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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
番外編
14/22

後日談② そうだ、今日は親子丼でいこう

※警告:ガーランド侯爵家のほのぼの日常風景です。ご注意を。




 ガーランド侯爵家当主であるリリック・ガーランドにとって、休日は至福の時である。最近は貴族社会に復帰し、交流関係の改善や新たな付き合いの幅を広げるために、日夜当主として仕事に励んでいた。十何年分のツケは大きいが、それは己の自業自得である。自分の息子が当主になるまでに、必要最低限だった足場を必ず揺らぎのないものにする。それが貴族の当主として、父として、息子に残せる数少ないものであった。


 当然、今までの行いから嘲笑や皮肉混じりの声も多くある。それをリリックは、当たり前だと受け取っていた。むしろ、積極的に嫌がらせの言葉や態度をもらいに行っていた。娘が学園にいるため普段はなかなか満たせない己の性癖を、彼らはある程度満たしてくれるのだ。嫌味や嫌がらせをしている方々も、まさか相手に活力を与えているとは思ってもいないだろう。


 相手は遠慮なく文句を言え、言われている当人は超幸せ。傍から見たら、今までの贖罪のために真摯な態度を示す侯爵様のお姿である。何かがおかしい。蔑まされる心地よさを感じながら、目標への実現に向けて、おっさんはいつも通り平常運転であった。



 そんなリリックであったが、やはり休日に勝る幸福な日はなかった。彼にとって休日とは、自分の息子と義娘がガーランド家に帰宅する時である。その日は彼も、大好きな仕事の手を置き、心置きなくそれこそ全身全霊で家族サービスをするのだ。こちらも聞くだけなら、子煩悩な優しい父親に聞こえる。言葉とは、なんと難しいものだろう。


 そうして迎えた、あくる日の休日の朝。いつもは使用人に起こしてもらうが、特に早起きをする必要がない休日だけは当主特権を駆使して、別の人物にお願いをしていた。肌触りの良い寝具が、彼の呼吸に合わせて上下に揺れる。そんな窓から眩しい朝日が降り注ぐ中、ノック音が静かな部屋に響き渡った。


「お父様、ルルリアです。起こしに来ましたよ」


 高めのはきはきとした声が聞こえると同時に、寝室の扉が開かれた。そこにいたのは、おさげにした栗色の髪と同色の瞳を持ち、スカートの裾がくるぶしまである丈の長いワンピースを身に纏っている少女。ラフな装いと、部屋に入る気安い様子からも、彼らの関係は仲の良い親子そのものであった。


 ルルリアは声をかけても起きる気配のない父に、小さな溜息を漏らす。いつも夜遅くまで仕事をしている彼を知っているから、熟睡しているのは当然であろう。このように眠りについている一番無防備なところを、自分に任せてくれる信頼に、口には出さないが嬉しさもある。しかし、リリックの隠すことのない本音も知っているので、大変微妙な気持ちにもなるのであった。


 休日は家族と共に過ごすリリックだが、全く仕事をしない訳ではない。夜遅くみんなが寝静まる時間に、早めに処理しておく書類を片づけているのだ。夜遅くまで明かりのついている彼の部屋に、「さすがは当主様」と使用人たちは敬愛の目を向ける。しかし、そんな真面目な侯爵閣下の努力の訳は、とても単純な理由で片付く。確かにガーランド家の今後のために、仕事をするのは間違ってはいない。しかし、その理由は全体の一割ぐらいであろう。


 リリックが夜遅くまで仕事をする九割の理由は、『愛する娘に朝起こしに来てもらうシチュエーションを、心いくまで堪能したいから』に尽きる。年を取るにつれ、人の眠りとは浅くなっていくものである。特に妻を亡くしてから、心身性欲共に緊張した生活を長年送ってきた彼の神経は鋭く、人の気配に敏感なのだ。部屋に誰か入って来た時点で、目を覚ましてしまうのである。


 しかしそれでは、娘との朝のコミュニケーションの華やかさを損なわせてしまう。ルルリアの声で起きる朝も素晴らしいだろう。しかし彼女の神髄は、その行動力である。せっかく家に帰ってきた娘を、もっと堪能したいっ! おっさんは心の底から、そう思った。


 故に、人の気配を感じても起きないぐらいに爆睡するために、彼は夜の仕事を選んだのだ。朝の絶頂の時を思えば、やる気も上がる上がる。おっさんの煩悩は、相変わらず絶好調であった。



「起きてください、お父様。朝ですよ」


 心地よい眠りについている侯爵様のもとへ寄ると、ルルリアは優しく彼の身体を揺らす。しかし、目の前の目標は身じろぎ一つしないで、深い眠りに入っている。それに、もうちょっと強く揺すってみるが、効果のほどは見られなかった。


「……はぁッ!」


 それを確認すると、次に自然と構えを取り、大きな背中に向けて強烈な蹴りを娘は放った。人を起こす物理レベルがいきなり跳ね上がる。さすがにこの蹴りは効いたのか、おっさんは小さな呻き声をあげた。これで起きるかと思われたが、幸か不幸か彼の耐久レベルは非常に高かった。


「……むふぅ」


 蹴りの結果、なんだか幸せそうな顔を浮かべながら、嬉しそうな寝息をたて出すおっさん。驚くべきはその寝汚さか、それとも眠っていても性癖無双するひどさだろうか。そんな父の様子に、ルルリアは一度深呼吸をして己を落ち着かせた。



「仕方がないか…」


 ガーランド家にとっては、休日の日常風景の一つなので、ルルリアもいつも通りに行動することにした。まずは軽くストレッチ。次に、常に持ち歩いている携帯用の武器を手に装備する。上等な床に向けて、バシンッ! と一度しならせ、その音と威力に無意識に口角が上がる。彼女の性癖も、相変わらず絶好調であった。


 そして改めて向き合うと、そっと彼が被っている寝具を引っ剥がそうとする。しかし、彼の手が自身を包む布を強く掴んでいるため、ルルリアの力では引き離すのに労力を使いそうだ。それに彼女は、小さく鼻を鳴らした。


「うん、じゃあ仕方がないよね」


 ルルリアは、それはそれは嬉しそうな表情を浮かべた。まずは手に持っていた紐状の武器で、布の出口を塞ぐように縛り付ける。それからリリックの纏う布の余った部分を手に取り、スタンバイオッケー。


 最後に、それを彼の顔面に覆い被せる様に容赦なく手で押さえつけた。


「――フゴォッ!?」

「あら、いったい何の鳴き声かしら?」


 盛り上がったところに馬乗りになり、魔王様は楽しそうに父親の顔に布を押し付ける。陸に打ち上げられた魚のように、リリックはビクンビクン跳ね回るが、寝具が縛られているためまともに動けない。必死に息を吸い込む音が部屋に響き、だんだん抵抗が少なくなってきたと感じたと同時に、娘は手を離した。


 激しく咳き込み、求めていた空気を吸えて、リリックは荒い呼吸と一緒に目を覚ました。過激としか言いようがない起こし方に、もはや暗殺一歩手前である。やっと呼吸を整えられた父は、元凶である己の娘と目を合わせた。肩で息をしながら、おっさんはキリッとした表情で、いつも通り朝の挨拶を交わした。


「……おはよう、ルルリア。清々しい朝だ」

「そうですね、おはようございます」

「今回の起こし方もなかなか良かった。しかし、……もっと激しく起こしてくれても構わないのだぞ? なので、もう一回――」

「もう起きられましたね。では、私の朝の仕事は終わりましたので、あとは一人で勝手に悶えていて下さい」


 魔王様、バッサリであった。あーやれやれ、というようにリリックの上から降りると、ルルリアは何事もなかったかのように寝室からあっさり退出した。未だに寝具が縛られたままのおっさんを、そのまま部屋に放置して。


 簀巻き放置プレーという、朝から情け容赦のない娘の仕打ちを受けながら、リリック・ガーランドは心から思った。



「……至福だ」


 おっさんは、今日も幸せであった。




******




「あっ、父さん。おはようございます」

「フェリックスか、おはよう。お前もさっき起きたところか?」

「はい、とても激しかったです…」

「あぁ、そのようだな」


 束縛上級者なリリックにとって、あれぐらいの縄抜けなら息をするようにできて当たり前である。だが、まだまだその道の初心者である息子には、娘のドS式起床法は激しすぎたらしい。乱れた赤髪と、よれよれの服が彼らの闘いの激しさを物語っている。それに若いな、と微笑ましそうにお父様は笑った。


 被虐欲の強い人間と言っても、何も理不尽に与えられる苦痛や、蔑まれ虐げられること全てに喜ぶような単純なものではない。性癖の暴走と放置歴十年以上のリリックぐらいのレベルになると、どんな些細なことでも、己を悶えさせる要素に変換することができる。しかし、それは変態の中でも相当高度な技なのだ。


 大切なのは、いかにその苦痛や辛さや恥ずかしさを自分の中で昇華し、陶酔や興奮や煩悩に繋げられるのかが重要である。SとMだからと言って、必ず良好になる訳ではない。お互いが妥協し、認め合い、肉体精神ともに耐久力を高め合っていくことで、初めて愛のあるお楽しみができるのだ。


「今は使用人に起こしてもらうか、ルルリアに普通に起こしてもらうように頼んだらどうだ。いきなりレベルを上げ過ぎると、心身のバランスを崩してしまうかもしれん。我々が行く道は、そう簡単に習得できるものではないぞ」

「うーん、確かに激しいけど、……嫌じゃないんだ。彼女からの痛みって考えるだけで、そのなんか、嬉しくて――」


 頬を赤らめて、少年は赤髪を掻いた。フェリックス・ガーランドは、リリックの最初の妻との間にできた一人息子である。女性に対してひどい仕打ちをしてきたリリックだが、避妊だけはどんなことがあっても心がけてきた。面倒な手続きや、出元をしっかり確認する作業を毎回行ってまでも、高い避妊薬を飲み、相手に飲ませることもあった。


 理想の女帝を探すことを目的に、煩悩を拗らせてきたリリックだが、子ができた時の損得を考える頭はあった。跡取りが一人しかいない現状は、あまりよろしくないのはわかる。しかし、二人目を作ったところでガーランド家にとって得にはならないと判断したのだ。


 子を愛する余裕がない父と、虐げられ続ける母との間に産まれた子どもが、幸せな時を過ごせるわけがない。その子どもがガーランド家に対して憎しみを生み、己やフェリックスへ牙を向けかねない危険性もあった。


 特に女にとって、子は時に束縛となる。リリックとの間に子がいなかったからこそ、今まで彼のもとに来た女性たちは、すぐに逃げ帰ることができていたのだ。リリックも女帝の素質がない女性をいつまでも囲う必要性がないため、それを追うこともなかった。


 故に、正真正銘ガーランド家の跡取りは、フェリックスただ一人なのである。侯爵家の次期当主として、彼はまだまだ未熟で幼いであろう。しかし親の贔屓目もあるかもしれないが、決して馬鹿ではない。足りないものは多くあるが、それを学ぶ意欲だってある。ならば、あとは環境を合わせてやればいい。


 今まで十何年も、自分のためだけに時間を使ってきたのだ。ならばリリックに残ったもう何十年という時間は、息子のために使ってやりたいと思った。おっさんにとって、ルルリア(煩悩命)とフェリックス(息子命)は、かけがえのない存在となっていた。


 それ故に、自分の性癖を抑えて息子にルルリアを譲ることもできるし、きちんと父子でシェアすることもできるのだ。時々煩悩に負ける時もあるが、その時は息子にばれない様に気を付けているので問題はない。それに娘から、「駄目だ、このおっさん」という半眼の目に堪らなく興奮したのは、また別のお話である。


「……ふっ、そうか。ならば、お前の目指す道を行くといい」


 そんな息子に、リリックは優しい表情で頷いてあげた。フェリックスは、十六歳の思春期の少年である。だからこそ、存分に青春を謳歌させてあげるべきだ、と父は考えた。多少の無茶は目をつぶってあげて、大人として止めるべきところは止めてあげたらいい。


 十年と言う月日の溝を埋めるように、二人の様子は仲の良い親子そのものである。父から息子への愛あるドM教育も、大変順調であった。


「そういえば、父さんはどうやってそこまで極められたんだ? その、母さんも、ルルリアぐらい激しかったの?」

「ふむ、あいつはルルリアほどの体力がなかったからな…。激しいのは、週に数回あったぐらいだ。むしろ本人はそんなに動かず、じっくり責めるタイプだった。ルルリアが一撃必殺でバッサリな感じなら、妻はじわじわ追い詰めてキュッとする感じだったな」

「……ちなみに、朝はどんな風に起こされていたの?」

「身動きを奪われてから、全身をくすぐられた。ざっと一、二時間ぐらい」

「…………高レベルだね」


 生前の母は鞭を自由自在に使いこなしていたそうだが、それを知った息子の心境はなんと言えばいいのかわからない状態だった。幸せな幼少期の頃の美化された母が、「あらあら、ごめんねー」とニッコリ黒く微笑んだ気がした。確かに、精神攻撃が得意そうだ。息子もちょっとダメージを食らった。


 しかし、あの優しくほんわかした母が、鞭を持って高笑いしていたのか…。ふとフェリックスは、筆を持って延々と父をいじめる母を想像してみる。あっ、こっちは想像しやすい。楽しそうだ。思えば母は、一つのことに集中して根を詰めるような性格だった気がするなー。そんなドSな母親を、しっかり受け止める息子であった。




「学園はどうだ? 学業の方は順調か」

「今のところは問題ないかな。男女だし、専科も違うからルルリアと被っている授業は少ないけど、お互いにわからないところは聞きあっているよ」


 髪や衣服を整え、絨毯の敷かれた廊下を二人で歩く。ルルリアは朝早く起きて、先に食事を取るのが常だ。その後、侯爵家の領地をひっそりと歩き回ったり、書庫で本を読んだり自由な時間を過ごしている。ずっと誰かと一緒にいるのは、彼女の性格的に息が詰まる時もあるのだろう。昼と夜は一緒に過ごすことが多いが、朝は一人で過ごすことが多かった。


 なので、休日の朝は息子と一緒に過ごすのがリリックの日常である。他愛もない話に、花を咲かせる親子。しかしこの光景は、ほんの数ヶ月前まではあり得ないものであった。完全に冷え切っていたガーランド家に、ルルリアが入ったことで少しずつ緩和されていき、最後のあの舞台で長年の氷を溶かすことができたのだ。


 息子を釣りの道具に提供したり、ざまぁのカタルシスにしたり、煩悩拗らせていただけだったり、ドMに覚醒させたり、やっていたことは一番ひどいおっさん。それでも、ルルリアが婚約破棄を告げに来た夜の風呂で、初めてお互いに抱えていたものをぶつけ合い、理解し合えたのだ。そして、息子は完全に道を踏み外したのであった。


「あと、ルルリアがセレスフォードさんと仲が良いから、俺も殿下と話す機会が増えてさ。プライベートでは、名前を呼んでいいって言ってくれたんだ」

「ほぉ、殿下が。友人になれたのか?」

「あぁー、友人と言うかお世話になっている先輩って感じかな。やっぱり緊張する。でも貴族として、もう少し近づいておくべきなのかな…」

「ふむ、次期国王と友好を築くのは必要だが、焦る必要はない。少なくとも、ルルリアと姫君は、身分を超えた親友同士だ。そこに身分の枠にはめて近づくことを、無粋と感じて攻撃の材料にする者もいるかもしれん。今まで通り、お前の距離でやってみろ」

「そっか。うん、わかった」


 フェリックスにとって、クライスは良き先輩だ。侯爵家を継ぐため、彼との繋がりが大事なことはわかっている。それでも、今の先輩後輩としての関係も大切にしたかった。父からその裁量を自分に任されたことに、心の中でホッと息を吐いた。


 あとは口には出さないが、お互いにカレリアに誑かされ、婚約者にヘコヘコする者同士である。しかも、その婚約者に振り回されているのも同じ。そんな婚約者を、メロメロにしたいのも同じである。ここまで似た境遇を持つ相手など、なかなかいないであろう。お互いに、赤の他人という気がしなかった。


 ちなみに不義を行い、それを公衆の面前でさらけ出したフェリックスだが、彼が糾弾されることはなかった。被害者であるルルリアがそれを許したのもあるが、一番は第一王子であるクライスもまた、似たような立場であったがためだ。わざわざ次期国王に喧嘩を売るような真似などしない。故に、「もう女王様が全部悪かったでいいじゃん」ということで収められたのであった。



「この前はクライス先輩と、女性へのプレゼントについて話したんだ。彼の護衛の人に案を聞いてみたけど、花とかアクセサリーぐらいしか出てこなくてさ。でもルルリアもセレスフォードさんも、そういうのを欲しがりそうな人じゃないよなーって」

「そうだな。姫君は詳しくわからないが、ルルリアは必要な分あれば問題ないという考えだろう。装飾品に限らずもらえるものは何でももらって使うだろうが、欲しいものという訳ではないな」

「だよな…」

「ふっ、悩めばいい。女性に振り回されることもまた、男の甲斐性の内だ。少なくとも、その二人に関してはお前や殿下が心から選んで送った物なら、ちゃんと受け取って大切にしてくれるさ」

「えっ、そうかな?」


 リリックの言葉に半信半疑な様子だが、それに関して彼はこれ以上語らなかった。公爵家の姫の事情は漠然としているが、ユーリシアがルルリアを彼女自身と重ねているのはなんとなくわかる。それなら、よっぽどセンスのないプレゼントでない限り、彼女たちは必ず受け取るだろう。


「昔は私も、妻へのプレゼントに色々考えたものだ。ハイヒールや蝋燭に、今は額縁に飾っている鞭など、懐かしいものだな……」

「なるほど…。じゃあ、クライス先輩ともう一回相談してみるよ」


 それから後、話し合った紆余曲折の結果、二人は婚約者に薔薇の装飾が掘られた赤い蝋燭をプレゼントすることになった。趣向をこらした品として純粋に喜んでくれるかなと尻尾を振るワンコに、友人は本来の用途で使うことになるだろう蝋燭を、覇王様は笑顔で受け取ったのであった。そして彼女は、自分の部屋ですぐに溶けてしまったが普通の明かりとして、最後まで大切に使ったらしい。




 それから、食事を取るための部屋につくと、使用人たちがテキパキと仕事をこなしていく。基本食事は三人で食べることが多いので、そこまで広い部屋は必要ない。普段は仕事の合間に食べるリリックも、休日は落ち着ける場所で、家族三人と食事をするのだ。和気藹々と性癖を暴露しまくっているが、彼らの中では落ち着いた食事風景であった。


 食事が終われば、ルルリアが一人でいる午前の間に、領地の経営についてリリックは息子に指導する時間を取っている。時々彼女も参加するので、その時は生徒が二人になる。それが終わった午後は、領地を散歩したり、領民との接点を増やす。ゆったり休日を楽しむことが目的だが、将来のための布石も作っていた。


 リリックは今日の予定を考えながら、出された朝食を綺麗に口の中に収める。隣では銀食器を手に、とろとろの卵のかかった鶏肉のソテーをおいしそうにフェリックスは食べていた。パリッとした厚めの皮と、ふっくらとした肉のうま味。そこに卵のとろみが上手く絡み合っていた。


 そんな風に、のんびり食事を堪能していた二人であったが、ふと何かを思い出したかのように、フェリックスがおもむろに口を開いた。


「そうだ、プレゼントの話とはまた変わるんだけど。ちょっと前に、変な気持ちになってさ。この気持ちがわからなくて、父さんにずっと相談をしたかったんだ」

「気持ち……、ルルリアのことか?」

「ううん、周りのこと。この前、他の家の人と会った時だったんだけど、俺のことを知っていたんだろうね。口では何も言われなかったけど、ものすごく嫌な顔をされたんだよ」


 ガーランド侯爵家は、ある意味で有名である。父や自分の過去の行動から、こういう態度を向けられるのは理解していた。故に、父が幸せそうにそんな嫌味の世界を堪能していたため、覚醒したフェリックスも不誠実ではあるが、心の中でちょっと楽しみにしていたのだ。しかし、現実はそう甘くなかった。


「蔑まれて、軽蔑した目を向けられたはずなんだ。だけどなんか足りなくて、全然気持ちよくなれなかったんだ。ルルリアの時は、あんなにも胸がドキドキしたのに……」


 難しい顔で肩を落とす息子に、リリックは腕を組んで考える。魔王様からの施しは嬉しいが、他のやつの施しは嬉しくない。聞きようによっては、惚れ気にも聞こえるかもしれない。リリックは基本雑食だが、息子はグルメなのかもしれないと、変態の奥深さに感慨深い気持ちになった。


「ふむ、つまり興奮できなかったことが、変な気持ちに感じたのか」

「あっ、いや、その次。なんか蔑まれていると、だんだんそいつの顔を屈辱で泣かせてやりたくなってきたというか……。俺を下に見ているこいつを踏み越えたら、気持ちよさそうだなーって、ふいに変な気分になっちゃってさ」

「…………ん?」


 おっさんのきょとん顔が、披露された。


「それで、変だなって思ったんだ。俺、ルルリアにひどいことをされるのは大好きなのに、他の人たちにはひどいことをされるよりも、した方が気持ちよさそうな気がしてきて。もしかしたら、ルルリアがいつも楽しそうにしているから、俺もうつっちゃったのかなって。父さんも、そういう時ってある?」


 ものすごくキラキラと穢れを知らないような真っ直ぐなフェリックスの瞳に、あのお父様でも言葉を詰まらせた。教えて、お父さん! と純粋に答えを求める息子に、初めて彼は視線を明後日へ向ける。確かにリリックは昔、女性に対して嗜虐的な行いをしてきた。しかしそこに、一切の興奮はなかったのだ。


 それ故にリリックは、今目の前にいる少年のように、被虐より嗜虐に興奮する気持ちがわからない。本当にわからない。昔どこかで、SとMは表裏一体という言葉を聞いたことがある。しかも思い返せば、父親の血が覚醒したのなら、母親の血が覚醒したっておかしくないのかもしれない。彼はまさしく、変態のサラブレッドなのだから。


 愛する人には心からのドM心を発揮し、他人にはドSを降臨。さらにこれは、本人はいたって無自覚な自然体。そんな高度な変態に、まさか己の息子が覚醒しようとしているとは。


 魔王や覇王だけでなく、変態までもが息子に戦慄した。



「父さん? どうかしたの」

「……いや、何でもない。それは私より、ドSの先輩(ルルリア)に聞いた方がいい。発散のさせ方も、彼女の方がよく知っているだろう」

「ルルリアが? そっか、わかった。聞いてみるよ、ありがとう父さん」

「あぁ…」


 嬉しそうなフェリックスの様子に、リリックは瞼に熱いものが込み上げてくるようであった。頼りなさそうだった息子の新たなる可能性。自分以上の怪物を飼っている彼は、いずれこのリリック・ガーランドを超えるであろう。その一端を垣間見えた父の胸に、寂しさと喜びと溢れんばかりの興奮が生まれていた。


 成長したフェリックスは、きっと魔王の隣に相応しい変態――ではなく夫になるだろう。ルルリアと共に手を合わせ、ドMの許容さとドSの容赦のなさを無自覚に発揮していってくれるはずだ。


 ついでに、愛する二人で自分をいじめてくれたら、もう思い残すことすらないではないか。まさに天国である。おっさんは、今日もとても幸せであった。



 そんな親子のほのぼのな会話が終わり、朝食を食べ終わって数刻後。魔王様の部屋に、その婚約者は早速突撃した。その内容を聞いた魔王様の頬が、引き攣っていたのは言うまでもない。


 それから少しして、「ああんっ」と幸せそうにどつかれている声が、ガーランド侯爵家に響き渡った。おっさんもその声に、大変うずうずしたそうだ。彼らは今日も今日とて、平常運転で幸せに暮らしているのであった。



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― 新着の感想 ―
あれ?親子丼してなくない?
[一言] ほのぼの日常なのに注意が必要、という注意事項からもうwww 裏の魔王様と表の旦那さま(加虐時)によりこの代でかなり家格が上がりそうですねw
[良い点] ほのぼの…とは…? という気持ちになりつつ、ほのぼの日常ですね…!!とも思ったり。 覚醒は一度ではなかったということか…!! [一言] 亡くなられた奥様の巧みの技がなかなか凝っていて流石で…
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