公募ガイド第4回 小説虎の穴 投稿作品『携帯夫婦』 佳作受賞
投稿小説というものに初めて挑戦した作品です。
第4回課題
目が覚めるとなんと・・・ありえない話を書いて下さい
「携帯夫婦」 あべせつ
目が覚めると、なんと私は旦那の携帯電話になっていた。
結婚して五年。子供も無く共働きで、すれ違いの多くなった夫婦には最近会話というものがない。
お互いの生活リズムを乱さないようにと寝室も別にしてからは、私は毎日、深夜に帰宅し早朝出勤する旦那の気配だけを隣の部屋のベットの中で夢うつつに感じているだけだ。
お互いに相手に対する関心を失っていた。と思っていた。私が携帯電話になるまでは。
慌しく着替えを済ませ、旦那は私を掴んで玄関を飛び出して行った。
計らずも私は今日は一日旦那に憑いていかざるを得ない。一瞬、私のほうの仕事はどうしたものだろうと心配になったが、幸運にも休日であったことを思い出し、安堵した。
こんな時まで仕事の心配をするなど、ほとほと自分に厭きれるが。
旦那は私をカバンに入れず、駅に向かって歩きながら電話をかけ始めた。
何回かのコール音の後、若い女の声がした。
「おはよう。早くからすまないね。今日は7時で大丈夫?」
旦那は明るく柔らかい声で相手に尋ねている。
こんな優しい声を聴くのは何年ぶりだろう。
そうだ。私にも結婚する前にはこんな声で話してくれていたものだ。
楽しかった頃のことを思い出すと、今度は無性に嫉妬心が芽生えてきた。
私には出さないこんな優しい声を、いったい誰に出しているのだろう。しかも今夜はその女と会う約束でもしているらしい。
私はおもわずカッとなると、充電池も熱く加熱したとみえ、「熱っ」と旦那が私を取り落としそうになった。
それから旦那は電車に乗り、何事もなかったかのように携帯でニュースを読んでいた。
株式情報や政治経済関連、仕事に関連したものばかりだ。と安心したのもつかの間、一通り読み終わると今度はショップ情報をネットで探し出してきた。
高級ブランドバッグや財布のサイトを見たかと思えば、ダイヤやエメラルドの指輪をじっくりと見ている。
さては今夜会う女へのプレゼントのつもりなのか?悔しくて頭にきた私はネットに繋ぐのを妨害してやった。
「あれ?おかしいな。電波障害かな?」
旦那はぶつぶつ言いながら、私をカバンにしまい、居眠りを始めた。
会社に到着するなり、部下が指示を仰いできたり、会議だなんだと怒涛の一日が始まった。実際、職場での旦那を目にするのは初めてだった私は、そのてきぱきとした有能な仕事ぶりに改めて惚れ直した気持ちになった。
となると、やはり今夜のお相手が気になる。まさか浮気でもしているのだろうか。
取られたくない!激しい気持ちが湧き上がってきた。
夜7時。待ち合わせは最近、港の近くに出来たという高級ホテルのロビーだった。
私とはこんなおしゃれな所に来たことないのに。
もの珍しそうに辺りを見回す旦那の様子から、彼もここへは初めてらしい。
少し遅れて女がにこにこしながら小走りにやってきた。
なんと私の従妹の由美であった。まさかお相手が由美だなんて!
由美は親しげに駆け寄ると旦那の腕を取り、さあ行きましょうと階上へと誘った。
この恥知らず!私は精一杯ビービーと大音量で音を立て、身を震わせて抗議をした。
しかし二人は話に夢中で気づいてさえくれなかった。
ホテルの三階に上がるとそこはスイートルーム。ではなく、高級ブランド品の店が軒を連ねるショッピングモールだった。
「でも和美は幸せものよねえ。こうして優しい旦那様にサプライズプレゼントしてもらえてさあ」
え?私は耳を疑った。
「今日は結婚記念日だからね。あいつも毎日一生懸命働いて大変みたいなんだよ。何か少しでも喜ばせてやりたくてさ。でもいざとなると何が良いかわかんなくて。由美ちゃんにアドバイスしてもらって助かったよ」
結婚記念日!そうだった!すっかり忘れていた。私は彼の気持ちを知り思い切り泣いた。
泣いて泣いて涙で濡れるととうとう故障したのか意識が真っ暗になってしまった。
目が覚めると我が家のベッドの上だった。
枕元には赤いリボンの小さな包み・・・
旦那の寝顔にキスをした。 完
清水義範先生から、ご書評を頂き、自分の文章が「ライトな文体」であると初めて知りえた作品です。