互いの正体すら隠す彼らが手を組んで、それなりに信頼を寄せ合えるのは、似た者同士だったからだ。


 ルルリアが彼に定期的に情報を求めていた三年前。ある日どうしてかと問いかけられたため、堂々と「ざまぁ! と言いたいから」と答えた彼女に、彼は呼吸困難になりそうなほど腹を抱えた。それに全力で蹴りを入れたことに関しては、ルルリアは後悔していない。


 「それはいいな」と笑いと痛みのダブルコンボで地に沈みながら、彼は楽しそうに笑った。それから自分の目的を語ったのだ。その内容にルルリアは目を見開き、秘密の共有者として手を組むこととなった。



「シィ、まさかと思うけど、……わざとカレリアとクライス王子を引き合わせたり、燃え上がる布石を置いたりしたんじゃないでしょうね」

「おや、俺は王子様たちに近づくなんて、そんな危ない橋は渡らないよ。心外だなぁ、ルゥ」

「あなたなら噂を操作したり、王子の関係者に吹き込ませたり、逆にカレリアを唆して動かすことぐらいはできるでしょう?」


 そうじゃなければ、あなたにとって都合が良過ぎる。ルルリアがあえて飲み込んだ言葉に同調するように、青年は嬉しそうに口元に弧を作った。ルルリアの情報屋としての師匠をあげるなら、このシィと呼ぶ青年に他ならない。彼のやり方を真似て、彼女はここまで這い上がってきたのだから。彼の手口を、ルルリアはよく知っていた。


 彼女は静かに息を吐き、頭の中を一つずつ整理していく。用意するはずだった舞台の修正が必要であり、王子の人間関係も含めて調べることが増えてしまった。二年後に入学する学園が、大変憂鬱に感じてきた。


「本当にやってくれたわね。カレリアをざまぁするのに、とんでもない障害を作ってくれちゃって」

「あははは、本当になー。とりあえず、今回の詳しい内容と、新たな彼女の交友関係や退学させた生徒の詳細を報告書に書いておいた。あとで確認でもしておいてくれ」

「……わかったわ。それじゃあ、次は私からの情報だけど、近隣諸国の動きとしては東の国が少し騒がしいかしら。他は目立ったところはなし。この国で最近噂になっているのは――」


 悪びれもない目の前の男に向けて、ルルリアは脛を遠慮なく蹴っておいた。フードで口元しか見えないが、反応からしてクリティカルだったらしい。それでも彼女の情報を聞き漏らさないように、努めている姿はさすがである。


 青年は学園からなかなか出られない身のため、ルルリアは代わりに国の情勢や世界の動きについて、最近の流行や事件も含めた情報を伝えることを等価交換にしている。まとめた資料や諸国の傾向を資料にし、同じように渡しておく。お互いに資料を眺めながら、疑問点などを話し、より情報を明確にさせていった。



「……そういえば、前に集めた貴族経由の情報の中にあったけど、エンバース家が何やら動いているらしい」

「何かね…」

「あぁ、俺の予想としては――」


 へぇ、とお互いに浮かんだ表情に、性格の悪さがにじみ出ていた。結果として彼の予想は当たり、十五歳になったルルリア本人の身に降り注ぐことになる。彼女にとっては、その話があったことにそこまで騒ぐことはなかったが。


「言っておくけど、難易度が高くなったのは事実なんだから、ちゃんと協力してよ」

「あぁ、もちろん。俺にとっても、利益があることだからな。……一応聞くが、降りる気はないよな。下手をすれば、王族を敵に回すことになる」

「……この私が、ざまぁを諦めるとでも? 見極めはするけど、カレリアだけの味方だと言うのなら、もう私にとってはざまぁ要員よ。敵は全力で蹴落とし、絶望させ、奪い尽くすのみ。私の前向きさを、嘗めないでほしいわっ!」

「……わぁー、すげぇたのもしい」


 前向きの意味を、ちょっぴり調べたくなった青年であった。



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