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愛し子 その四

挿絵(By みてみん)


4、


「天の王」学園の学長トゥエ・イェタルを救出するための計画は、アーシュを中心に瞬く間に決せられてしまった。

勿論、僕が口を挿む隙など一片も無い程に…


「…と、言うことで、スバル。適当に用意して、二時間後に聖堂に来てくれ。それまで好きに休んでいろよ」

「え?…う、うん…」

断れる状況でもないし、これ以上、彼らと関わりたくない一心で、一刻も早く部屋に帰ろうとする僕を、リリの一声が止めた。

「スバル、怖いからって逃げないで、ちゃんと時間通りに聖堂に来るのよ。わかったわねっ!」

それには返事をしないままベルの部屋を出た僕は、自分の部屋へ走って閉じこもった。


大体…

そちらの勝手な決め事に、なんで僕が従わなきゃならない。

学長の危機にアーシュたちが焦る気持ちもわかるし、彼の行動力には敬服する。

アーシュの魔力も知力も、人を引っ張るリーダー力も認める。

でも僕は…普通の人間だ。

どうか僕を巻き込まないで欲しい。

幾ら魔法が使えるからって、人同士の争いとか、クーデターなんて血なまぐさい事に関わりたくない。

僕は…これまでも、これからだってこの世界の隅っこで静かに生きていければいいんだから。

リリには釘を刺されたけれど、誰にも見つからないように図書室の本棚の隅にでも隠れて、日が暮れるのを待とう。約束の時間が来ても、僕が聖堂に行かなきゃ、ベルやルゥや…他の誰かが代わりにアーシュと行くだろうし、きっとそちらの方が学長を救い出すには、役に立つに違いないんだから…


僕は自分に自信がなかった。

魔法を使うこなす方法も、誰かの役に立つ力も…なによりも、学長を助け出そうとしたい想いが本当に確かなものなのか…


伸弥さん…

伸弥さんだけが、僕の唯一の真実だったから。

あの時…僕は伸弥さんの為なら、なんでもできると思った。

だけど、あの時のような気持ちを、力を、僕はもう一度手にすることなんて、望んでいなかった。望んじゃいけないって、思っていた。

それが伸弥さんへの想いの深さなのだと、信じ込んでいた。


僕は、伸弥さん以外を愛したくなかった…


そして伸弥さんの運命すら、変えることが出来なかった自分の力の拙さに、僕はうんざりもしていた。

あんなに大切な伸弥さんの命を、守ることが出来なかった。

火事の中から助け出すことができても、病気から救うことができなかった…

どんなに後悔しても…そして亡くなってしまった伸弥さん自身がその死を受け入れていても、僕は伸弥さんの運命を許せなかった。


最愛の人さえ守れない魔法なんて、一体なんの意味があるのだろう。

ただの便利な、使い勝手の良い自尊心をくすぐるだけの力なんて…初めから無い方がマシなんじゃないのか…


図書室に隠れるために部屋を出ようとしたちょうどその時、誰かがドアをノックした。

僕は仕方なしにドアを開けた。

ルゥが立っていた。


「スバル、ちょっといい?」

「…」

「用意できた?何か手伝うことない?」

「…僕が、逃げないように見張りに来たんだろ?」

僕の皮肉にルゥは少しだけ笑って、「うん」と頷いた。


ルゥの嫌みのない笑顔に、僕もそれ以上拒める気もなく、彼を部屋へ通した。

「別にこれといって用意するものはないけど、一応、学園の制服で行くからってアーシュが言ってたから」

「…」

「それから、君がアーシュに渡した携帯魔方陣。アーシュが持っているけれど、余分に持っているなら、そちらも用意してくれって。何かの役に立つかもしれないから」

「…わかった」


アーシュにあげた携帯魔方陣はまだ試作品だったけれど、あれから幾度か手直しして、少しマシなのに作ったものがある。と、言っても自分で使った試しはないんだけど…


「あれ、本当にすごく役に立ったんだよ。これから僕もクナーアンに行く際には、君の携帯魔方陣を使うことになるだろうし」

ルゥはまっすぐに僕を見ながら、嬉しそうに言った。その聴きなれない言葉に、僕は首を捻ったのだけど。

「クナー…アン?」

「ああ、僕の生まれた星の名前。そしてアーシュも…実はアーシュはね、このサマシティで生まれ変わる前は、クナーアンの神さまだったんだ」

「は?…神さま?」

「こちらで想像する神さま像とは違って、もっと具体的で…まあ、世界を統べる魔術師って感じなんだけどさ。アーシュともうひとりの…イールさまっていう神さまが、クナーアンを守っていらっしゃるんだよ。それでさ、ふたりは…永遠の恋人で…」


ルゥの話は荒唐無稽で、僕はお伽話を聞いているみたいだった。

その主人公があのアーシュで、彼がクナーアンと言う異星で活躍した姿を、ルゥは生き生きと楽しそうに僕に話して聞かせるんだ。

それがルゥの作り話でも、僕は大いに楽しめたし、これから図書室に逃げ込もうとすることなんて、すっかり忘れてしまったくらいだった。


それに、アーシュに渡した携帯魔方陣が、その話に出てくる辺りなどは、作った僕自身がまるで伝説にでもなったみたいじゃないか…


「そんなに役に立ったの?あれが?」

「うん、君のおかげでイールさまとアーシュが仲直りしたってわけさ」

「そ、そのイールさまって…アーシュの恋人なわけだろ?ルゥ、君はいいの?」

「え?」

「だって、君、アーシュと永遠の番いになるって…ずっと言ってたし、君たち恋人同士だったよね」

「…うん、すごく…すごく悩んだよ。イールさまとアーシュは逃れようもない運命の恋人だし、クナーアンの星にとって絶対必要な存在だからね」

「…」

ルゥの話がすべて本当のことなら、その真実はルゥにとって、辛い現実じゃないのか…


「僕は…僕はね、諦めているんだ。どうしたって、アーシュの永遠にはなれないってことだから…」

「そ、それで、いいの?」

「愛する意味って色々あるからね。アーシュの恋人になれなくても、僕がアーシュを守りたい、愛したいって想いは続いても構わないだろう?実らない想いもまた、きっと美しい形として残っていくだろうし、誰に認められなくても、それは僕の愛した想いだから…」

「…実らない恋愛は虚しくないの?」

「虚しいと思うことを選んでしまうのは、君の心だよ。僕は…そうは思いたくない。アーシュを愛することを虚しいなんて、絶対に思わないさ」

「…」


ルゥのように強くなりたい。

いつの日か、伸弥さんへの罪悪感を許し、彼と生きた日々を笑いながら思いだせるように、僕は…


「ねえ、スバル。怖いだろうけれど、アーシュと共にトゥエを救って欲しい。もうアーシュには…やれないことはないはずなんだ。彼は…普通ではないからね。だけど、あいつはひとりの人間として生きていたいって思っている。だから制服を着るなんて、どうでもいいことを言ったりね…。アーシュが君を必要にしているのも、天の王の学生でいたいから、トゥエの生徒でいたいからだと、思うんだ。僕やベルじゃ駄目なんだ。…アーシュに言われたよ。何かあった時、自分を守る為に命を捨ててくれる奴じゃ、ダメだって。今は、それは弱みになるからって。きっと相手もそれを狙ってくるだろうからって。だから、スバル、君に頼みたい。アーシュの友人として、彼の傍にいて欲しい。怖いことはないさ。彼は、魔王だからね」

「…」


ルゥの言葉に、僕はどう返していいのかわからなかった。

だけど、今度こそ、僕は逃げ場を失ったみたいだ。




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