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愛し子 12

挿絵(By みてみん)


12、


煮え切らぬまま、必死で考え込んでいる僕の目の前に、アーシュは淹れ立てのコーヒーを差し出した。

「あ…」

いつの間にか、アーシュ自らがコーヒー豆を挽き、淹れてくれたらしい。

「これも食べろよ」

「うん」

コーヒーに添えられた菓子皿には、貝を形どった黄金色のマドレーヌ。

口の中に入れると、柔らかいスポンジとバターの香りが広がり、自然に口端が緩む。

「美味いだろ?それ、リリの手作りなんだぜ」

「え?リリが?」

意外だった。

あのプライドの塊みたいな貴族のお嬢様が、こんな優しい味のお菓子を焼くなんて…

そりゃ、リリはツンデレなところがあるけれどさ。


「おまえが、期待の新人を連れてくるからって、張り切って焼いたんだとよ」

「…ホント?」

「トウキョウの此花咲耶が、スバルが連れてくる少年は、そりゃあすごい子で、天の王に渡すには惜しいくらいだから、万が一気に入らないなら、トウキョウ支部で大切に育てるからすぐに返してくれって…。まあ、なんつうか脅迫じみた手紙をもらっていたからさあ。俺達もそれなりに期待しつつ、歓迎ムードで、お迎えしようと張り切ってたのよ。で、あんな…いたいけな愛らしい子供だったろ?」

「落胆した?」

「まさか。俺から見りゃ期待以上だ。ま、スバルがあの子の恋人としてふさわしいかどうかは置いといて…。山野神也には俺の後を継いでもらうつもりだ」

「…え?それって…」

「十三の子には重荷だろうけれど、こちらも時間がないんだ」

「時間って…?」


一体何の話なのか、わからない。

本気で神也くんをアーシュの後継者にと、考えているのか?


アーシュはマドレーヌをほおばり、僕に詰め寄る。

「だからあ、スバルの決意を聞いてるんだよ。史上稀に見る天才魔術師である俺の後を継ぐんだぜ?あの山野神也が。おまえはあの子を支えきれるのか?もし、その気がないのなら、さっさとあの子から手を引いて、天の王から出て行ってもらいたい。どうせ別れるのなら、お互い早い方が傷が浅くて済むからな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、アーシュ。本気で言っているのか?後を継がせるっていうけれど、神也くんには…」


そう、山野神也には致命的な欠陥がある。


「…山野神也はアルト(魔法使い)でもなけりゃ、イルト(魔力を持たない人間)でもない。よって、魔力による支配は全く期待しない」

「…」

「と、言ってもカリスマ性にはさして問題はない。重要なのは清浄な魂と、強靭な精神力。あの子にはそれが備わっている。この上なき最良の中途半端さだ」

「半端って…」

「まあ、考えてみろよ、スバル。どんなご立派な魔法使いであろうと、この星の歴史上かつてない天才魔術師アスタロト・レヴィ・クレメントの後継者の器なんてしれてるじゃん。どう格好つけても俺から見れば、格段に劣って身も蓋もねえだろ?仕方ねえよなあ~。俺、天才だもん。それに、人間じゃねえし」

「…」

「だから、山野神也みたいな、全く無力なかわいいマスコット的少年が、俺の後釜にはちょうどいいわけ。なんつうか周りが助けてやらなきゃ、この子は死んでしまうわ~的な、保護欲をそそられるあぶなかっしさとか、か弱さとかさ。リリなんか見てろよ。そのうちあの子の母親代わりになる勢いで、面倒見始めるから」

「…そんなもんかな…」

「まあ、あんな子だから、恋人になる男も相当な覚悟と力がいるけどさ、変に自己顕示欲の強いアルトより、スバルみたいな目立たない、優柔不断で自信のない、見た目にも控えめな奴がいいんだ」

「…全然褒めてないからっ!」

「馬鹿、褒めてんだよ。一見間抜けそうに見えて、実はすげえ強い魔術師が一番頼りになるって話してんだろ」

「…」

「まあ、何よりもおまえに命がけであの子を守りぬく覚悟があるかどうか…って話なんだけどな」

「…」

アーシュはふざけながらも、一番大切な選び方を、僕に教えているのだ。


どうやら僕は…

間違っていたらしい。

もうすでに…僕はずっと前から…

あの子を初めて見つけた時から、決めていたんだ。

伸弥さんを守れなかった僕のままで生きていくのは、絶対嫌だって。

一生を賭けてたったひとりの人を守り抜く。

そう誓ったはずだ。


神也くんは命を賭けて、僕が守り抜く最愛の恋人…


「アーシュ…」

「なんだい?」

「あの子の…山野神也を守る為なら、僕は命を賭ける。そして、あの子の恋人にふさわしい魔法使いになりたい。その為に、僕は…精一杯頑張ろうと思う」

「そうかい。じゃあ、決まりだな。スバルは明日から天の王学園中等科の地理教師として教壇に立ってくれ。おまえの知識と経験を活かす良い職場だろ?」

「え~っ!そ、そんな急に教師になれって言われたって…じ、自信ない…」

「なんだよ、たった今、山野神也を守るって誓ったばかりじゃん。いいか?ここはセックスフリーの天の王学園なんだぜ?希少価値のウブな少年なんて、あっという間に舌なめずりしたどっかの狼どもの餌食になりかねんだろ?教師になって、おまえがボディガードすりゃ一石二鳥。ついでに教員宿舎に引っ越せ。今の部屋じゃあの子とふたりで生活するには、狭すぎるしな」

「…あ、…」

「ま、何と言ってもさっさとあの子と寝ちまうことだな。早くしないと俺が最初に食っちまうぜ。俺もああいうの嫌いじゃねえし…」

「…マジで止めて欲しい…」

何処までが本気なのか、冗談なのかわかりかねるアーシュなんだけど、結局はなんというか…少しも嫌な気にはならないんだ。


「まあさ、俺もね…あんな子が欲しかったかな…って、少しは思うけどさ。人間じゃねえからなあ~」

そう言って、アーシュはポケットから出したものを俺に差し出した。

「なに?」

…ネックレス…みたいなペンダント?

「イールが…ああ、クナーアンの俺の恋人な。今回こっちに戻って来る時に、俺にくれたペンダントだ。役に立つから持っていけって」

「…そう」

「このペンダントトップさ、クナーアンの神木になる実の種でさ。神さまである俺とイールしか食べられないマナっていう実に美味い果物なんだけど、その種と、木の皮でイールが作ったらしい。スバルにやるよ。あの子のお守りにでもしろよ」

「え?でも…君が貰ったんだろ?君の為に恋人がくれた大切なものなんだろ?」

「イールは俺に言ったんだよ。役に立つから持って行けって。…俺が持っていろとは言わなかった。イールは予見の力があるんだ。きっと俺がスバルに渡すって、わかっているのさ」

「…そう。じゃあ、有難く受け取るよ」

「…」

僕に渡した後、少しだけ含み笑いをしたアーシュの表情に気がついたけれど、どうせ聞いても真面目に答えないだろうし、アーシュの話が本当かどうかよりも、多分これは、僕と神也くんに必要なものなんだろうし…貰って悪いものでもないだろう。


そう、いつだってアーシュは気ままで横暴で好き勝手人を振り回すけれど、アーシュに関わって後悔なんてした覚えはない。それよりもどんな試練でも、僕を豊かにしてくれた。

恩着せがましさなんて感じさせずに…

だけど、ひとつだけ気にかかることがあって…


「あのさ、アーシュ」

「なんだ?」

「どうして、君の後継者探しを急ぐのさ。君はまだ若いし、そんなに急いで決めなくても…いいんじゃないのか?」

「ああ、その事ね。まあ、なんというか…。他の者には言ってないんだが…俺さ、六年前、あの事件の半年前になるけど、メルとベルと三人で俺の故郷であるクナーアンに行ったわけなんだが…」

「うん」

「そこで俺の生まれたいきさつを知ってしまってね。まあ、俺は元々アスタロトっていうクナーアンの神さまで、そのアスタロトが永遠の神さまでいることに疑問を持っちゃってさあ…人間に憧れて、魔法を使って、自分を生まれ変えた。その生まれ変わりが俺で…アスタロトとイールを作った創造主天の皇尊、ハーラルがめっちゃ怒って、アスタロトが勝手に人間に生まれ変わった罪を俺に負わせるんだ。このハーラルって奴がこれまたすげえ意地悪な奴でさ。おかしいだろ?俺の前世のアスタロトは確かに俺だろうけど、生まれ変わった俺にはその記憶もないんだぜ。それなのに、俺とイールに言うわけ。未来永劫神さまをして永遠に生きるか、この先十年だけの寿命を取るか、どちらか選べって」

「…永遠か…十年…?」

「うん。もともとアスタロトは神さまに寿命がないことが嫌で、俺に生まれ変わっているんだから不死なんてものは選べない。だから結局十年生きることを選んだ」

「…じゅう…ねん…って。じゃあ!」

「そう、早六年経ってるから、俺の寿命ってあと四年なんだよねえ~」

「なんだよねえ~って!それってめちゃくちゃ大変な事じゃんっ!」

「だから皆に言うなって言ってるだろ?こんなの良からぬ奴らに知れて見ろ。世界中大騒ぎになるぜ」

「…」

「まあ、天の皇尊が本気でその運命を俺にくれたかどうかはわからないし、四年後の何月何日に死ぬのかなんてもんも知らないから、騒いでも仕方ないけどさ。覚悟は決めなきゃならないし、それなりの支度も必要。クナーアンの方はイールがまとめてくれてるし、俺達が居なくなっても、新しい神さまが生み出される予定だから心配してない。だけどこの星は…まだ不安だらけでさ。…それはそれでこの星の生き方なんだろうから、余計な事をするなってことなんだろうけれど、俺がここに居るってことは、何かをしろって事だと思うんだ。だから俺なりの未来を描いて、色々と頑張ってみようと思うわけ」

「…」


どう返事していいのかわからなかった。

僕の目の前に居るアーシュが…高慢ちきで天才魔術師で魔王で神さまで、いつだって僕の憧れのアーシュが、たった四年でこの世界から居なくなる…そんな…そんな事、突然言われたって…

信じられるもんかっ!


「…だろ?…嘘だって言ってくれないか?アーシュ…」


僕の声は涙で震えていた。



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