愛し子 13
13、
僕の問いにアーシュの返事はなく、僕は耐えきれずに泣いてしまった。
この先たった四年で目の前にいるアーシュが居なくなってしまう…。
否だ。
絶対に否だ。
「おい、スバル。いい年をした男が泣くなよ。みっともねえなあ~」
「だって…」
「十年若かったら零れる涙も愛らしく思えるが、24のおっさんじゃあなあ~」
「き、君だって僕と同い歳じゃないか…」
「生きている年月は同じでも、俺はある意味人間じゃないからさ」
そうだった。
アーシュは六年前、クナーアンの神になってからは、見かけ上は年を取らなくなってしまったらしい。
らしい、と言うのは、本人もよくわからないし、実際、十八歳のままだと言われても、二十四歳のアーシュとの違いなんて、誰もわからないだろう。
ただ、身長の割には身体の線が細いし、少年の青臭さや、中性的な美貌が少しも変わっていないってことぐらいだ。
「天の皇尊ハーラルは永遠の創造主だ。老いの概念が無いし、少年と青年の狭間にいる姿形が一番お気に入りなんだとよ。だから俺もイールもハーラルのお気に入りの姿でず~っといなきゃならない。ホントはさ、歳を重ね、その重みを身体に刻みながら老いていくことこそ意味があるんだと思うし、皺ひとつひとつに何とも言えない味わいと深みがあるんだけどなあ。そういうの、スバルの国では侘び寂びっていうんだろ?」
「…ごめん、知らない」
「おまえ、せっかく世界中を渡り歩いているんだから、少しは学習しろよ」
「うん…」
「まあ、老いの説明をしても、ハーラルはきっと言うのさ。私には理解できない、って。永遠を生きる者に老いを理解する必要もないからなあ。ただ俺は…この星では人間でいたいから、歳を取っていくおまえらが、少しだけ羨ましいって…思うんだよ」
「アーシュ」
「…なーんて言うと、すげえ悟りを開いた魔術師っぽいだろ?」
「へ?」
「本音は…おまえらと違って若くて美しいままの姿でいられるなんて、すげえ役得だと思ってるのさ。その代わりに色んな代償を抱えなきゃならないからな。平凡な人生なんて、今の俺には望めないし…。だからこれくらいの特権は妥当だろ?」
「…」
「言っておくけど、俺の代わりなんて求めてないからな。おまえにも、あの子にも。山野神也を守る為に、色んな奴に色んな助けを貰って、スバルらしく必死に足掻いて生きればいいんだよ」
「アーシュ…」
「なあ、スバル。なんかちょっと嬉しくないか?…トゥエの愛し子たちが、ここに居て、そして、おまえの大事な愛し子、山野神也を見守ってくれるだぜ?もちろん、俺も居てやるから安心しろ」
「…」
頬を伝う涙が温かい。
こんなにも必要とされていることに、愛されていることに…
僕は、感謝せずにはおれない…。
トゥエの、天の王の愛し子として、僕は神也くんを守っていくよ。
「さあ、行けよ。かわいい恋人を守るのはいつだって、騎士の役目だぜ」
「わかってるよ」
「涙と鼻水は拭いて行けよ。ナイト殿」
「うるさいっ!」
アーシュの減らず口も、こんなにも愛おしい。
立ち上がった僕は、アーシュに一礼をして部屋を出た。
神也くんを探しに事務室や会議室を尋ねたけれど、見当たらなかった。
人づてに食堂だと教えられ、急いで行ってみると、中央のテーブル付近で、リリやベル、ルゥやイシュハ、それにエリュシオンの主要メンバー十人ほどが、神也くんを囲みながら、和やかに食事をしている最中だった。
「あ、スバル!」
いち早く僕の姿に気づいた神也くんは、嬉しそうに手を振った。
日頃はあまり感情を顔に出さない神也くんだから、こんな風に僕を見て笑ってくれると、単純に嬉しい。
だけど、神也くんにしてみれば、初めての土地に、初めて会う人たちに囲まれ、不安だったのかもしれない。それなのに、ほったらかしにしてしまって…。
「ゴメンね、神也くん…え?なにしてるの?」
「お腹が空いたと言ったら、みんながここにわたしを連れてきてくれたのだ」
「あんた、この子にお昼も食べさせてなかったのね。この子のお腹、グーグー鳴ってたわよ。気を付けなさいよ。食べ盛りなんだから」
「ご、ごめん…気がつかなくて…」
全くもって反省することばかりだ。
「で、何が食べたいかって聞いたら…」
「オムライスって聞いたことないものを注文するから、神也がシェフに作り方を教えてくれてさ」
「私達も神也の言うオムライスってものを食べたくて、折角だからって、みんなの分も作ってもらって食べてたのよね~」
「ここの料理人はとても味付けが上手だ。スバルが作ったオムライスよりも美味しい」
「ちょっとシェフ、新入生のお墨付き貰ったじゃん」
「ありがとうございます~。がんばりま~す」
気の抜けたシェフの返事に、皆が笑った。
なんだか拍子抜けだ。
僕の懸念を他所に、神也くんはすでに天の王に溶け込んでいるみたいだし…。
神也くんを見つめる皆の眼差しが、何故だか穏やかで優しいんだ。
…なんだろう。
神也くんを守るように、皆の柔らかな感情の輪が繋がっている。
皆も神也くんがこの天の王を繋いでいく者だと、認めてくれているのだろうか…
食事を終えた神也くんを、僕の部屋へ案内した。
至る所にオタク趣味のものが並べられた汚い部屋に、神也くんは目を丸くしながらも、興味深そうに眺めている。
「狭くて汚くてごめんね、神也くん。すぐに広い部屋を探してもらうから」
「わたしはスバルと一緒なら、どこでもいいぞ」
「そうはいかないよ。神也くんの勉強部屋も必要だろうし。ああ、そうだ。いい知らせがあるんだ。新学期から僕は天の王の教師として働くことになったんだよ。神也くんにも地理を教えることになりそうなんだ」
「ホント?」
「うん。だから職員宿舎へ引っ越しことになる。そこだったら、ふたりで住むにも十分の広さだよ」
「そうか…。でもわたしの部屋に寝台はいらない」
「どうして?」
「スバルと一緒に寝たいからだ」
「…」
神也くんの言う「寝たい」の意味が、少しは成長してくれると僕も嬉しいのだけれど…
僕としては神也くんを抱きたいのはやまやまだけど、未だ性欲が未発達な彼に、無理強いはしたくない。
成長するその時を待つくらいの事、なんでもないって思っていたんだけどな…。
近頃は、神也くんをただ抱いて寝る夜が辛くなる時がある。
「眠くなった」と、言い、いつものように恥じらいもなく僕の目の前で服を脱ぐ神也くんから目を逸らした僕は、クローゼットから浴衣を探し、神也くんの前に差し出した。
「浴衣?」
「うん。亡くなった祖母が僕の為に機を織り、縫ってくれた浴衣だよ。もったいなくて、手を通したことがなかったんだけどね…。良かったらどうぞ」
「…いいの?」
「うん。祖母は…ばあちゃんは、神也くんに着て欲しいって…思っているよ、きっと」
「そうか…」
神也くんは僕が渡した浴衣を慣れた手つきで着つけ、帯を締めた。
「やっぱり神也くんには、洋服よりも着物の方が似合っているね」
「そうか?…そうだな。長年着なれた着物の方が楽なのには違いないけれど…。わたしは別に拘ってはいないぞ、スバル。洋服も着物もそれぞれに良いところもあれば、そうでないところもある。人も土地もすべて一緒だ。わたしは山の神として生きている時も、こうして慣れない土地で生きていこうとする今も、少しも不満はない。それぞれに楽しみがあるからな」
「…」
僕よりも十二歳も下の神也くんなのに、僕は彼の覚悟にいつだって敵わない。
これじゃあ、いつまで経っても僕が支えてもらう側になってしまうんじゃないのか。
「まだまだ未熟だなあ~」
「どうした?スバル。まだ寝ないのか?」
いち早く神也くんは僕のベッドに潜り込み、僕が隣に寝るのを待っている。
「すぐに寝るよ」
着替えの為に服を脱ぎかけ、気がついた。
アーシュから貰ったお守りのペンダント。
「神也くん、これを首にかけてて。君を守ってくれるお守りだよ」
「わかった。…なんか…甘い香りがする」
「そう?そういや、そのペンダントトップはマナっていう実の種だそうだから、その果物の匂いが残っているのかなあ~」
好奇心の強い神也くんはマナの種を口に入れ、しばらく舌で味わった後、口から出して物珍しそうに見つめた。
「…味するの?」
「う…ん。なんだか…少しだけ甘くて、薄荷の味が舌に残る感じ」
「へえ~、薄荷か…」
アーシュの傍に居ると、時折薄荷草の匂いがする。その残り香が種に染みついたのかもしれないな。
僕はいつものように神也くんの傍らに横になり、両手で神也くんを抱きしめた。
「…天の王の皆は、わたしが想像したよりも優しくていい輩なのだな。正直に言うと、少しだけ不安だったから、安心した」
「そう、よかったよ。でも彼らは学生じゃないからね。神也くんの入学する中等科の学生たちが、みんな優しいとは限らないよ。嫌な事も言われたり、されたりするかもしれない。不安になったら、すぐに僕に言うんだよ、いいね」
「うん…。でも、大丈夫だと思う」
「なぜ?」
「なんだか、そんな気がするんだ。スバルがいるし、あの人たちがわたしを見守っている限り、大丈夫だって…」
「そうか…」
いつもならこうした抱いてやるとすぐに寝入る神也くんなのに、今日は色々と話したがる。
すべてが初めてで興奮しているかもしれないけれど…僕の背に回す腕に力がだんだんに強くなっている。
「スバル…なんだか…変だ。身体の奥が熱くて…疼いて、たまらない。…わたしは…おかしいのだろうか?」
「神也…くん」
確かに神也くんの身体には、欲情の兆しがあった。
潤んだ瞳で僕を見つめる眼差しにも、はっきりとした欲求が見える。
「神也くん。…抱いていいのかい?君の意に沿わないこともあるかもしれないけれど…僕も君が欲しいんだ」
「うん。スバルに抱いてもらいたい。スバルをもっと感じたい。スバルを、わたしのものだけにしたい」
「神也くん…」
ためらわなかった。
僕の首に両腕を回す神也くんの浴衣を脱がせ、彼のモノを昂ぶらせ、高まる顔を見つめながら、彼をいかせた。
神也くんを傷つけまいと思っていても、僕の欲望は理性を凌駕してしまいそうだった。
当たり前だ。
この一年、ずっと耐えてきたんだから、ずっとこうしたかったんだから…
神也くんは決して泣かず、怯まず、僕の欲望を受け止めてくれた。
終わった後、神也くんの身体を労わる僕に、彼は大丈夫だと笑った。
「今日は沢山の始めてを知ることができて、とても有意義な一日だった。でも一番はスバルとセックスをしたことだな。今日の日を忘れずに、明日からもコツコツと邁進して行こう。これからも、よろしく頼んだぞ、スバル」
「こ、こちらこそ…です」
いつだって、敵わない。
そんな君が大好きで、愛おしいから、
僕は君と共に明日を生きていくよ。
ずっと、ずっと一緒にね。
その翌日、引っ越しを手伝いに来たと言うアーシュが、僕を見るなりニヤリとし、耳打ちした。
「どうだ?スバル。あのマナの種は、存分に役に立っただろ?」
「へ?」
「媚薬の実の魔力さ。ありがたく思えよ。神さましか味わえないシロモノだぜ」
「…」
なんというか…こいつは…絶対に神さまや魔王なんかじゃない。
アーシュ…おまえって奴は、マジで俗悪な悪魔だよっ!




