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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
番外編
18/22

後日談⑥ ※警告:恋愛一割が本気を出しました




「おはよう、ルルリア。その、今日の午後って時間があったりする?」

「あら、おはよう。それって、お誘いかしら?」

「ははっ、そりゃあルルリアの婚約者ですから。俺なりに努力をしようと思って」


 照れくさそうに頬を掻くフェリックスに、ルルリアは小さく肩を竦めた。彼の態度に面白さから思わず笑ってしまったが、本の角度を調節して隠しておく。エンバース家が社交界から消えて半年、それ以降このような誘いが彼の口から出ることが多くなった。フェリックスの言うとおり、彼なりの努力なのだろう。


 ルルリアから誰かを誘うということは滅多にない。彼女の場合、誰かに何かをさせると決めたら決定事項にするように働きかけるような女である。要は魔王らしく命令したり、そう動くように仕向けたりする。そのため、相手の意思に任せるような『誘う』という行為がどうもまどろっこしいのだ。他力より自力を最優先に考えてきた超アグレッシブ思考であった。


 そんなルルリアなので、基本一人でいることが多い。ガーランド家に帰れば、清々しい朝のドS起床法を父と婚約者に披露して鳴かせ、軽く武器の調子を確かめた後、夜の躾まで平和で和やかな一時を過ごすのが彼女の日課だ。長年染み付いた気質からか、彼女は一日中ただ誰かと一緒にいることに苦手意識がある。というより、慣れていなかった。


 エンバース家の使用人のように相手が自身に無関心であったり、悪意を持つ人間を警戒し続けたり、ただのその他大勢と過ごすだけであったりすれば特に問題はない。人間慣れたら(住めば)都である。貴族のおほほほ、な会話だってバッチコーイだ。副音声まみれな会話とか本当に心が落ち着く。一応特大の猫を被っているので、天然を装いながらぐさぐさ追い打ちして楽しんでいる。そこらの令嬢より、よっぽど貴族社会に適応していた。


 問題なのは、ただ当たり前のように傍にいる時である。まず、日常会話を長く続かせるのが難しい。特に話をする必要がない時だ。学校での令嬢たちの会話なら、令嬢特有の情報網から話を合わせ、有意義な情報を手に入れられるように誘導したりして楽しめる。ユーリシアとの会話は、覇王ロードの手伝いや国の事や社交界の事など話すことは多い。しかし、日常会話ほど困るものはない。魔王の日常って何? である。


「午後ね、時間はあるわよ。それにしても、誘うにしてももうちょっと誘い文句は考えなさいよ? いつもそれじゃあ、そこらの令嬢なら鼻で笑っているわよ」

「うーん、だけどルルリアには直球で誘うのが一番だと思ったから。遠まわしでカッコつけた言い方で、ルルリアを誘う俺を想像してもさぁ……」


 あぁ、確実に心の中で盛大に噴き出しているな。それか堂々と目の前で失笑している。ルルリアはさらっとひどい未来予想図を立てた。


「似合わないし、たぶんルルリアに確実に馬鹿にされたような目で見られ……いや、それ天国じゃないか? くそっ、しまったっ! ルルリア、もう一回誘い文句を全力で考えてきてもいいだろうか!? 君に蔑まれるような、『そんな歯の浮いたセリフで私を誘うなど笑止』とか言われながら踏みつけられる、そんなカッコいい誘い文句を必ず習得してみせるッ!!」

「いやよ、そんな未来予想図」

「歯の浮いたようなカッコいい誘い文句が言えそうな人……、今度クライス先輩に相談してみようか」

「使用用途の理由を聞いたら、確実にブチ切れるわよ」


 ちなみに後日、後輩から上辺だけの誘い文句相談をされた大きいワンコは、しっぽをぷるぷるしながら、覇王様へ向けて一生懸命考えたカッコいい誘い文句を披露。たまには色情魔一族も良いことをする、と覇王様はワンコの女性経験の成長にほっこりした。



「誘い文句はもういいから。それで、午後は何をするか決めているの?」

「まず、(武器)の使い方のレッスンをまたお願いしたいのと」

「私、ちょっとそれを教えたこと後悔しているんだけど」


 フェリックスは護身用に剣の使い方を習っているが、剣を日常的に持つことはできない。短剣などなら忍ばせられるが、さすがに公の場では難しい。むしろ、いらぬ誤解を招きかねない。そんな時に思い出したのは、婚約者の武器である。あれなら、日常的に携帯することもでき、身を守る武器としても悪くない。殺傷用とは違うので、公の場で持っていても頬が引きつられるだけで、特にお咎めもないだろう。


 そんな純粋な理由でフェリックスはルルリアにお願いし、彼女も「暇だからいいか」と好奇心も含めて了承した過去。その成果は、彼らのお父様の喜びの声からよくわかる。迂闊だった。あのお父様が息子の成長を確かめない訳がない。ハイブリッドを嘗めていた。


「俺が武器の練習をしていたら、颯爽と現れて当主として練習台になろう、って決め顔で言ってくれたからさ」

「疑問を持って、そのセリフにまずは疑問を持って。仮にも侯爵閣下で父親を練習台にしないでよ、血の繋がった息子」

「でも、そこがまたぞくぞくとした背徳感に繋がって…」

「その気持ちを理解できる自分が恨めしい…」


 ドS同士のシンパシー。ガーランド侯爵家は今日も平和であった。



「あとは、ルルリアに見てほしいものがあってさ。父さんからも時間がある時に、って頼まれていたんだ」

「私に?」

「うん、俺も前に見せてもらったけど、ルルリアも気に入ってくれたら嬉しいかなぁって」


 この領地でまだ自分が見ていないものなんてあっただろうか。ルルリアは彼らが見せたいものを推測するが、答えになりそうなものは思い浮かばない。二人がルルリアに見せたい、ということからガーランド家として関わりがある事柄だろう。元子爵家の令嬢であるルルリアは、ガーランド侯爵家の人間として習うべきことが多い。彼らが自分に伝えたいことがあるのなら、拒む理由はない。


「見るのは構わないけど、気に入るっていうのは? 気に入らなかったら、何かまずいことでもあるの?」

「こればっかりは、見てもらわないと答えようがないかな…。俺も父さんもルルリアが気に入ってくれたら嬉しいけど、嫌なら新しいものを頼むと思う。もちろん、ルルリアがそれで気に病むことはないよ」


 フェリックスの言い方から、彼らが見せたいものが物であることがわかる。それもルルリアが受け取るようなもの。ガーランド家から自分に渡すような物品に心当たりが浮かばず、彼女は小さく溜息を一つ溢した。もらえるものは何でももらっておく性格であり、あまり好みというものがルルリアにはない。あるものでなんとか生きてきた人間なので、物欲というものがさほどないのだ。贅沢に魅力を感じない、と言い換えてもいい。


 今までの質素な暮らしから、煌びやかな生活ができる今。周りから嘗められない程度の着飾りは必要だが、それ以上の欲があまり出てこないのだ。ある意味で、贅沢の限りを尽くしていた姉が反面教師として彼女の中で残っている。彼女の欲望を利用して助長させていたのは、紛れもなく自分自身。欲と言うのはそれだけ隙を作りやすいのだ。


 だからこそ、求める欲は厳選しなくてはならない。なんでもかんでも欲しがれば、姉のように奪うことでしか生きられない人間になっていく。だけど、何も求めない無欲な人間になれば、それこそ搾取される側になってしまう。何より、勿体なさ過ぎる。欲とは野望に繋がる感情だ。現在のルルリアが一番求めている感情と言ってもいい。


 ぶっちゃけ、今の彼女の状態は真っ白に燃え尽きたぜ…、からちょっとずつ色を増やしていっているところなのだ。ただ贅沢という視点で己の欲を満たすことは、彼女にとっては難しいだけ。それはルルリア自身が自覚している。そのため、彼らがそれを気に入ってくれるかという心配は、正直問題ないことだろうと感じるのだ。あまりにもあんまりすぎる物じゃない限り、自分が受け取りを拒否することはないだろうから。


「変なものじゃなければ、私は特に気にしないわよ」

「あー、うん。ルルリアならそう言うだろう、って父さんも言っていた。でも、できたら俺はルルリアに気に入ってほしいし、そうじゃなくても君が好きな色やデザインを身に付けてほしい。少なくとも俺にとっては、大事な物だから」

「……今更だけど、その私に見せたい物って何?」


 どうも少し会話がかみ合わない、と感じたルルリアは、一番大事なところを聞いていなかったことに思い当たる。フェリックスもそれに気づいたのか、「あっ」という表情で、視線を右往左往させた。相変わらず、どこか抜けている婚約者に呆れたような視線になってしまう。それに嬉しそうに悶えだしたので、実はこれが彼の作戦だったらすごい策略家なのかもしれない。ただの天然だろうけど。


「えーと、一応確認だけど。ルルリアって、エンバース家からの持ち物ってあったりする?」

「何もないわよ。身一つで売られたし、あの家の物に興味なんてなかったから。没落後も全て王家に任せたわ。それで?」


 さっさと答えを要求するルルリアに、フェリックスは頬を赤らめながら、言いづらそうに口ごもる。そろそろ蹴りでも入れてやろうか、と物騒で相手が喜びそうなことを考え始めたルルリアの思考は、その答えを聞いて吹っ飛んでしまった。


「衣裳だよ。その、結婚式の。……俺の母さんが昔、ガーランド家に嫁いできた時に着た――花嫁衣裳」


 さすがの魔王も言葉を失う威力だった。




******




 レヴェリー・ガーランド。リリック・ガーランドの妻であり、彼の道を存分に踏み外させた諸悪の根源(ノーマルの敵)。ガーランド家のカオス度を天元突破させたのは、間違いなく彼女の存在と血であろう。ルルリアがガーランド家に足を踏み入れて一番残念に思ったのは、彼女が故人であったことだ。彼女の伝説を養父から聞くだけでも、絶対に仲良くできた。ルルリアが「お母様」と慕えたかもしれない、唯一の女性だろう。


 しかし、彼女が故人でなければ、ガーランド家にルルリアが嫁ぐことは不可能であった。リリックは今でも、妻とそのドSな性癖を愛している。だからこそ彼女の死後、『プライドの高い暴食で雑食なドM』という世にも恐ろしい拗らせ方をしていたのだ。三十歳年下のルルリアを妻にしてもいけるエロ親父ではあるが、彼の根底に巣食う変態の化身は亡き妻一筋である。それ故にルルリアを娘として、心から彼は可愛がることができた。


「妻と出会ったのは、お前たちが通っている学園でな。あの時の私は若く、無鉄砲な性格だったと思うよ」

「そうなのですか?」

「あぁ、フェリックスのことを強く言えないぐらいにはな。あの頃の私はまだ己を知らない、どうしようもない青二才であった」


 懐かしむように、愛おしむように、リリックは息子と娘に語る。フェリックスが話した花嫁衣装は、リリックが大切に保管しているため、武器の訓練が終わった彼らは執務室へとやってきた。それにリリックは口元を緩ませると、亡き妻が使っていた部屋へと二人を案内したのだ。


 部屋自体は定期的に掃除されているからか、寂れた様子は感じられない。衣裳棚やドレッサー、綺麗に整えられたベッドなど、普通の女性らしい部屋だ。壁には絵姿が飾られ、そこには二十代ぐらいの赤毛の男性と優しそうな亜麻色の髪の女性が描かれている。予想はしていたが、フェリックスから「あれが母さん」と教えられ、ルルリアは静かに頷いた。


 赤毛や容姿は父であるリリックに似ているが、目元や雰囲気は母親似なのだろう。絵姿を見て、フェリックスを横目で見比べてみると、そんな感想をルルリアは抱いた。鷹のように鋭い目つきをした父と違い、穏やかで人のよさそうな感じだ。ナイスミドルなドMも詐欺だと思うが、母親似の穏やかな雰囲気で覇王や魔王すらも慄かせる変態な息子だと、いったい誰が思うだろうか。もしかして、自分以上に詐欺じゃないだろうか、と魔王は遠い目をしてしまった。


 見た目と性格が釣り合わないところは、たぶんガーランド家らしい特徴なのだろう。天然なのがより恐ろしいと感じる。未来のハイブリッドの被害者にご冥福を祈った。



「お父様と奥様ってどのようにお知り合いになられたのですか? 確か、レヴェリー様はあまり爵位が高くなかったご令嬢だと聞いたのですが」

「そういえば、確か学園で父さんが母さんに一目惚れして、すごく口説いて結婚したって聞いていたけど」

「あぁ、そうだな。普通にしていれば、彼女と接点など何もなかった。彼女は自分の性癖を隠していたし、私は自分のことを知らない小童だった。穏やかでおっとりとした彼女が、侯爵家として無鉄砲に振る舞っていた私と関わることもなかった」


 衣裳棚の奥から木でできた箱を丁寧に取り出しながら、リリックは当時を思い出していく。当時のリリックには婚約者などがおらず、親からも学園で嫁を見つけてこいと言われていた。爵位の合う同年代の子女が偶然いなかったこともあり、フリーの侯爵子息という女性たちからは喉から手が出るほどの有望株な人物となったのだ。なんせ彼と結婚すれば、侯爵夫人になれる。リリックもそんな立場を利用して、やりすぎないように調節しながら文字通り遊んでいたのだ。


 特に好きな女性もいなかったため、基本来る者拒まず、去る者追わずな姿勢で、当時何人もの女を泣かせた。地位に群がってきたのは彼女たちで、自分はその相手をしてお互いに少し良い思いをしただけ。恋人だと勝手に勘違いしたのは向こうだ、と気にも留めていなかった。ちなみに家にとって都合の悪い相手は慎重に扱い、子どもができるような真似だけは絶対にしなかったあたり、そこは彼なりに侯爵家としての矜持があった。


「うわぁー、気のある振りをしていて最低ね」

「いやぁー」

「照れないでよ」


 娘に最低呼ばわりされて、嬉しがるおっさん。罵られる父を見た息子はいいなぁー、羨ましがる。傍からだけなら、仲良し親子の一枚の絵であった。


「まぁ、そんな娘からも最低だと罵られるぐらいに好き勝手やっていた私は、……痛い目を見た訳さ。レヴェリーの復讐でな」

「ドロドロが、さらにドロドロになったわね」

「えっ、復讐ってことは、母さんは父さんに捨てられて……?」

「さっきも話した通り、彼女と私に接点などなかったよ。ただ一つ、彼女の逆鱗に触れたこと以外はな」


 人を選んで遊んでいたリリックに、爵位が下の娘は泣き寝入りするしかない。彼の運命が変わったのは、とある一人の少女。爵位の低かったその少女は、泣き寝入りするしかない自分に涙し、それを従姉妹の少女に悔しさと怒りと悲しみを打ち明けたのだ。その少女の従姉妹こそがレヴェリーであり、捨てられた少女は彼女が可愛がっていた妹分であった。


 レヴェリー自身も、遊ばれた従姉妹にも悪いところがあったと諭した。本気になってはいけない相手を選んでしまったと。幼げなところがある従姉妹であるが、アホな子ほどかわいいでレヴェリーは可愛がっていた。言葉や態度で従姉妹を慰めていたレヴェリーだが、内心は「あの色情魔ボンボンッ……!」と燃え上がっていた。


 しかし、爵位の低い自分が文句や事を起こせば、大変なことになってしまう。冷たいが彼女自身が被害を受けた訳ではないので、怒りはあるがそこまで根に持つような事柄でもない。それでも、何もせずこのまま泣き寝入りするのは気に入らない。だから彼女は、アリバイ作りや自分がやったとわからないように工作などを裏で行い、彼の一瞬の油断を狙って復讐を実行したのだ。


「父さんの悪い噂を流したり、遠距離から攻撃したりとか?」

「それとも自分かまたは協力してくれそうな令嬢に、わざとお父様に仕返し目的で近づくとか…」

「拉致って、縛って、踏まれて、高笑いされた。今でもあの手腕に惚れ惚れしている」


 魔王はこの時、「お母様と呼ぼう」と尊敬にも似た念をレヴェリーに抱いた。息子は言葉を失った。


「その時に、私は目覚めたのだよ。蔑まれる快感に。踏まれる心地よさに。耳触りのいい罵声に。潰しますわよ、と言われた時の胸の中のトキメキに…。そして私は、彼女からほど良くなじられた後、意を決して自分の思いを告げたんだ」

「……いったいなんと?」

「『あなたに惚れました、結婚してください』と真剣にプロポーズをして、いかに彼女からのドS行為に自分が喜んだかを懇切丁寧に伝えて褒め称えた」


 復讐のつもりで、侯爵様を拉致って、縛って、踏んで、高笑いをした結果、プロポーズをされる。因果関係仕事をしろ。さらに縛られたままその行為にどれだけ己が歓喜したかを、一から十まで伝えてくる目覚めし変態。うっかり新しい扉を開かせてしまった当時の彼女の心境は、いかほどかは想像するしかない。


 それからの侯爵様は生まれ変わった。女に文字通り痛い目をみせられ、今まで遊んでいた行為をすっぱりやめたのだ。時には女性たちに謝罪して回り、それからの彼は誠実で一途な男へと変わっていったのであった。


「お父様、なんだか現在のお父様の状況と大変よく似ている気がするのですが」

「男が変わるのは、いつだって女だからな」

「カッコよく言っていますけど、学生の頃から成長していないだけですよね」

「ちなみに、どうやって母さんだってわかったの? 正体は隠していたんだよね」

「愛と煩悩の力で」


 侯爵閣下による現在進行形の謝罪行脚プレイと煩悩による行動力。このおっさん、本当に手遅れ過ぎてどうしようもない。お父様の安定の変態っぷりに、逆に清々しささえ感じてしまう。周りはレヴェリーの玉の輿を羨んだだろうが、彼女の影の頑張りに目頭が熱くなった。



「さて、私の話ばかりしていても仕方がない。これが、ルルリアに見てもらいたかったものだ」


 リリックが重厚な木の箱から取り出したのは、純白のドレスであった。別の小さな箱からは頭に乗せるベールやグローブが入っていて、それも精巧なデザインがされたものだと一目でわかる。金と銀の刺繍が施されたドレスは、シンプルながらもその美しさをより際立たせている。


「綺麗……」


 そして、自分には勿体ない。思わず口にした感想と心の中で思った感想。ルルリアは物に対して、初めて特別な感情を抱いた。


 リリックがレヴェリーのために、一流の職人を渡りに渡って作ってもらった一品。絆されていきながらも頑固だったレヴェリーを、最後の最後で落とした証である。これを初めて見せた時の妻と同じ表情をしたルルリアに、リリックは優しげに目を細めた。


「……お父様、その。本当にこのような衣装を、私が着ても」

「妻がな、そうして欲しいと言っていたんだ。こんなにも素敵なものが、一回だけの特別で終わってほしくないと。もし娘ができた時に、気に入ってくれたら嬉しい。私の一番のお気に入りだったから、とな」


 病気に伏せていた妻が遺した言葉の一つ。大切な息子を抱きながら、もう娘を産むことも、新しくできるかもしれない娘を見ることもできない自分が、将来の娘に渡せる特別なもの。フェリックスの妻に、リリックとそして自分の義娘に、遺してあげられる一番の宝物。女性が一番輝く、特別な日のために。


 この衣裳が、特別に感じられたはずだ。ルルリアはそっと皺にならないように、白のドレスを撫でる。長い年月が経っても、色褪せていない白の輝きが、どれだけこの衣裳が今まで大切にされてきたのかがよくわかる。本当に、自分が着てもいいものなのか。自分のような人間が、着てもいいものなのだろうか。



「……ねぇ、フェリックス」

「グハァッ!!」

「ちょっと、なんでいきなり悶えだすのよ」

「ルルリア、数分だけ待ってやれ。ルルリアからなかなか名前を呼ばれなくて、ずっと悩んで悶々としていた息子の願いがようやく叶ったのだ。少しだけ、幸せに浸からせてやってくれ」


 あれ、呼んだことなかったっけ? と割とひどいことを思い出すルルリア。そういえば、本人の前で名前を呼んだ記憶が思い出せない。だいたい「あなた」とか敬称呼び。さすがの魔王様も婚約者としてそれはまずいだろう、と息子に謝った。


「いや、本当に気にしなくていいよ。名前で呼ばれないことをいいことに、自分で勝手に家畜プレーとして楽しんでいたところもある俺に、ルルリアを責める資格なんてないよ」

「切実に、私の謝罪を返してほしくなったわ」


 今度からは名前で呼ぼう。この息子をこれ以上成長させたら、本気で手に負えなくなる。だからお父様、息子の成長に目頭を熱くするな。ルルリアは変態親子に頭痛がした。


「正直よくはないけど、もういいわ。それで、フェリックスにちょっと聞きたいのだけど」

「えっ、うん」

「あなたは、本当に私でいいの? 自分で言うのもあれだけど、かなり嫁としてひどいと思うわよ、私。フェリックスの婚約者になったのだって、元々は姉を罠に嵌めるためのものだったわ。あなたの立場やあなたの思いすらも、今でも都合良く利用している女よ」

「うーん、そう言われてもなぁ……」


 ルルリアからの問いに、フェリックスは困った様に呟いた。彼女を選んだ理由ならいくらでも言える。彼女の性格や嗜虐的な考え方、ガーランド家のために努力をする姿やどこか不器用なところも。それを一から全てルルリアに伝えることはできるが、今彼女に言うべき言葉はそうじゃない気がしたのだ。


 ふと、そう言えば自分が彼女に伝えていない言葉があったことを思い出す。先ほどのリリックの話を聞いて、なんとなく思ったのだ。ルルリアとフェリックスは婚約者で、これまでにも彼女に自分の思いを全力で伝えてきた。母を口説きまくった父と同じように。しかし、父と自分とでは一つ違うところがある。


 リリックは告白して、口説いて婚約してから結婚した。そして自分は婚約して、現在好きになってもらおうとしているところだ。つまり父とは違って、辿る順序が逆なのである。そのため、ルルリアに大事なことを伝え忘れていたことに気づいたのだ。ルルリアからよく抜けていると言われる訳だ、とフェリックスは自分への呆れから笑みが浮かんでしまった。



「……ルルリア、聞いてほしい」

「何よ、改まって」

「俺はルルリアが好きだ。だから、結婚してください」


 結婚が特別なように、プロポーズだって男にとって特別な言葉だ。彼女に綺麗な装飾のついた言葉なんていらない。ありのままに胸を張って、伝えることが一番だ。この答えでどうだ! とフェリックスは自信満々に告げた。


 ルルリアは一瞬何を言われたのかわからず、驚きに目を瞬かせる。次にだんだん理解してくると、先ほどまで考えていたことも、彼に言いたかったことも、……なんだか難しく考えていた自分が馬鹿らしくなってきてしまった。呆れと同時に溜息を吐いてしまう。


「あなた、……雰囲気を作るのが本当に下手ね。それじゃあ、女の子に呆れられるわよ。本当に、ばかなんだから」


 そして、思わず噴き出してしまった。もう一度純白の衣装を撫でた手は、先ほどよりもどこか軽く感じる。それに肩を竦め、なかなか収まらない笑みを手で隠した。


「……ありがとう」

「ルルリア?」

「あら、お母様へよ。せっかく素敵な衣装を遺してくれたんだから、お礼ぐらい言わなきゃ失礼でしょう?」

「あぁ、うん。そうだよね」


 渾身の一発をなんとなくスルーされたような気がしてガックリするが、でも放置プレーみたいで逆に胸が熱くなる息子。そんな息子を見て、「私もあの頃は若かったなぁー」と昔の告白しては虐げられる日々を思い出し、興奮に胸がいっぱいになるおっさん。いきなり興奮しだした二人に、「あぁ、また始まった」ともはや発作に慣れた娘。親子丼は問題なく幸せを感じていた。


 ガーランド侯爵家は、今日も平和にほのぼのと暮らしていくのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] すごいいい雰囲気なんだけど全面的に支持したら負ける気がする なんでや それにしても安定の大変な変態の誕生秘話ですなぁ…
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