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その四

挿絵(By みてみん)


その四


その朝はまだ暗かった。


次の満月でわたしは十二歳になるはずだった。

昨晩は饅頭を半分に割ったような、上弦の月だったから、あと5,6日で満月になるだろう。

その日を心待ちにして、わたしはこれまで暮らしてきた。

山の神の役目を果たし、この神社かみやしろを出て、村人達のように自由に外を行き来できる。そんな日が迎えられることを、ずっと夢見ていた。

そして、スバルがわたしをさらいにくるのだ。

さらわれたわたしは、この村を出て、ずっとスバルと一緒に生きていく。


わたしは頭に描く自分の未来を、誰にも話さないでいた。

スバルの事も、この村を出ることも、その後のことだって秘密にしてきた。



わたしの朝は早い。だけど、今はまだ明るくなるのは早いから、まだ寝ていてもいいはずだ。なのに、今朝のかんなぎは早々にわたしを起こし、冷たい水風呂に入れ、そして着替えを促すのだった。

用意された着物は、今までとは違う生成りの木綿の物だった。


「今日はどうしたのだ?何かあったのか?かんなぎ

返事を期待したわけではないが、普段とは違う空気にわたしはきつく尋ねた。

「山の神さまは今日から、人間になられるのです」

「…ええっ?…今日?」

さすがにわたしは驚いた。

「だって、わたしが十二歳になるのは次の満月と言ってたじゃないか。まだ満月には日があるぞ」

「…次の山の神さまが今日こちらへお着きになられるのです。あなたさまの山の神としての役目は終わられたのです。御勤め、ご苦労さまでございました」

巫は頭を床に擦り付け、なんどもお辞儀を繰り返す。

「…そうか。わたしは今日でお役御免…と、いうわけなのか…」

なんとも寂しい気分になったが、すぐに気持ちを切り替えた。

自由になるのが、少し早くなっただけじゃないか。

スバルが来るには少し日があるけれど、それまでこの村で待てばいい。

このやしろには居られなくても、どこか…隅の方には住まわせてくれるだろう。


わたしは用意された粗末な着物に手を通した。

「合わせが逆でございます。あなたさまはもう山の神ではないのだから、襟合わせも私どもと同じように左前になるのでございますよ」

「ああ、そうか…わかった」

人間の生活に慣れるまでは、色々と戸惑うことも多いことだろう。余程の覚悟をしなくては。


巫の言うとおりに上着と袴を整えたわたしは、今度は座るように言われた。

巫は、腰まで長く垂れたわたしの髪にハサミを入れ、勢いよく切ってしまうのだった。

社から覗く村人の子供と同じように、私の髪はなんともだらしなく、短くなってしまった。

床に落ちたわたしの長い髪のかたまりが、少しさみし気に見えて仕方がない。


それからわたし用意された朝の膳の前に座った。

「…」

御膳にはおもゆが注がれた椀だけがある。


「これは?」

「山の神が人になられる際の禊でございます。それをお飲みになった時、山の神さまは下界に参られるのです」

「…」


なんだろう…。

めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど。

これを口にしたら…

…もう、日の目を見れない…みたいな…感じ…


うわ…どうしよう。

わかっちゃった。

巫の考えてること…

見えちゃったじゃないか…


このおもゆを飲んだらわたしは眠っちゃって…それで…それで…埋められちゃう…

ええ~っ!って、それって…人柱?…人身御供?

やだっ!絶対やだよお~。

でもここで騒いだら、きっと次の間に控えている神官たちがわたしを捕まえて、無理矢理でも飲ませて…

うわ…先が見えるから怖いよお…

スバル…どうしよう…スバル。


…あ、そういや、スバルが言ってたな。

今までの山の神も、十二歳になってからの居場所がわからないって。

…そう言うことなのか?…マジで?


わたしは…殺されてしまうのか?マジで?



「どうなさいました?早くその椀を飲み干されませ」

かんなぎ…」

「…なんでございましょうか?」

「わたしの…最後の問いに答えてくれ」

「…」

「わたしは、良き山の神であったか?」

巫はしばらく黙り、そして言った。

「申し分のない山神さまでございました」

「ならば、わたしを最後に生贄にするのは止めるように取り計らってくれないか?」

「…」

「これまでの掟を変えることの難しさはわかるつもりだ。だからわたしが今まで通りに人柱…になるのは仕方ない。けれど、次の山の神が12になるまでには、まだ年月がある。それまでには考え直せ。山の神が背負うた月日を想うて、どうか、その後は人としての豊かな暮らしをさせてあげて欲しい」

「…」

「いいかっ!神官たちもよくよくわたしの想いを受け取るように…頼む!」

そこまでと言うと、わたしはお碗のおもゆを一気に飲み干した。

すぐさま眠気に襲われたわたしは、その場に横になり眠り込んだのだ。




目が覚めた時、どこに居るのかまったくわからなかった。

なにしろ辺りが灯りの無い夜道よりも真っ暗闇で、手を伸ばそうとしても壁のようなものに阻まれ、伸ばせず、身体を起き上がらせることもできないのだ。

どうやら狭い木の箱…棺とか?…なにかに押し込められ、埋められたらしい。

木の匂いに混じって土の匂いがする。


…まあ、予想通り、人柱になったわたしはこのまま…閉じ込められたまま、死んでしまうんだろうけれど…

なんというか…くやしいなあ。

巫や神官たちの気持ちはわかるけれど、わたしだって、もっと生きていたいのにさ。


…スバル、どうしてるかなあ。

…満月はまだだから、わたしがこんな目にあっているなんて、知らないんだろうなあ。

…わたしが居なくなったと知ったら…悲しむだろうか…

…約束守れなくて、怒っちゃうかな…


…最後にスバルと会って話したかったなあ…


なんだか息苦しくなって、わたしはハアハアと大きく息を吐いた。

涙が溢れ、止まらなくなった。


違う!

わたしはこんな風に死にたくない。

こんなところで死ぬなんて、絶対、絶対…嫌だ!


そうだ。

わたしはスバルと約束した。

一緒に旅をすると。一緒に生きていくと…


もうわたしは山の神ではない。

人間なのだ。

ならば、わたしは…


「スバルっ!スバルっ!わたしはここだっ!ここにいるっ!」

わたしは両手の拳で、力の限り閉じ込められた板を叩き、叫んだ。


「スバルっ!わたしをさらいに来いっ!わたしは…死にたくないっ!わたしは…スバルと一緒に生きたいんだっ!」


息が苦しくて、意識が薄らいでいく。

それでもわたしはスバルの名を呼び、板を叩き続けた。


「…かみ…山の神」

頭のどこかでスバルの声が聞こえた気がした。

「しっかりして…」

気が遠くなりそうになりながら、わたしは涙でぼやけた目を開けた。

真っ暗闇の空間なのに、なぜか目の前にふたつの手が見えた。

「引っ張り上げるから、この手を掴んで」


引っ張るって…この狭い箱の中からどうやって?と、思わないわけでもなかったが、そもそも、両手が浮かび上がっていること自体、変だ。

つまり非常識。

だけどスバルは魔法使いだから、非常識もあり得るかも、知れない。

と、いうか、今のわたしの状態こそ、非常識って言うんじゃないか?


そんな思いを巡らせながら、わたしはスバルの手を掴んだ。

浮かび上がった両手は幻ではなく、前に繋いだスバルの手の感触そのままだった。


わたしは壁にぶつかることもなく、何の痛みも感じないままに、スバルの手に引っ張られ、土の下から引きずり出されたのだった。


「スバル!」

「大丈夫だったかい?遅くなってごめんね。まさかこんなことになっているなんて…思いもしなかったから」

「スバルっ…うう…」

わたしは外聞も無く、スバルに抱きつき、わんわんと泣きじゃくってしまった。


「…怖かっただろう。もう、大丈夫だ。君をひとりにしないからね」

「…うん」


スバルはわたしの汚れた顔を自分の服の袖で拭いてくれた。

「ここは…社の中だね?」

スバルから尋ねられ、わたしは辺りを見回した。

確かにさっきまでわたしが居た神社かみやしろの祈り場だった。


「今までもこの真下に山の神…人柱を埋めていたんだね。…この村を守る為だろうけれど、あまり褒められたものじゃないな」

口では軽い言い方をしているけれど、スバルは完璧に怒っている。

「どうする?山の神」

「なにを?」

「君をこんな目に合わせた連中をさ。今の僕は君を守る魔法使いだ。君が望むなら、君を埋めた連中を、同じ目に…それ以上の目にやり返すことも、できるんだけどね」

「…スバル、ありがとう。でも、いいんだ」

「え?」

「わたしは、巫たちに人柱として生贄に差し出すのはわたしで最後にして欲しいと頼んだ。それを守ってくれるのなら…彼らを許してやろう」

「…それでいいのかい?」

「うん。わたしにはスバルが居る。それでいい」

「わかった。ではこんな処からさっさとおさらばしよう。さあ、僕にしっかりしがみついているんだよ」

「うん」


わたしはスバルの身体にすがりついた。

スバルの右手から丸い鏡のような物が天上に上げられ、それがクルクルと回った。

すぐに白く発光した帯が、わたしとスバルを照らした。

わたしとスバルの身体は、静かに浮かび上がり、クルクルと回る鏡の中へ引きこまれて行った。



赤く染まった夕焼けの空に、カラスが鳴きながら、山へ帰って行く。

あの山はわたしが守ってきた山だ。

だからあのカラスもわたしの大事な守る者だったわけだ。


「思っていたよりも…なんだか小さな山だったんだね。あんな形をしていたのか…」


スバルの魔法の力で、わたしとスバルは神社かみやしろのある山からずっと離れた里に降り立った。


「ここから去るのが寂しくなったかい?」

「ううん。そうじゃない。わたしはあの山を…あの村の人々を今まで守っていたんだと思っていたけれど…本当は、わたしが守られていたのかもしれない…って。だから、ありがとうと、お礼を言いたいだけだ」

「…山の神…君は…本当にすばらしい神さまだったんだね」

「そうか?」

「これから君を守って行けるかどうか…不安になってしまうぐらいね」

「スバルがわたしを助けたんだ。スバルにはわたしを守る責任がある。それはまたスバルを守ることにもなる…そういうことだ」

「そうだね」

「ひとつ気になることがある」

「なに?」

「何年か経って…わたしを埋めた箱になにも入っていなかったら…巫たちはどう思うだろうか」

「…それこそ、神隠し、と言うわけだ」

「そうか!わたしはスバルにさらわれたのだから、そうなるのだな。しかし…わたしはもう山の神ではないぞ」

「そうだったね。じゃあ、これから君を何と呼べばいい?…名前は考えたかい?」

「うん」


わたしは足元の土の道に、拾った木の枝で、わたしの考えた名前を書いた。


「山の神として生きてきたという証を誇りにして…山野神也やまのしんやと名付けた。それがわたしの名前だ!どうだろうか?」

「…シンヤ…。そう…そうか。君は山野神也…くんか。…うん、とても…とても良い名前だ」

「ホント?」

「ああ、本当だよ。…ありがとう、伸弥さん…」

「ん?どうかしたか?スバル」

「いいや。じゃあ、行こうか、神也くん」

「うん、行こう!」


差し出したスバルの手を繋ぎ、わたしはスバルとあの山を背に夕暮れの道を歩いていくのだった。


山の神として生きた過去は良き思い出に、そして、これから始まる未来に胸を躍らせて。




山の神 終


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