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スタイリッシュざまぁ  作者: Aska
番外編
13/22

後日談① 魔王様の優雅でカオスな日々 




 ルルリア・ガーランドは、二つの顔を持つ少女である。こう言うとカッコよく聞こえるが、ぶっちゃけて言えばただの特大の猫かぶりである。彼女の印象を周囲に聞くと、一途で健気で心優しいという慈悲の塊のような単語が並ぶであろう。


 しかし別の方面から聞くと、ドSで鬼畜で魔王という下種の塊のような単語が羅列する。もはや、犯罪級の詐欺だろう。ヒロイン要素を足蹴にし、ラスボス要素ばかりをレベルアップさせてきたルルリアは、その性根の腐った根性に恥じぬ人物であった。


 そんな大魔王であったルルリアだが、現在は大規模な活動を休止している。魔王による魔王のための生贄ざまぁな舞台を終わらせて早幾日。姉の元取り巻きたちへ、にぱー(星)している覇王様を横目に、ルルリアは変態どもにお仕置きをしながら、ほのぼのとした日々を過ごしていた。


 そんな日々に、苦労が減ると喜ぶ逸般人(胃薬)と、構ってくれる時間が増えると滾る父子(変態)に囲まれながら、ルルリア自身はいつも通りであった。彼女が大人しいのはただ単に、新しい野望探しに目をギラギラさせながら、次に征服するものを探しているからなだけなので、嵐の前の静けさとも言う。


 怪しい風が吹き荒ぶ中で、保たれていた平和な一時。……だが、とある勇者の存在がその平和をかき乱そうとしていた。



「……まさか、こんなことになるだなんてね」


 口元に笑みを浮かべているが、ルルリアの声は少しだけ緊張をはらんでいた。彼女の頬に流れる一筋の汗から、押し殺そうとする焦りが滲み出ている。その不敵な笑みと魔王オーラから、ルルリアの本気が窺えた。しかし、その対峙する相手からは、それに堪えた様子は感じられない。


 己の本性を見せて、恐れられたり、喜ばれたりしたことはあったが、変わらない反応を示す相手などルルリアは初めてであった。目の前の相手と初めて会った場所は学園であったため、当然彼女は健気な少女の仮面をかぶって接していた。それから何度か邂逅したが、そのどれもが偽りの自分であったのだ。


 あの時困っていた彼を助けたのは、周りに一般人がいたためだ。慈悲深い少女という評判を持つルルリアが、哀れな姿を見せている相手を捨て置くなどしては、世間の評価に傷をつけてしまう。演技をするなら、半端など許されない。故にルルリアは、彼を助け、それからも多少の関わりを持つようにしてきたのだ。


 しかしそれが何度も続き、しかも相手が自分の領域に入り込もうとしてきたことには、さすがの彼女も眉を顰めだした。優しくしていたから、つけあがりだしたと思ったのだ。周りに気を配りながら、少しずつ距離を離そうとするが、相手はルルリアの思惑など知ったことかとばかりに接近してくる。


 周りの人間を使い、無理やり引き離したり、この学園からひっそり去らせることならいくらでもできた。今だって、適当に理由を付けたり、彼女が全力で排除しようと思えば簡単にできる。しかしそれをしなかったのは、ルルリア自身に問題があった。


「どうやら私は、自分の本性を過信しすぎていたみたいね」


 ドS神だとか魔王だとか言われているルルリアだが、本物の人外という訳ではない。性格が人外並みに酷いだけであって、その他は人間と同じである。そのため、当然無敵の存在ではない。彼女にだって、弱点はあるのだ。


 思わず漏れた呟きに、ルルリアは苦笑をつくった。彼に本性を見せたのは、自分の弱さが原因なのだと薄々気づいている。本性など見せなくても、彼を排除するぐらい簡単なことだったのだから。それをしなかった理由はただ一つ、自分に真正面から、隠そうともしない好意を見せてくれた相手であったからだ。


 ルルリアが相手を助けたのは、打算まみれのことである。しかし、相手にとってみれば彼女は自分を救ってくれた人物だ。彼からルルリアに感じられるのは、感謝と敬意と好意だけ。その気持ちに気づいていたルルリアは、強い拒絶を示すことや、裏から手を回して排除することに戸惑ってしまったのだ。


 自分に向けられる純粋な好意を、己の都合だけで切り捨てることだけは、ルルリアにはどうしてもできなかった。例えそれを自覚したとしても、それが弱点になるとわかってしまっても、どうしても捨てられない弱さ。泥を被り続けることを厭わない性格であるが、それだけはルルリアが唯一持つ自嘲混じりの誇りでもあった。


 だから彼女は、彼に本性を見せることを選んだ。優しい仮面を取り外し、今までの自分が偽りであったことを見せた。自分がそのような好意を向けられる人間じゃないと教えるために。魔王である自身を晒すことで、相手の方から去らせようと考えたのだ。


 そんな彼女の思惑は、本性を見ても変わらない好意の視線に脆くも崩れ去ってしまった。彼女は忘れていたのだ。魔王と覇王を戦慄させた変態という前科があるように、数は少ないが物好きというものは存在していたことを。


「……わかっているの? 今まで私があなたに見せてきたものは、全て偽りだったのよ。行き倒れていたあなたを助けたのだって、私のイメージを崩さないためだった」

「…………」

「その後、ご飯を作ってあげたのも健気さをアピールするためで、一緒に遊んであげたのも運動不足の解消のためで、毛を整えてあげたのも私が触ると気持ちが良かったからで、あなたのためじゃなかった。私は優しい人間じゃない。それは、本能でわかるでしょ?」


 ルルリアの変貌と言葉は、相手にしっかり伝わっていた。それでも、彼女の心の内を明かされても、純粋に慕う思いは一向に変わらない。これほどの真っ直ぐな好意には、さすがの魔王もたじろいだ。


 動きの止まったルルリアに好機を見出したのか、一定距離を保っていた相手の足が動いた。前に踏み出した両足に力を入れ、大好きな栗色の少女の胸の中に向かって突っ込んだ。突然の事態に咄嗟に蹴り飛ばそうとしてしまって、慌てて止めたことで動きが止まった彼女は、そのまま胸の中に彼を受け止める他なかったのであった。



「……そう、いいわ。あなたがそこまで私と共にいたいというのなら、私も覚悟を決めてあげる」


 己の腕の中にある温もりを、ルルリアはそっと抱きしめる。ドSオーラが効かない勇者に慌ててしまったが、一度決めてしまえば彼女の切り替えは早い。


 自分の本性を知っても去らず、むしろ傍にいたいというのなら、拒絶ではなく受け入れようと決断した。果断さだけではなく、寛大さもなければ、数多くの下僕を導く王として上には立てない。魔王の配下として、己と共に突き進む存在であると彼女は認めたのだ。


「くくくっ、今日からあなたは、私の部下よ。この私の部下になったからには、みすぼらしい姿は許さないわ。ちゃんとご飯をしっかり食べて、いっぱい運動して、たくさん寝て、健康に大きく育たなかったら承知しないわよ」

「うー、わんっ!」

「いい返事ね。そうと決まったら、目標を決めなきゃいけないわ。少なくともあなたが一人で生きられるように、立派な狩人にしてあげる。さぁ最終的に、何を倒せるようになりたい? 狼? 鷹? やっぱり熊?」

「なんで小型犬の最終目標が、打倒肉食一択なんだ。というかさっきから、犬相手に威嚇したり、説得しようとしたり、何訳のわからないことをしているんだ、ルゥ」

「…………いきなさい、ケルベロス! 手始めにまずは、あそこの空気が読めない胃薬犬を噛み砕いて、ちょっと目撃証言を隠滅してきなさいッ!」

「おまッ、恥ずかしいところを見られて図星指されたからって、――って犬もこっちに全力疾走してくるんじゃねぇッ!?」


 魔王様の指示を忠実に従い、襲いかかる小型犬(魔王の眷属)を相手に、無駄スペックを駆使してシーヴァは全回避した。新しい部下の誕生に実はちょっとウキウキしてしまっていた魔王様は、文字通り図星を指されたので、もう十分ぐらい私怨で追いかけまわさせておいた。




******




「きゃん、きゃん!」

「……で、その犬はなんなんだ」

「学園に入り込んでしまった迷い犬よ。捨て犬の可能性もあるけどね。たまたま衰弱しているところを見て助けたら、異様に懐かれてしまったのよ」


 愛くるしいパッチリとした目に、黒に近い灰色の毛並みを持った子犬は、元気よく吠えていた。小型な犬種の中でも、その小ささからまだ子どもかもしれないとシーヴァは考える。野生で生きてきたとは思えないため、学園の人間が無断で連れてきたのかなー、と教員の立場としてちょっとめんどくさそうに頭を掻いた。


 この犬、見る目があるのかないのか…、と安心したようにルルリアに寄り添う子犬を半眼でシーヴァは見つめる。確かに性格は酷いし、他人にも厳しい目の前の少女だが、一度庇護下に入ればそれなりに面倒見はいい。扱いは酷いので、プラマイゼロだが。


「あと本気で、ケルベロスが名前なのか」

「私が今さっきつけたんだけど、名は体を表すと言うじゃない。他にもフェンリルか、オルトロスかで迷ったけど、毛並みが暗いから似合うかと思って」

「だからお前は、小型犬に何を求めているんだ」


 シーヴァは呆れながら、子犬を手招きする。何気なくポケットからおやつのお徳用ジャーキーと胃薬を取り出して、餌付けをしだした。


「名前負け感で禿るぞー、この犬」

「あら、目標は高い方がいいじゃない。意識の高い名前に自分を追い込み、精神的に追い詰められることで大成するかもしれないわ」

「その途中で、潰れる可能性の方が高いだろ」

「その途中で、それが快感へと変われば問題ないじゃない」


 犬を調教するのは言葉的に間違ってはいないはずなのに、魔王の調教はあらゆる意味でベクトルが違った。部下(犬)に大成か、変態かを選ばせる魔王。やっぱり魔王。ノーマル(世界)の敵だった。


 人間と犬を同レベルに見ていないか、とシーヴァは思ったが、彼女の現在の家族構成と下僕牧場の酷さを思い出して、なんか納得できてしまった自分の慣れに遠い目になった。


「可哀想にな…、胃薬飲むか?」

「何ナチュラルに、犬に胃薬を飲ませようとしているのよ」


 人間と犬を同レベルに見ていないか、とルルリアは思ったが、彼自身が覇王様の犬だったことを思い出して、同族意識か、となんか納得した。



「……それにしてもシィ、妙に犬の扱いに慣れていない」

「俺のご主人様、昔っからトップブリーダーだったから犬には慣れている」

「あぁ、なるほど」


 ルルリアは基本的に、細かいことは気にしない性格である。流れるように手のひらで子犬の身体全体を撫でたかと思うと、耳や首といったマッサージを細かく繰り返したシーヴァの手つきで、ケルベロスは骨抜きにされて幸せそうだった。


 相変わらず変なところで謎スペックを発揮する目の前の教員を、ルルリアは膝に頬杖を突きながら、涎を垂らして昇天しかけている己の眷属と一緒に眺める。彼もざまぁが終わった後、ルルリアと同じようにいつも通り変わらない日々を送っていた。王子の調教が終わった主人の補佐として、今はザ・覇王ロードを支えている。


 ルルリアも友人の手伝いをしているので、シーヴァと仕事をすることもそれなりにある。ざまぁ劇場で教師と生徒として関わりができたので、日常生活でも接しやすい部分が増えたのだ。とある赤髪の少年から、「まさかのライバルか! お前の性癖は何癖だ!?」と謂れの無い目の敵を受ける弊害が一部あったが、許容範囲であろう。


 慌ただしいようで、どこかほのぼのとした日々。ほんの一ヶ月ほど前までは、こんな自分を想像さえしていなかった。カレリア・エンバースと両親を嘲笑うことに執念を燃やしてきたルルリアは、ふわふわとした今が何とも不思議な気分にさせた。


 だからだろうか。息切れとそろそろ痙攣を起こしだしたケルベロスを眺めながら、ルルリアはふと何気なく口を開いた。その言葉は昔の彼女なら、決して言わなかったであろう内容であった。



「そういえばシィって、どうして教師になんてなったの? やっぱりユーリのため?」


 ピタリッ、とルルリアの質問と同時に、シーヴァの手が止まった。荒く切ない呼吸音だけが響く空間に、少女はどうしたのかと黒髪の青年を見据えた。そこには珍しく驚きに目を見開く、シーヴァが映った。


「……何よ、そんなにも変な質問をした?」

「いや、そうじゃない。ルゥが当たり前の質問をしてきたことに、ちょっと驚いただけ」


 目を瞬かせていた青年は、次には意地が悪そうな笑みをニヤニヤと浮かべだした。当たり前の質問だと言った本人が、何故こんな顔をするのか。相手の反応がわからず、少し不機嫌になりながらルルリアは顔をしかめた。


「わかっていないって顔だな。そうだな、……俺とルゥってどれぐらい前から付き合いがあるっけ」

「五年でしょ、それがどうしたの」

「そう、五年だ。情報屋時代からの付き合いで、今ではお互いの立場も明かし合っている立場だな」


 ルルリアとシーヴァは、友人という括りには入らないが、協力者としてそれなりの年月を共に過ごしてきている。相手の性格故にちょっと信用はできないが、互いに遠慮なく、気兼ねない付き合いができるぐらいには信頼できる関係はあった。


 そんな立場の二人であったが、お互いのことはほとんど知らないままだった。その理由は二つ。一つはシーヴァはいらないことをよくしゃべるが、本音や自身の情報は極力話さない人間だったこと。


 そしてもう一つは、――ルルリア自身が他人に全く興味を示すことがなかったからだ。



「気づいているか。ルゥは今、初めて俺自身のことを質問したんだぜ」

「……え?」


 改めてシーヴァに言われた言葉に、今度はルルリアが目を大きくした。そして、驚きながらも思考を回す。今までに彼の目的や覇王様への恋愛感情などを質問したことはあったが、アレは自分の目的の障害にならないかの確認が強かった。純粋にシーヴァという人間について、情報を聞いたことがなかったことに彼女は気づいたのだ。


 自分の利益のために、相手から情報を得ようと動いたことならいくらでもある。だけど、そんな思惑などなく他人の過去や情報を得ようとしたことはなかった。彼女は、他人に興味など欠片もなかったから。他人に構うことが無駄だと思っていたからだ。


 そんな思考回路だったルルリアが、他人の過去について聞いた。それは他人に興味を持ち出したことと同意義だった。シィが驚きを顔に出す訳だ、と心の中で考察が終わった彼女は呑み込んだ。


「……まぁ、よかったな。他人に興味が出てきたってことは、他人を気にする余裕ができてきたってことだろう。ちなみにさっきの質問だけど、ご主人様の命令で正解。『私が動きやすいように、そして未来の貴族当主の弱みとか若気の至り時代の黒歴史を集めて、脅しや交渉用の材料を仕入れておいてくれ』ってお願いされてな」


 さすがは覇王。抜け目がないな覇王。駄目教員だな胃薬。シーヴァの答えにそう思いながら、少々面白くないようにルルリアは顔を背ける。彼が彼女の質問に答えたのは、それほど大した情報じゃなかったからだろう。確かに彼女なら、そこまでしそうだ。


 問題は、青年の方だ。空気が読めないし、飄々とした人間なのは相変わらずだが、誰よりも人を見ている。ルルリア自身が気づかなかった小さな変化を、目ざとく見つけてみせた。こういう違いを気づかされるたびに、まだまだ精進が足りないと彼女は感じるのだ。


 それと同時に、自分に足りないものを自覚すれば、もっと高みにいけるという高揚感もあった。やはりレベルアップは気持ちがいいし、その高レベルで敵を踏み潰す爽快感は堪らない。目標が見つかるまで、もっと色々手を出して、自力アップでもしようかしら。ルルリアは新たに気づき、広がった視界にそっと笑みを浮かべた。



「……ところで、ケルベロスは結局どうするんだ。ルゥの家で飼うのか?」

「寮で飼う訳にもいかないし、私の家も無理なのよね。もう犬は二匹いるから、この子に嫉妬して余計に性癖が狂ってしまいそうで…」


 さすがのシーヴァも、無言を貫いた。


「いっそ、シィがこの子を飼ってあげてよ。犬の飼い方を知らない私より、数十分でケルベロスをお婿にいけないような顔にできるぐらい、犬のことがわかっているシィに預かってもらえると助かるわ。教員だから、無理が効くんじゃない?」

「あのなぁ…、無茶言うなよ。さすがに教員だからって、俺はどこにでもいる平凡な一教職員だぞ。学園長がうるさいから嫌だ」

「そこで断る理由に、教師のモラルとかが関係ないところはさすがね」


 寮で飼えないとなると、ケルベロスをどうやって保護するかが問題であった。躾はルルリアもできるだろうが、寝床と食事が難しい。彼女が目指すのは、最強の猟犬の誕生だ。少なくとも、一人ぼっちになったとしても生きていけるだけの力は与えてあげたい。それが慈悲を与えた者の責任だ。


 他を蹴落とし、食らい尽くし、たった一人ぼっちで生きる苦しみを敷いた世界にすら反逆できる力を与えたい。教育者としては明らかに方向性がおかしいが、この孤独だった子犬がポジティブに未来を歩けるようにはさせてあげたかった。


「じゃあ、仕方がないわね……」

「ん?」




「そうか、わかった。私から学園の方に申し出ておこう。あの時彼女を止めようとしてくれたシーヴァ先生なら、私も信用できる」

「まぁ、本当ですか! もうどうしたらいいのかわからなくて、困っていたんです」

「わんっ!」

「……えっ」


 ユーリシアに連絡をとり、とある人物とコンタクトを取りたいことをルルリアは告げた。それに二つ返事で了承してくれた友人が連れてきてくれたのは、彼女の婚約者であるクライスであった。令嬢モードを発動させたルルリアは、ケルベロスを王子に売り込んだ。


 寮で飼えない? ルールで決まっている? そんな時のための、権力者の繋がりだろう。学園長も皇太子からの頼みなら、犬一匹を教員が寮で飼うことを簡単に肯定してくれる。権力というものは、ここぞという時に使わせてもらってこそである。


「でも、本当によろしいのですか。殿下のご迷惑には…」

「前に私は、君に迷惑をかけたからね。それに、子犬を救ってあげたいという願いを、無下にはできないさ」

「あぁ、ありがとうございます。良かったわね、ロロ!」

「きゃん、きゃん!」

「ロロか、可愛い名前だね」


 いえ、それただのケルベロスの名前にある一文字を繋げて、可愛らしい名前に置き換えているだけです。優しく微笑む皇太子に向かって、シーヴァは心の中でツッコんだ。清々しいまでに権力を使って、この魔王ごり押しした。


「あの、俺はまだ自分が飼うとは……」

「そうだ、シーヴァ先生。あの時は色々ご迷惑をおかけしました。……彼女の言葉を鵜呑みにすることのなかった慧眼と、今回のように子犬の保護を率先してくれる許容さは、こちらも勉強になります」

「本当にありがとうございます、シーヴァ先生」

「あ、ははは、お任せくださーい」


 もはや自棄だった。



「あっ、殿下。よろしければ、この子を抱いてみますか?」

「それじゃあ、少しいいかな。……おっ、随分懐っこい子だね」

「あら、本当です。きっと殿下のことが好きなのね」

「そうだったら、嬉しいよ」


 尻尾をパタパタ振って、クライスの腕の中で大人しくしているケルベロスに、彼も満更ではないのか口元に笑みが浮かぶ。傍から見たら、可愛い子犬と戯れる美貌の王子という、なんとも絵になりそうな光景に見えた。


「ふふっ、子犬に懐かれたから、あんなに嬉しそうに尻尾を振っている。まるで兄弟みたいじゃないか」

「なぁ、ユーリ。微笑ましそうに言っているけど、それ絶対に褒め言葉じゃないからな」


 覇王様には、別の光景に見えていたが。シーヴァの力のない声だけが、虚しく響き渡ったのであった。



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