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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
番外編
16/22

後日談④ 向き合ったその先で




「あっ、ルルリアさん。こんにちは」

「あら、ミリナじゃない。……その子は?」


 放課後の学園の図書室で本を読んでいたルルリアは、嬉しそうに声をかけてきた女子生徒を見て、その彼女の傍にいる幼子に疑問を持った。貴族の通う学園で、関係者以外が門をくぐるのは難しいはず。年齢的にまだ十歳にも達していなさそうな栗色の幼子を見て、ルルリアは目を細めてミリナを見据えた。


「……誘拐は駄目じゃない?」

「ちょっ、違いますよ! というより、私が小さい子をつれていたら、どうしていきなり誘拐に飛躍するんですか!?」

「あなた、いっつも小さな女の子の絵姿を持ち歩いて、すりすりしていたもの。いつかやるんじゃないかとは。……あら、そういえばその子、その絵姿の子とそっくりね。そう、ついに絵だけじゃ満足できなくて――」

「違います、違いますっ! というより、私ってそんな風に思われていたんですか!? 」


 すごい必死に弁解(言い訳)をする、幼子と同じ栗色の髪の女性の取り乱しようを見て、満足げにルルリアはニッコリと笑った。巷で噂される、まさに心優しい少女そのもののような慈悲深い笑みである。裏はともかく。


「それで、あなたのお名前は?」

「リュアナ・ミーティアです。えっと、ミーティア男爵家の次女で、八歳です!」

「元気な自己紹介をありがとう。私は、ルルリア・ガーランドよ。だけど、ここは図書室だから。あなたのお姉ちゃんみたいに、図書室では大きな声を出しちゃ駄目なのよ、わかった?」

「はーい」

「ルルリアさん、リュアナもひどいっ! あと、ルルリアさん最初から私の妹だって気づいて言っていたんじゃないですかッ!?」


 数分後。結局、からかわれて涙目のミリナだけが、ずるずると図書室の司書に連れて行かれ、お叱りを受けたのであった。




******




「う、うぅ……。私の姉としての威厳が…」

「あるの?」

「うーん?」

「地味に傷口を広げないで…」


 図書室では迷惑だろうと判断し、学園の中庭の一角にあるベンチに三人で腰を下ろした。ここなら、多少慈悲深い令嬢の仮面を外しても問題ないだろう。リュアナがいるので、当然ミリナを適度に弄る程度の最小限だが。めそめそとしおれるミリナに、リュアナはよしよしと彼女の頭を撫でる。それに感極まった様に、妹を抱きしめだす姉。そんな仲の良い姉妹の姿に、ルルリアは肩を竦めながら、……じっと見続けた。


 自分にもこれぐらい可愛げがあれば、何か変わっていたのだろうか。そんな思いがふとルルリアの中で芽生えたが、苦笑と共にそれを消し去る。うちはうち。よそはよそだ。そんな可能性と共に、姉を見限った時点で自分は彼女の妹ではなくなった。こんな姉妹関係は、エンバース家が特殊なだけだとわかっているのだ。カレリアとルルリアは姉妹として、何もかもかみ合わなかった。ただ、それだけのこと。


 二人から視線を外すと、ルルリアは考えを切り替えるように小さく息を吐き、言葉を紡いだ。


「まったく、情けないわね。家族のためなら、私やユーリに喧嘩を売ってでも守る、って豪語していた男爵令嬢は、いったいどこにいったのかしら?」

「それ、もしかして、これからずっとそのネタでからかわれます、私?」

「うん」

「いい笑顔ッ!?」


 少なくとも、彼女のこのリアクションが続く限り、ルルリアは遊び続けることだろう。


 ミリナ・ミーティア男爵令嬢。栗色の髪と瞳を持った、ルルリアと背丈まで似ている同年代の女性である。もともとカレリア・エンバースの取り巻きの一人だった彼女は、家族を人質に取られ脅されたことで、その小さな牙で主の急所を抉ってみせた女性だ。魔王様や覇王様、さらに裏方の胃薬からのバックアップがあったからこそ成功した彼女の復讐。


 それでも、彼女のおかげで『ざまぁ』をさらにスムーズに進めることができた。カレリアの信を得て、懐に入り込み、胸の内に全てを封じて動き続けたのだ。それは、簡単にできることじゃない。貴族の令嬢として、人の汚いところを見たこともあっただろうが、それでも彼女はどこにでもいる十六歳の平凡な少女だったのだから。


 だからこそ、彼女が家族を守るためならと覚悟しての行動には驚かされたのだ。ルルリアがしたのは、一直線に暴走しそうな彼女の舵取りぐらいで、精神的には何も関与していない。自分の目的のためなら、罪悪感や本心を抑え込んでしまえる彼女に、どこか自分を重ねてしまう気持ちをルルリアは持った。


 ざまぁの功労者の一人だが、彼女に関しては立ち位置がかなり微妙である。はっきり言って、ミリナに力はない。家族に関することには目を見張る覚悟を見せたが、平時の彼女は正直どこにでもいる少女でしかないのだ。彼女との関わりに利益なんて出ないし、話していても有益なものは出てこない。だから、男爵家を覇王様の派閥に組み込み、約束通り家族の安全を守った時点で、ミリナとの繋がりを切ることもできたのだ。


 それなのに、こうして会って、話をしてしまっている。無関係でいよう、とルルリアが言えば、彼女は静かにうなずくだろう。だけど、結局あれからも関わりを作ってしまっている。自分の目的のために利用した彼女と、目的完遂後まで付き合う必要性なんてないのに……。そんなことを、ルルリアはぼんやりと考えた。



「ルルリアさん?」

「ごめんなさい、少し考え事。それで、どうして妹さんが学園にいるの?」

「両親がこの近くまで用事があったそうで、私のいる学園が近くにあるから、せっかくだからと妹も連れてきてくれたんです。学園の守衛さんにも、学園を見て回るぐらいならいいって」

「すごく大きくて、きれいだったよ。学園ってキラキラしているんだね!」


 花が咲いたように表情を綻ばせる無邪気なリュアナに、さすがの泣く子も犬にする魔王様も素直に肯定しておいた。ここで子どもに泣かれたら、面倒だもの。と、誰に向けて説明しているのかわからない言い訳は、一応心の中でしておく。学園側も、八歳の子どもだから保護者同伴ならと許可を出したのだろう。


「ルルリアお姉ちゃんは、ここでどんなお勉強をしているの?」

「えっ、ここで?」

「うん! ミリナお姉ちゃんは植物や薬学をお勉強しているんだよ。ミーティア領は、お薬のための葉っぱを育てたり、作ったりしているの。ねっ、すごいでしょ!」

「そう、それはすごいわ。私は、……今は経済や領地経営、社交に関するものばかりよ。あなたにとって、面白味のある話じゃないわね」

「へぇー、ルルリアお姉ちゃんって、勉強熱心なんだね」


 ミーティア領については情報でそれなりに知っていたので、驚きはない。男爵家は貴族としては下の方の地位だ。それでも、自分の家族や領が大好きなのだろう。ルルリアのたった一言だけの賛辞に、こんなにも嬉しそうな顔をするのだから。


「もう、リュアナたら。私たちは、そんな大層なお薬を作っている訳じゃないのよ。頭痛を抑えたり、お腹の調子を整えたり、簡単な内服薬しか作れないもの」

「えー、でも。さっきだって、お姉ちゃんにお薬の発注をお願いするお兄さんがいたもん。ミーティアのお薬は、大人気なんだよ」

「……そういえば、ミーティア領産の薬をなんかよく見かけたような気が」


 健康優良児というか、病など知るかと蹴り飛ばすルルリアにとって、薬はほとんど無縁の代物だ。ガーランド家でよく見る薬は、だいたい裏ルートっぽいところから取り寄せている。お家が大好きな子どもに、とても聞かせられないような代物だから、これも違うだろう。他に薬関係を見たところと言えば……。


「ねぇ、ミリナ。ミーティア領で売っている薬品で、一番売れているものは?」

「えっ、薬でですか? 最近と言いますか、学園で一番発注数が多いのは胃薬ですね。そういえば、数ヶ月前から貴族間でも胃薬の発注が増えてきた気がするわ。なんでかしら」

「……ちなみに、妹さんが言っていた、あなたに直接発注をお願いしたお兄さんは?」

「シーヴァ先生ですよ、先生は家のお得意様だから。先生にはあの時から色々助けてもらって、男爵家の薬の流通ルートを新しく整えてくれたり、この前も薬を馬車買いしてくれたんです。おかげで、学園に薬を届けやすくなったの。だからお礼に、私も割引料金に設定したり、彼の胃に合う薬を調合したりしていたら、よくお話をするようになりました」


 あの胃薬が、まさか女の子とフラグを建造していただとッ……!? ルルリアは、フェリックスとの会話の流れで、なんとなく婚約者に鞭の使い方を指導した次の日に、笑顔の息子が父親を使ってビシバシと練習している光景を見てしまい、寝ぼけたと無言で扉を閉めた時ぐらいの衝撃を受けた。


「……お話って、ちなみにどんな内容を?」

「胃痛を緩和させる方法とか、ストレス対策の療法とか、効果的な胃薬の服用法とか、服用する時の飲料水は何が一番いいかとか、カッコいい胃薬の飲み方とか」


 さすが胃薬、平常運転だった。



 それからも和やかに会話は流れ、時々ルルリアがミリナを弄りながら、時間は過ぎて行った。空が徐々に赤く染まり出した頃、そろそろ時間が来たからとミリナがリュアナに声をかける。それに残念そうにしながらも、妹は元気に返事を返した。


「あっ、そうだ。あのねルルリアお姉ちゃん、ミリナお姉ちゃんはどこか抜けているところがあるけど、これからもどうかよろしくお願いします」

「ちょっと、リュアナ。ルルリアさんと私、同じ年なんだけど。八歳の妹に心配されるほど、私って駄目駄目ってことなのかな!?」

「こんなお姉ちゃんだけど、すっごく優しいです。だからこれからも、お姉ちゃんのお友達でいてくれたら嬉しいです!」

「友達……」


 リュアナの最後の言葉に、ルルリアの言葉が詰まった。『友達』。ミリナとは、今回のように話をしたりはするが、友達とは全く思っていなかった。もしルルリアとミリナの関係を言葉に表すなら、共犯者だろうか。しかし、それはもはや元共犯者ぐらいにまで、薄い関係になってしまっている。だったら、彼女はなんなのだろうかと考えるが、……その答えも出てこなかった。


 ユーリシアは、友達だ。趣味が合い、話が合い、後ろ暗い話がいっぱいできて、ルルリアの全てを受け入れてくれた、たった一人の友達。シーヴァは協力者で、リリックは養父で、フェリックスは婚約者だ。彼らには、それぞれがルルリアと共に過ごす理由がある。ルルリアにも、彼らと共にいる理由ならあった。


 だけど、ミリナ・ミーティアとルルリア・ガーランドにはそれがない。すぐに切れてしまうほど脆い関係だ。一般的な令嬢であるミリナと、ルルリアとではそもそも価値観や何もかもが違う。彼女はルルリアの魔王の側面を知っているが、それも全てをさらけ出したわけじゃない。本心で彼女と語ったことなどないのだ。


 ユーリシアの派閥にいるため、これからも会うことはあるだろう。逆に言えば、それだけの関係でいいのだ。時々挨拶をする、無関心な知り合いで。お互いに話をしても、仲良くしても、メリットは何も起きない。むしろ、何かしらデメリットが起きてしまう可能性がある。それは、彼女の頭の中でわかっていた。


「……ルルリアさん、とりあえずリュアナを門まで届けてきます。そろそろ、両親が迎えに来ると思いますので」

「そうね。私は、もう少しここで休んでおくわ」

「はい、ほら行くわよ。リュアナ」

「はーい。さようなら、ルルリアお姉ちゃん! 色々お話ができて、楽しかったです」

「こちらこそ。気を付けて、帰りなさいね」

「はーい!」


 ルルリアと同じ栗色の目が、嬉しそうに細まる。あれが、普通の八歳の子どもなんだな…、と昔の自分と比べ、自嘲を浮かべた。ミリナとルルリアは、見た目とカレリアに貶められたこと以外、全く共通点がない。家族と日の当たる場所を歩く少女と、家族を絶望へと突き落した少女。本来なら、こんな風に交わることはなかった。


 家族にしたことを後悔はしていない。彼らがルルリアにしたことを、決して許すつもりはない。だけど、彼らが自分に行ってきた行為の原因は、自分にもあったのだろうなとは感じていた。何故なら、姉であるカレリアが自分を邪魔だと思っていることに気づいていたから。そして、自分も彼女が邪魔だと思っていたからだ。


 幼子だったルルリアにとって、両親が全てだった。両親に認められたくて、勉強をして、努力をし続けた。その思いは、純粋に彼らからの愛が欲しくて行っていたことだろう。だけどその行為が、姉であるカレリアを追い詰める原因になってしまった。


 恐怖感と劣等感を刺激された姉は、妹を排除しなければ、自分の居場所を無くすと思い込んでしまうほどに駆り立てられた。だけど当時のルルリアにとって、カレリアの気持ちや、それこそその存在自体もないものと同じだった。


 カレリアが妹を自分の世界にとっていらないものだと考えていたことと同様に、ルルリアの世界にも姉はいなかったのだ。姉という存在をルルリアが刻み込んだのは、彼女に全てを奪われてようやくだったのだから。


 両親だけに執着していた幼子たちにとって、それを邪魔するお互いはどう映っただろう。もっと目を向けていれば、姉や妹だって同じ家族であること、相手も自分と同じように両親からの愛が欲しかっただけなんだと気づけたのだろうか。もちろん、気づいたからって、何も変わらなかったのかもしれないけれど。


「お姉様、私たちって似た者姉妹だったのかもしれないわね……」


 すでに過去となった思い出。性悪な姉妹なんだから、どうせいつかお互いに蹴落とし合っていたことだろう。そして、ルルリアはその蹴落とし合いに勝利したのだ。だからこそ、前に進まなければならない。振り返る必要性がないぐらい、ただ真っ直ぐに。



「すみません、ルルリアさん。妹がお世話になりました」

「あら、わざわざ戻ってきたの。ご両親と積もる話もあったでしょうに」

「それは、また今度のお楽しみにとっておきます。……そろそろ寮の門限になりますから、ルルリアさんも帰りましょう」


 柔らかく微笑むミリナの言葉に、視線を空へと向ける。夕暮れを感じさせる茜空に、随分時間が経っていたことに気づいた。エンバース家のことを、姉のことを、こんな風に考えたのはざまぁ以来、初めてだったかもしれない。ただの事実として、まるでただ映画を眺めるような情報の羅列。もう彼らに向ける感情はない。本当に自分は彼らを過去として、他人事のように処理してしまっているのだと感じた。


「私って、やっぱり薄情な人間なのかもしれないわね」

「ルルリアさん?」

「くだらない独り言よ。あなたも、早く帰らないと門限が危ないわよ」

「だからそれ、ルルリアさんも同じですよね」


 ミリナの言葉に肩を竦めながら、ルルリアはベンチから立ち上がった。自分でもらしくない、と感じ、頬を小さく手で叩いた。自分は誰かに心配されるような、可愛らしい性格ではないから。目の前の相手に不思議そうな顔をされたが、深く聞かれることはなかった。


「図書室で借りる本が、一冊あったのを忘れていたの。だから、先に帰っていて」

「えっ、確かにそれぐらいの時間ならあるかもしれませんが。……ふふっ、ルルリアさんもおっちょこちょいなところがあるんですね」

「そうね。どこかの誰かさんが図書室で騒いじゃって、それで居づらくなった所為でつい忘れちゃったんだもの」

「……ごめんなさい」


 調子に乗ったミリナに、ドSは当然容赦しなかった。というより、大体彼女に対してはいじめっ子全開な感じで接している自覚がある。ドSにとって、Mといじめられっ子は大好物なのだ。性癖と反応的に。ルルリアとしては、わざわざ弄られるとわかっていて近づいてくる彼女に、物好きだなーという気持ちはあった。



「それじゃあ、さようなら」

「はい、さようなら。あっ、そうだ、ルルリアさん。最後にこれだけっ!」


 引き留める声に胡乱気に振り返ったルルリアに向け、照れくさそうにミリナは笑った。


「私はルルリアさんのこと、友達だと思っています」

「…………」

「図々しいって思うし、私はルルリアさんのことを何も知らないし、あの時だって大して役に立った訳でもないし、むしろ迷惑をかけたと思います。それにいっつも意地悪なことばかり言われてしまいますけど、……それでも、私はあなたを友達だと思っています」


 本当に自分とは正反対だとルルリアは思った。自分が持っていないものを持っている彼女に。


「今は一方通行でいいです。私自身が邪険にされるぐらいなら別にいいんです。でも、こんな風になんでもないことを当たり前のように話せるような、そんな関係を築きたいなー、とは、その…、考えていまして……」

「そんな関係を築いて、何になるの?」

「何も、ならないかもしれません。だけど、そんな気軽な関係は駄目ですか? 私は頭があんまり良くないし、喧嘩や策謀も全然駄目です。難しい話もきっと理解できません。それでも、簡単な日常のことやちょっとした不満や、取るに足らない悩み事を話す相手としては、最適かなーって」


 何も生み出さない関係。だけど、確かに何かがある関係。そんな曖昧な関係があることを、ルルリアは知らない。理解できない。それでも、否定は返せなかった。


「そこまでして、私と関係を築く必要がある?」

「あります、少なくとも私には」

「何よそれ?」

「ルルリアさんが、私に持っていないものを持っているからです!」


 そこらの令嬢の嘘を見抜くぐらいならできる。偽りを語るなら、今後一切の関わりを切るつもりだった。ルルリアにとって、友達という関係はそれだけ重要なのだ。それなのに、ミリナが語った理由はルルリアの地位や人間関係ですらなく、彼女自身を求めてのことだった。奇しくも、お互いが相手に同じことを思っていたのだと、ルルリアは知った。


「私、昔っから周りに心配されるみたいなんです。こう、頼りないと言いますか。流されやすいと言いますか…。でもルルリアさんの場合は、むしろあなたと関わる周りが心配になると言いますか。頼りになりすぎて逆に止めないとまずくないかな、とか思ってしまうぐらい行動力があって。自分の決めた道の障害を蹴散らしてでも進む姿が、本当にすごくて。だからルルリアさんと一緒にいたら、あなたみたいな魔王様になれるかなって思ったんです」

「あなた、今のが褒め言葉で言っているつもりならすごい才能よ。あと、誰に私が魔王様って聞いたの?」

「シ」

「もうわかったわ。……あの、胃薬犬め」


 後に、一人の教員が女子生徒と親密に話をしているらしいという一応嘘ではない噂が流れる。それに胃薬片手に情報操作し出す教員を見据えながら、その隙に女子生徒の親に教師が親しげに娘と会っているぞ、とルルリアはチクった。これにより、彼が胃薬を購入しようとするたびに、家族バカな彼女の親らしく、可愛い娘を狙う狼への眼光が鋭く光るようになったのは、まぁ言うまでもない。


「はぁー、本当にそんな理由なの?」

「そんな理由って。えっと、……はい」


 はっきり言って、ミリナの性格的にルルリアのようにはなれないだろう。過ごしてきた環境や人間関係が違い過ぎる。しかもルルリアの場合、天然ものをさらに磨いてきた結果、魔王になったのだから。憧れなんて抱かれるような、できた人間じゃない。むしろ、見本にしたらまずい者の筆頭だろう。


 それなのに、どこか悪くないと感じてしまっている自分がいる。それにもやもやしながら、勢いよく頭を振った。こんなわけのわからない気持ちのまま、決定を下すのは自分が納得できない。考えて、考えて、すごく考えて、それから……ちゃんと人と向き合ってみよう。自分の気持ちと、相手の気持ちと、これからを。



「私、あなたのことを友達とは思ったことなかったわ」

「それじゃあ、これからはそれを考慮しながらお願いします」

「さぁね、気が向いたら考えることにする。そろそろ時間が迫っているから、今度こそ行くわよ」

「あっ……、はい」


 幻覚だろうか、しょげた尻尾が見えた。ルルリアは本気でもう一回、頭を振っておく。ワンコホイホイは、覇王様だけで十分です。正直どっちもどっちだ、とルルリアの思考がわかったら、確実にシーヴァはツッコんだであろう。


 足を前に踏み出し、校舎へと進むルルリアは、そのまま視線を前に向けたまま――ふと口を開いた。


「……ねぇ、今日の晩御飯。何を食べようか悩んでいるのだけど、何か案はある?」

「晩御飯ですか? それなら、お魚がおすすめみたいですよ。なんでも今日、寮の料理長さんが、生きの良いのが入ったって喜んでいたのを友達が聞いたみたいで。私も楽しみなんです」

「そう、参考にするわ」

「あっ、はい!」


 先ほどと変わらない笑顔のまま返事をしたミリナは、そのまま校舎へと向かうルルリアとは正反対の寮に向かって、真っ直ぐに足を進めた。小さな、本当に小さな一歩。それでも、ミリナは小さく胸の前で、嬉しそうに拳を握りしめた。



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