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愛し子 その2

その二


サマシティの中心にある「天の王」学園の聖堂は、以前は文字通り、学生たちの祈りの場所であったが、現在は我々の活動拠点になっている。

皆は本気か皮肉かわからないけれど、死後の楽園を意味する「エリュシオン」などと呼ぶ。


天の王学園に古くから続いていた秘密結社「イルミナティ・バビロン」。それは形を変え、今では世界のアルトとイルトの安定を図る為の、もっとも強力な機関と言われるまでになってしまった。

これは当事者たちが望んだことではないが、ならざる得ない世の巡り、だと言うべきなのだろう。

とにかく「イルミナティ・バビロン」には魔王アスタロト・レヴィ・クレメントが君臨する。それだけで、ここが希望を求める者たちの拠り所となる。



初冬のサマシティに帰り着いたその足で、僕は「エリュシオン」の会議室に呼び出された。

会議室と言っても、スーツを着た真面目な大人が円卓に座って、真面目に議論するような雰囲気などは皆無であり、各自お気に入りの椅子やソファを持ち運んで、優雅にくつろぐサロンと言った風情だ。


その中央に罰を受けたみたいに佇んで、マトモに目を合わせたくないようなメンツの前で、一年間の仕事の成果をしどろもどろに述べていたところ、幹部のひとりのリリ・ステファノ・セレスティナが、飲んでいた紅茶を皿に置き、一呼吸置いて、僕を怒鳴りつけた。


「スバル・カーシモラル・メイエ!あんた、今回もダメだったって、どういうことよっ!」

「え?…う~んと、あの…その…」

すでに僕はその剣幕にタジタジである。

「あんた、その子に魔力があるっていうけど、本当なの?言っとくけど、フツーじゃ問題外だから。極めて能力のある子じゃないと受け付けないから」

「ある…と、思うけど…」


「あの子」というのは、僕が見つけた「山の神」のことだった。

去年、初めて出会った時から一年後、僕は再びあの子に会いに行った。

少しだけ身体も心も大きく成長した「山の神」だったけれど、その精神は少しも汚れず、無垢で素直で知的で…すこぶるかわいかった。


「魔法使いとしての能力はまだ未知数かもしれないけれど、とってもいい子だし、意志も強いんだ。絶対に良い魔法使いになるよ」

「えらくご執心だ。つまりスバルがその子に取りつかれてしまった…と、いう魔力は確信できるってことじゃないのか?…それが悪いとは断定しないけどさ」

サマシティ一の大企業「セイヴァリ・カンパニー」の一人息子であるベルは、親父の家業を継ぐべく修行中の身でありながら、「イルミナティ・バビロン」の重要な幹部でもある。

光に輝くブロンドは、サマシティでは当然の持って生まれた髪質なのだが、金髪だって十人十色と言うらしい。その中でもベルのブロンドは、一番高貴な色合いだと言う。つまり、ベルは生まれ持っての貴族なのだ。

…まあ、本物の侯爵なんだけどさ…


「あんたが連れてきた子供は能力のないイルトか、微かに魔力のある子ばっかりで、私達が求める魔法使いなんかいないじゃない。去年は6人、今年は10人を受け入れるって…うちは慈善事業をやってるわけじゃないのよ」

「わかってるけど…。みんな、孤児だったり、虐待を受けている子供たちだし、…そういう子に出会ってしまったらどうにかしてやらなきゃって…。ほっておけるわけないだろ?」

「そうらまた始まった。スバルの人道慈善主義病が。あんたが幾ら頑張っても、全世界の孤児を救えるわけでもないのよ。本当にそういうことがやりたいのなら、『国際救世軍』にでも入ったら?」

「そんなにスバルを責めるなよ、リリ。君だって目の前に餓えた子供が居たら、食べているパンを躊躇なく差し出すだろ?…強いものが弱いものを守りたいって思うことは、自然の理みたいなもんさ。善悪関係なくね」

長椅子に身体をゆったりと預けていたアーシュは、テーブルに置いた眼鏡を手に取った。

アーシュは目が悪いわけでもない。それは僕もそうだけど、眼鏡を掛ける意味が真逆だ。


僕はみんなに見られるのが恥ずかしく、目を合わせたくないからだけど、アーシュは自分の美しさが、周りの仕事の邪魔になるから、眼鏡をかけている…と、真顔で言うのだ。

…そういうのを自分で言うってどうかしてる…って思うけれど、昔からアーシュの自尊心には笑うしかなく、ホトホト感心するし、確かに「美」と言う概念をあの姿から「寒気がするほど怖ろしい」と、感じさせるのだから、笑えないナルシズムではある。

つまりはアーシュは、上に立つ者なのだ。

上に立つ者はそれだけの傲慢さと、自信家でなきゃならない。

それに…アーシュの本性は、見かけよりも何倍も怖ろしいのだから。


「僕もアーシュの意見に賛成だな。どうあろうと子供には罪はないのだから、引き受けたからには、その子達の成長を見守ろうよ。スバルが連れてきた子供達には、試験を受けさせた?後のことは学長のエドワードに任せたらどうかな?」

アーシュの恋人であるプラチナブランドのルゥが柔らかい笑顔を見せた。


ルゥの生い立ちは複雑怪奇で、僕もよく理解できないけれど、この星の生まれではなく、クナーアンという惑星の住人で、今は半年ごとにあちらとこちらを行ったり来たりしている。

その行ったり来たりするワープのアイテムを作ったのが僕で、そのおかげで、昔はなんとも冷淡だった僕への態度が柔らかくなっている。


まあ、僕は髪の色も面差しもサマシティには似合わない異邦人だし、コーカソイド系白人を好むこの地方では、肩身が狭いのも仕方ない。

僕が連れてくる孤児が、白人が少ないこともリリ達が気に入らない事情でもある。

だから、もし「山の神」をあの村から連れ出すことができても、この「天の王」に来ることがあの子にとって、幸いかどうかは…僕には判断できない。

あの子が望むなら、僕はここに居ても居なくてもかまわないんだけど…


「とにかくかわいいからって、執着するクセはいい加減やめなさいよ、スバル」

「…かわいいは特権だよ。君だって昔はすごくかわいかったじゃないか。ピンクのサテンのドレスを着たリリは、ビスクドールのように可憐で上品でかわいかった…」

「…」

「おい、スバル…」

「え?…僕、なんかまずい事言った?」

サロンの不穏な空気に気づいた僕は、背中のドアに向かってゆっくり後退りする。


「…あんた、今、私の事を可愛いって言ったわね…過去形で…」

「え?うん、そうそう、昔のリリはかわい……。い、いや…リ、リリは綺麗だよ。今の君は、洗練された大人の女性って感じで…魅力的だと…思う。僕の趣味じゃないけど……ギャーっ!」

僕の顔の横をペ-パーナイフがマッハで擦り抜けていき、後ろのドアに突き刺さった。

鏡が無くても恐怖に青ざめていたであろう僕は、目に映る怒りのリリを反転させ、全速力で会議室から逃走したのだった。



会議室を後にし、落ち葉散る構内の歩道を急いで歩く。

歩道を突っ切った場所にある寄宿舎に早足で向かう僕の後ろから、「スバル」と、呼びかける声に、条件反射のように僕は立ち止まってしまった。

振り向かなくてもわかるけれど、息を吐きながら駆け寄ってくるのは、アーシュだ。

「おまえ、足はえ~な」

汗でうっすらと光る額に、褐色のみだれ髪がこぼれている。アーシュは、ほどけた赤いマフラーを首に巻きつけた。


「スバルも言うようになったなあ~。あのリリを本気で怒らせるんだもん」

「要領が悪いって言いたいんだろ?」

「いや、正直さはスバルの長所だって褒めてるのさ」


柔らかく波打つ褐色の髪を掻きあげたその指が僕の肩を掴み、闇のように暗く、そして銀河の輝きを持った瞳が僕を見つめた。

その魔の瞳の光が、僕は昔から苦手だった。


五年前、アーシュは自分の出生の秘密を知ったという。

彼はルゥと同じく、この星の生まれではない。と、言うか人ではなくなってしまった、らしい。


アーシュはクナーアンという異星の神さまになってしまった。

大層な事だと思うけれど、当の本人は変わり映えしない。

僕もあまりアーシュが何者かってことにはこだわらない。

結局は「山の神」と同じことではないか…などと思うようにしている。


「で…なんか、用かい?」

「そう邪険にするなよ。俺とおまえの仲じゃん。ゆっくりワインでも飲みながらさ、旅の話でも聞かせろよ」と、アーシュは左手に隠し持ったワインボトルを見せる。

「…」

そのワインは僕ではなかなか味わえない高級ワインだろうし、どっちみちアーシュの誘いを断るとなると、無駄な労力を使う羽目になるわけだし…

「わかったよ」

久しぶりに自室でひとり、思う存分引きこもろうとしていた予定を諦め、僕はアーシュの誘いを受け入れた。

当たり前のようにアーシュは僕と腕を組み、ピタリと身体を寄せ、寄宿舎に向かって歩き始めた。


釣合の取れない恋人のようなふたりを、周りの生徒たちは生暖かい眼差しで冷かしていく。


「なんで、そんなにくっつくんだよっ!」

「スバルが焦るのが、おもしれーから」

「焦ってない!」

「スバル、ね、俺、かわいい?」

「…」

僕より背が高いのに腰をかがめ、上目使いの目で僕を見やがるこいつは…。


「か……」


…そんなの、恐ろしくて答えられるかよ!




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