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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
番外編
17/22

後日談⑤ 血筋って怖いね(覇王家編)




「おかえりなさいませ、ユーリシア様」

「えぇ、出迎えありがとう」


 多くの使用人たちからの挨拶を受け、それに一つひとつ返事をした後、ユーリシア・セレスフォードは公爵家の自室へと足を進めた。邪魔にならない程度に着飾った装飾を外し、外出用に着ていた服を取り換える。公爵家の姫として、本来使用人が行うそれらを、彼女は自らの手で行っていた。さすがに社交界へ出る時はプロに任せるが、部屋着に着替えるぐらいなら自分でやる。もともと数年前までは、それが当たり前だったのだから。


 そうして着替え終わった彼女は、部屋を出て迷うことなく応接室へと向かった。ユーリシアが帰宅したことは、すでに家族に伝わっていることだろう。お互いに近況を報告し合うのが、この家でのルールとなっている。ただ、今回の帰省はいつもとは違うため、簡単なものになるだろう。これからの予定などを頭の中で立てながら、ユーリシアは応接室の扉を開いた。


「あっ、おかえりなさい。姉さん」

「ただいま、エヴァン。……特に問題はないか?」

「伯爵家の方から公爵家当てに便りが来ていたけれど、それ以外は特に。急ぎの要件じゃなかったけど、今見た方がいい?」

「……いや、いつものが終わってから仕事をする」

「わかった」


 扉の先にいたのは、ユーリシアと同じ黒髪を持つ十歳ぐらいの少年だった。ユーリシアを見とめると、彼の母親譲りである青い瞳がふわりとほほ笑む。それに彼女も、公爵家に帰宅して、初めて小さく笑みを作ったのであった。


 会話は事務的な内容だが、ユーリシアが先ほどまでの使用人たちとは違い、本来の口調で話していることから、この少年にはそれなりの信頼を寄せていた。邪魔にならない様に結った黒髪を後ろに流し、少年の向かい側に座る。それからエヴァンと呼ばれた少年は、呼び出しのベルを鳴らし、使用人に彼女への飲み物と、それからしばらくは応接室へ近づかないようにと言付けをした。



「相変わらず、姉さんの表裏って別人かと思うほどすごいよね」

「そうか。お前こそ、十歳の子どもの癖に、人を使うことに慣れてきたな」

「姉と家庭環境の賜物です。そうだ、殿下から贈り物が届いていたよ。とりあえず、僕が預かっているけど、後で部屋に届けておいた方がいい?」

「そうだな、わざわざすまない」


 使用人に入れさせた紅茶を一口飲み、ようやくセレスフォード家の和やかな会話へと彼らの中では変わった。ちなみに、お互いに口にした内容は皮肉でもなんでもなく、それぞれが相手への褒め言葉である。この姉弟の中ではこれが平常運転だったりするので、事情を知らない人が見たら、息を吐くような皮肉の応酬に見てる方が胃痛に襲われるであろう。


 ユーリシアが帰宅すると、公爵家はどこか糸が張りつめたような空気ができてしまう。それは彼女の性格もあるだろうが、一番公爵家に沁み渡っているのは恐怖だ。古くから公爵家にいる者ほど、それは顕著になる。彼女の言葉や動作に、敏感に反応する使用人たち。新しく入ってきた者は、その空気にのまれ、さらに萎縮してしまうのだ。


「……あの人は?」

「いつも通り。用事があったら、僕を通してって」

「情けない、公爵家の妻が小娘一人にいつまで怯えているつもりだ」


 もっともそんな公爵家の空気を作っている最大の原因は、公爵家の夫人である母親の態度であることは間違いないだろう。ユーリシアと血の繋がりがない母親。ユーリシア自身、彼女を母と思ったことはないが、それでも彼女は公爵夫人なのだ。しかも、現在彼女は公爵家当主の代理の地位にある。最低限の仕事はしているようだが、色々当主関連で話す内容だってあるのだ。ユーリシアが肩代わりしている仕事も多いのだから。


 ただ、だからと無理やり会っても、きっと有意義な話はできないだろう。彼女の根底にあるユーリシアへの恐怖によって。これではまるで自分が悪者のようだ、と心の中で憮然と彼女は呟く。彼女にとってみれば、幼い頃から邪険にされ、罵られ、手を上げられ、死んでもかまわないような扱いをその母親から受けてきたのだ。使い道がまだあるから、と父に言われていなければ、本当に始末されていたかもしれない。


 それ故に、今のように悲劇の女をやられても、迷惑だという気持ちが先に芽生えてしまう。ユーリシアにとって彼女との距離は、あの時からずっと開いたままだった。


「未だに、姉さんが父さんを殺したと思っているみたいだからね。姉さんにはアリバイがあるとか、あれは事故だっていくら言っても、次は自分の番かもしれないって全然聞いてくれない」

「私が殺す様に指示を出したんだ、と言っていたな。なかなか過激な考えだ」

「……本当に姉さんがそうしたのなら、なおさら死なないために、それこそ贖罪も含めて姉さんのために働くべきだろうにね。殺されてもおかしくないほどのことをした、と自覚があるなら余計にさ。使える人間だってことを、ちゃんと示しておかないといけないのに」

「エヴァン、お前だいぶ黒くなっていないか」

「姉と家庭環境がこれですから」

「ふむ、それもそうか」


 弟が立派に成長しているから、それでいいか。ユーリシアは、褒める意味も込めて、自分と同じ父親譲りの黒髪を優しく撫でた。それに、ちょっと恥ずかしそうに身じろいだが、嬉しそうに目を細めるあたり、まだまだ十歳の子どもなのだろう。


「ちなみに、お前はどう思っているんだ?」

「姉さんが父さんを殺したかどうか? 真実はわからないけど、父さんを本当に姉さんが殺したのなら、母さんが生きている理由がもっとわからないから違うとは思っている。わざわざ母さんの地位を立てているし、母さんの夢もなんだかんだで叶えてくれているからね」

「彼女に関わっても、正直面倒だからな。関係を改善しても、私の利益になりそうにもない。なら、ある程度の自由と願いを叶えて、静かにさせておくのが楽なだけだ」

「それ、姉さんって母さんにかなり無関心でしょ。期待も恨みを晴らすことも全然していない。父さんの地位を蹴り飛ばして、世間からは療養として僻地に堕とした時点で、姉さんにとって彼らへの復讐は十分だったと考えれば、その後の母さんへの対応も納得できるんだ」

「ふむ…」

「そんな性格の姉さんが、敗者となり、姉さんにとって価値の無くなった父さんをわざわざ殺すことを命令するとは思えない。元々父さんを殺すつもりだったのなら、最初から容赦なくそうしていたはずだ、と僕は考えているかな」


 弟からの考察に、ユーリシアは楽しそうに目を細めた。彼女にとって、エヴァンはずっと目をかけてきた存在だ。理論的に、そして感情論を含め、さらに人物評価も交えた話に、満足げに彼女は頷いた。ユーリシアの母も、エヴァンの母も、性格の良し悪しはあるが普通の令嬢だろう。こういう冷徹なところは、きっとお互いに父親の血を受け継いだのだろうな、と彼女は紅茶をまた一口飲んで考えた。


 彼の母親の夢は、自分の子どもを公爵家の跡取りにすることだった。そしてその夢は、このままいけば問題なく叶えられるだろう。姉であるユーリシアは王妃となるために嫁ぎ、エヴァン以外他に公爵家の血筋はいないとされているからだ。女の身でも、あそこまで攻撃されたのだから、もしユーリシアが男だったら、その比ではなかっただろう。女だから蔑まれたのに、女だから生き残った。まさに皮肉だな、と彼女は静かに笑った。


 結果的に、ユーリシアは父親を蹴落として勝利を収め、そしてエヴァンの母親は少し壊れてしまった。未だに傷跡が癒されることのない、セレスフォード公爵家。やったことに後悔はないが、それでも時々物思いに耽てしまうことはある。彼女がまだ傷が癒えぬこの家でできたことは、目の前の弟に、与えられなくなった知識と愛情を贖罪も含め、そして姉として教えることであった。


「なぁ、エヴァン。お前は、お前の家族を壊した私を恨んでいるか」

「……十歳児にそんなことを聞かないでよ」

「今までの会話から、今のお前なら答えられそうだと判断した」


 本当に容赦ねぇな、この姉。覇王理論全開に、さすがの弟の口元も引きつった。


「うーん、そうだね。こんな風になったのは姉さんの所為だけど、もともとは父さんと母さんの所為でもある。昔の家族三人でいた記憶は楽しかった気もするけど、ほとんど覚えていないぐらい小さかったしね。……姉さんこそ、母さんの息子である僕のことは憎くないの?」

「憎しみより、憐れみだな。お前は、私の復讐に巻き込まれただけの被害者だ」

「……はぁー、やっぱりよくわからないや。わからないから、とりあえず今は公爵家次期当主としての勉強をしておくよ。弟として姉を支えるにしても、家族を壊した復讐を姉さんにするにしても、力は必要だと思うから」

「そうか、わかった。……ただ、敵になったら容赦しないからな」

「うわぁ、怖い」


 くすくすと姉弟は、お互いに純粋な笑みを浮かべあった。相手のことを認め、愛し、だけどそれだけでは済まない思いを奥底に持っている。憎しみ続けた男との血で繋がった、異母姉弟。歪な家族関係だが、それでも確かに強い繋がりが二人にはあった。



「――おっと、どうやら話し込んでしまったようだな。久しぶりに楽しい話ができて、つい会話が弾んでしまった」

「僕もだよ、でもどうしようか。帰りが遅くなるかもしれないし、行くのは明日にする?」

「……いや、今日が命日だからな。きちんとしたものは明日にするが、挨拶と花を添えるぐらいはしてくる」


 おそらくクライスが送ってくれた贈り物は、そのための物だろう。ワンコのプレゼントも一緒に持っていくことにしよう、と決めたユーリシアは、エヴァンから先ほどの贈り物をここでもらうことにする。そして、それを弟から受け取ると、椅子から腰を上げた。日没までに戻れば、問題はない。自室に一度戻り、少し急ぐように出かける準備を行った。


「毎年聞くけど、護衛はいる? 花はある?」

「いつも言うが、心配は無用だ。いい番犬がいるのでな」

「あぁ、いつもの人? 姉さんの影は何人か紹介してもらったけど、その人には僕はまだ会ったことないよね。僕が会ったら、まずい感じの人なのかな?」

「想像に任せる」

「うわぁ…、すごく溌剌とした、いじめっ子の笑み…」


 半眼の少年の視線など全く意に介さず、肩を竦めながら見送られたユーリシアは、公爵家の門を足早に一人潜った。今日は彼女の愛する家族が眠りについた日。その墓は公爵家の敷地になく、少し離れた小高い丘の小さな花に囲まれた場所に立っていた。


「あれから、もう十年以上か……」


 ルルリアにとっての十年と、ユーリシアにとっての十年の年月。今年は、母に面白い報告がたくさんできそうだ。黒髪を風に靡かせながら、娘は母に会いに行った。




*******




 どんなことでも、一心不乱に追求し続けた先には、一種の美しさが存在する。魔王様が「ざまぁ」を追求し続けたことや、変態が性欲を求め続けることも、ある意味では一つの究極的な美の形なのだ。ツッコミは可である。


 そんな己の道をただ突き進むことを選んだ、ある一人の男がいた。彼も自らの究極系の美を手に入れようと足掻き、今現在も追求し続けている人物である。そんな彼が求めたのは、スタイリッシュな動きによる美しさ。それだけであった。


 だが、その道は決して容易ではない。大切なのは、自然な動作なのだ。その行為や姿自体が、まるで一枚の絵画のように、不思議な魅了を与える美しさに映ることが、必要なことであった。きっと多くの人間にとって、何をくだらないことをと言われてしまうかもしれないが、芸術とはそんな取り留めのないものを追求し続けた姿なのだ。


 美しく、力強く、そしてカッコよく。誰かのために己を磨く場合もあるが、ただ己のためだけに磨くことも一つの芸術への道だった。理解されなくてもかまわない。馬鹿にされたってめげない。そう、彼の心にあるのは、深い感謝の心だったからだ。



 それは、彼にとって救世主であり、半身であり、片時も離れられない相棒であった。まだ出会って一年と経っていない存在だが、それでも彼はずっと助けられてきた。救われてきたのだ。人間の汚いところなら、彼はたくさん見続けてきた。もうそれに眉を顰めることなく、自身の手を同じように汚く染めても何も感じなくなるぐらいに。もう後戻りはできないとわかっているぐらいに、彼はその道をただ進んできた。


 そんな底辺を歩いてきたと思っている彼に立ちはだかったのは、恐ろしい敵の存在だった。理解しなければ深淵にのみ込まれ、だが理解すれば人として大切なものを失う。そんな恐ろしき相手を、人は――『変態』と呼んだ。


 彼の主人は確かに、ドSで容赦がない女傑すぎる覇王である。それでも、まだあれでも良識的な人間だったのだ。そのことを、非常識の塊のような人間たちに出会って、当たり前のように色々巻き込まれたことで、ようやく彼は悟った。


 最初は、一週間に一箱のペースだった。しかし、主人にお友達ができた日から、消費量が倍になった。相乗効果の恐ろしさを知る。さらにざまぁ佳境で、素で過労気味に働くことになり、色々八つ当たりをしながら頑張るしかなかった。この頃には、もう己の精神安定剤代わりになっており、さらにお世話になっていた。


 しかし、彼の道はそれで終わることがなかった。そう、彼にとって最大の強敵。赤髪の色情魔一家。内一人は、ハイブリッド性癖という恐ろしい業を携え、心身共に甚大なダメージを与えてくる、存在そのものが彼の理解できない範疇へとぶっ飛んでいる存在であった。何よりも一番被害を受けたのが、その変態に何故か目の敵にされていたことだろう。俺がいったい何をした!? と、彼は心から叫んだ。


 ストレスで一度医者にかかった時、彼の相棒の一日の消費量に、医者から「あなた人間ですか」と本気の口調で言われてしまうぐらい、彼の身体は相棒なしで生きるのが難しくなってしまっていた。医者に腕を掴まれて、結構マジな顔で「服用をやめなさい!」と言われても、もう止められないのだ。完全に禁断症状である。



 それほどまでに、お世話になり、半身のように寄り添い合ってきた存在を前に、彼の心は純粋なまでの感謝でいっぱいであったのだ。その存在に、敬意を表してしまうほどに。だからこそ、彼は考えた。後光が射すかのごとく崇高な我が半身のために、己にできることはなんであろうかと。


 そうして思い至った結論が、相棒を美しく輝かせることだった。いかに美しく相棒を飲み、いかに優雅に飲み干し、そしていかにカッコよく決めてみせるか。相棒は、ただの飲み薬ではない。飲み薬で終わらせられる存在ではない。故に、一つの芸術として昇華させることが、スタイリッシュな胃薬の飲み方こそが、今の彼の最大の目標となっていた。



「こうやって優雅に椅子に座り、片手で胃薬の箱を綺麗にあけ、親指で薬を弾きながら素早く口に含み、もう片方の手で透明度の高い水が入ったコップの角度を考えながら持ち、最後は太陽の光に照らされながら飲み干す。といった感じで、今さっき実践してみた。なぁ、ユーリ。今の動作で、スタイリッシュに胃薬が飲めていたのかの感想が聞きたいんだが、どうだった?」


「もう一回、医者に診せてこい」


 覇王様の王子印の鞭捌き(ツッコミ)が炸裂した。




******




「お母様、今年は私に友達ができました。趣味もあって、一緒に笑いあえる友人なんです。私を一人残すことにずっと泣いていらしたけど、もう私の周りにはたくさん支えてくれる者がいます。だから、もう泣く必要なんてないですから、心配しないで下さい」

「おーい、ご主人様。持ってきた花は、この辺りに飾っておけばいいか?」

「あぁ、頼む。風で飛ばされない様に、しっかり括っておいてくれ」

「はいよ」


 母親の墓に向かう途中、どこで用意してきたのかわからない椅子を持参して胃薬片手に待っていたシーヴァと無事に合流し、二人は丘の上に佇む小さな墓石に挨拶をした。目をつぶり、黙祷を捧げるユーリシアを横目に、シーヴァは持ってきた花を墓の周りに飾り付ける。彼女の母親が好きだった淡い桃色の花が、白い墓石に彩られた。


 掃除も必要かと思ったが、おそらく公爵家の者が定期的に行ってくれているのだろう。それほど時間をかけずに汚れを落とし、クライスから送られてきた死者を安らかな眠りへと誘うために、と焚かれる香を供える。クライスにお礼をしなければな、と心地よい香の香りを感じながら、ユーリシアはもう一度手を合わせておいた。


「今日は家を出るのが遅かったのか? 結構待ちぼうけたぞ」

「なんだ、寂しかったのか?」

「そこらの木材を組み合わせて椅子を作っていたから、暇は潰せた。あと俺は健気な忠犬なんで、いつまでもご主人様を待っているから安心していいぞ」

「ふっ、自分で言うな」


 相変わらずの番犬の様子に、彼女は小さく噴き出した。そして、視線を横に向けると、自分と同じ色の髪を手で掻きながら、黒い瞳が真っ直ぐに彼女の母親の墓に注がれている。口を閉ざしたシーヴァは、墓に数秒ほど黙祷を捧げると、またいつも通りの表情に戻っていた。


「……エヴァンと、つい会話が弾んでな。なかなか面白い話ができたんだ」

「あぁ、弟くんとね。そんなに面白かったのか?」

「私が父親を殺したと思うのかどうかとか、私を恨んでいるのかどうかとか色々聞いてみた」

「それを十歳児に聞くか、普通」


 この覇王、容赦ねぇ。シーヴァもエヴァンと似たような反応を返した。


「気にはなるだろう? 私は五年前にあの子の家族を壊した張本人なのだから」

「そして同時に五年間、姉として弟くんを守り、公爵家の次期当主として育てた張本人でもある」

「なんだ、慰めか?」

「事実だろ。第一、あの家族を壊したのは、お前だけじゃない。あの男は、……本当にたくさんの恨みを買っていたんだからな」


 なんだかんだ一緒に持ってきてしまっていた手作り椅子にユーリシアを座らせ、汚れを気にすることなくシーヴァは地面にそのまま胡坐をかいて座った。視線はお互いに、桃色の花に彩られた墓に向けられていた。


「それで、弟くんはユーリを恨んでいたのか?」

「まだ、わからないらしい。とりあえず、今は力をつけることに専念するようだな。実に頼もしい限りだ」

「弟くん、大好きだねー。……で、もし敵対することになったらどうするんだ?」

「容赦はしない、そう伝えておいた」

「この姉、怖ぇ」


 おどけながらも、シーヴァは小さく溜息を吐いた。もしエヴァンが彼女と敵対する道を選んだのなら、きっと彼女は言葉通り彼を排除するだろう。無言で拳を握りしめながら、容赦なく。


「あの男のように、療養のために僻地に行かせるだけじゃ駄目なのか」

「……あの男と違って、エヴァンは私を知りすぎている。敵対した以上、足元を掬われる訳にはいかん」

「えーと、ほら、公爵家の血筋を減らしたらまずいだろ。ユーリは王妃になるし、王家と公爵家の子どもを産むにしても、時間がかかりすぎる。彼が子どもを作ってからでも、王妃に手を出したんじゃ、排除だと色々面倒だし。とりあえず、公爵家を任せる人材は何かしら必要じゃね?」


 エヴァンの母親は、まず当てにできない。一番いいのは、弟が復讐をしないことだが、ユーリシア自身がそのあたりは彼の意思に任せてしまっている。それでいて、敵対したら容赦しないのだ。ユーリシア一人なら、確かに厄介な敵だろう。でも、ここには彼に知られていない番犬がいる。いくらでも、自分を利用すればいい。


 だから、シーヴァは言葉を紡いだ。ただ、ユーリシアに家族殺しだけはしてほしくなかったから。



「ふふっ、珍しく必死だな。だが、確かに公爵家の跡取り問題は面倒だ」

「面倒なら、やめとけやめとけ。その時は、俺がなんとかしておいてやる」

「ほぉ、なんとかね……。そうだな、だったらその時は、エヴァンの代わりになる別の公爵家の血筋を当主に立てれば、問題は解決しそうだな。そうは思わないか、――お兄様?」

「……ユーリ、すごい鳥肌が立った」

「貴重な妹の言葉に失礼だな」


 バシッ、と頭を軽く一発叩いておいた。


「……なぁ、シーヴァ。お前は、貴族になる気はないのか。お母様の隠していた遺品に、当時メイドだったお前の母親があの男にされたこと、そして私の母がお前の母を、あいつに気づかれる前に逃がしたことが書かれていた。あれと、お前の出自をきちんと調べさせれば」

「いらねぇ、マジいらねぇ。貴族とか面倒なだけだろ。あと、俺の出自はご主人様に出会ってから、全部きれいさっぱり消したから、もう痕跡も残っていないぞ」


 なんでもないように、あっさりとシーヴァは答える。昔、ユーリシアが復讐を遂げた後、彼女は今回と同じ質問を彼にした。そして今と同じように、堂々と蹴られた。貴族なんて面倒だと、飄々とした様子で。


「貴族より女の犬がいいのか、お前は」

「その聞き方は、あの変態共を彷彿とするからなんか嫌なんだが」

「……茶化すな」


 あの日、療養のためにという名目で、僻地へと堕とした父が事故で死んだと聞いた時、ユーリシアは呆然とした。あれほど憎み続けていた男が、あっけなくいなくなってしまったことに。そして、自分に都合が良すぎることに。父が死んだことに対して、ユーリシアには完璧なまでのアリバイがあった。彼女に嫌疑がかかりそうなものが、何一つ出てこないほどの証拠がいくつも出てきたのだ。


 ユーリシアは、父親に自分の大切な者を奪われた。だから、彼女も彼が最も大切にしていた公爵家の当主の地位(プライド)と栄光を奪った。彼女の復讐は、それで終わったのだ。父親を這いつくばらせた時点で、ユーリシアの思いは成し遂げられたから。それ以上の報復を行うほど、彼女は復讐に狂っておらず、自身の明るい未来を諦めていなかった。だから、復讐で父親を殺すつもりは全くなかったのだ。例え、後の憂いになったとしても。


 父親が生きていれば、ユーリシアはここまでスムーズに事を運ぶことができなかっただろう。さらに、彼女に恐怖を持っているエヴァンの母親も夫のためならいつ裏切るかわからない。王妃としての地盤固めをしようにも、内の敵に神経を使い続けていたことだろう。そんな未来が、父の死と共になくなった。


 自分にとって都合がよすぎるからこそ、ユーリシアは考えた。そして考えた結果、彼女は一人だけ心当たりのある人物に唇を噛み締めたのだ。彼女の父親に恨みを持ち、尚且つユーリシアのためなら動くだろう存在。父親が亡くなったのは、故意かもしれないし、本当に偶然の事故だったのかもしれない。それでも、少なくともシーヴァが何かしら父の死に関与しているのは間違いなかった。


 彼に聞いても、笑ってはぐらかされるだけだろう。そういったことに関しては、彼はとんでもなく口が堅いから。


「……私なら、大丈夫だぞ」

「何のことだか。俺はいつだって、俺のために俺がやりたいことをやっている。ユーリの母さんには、俺の母さんを救ってくれた恩がある。ユーリには、俺にあいつを絶望させるチャンスをくれた恩がある。そして何より、野良犬みたいに地べたを這うしかなかった……何も持っていなかった俺に、番犬って言うお仕事をくれたご主人様への恩がある。俺は健気な忠犬だからなー、それなりにちゃんと返したいんだ」

「…………」

「何より、この仕事は給料も悪くねぇし、俺は裏方でこそこそして、最後に大慌てするやつらをニヤニヤ眺めるのが楽しいからな。むしろ、生きがいと言ってもいい。だから、俺は結構気に入っているんだぜ、お前の番犬」

「……本当に、馬鹿犬め」

「わんわん」


 ちょっとイラッとしたので、覇王キックがとんだ。


「なぁ、シーヴァ」

「ん?」

「私は、もう子どもじゃない。自分の道にできる障害は、私と私が共に行くことを選んだ者たちと一緒に、打ち崩してでも前に進む。例え、その所為で己の手を汚すことになったとしてもだ」

「…………」

「わかったな?」

「……わかった。たくっ、この覇王様め」

「……なるほど。時々私のことを覇王だなんだと物騒な名で呼ぶ者がいたんだが、やはりお前が元凶だったか」


 やっべ、本人の前で口滑らしたッ!? と、魔王様含め勝手に裏で覇王様呼びを定着させていた張本人の頬に冷や汗が流れる。普通に目が笑っていない覇王オーラ全開のユーリシアに、シーヴァに尻尾があったら、綺麗に内側に丸まっていたことだろう。


 そんな元気に番犬を調教する娘の姿を、夕暮れの空によって赤く染まった墓石が、二人を包み込むようにひっそりと影を作っていた。



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