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愛し子 11

ふたりきりののんびりとした旅を終え、僕らは「天の王」へ足を踏み入れた。

季節は夏を迎えていた。

学期末を終えた学園の構内は、長い休暇を楽しむために帰省した学生たちの姿もなく、閑散としていた。


まもなく、山野神也は十三歳になる。



愛し子 11



以前から密かに存続されていた学園の秘密結社とも言える「イルミナティバビロン」は、今では天の王学園を中心とした名実とも中核の組織となり、内外共に認められる機関として「天の王」と略すことが多い。


その中心は、能力の高い魔術師たちで構成されている。

彼らの第一の条件とは、魔力の無い人間、つまりイルトの意志に引きずられにくい、というメンタリティの高さが保証されていることだ。

何かを裁断する際に必要な力は、確固たる自身の意志力だ。

他者の精神に引きずられる弱い魔法使いはいらない、と、いうわけだ。


勿論、魔力をもたない、精神の強いイルトも必要とされていたが、「天の王」の要人として求められる者は僅かだった。

そのひとりに学園の卒業生のイシュハがいた。

僕よりも四つほど年上の彼は、広大な農場主でもあるが、農閑期には「天の王」に求められ、要職を務める。

彼らのような社会性のあるイルトの意見は、自尊心の強い魔術師には非常に貴重であり、彼らにしかわからない感情や魔術師との意見の食い違いを解きほぐす為にも、優遇されていた。


人づてに聞いた話だが、イシュハには心の恋人とも言うべき、最愛の友人がいた。

それが、以前、聖光革命の際、アーシュと僕と一緒に闘ったジョシュアだ。

あれからもずっとジョシュアは、アーシュの命を受け、各方面でのスパイ活動を続けている。

ジョシュアとイシュハは、従兄弟同士だが、ジョシュアの家庭に事情により幼い頃からイシュハの家に住み、ふたりは兄弟の様に育ち、プラトニックながらも愛し合っていた。

だけど実家の農場を継ぐことを選んだイシュハは、結婚し、ふたりの子供の父になり、今に至っている。

彼らの間には、僕らには理解できない絆や複雑な葛藤があるはずだ。

なのに…


なんで、今、僕と神也くんの前にふたりが並んで座っているんだ?

しかも、アーシュは勿論の事、「天の王」の要のイルト、アルトが悉く揃って、僕と神也くんを出迎えている。

と、いうか、会議室の中心に立たされた神也くんを審査するように、その面前にズラリと並ぶ様は、まさに面接試験の様相だ。

着く早々この緊迫態勢は…一体何なんだ?


神也くんの情報が、トウキョウ支部の咲耶さんからどのように伝わっているのか、わからないけれど、この状況を見る限り、相当な期待を抱いているのだろうか。

ところが、その注目されるルーキーは、とても12、3歳には見えない、まだあどけない顔をした少年だったから、一同は驚いている。


確かに神也くんは、育った環境と、栄養が行き届いていなかった所為もあり、標準よりも背が低く、綺麗なクセのない黒髪に、顔も幼く見える東洋の典型的な子供の体型で、どこから見ても可愛い女の子のようだ。

それでもこの一年で順調に身長も、体重も伸びているし、もう3、4年経ったら、同学年の子達とそう違いはなくなるだろうと予想する。


「彼はまだ成長期に入ったばかりで…子供っぽく見えるけど、今からすくすくと元気に育ってくれます」

なんだか中途半端なプレゼンターのようになってしまった。


皆になんとか神也くんを認めさせなきゃ…

僕は焦っていた。

何故なら、未だに僕には何ひとつ後ろ盾もないし、「天の王」を追い出されては、神也くん共々今夜の宿すらままならないという立場だったから、必死になるしかなかったわけだ。


「…と、いうわけで、彼なら絶対に期待に応えてくれます!」

僕は頭に思い浮かぶ美辞麗句の単語をまくしたてながら、額の汗をぬぐった。

そんな僕を、周りの連中は白い目で見つめている…気がする。


「なんというか…まあ、誕生日もはっきりしていないんだから、本当の年齢だってわからないんだろうけれど、いきなり中等科に入学しても、大丈夫なのか?」と、イシュハと肩を並べたジョシュアがだるそうに頭を掻きながら、顎を突き出した。

「だ、大丈夫だよ。学力は充分に補って余りある。し、神也くんは一般の生徒よりもずっと頭が良い…はずだ」

比べた事ないから、知らないけどさ…。


「言葉は?できるの?」と、今度はリリがペンを回しながら、こちらを睨む。

「もちろんだよ」と、僕はビビりながら答える。

「でもさっきから一言もしゃべんないじゃない」

「か、彼は…山の神としてこれまで生きてきて、必要なことしかしゃべらないように強いられてて…それで、無駄口は吐いたりしないんだよ」

「へえ~、私達と話すことが無駄口なわけ?」

「そ、…じゃなくて…」

リリの眉間の皺を確認して、自然と逃げ腰になったが、今回ばかりは逃げるわけにもいかない。

その時、僕の斜め前に立つ神也くんが、初めて口を開いた。


「初めまして。僕は山野神也と言います。この度、天の王学園に迎えてくださることとなり、感謝いたします。まだまだ未熟ではありますが、よろしくお願いします」

彼は前もって僕が教えた挨拶を、キチンと喋ってくれたのだった。

…呆れるぐらいの棒読みで…


「し、神也…く…」

凍りついた空気に、僕は焦った。

緊張など無縁だと思っていたけれど、異国の知らない面々に囲まれ、さすがの神也くんも硬くなっているのだろうか…


僕の焦りなど知るはずもない神也くんは、微動だにせず、言葉を続けた。

「無駄口ではないつもりだが、少し時間をもらえたら、うれしい。…わたしは、この国より遠く離れた小さな島の山奥の祠で、この歳まで山の神として生きてきた。何も知らぬこととはいえ、わたしは教育というものを受けたことがない。今までの学習とこれからの知識を補うべく、この天の王の学校生活に期待したいとは思うが、わたしにはここで生活するよりも、もっと大事なことがある。それは、スバルと一緒に生きる事だ。話によると、スバルはアーシュという輩の命を受け、色々な場所へ旅に出るという。その折にはわたしも同行するつもりだ。それを皆に心して欲しい」

「…なによ、それ。君は教育を受ける為にここに来たのでしょ?学生の本分はどうでもいいわけ?」

「だから最初に言った。わたしにとって一番大事なことはスバルと居ることだ。わたしとスバルは愛し合っている。セックスはまだだが、未来永劫ずっと一緒に居ると誓い合った仲だ。誰もそれを阻む事はできない。だから、スバルがここに居るのなら、わたしも居てやってもいい。それだけだ。それから…リリ、おまえは綺麗な顔をしている。そして、その他の者も一応に綺麗なのだろうが、見目なんてものはそれなりの価値でしかない。一番大事なことは心に宿る形、即ち精神性だと思う。わたしの目には、この世で一番綺麗な者は、スバルなのだ。今は見かけも悪く、こんなに小さなわたしだが、スバルに支えられて、心も身体も美しい大人に成長したいと思う。急かさずに皆が見守ってくれたら、有難い」


神也くんは、澱みもせずにスラスラとこの国の言葉を話していた。

それも自分の言葉で。

僕は跪いて頭を垂れたいぐらいに、感動していた。


それは質問したリリやジョシュアも同じらしく、皆、ポカンとしながらも、さっきまで神也くんを見る目つきがまるっきり変わっていた。

つまりは、神也くんの完全勝利だったわけだ。

その後も、皆はいくつかの質問を神也くんに投げかけていたが、神也くんは自分のペースを崩さず、真摯に誠実に、時には予想もしない答えを導き出していた。

その態度も清々しく立派なものだったから、僕は段々と誇らしくなり、にやついた顔を誤魔化すのに必死だった。


どうだい、僕の見つけた少年は凄いだろ?本物の神さまみたいだろ?彼はきっと僕ら「天の王」の要になる子だよ。そして、僕たちは愛し合っているんだ。今更神也くんをモノにしようたって、絶対に無理だよ。僕たちには、誰にも入り込めない絆があるんだから。


…僕は今更になって気づいた。

ずらりとならんだ要人の端っこに、机についた肘に顎を乗せ、さっきから一言もしゃべらないアーシュの姿に…。


彼はにやけた僕の顔を見て、ニヤリと恐ろしい美麗な顔を僕にだけ見せつけたのだ。



神也くんの面接も終わり、正式な学園の入学届の手続きの為、神也くんはリリに連れられ、事務室の方へ向かった。

リリはあれで気に入った子には世話を焼くタイプだ。

王子様的な神也くんの態度に、すっかり参った様子だ。


会議室を後にしようとする僕を、アーシュの一声が止めた。

「おーい!スバル。お土産、持ってきたかい?」

「うん、コーヒー豆だろ?イルアの名産だけど、ここにあるよ」

「ちょうど良かった。早速だが、こっちで煎れてくれよ」

アーシュは会議室の奥にある小部屋へ僕を誘った。


書斎を兼ねた小さな部屋は誰が使っても良いが、主な宿主はアーシュだ。

アーシュは会議に飽きたりすると、ひとりこの部屋に逃げて昼寝を決め込んでいる。


鞄からコーヒー豆を出し、ミルに取り分け砕いだ。

部屋の中に馨しい香りが満ちていく。


「う~ん、やっぱり新しい豆の香りは違うね~。心が豊かになる…」

「…」

アーシュの言葉を素直に聞けないのは、僕の心が素直じゃないからかなあ~。

きっと次の言葉は神也くんに関することだ。


「で、あの子のことだけどさ」

ほら、やっぱり…

「いい子じゃん」

「だろっ?いい子なんだよ、神也くんは」

「あんないい子、スバルに勿体ないなあ~」

「…え?」

「俺がもらっちゃおうかなあ~」

「…ちょ…」

待て待て、そりゃ卑怯だろ?

アーシュが本気になりゃ、誰が相手でも勝てるわけがない。


でも、少しだけ考えた。

もしかしたら、神也くんの為を考えたら、僕よりもアーシュに任せた方が、より良い選択なのかもしれない。


「ほら、手がお留守になってるぜ。早く美味いコーヒーを飲ませてくれよ」

アーシュに急かされ、止まっていた手を回した後、ミルからサイフォンに豆を移し、僕は美味いコーヒーを煎れることに集中した。


淹れたてのコーヒーを満足そうに味わうアーシュを、僕は恨めしそうに眺めた。

僕は…アーシュに逆らえない。

だって、彼の本当の力を知っているもの…。

彼が強く正しく、より良い世界に導いていく魔王って、わかっているもの…。


「俺があの子を欲しいと言ったら、スバルは俺に譲るつもりなのか?」

「…嫌だよ。嫌に決まっているだろ。でも…さ。僕はどうやったって君には及ばない。あの子の将来の為に、僕よりもアーシュがいいのなら……」

「そうかい、じゃあ、俺があの子を貰い受けてもいいんだな」

「…」

「…なんつうか、あの子も不憫だねえ~。今のおまえじゃ、全然守れないよなあ~。あれだけおまえのことを愛してるって宣言してくれちゃっているのにさ。おまえの覚悟なんて、あの子に比べたらさ」

「わかってる…。あの子は、この天の王にとっても、貴重な人材になると思うし、あの子の稀有な神聖さに、多くの者たちが救われるだろう。…僕はあの子を愛しているけれど…」


愛しているけれど…命がけで守りたいって思っているけれど…僕よりも力があり、相応しい人格者が、神也くんを導くというのなら、僕は諦めるべきじゃないのか…。


諦めない覚悟と、諦める覚悟。

どちらが神也くんにとって、良き未来に導くことが可能なのだろうか…


僕には…わからないんだ。




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