神の力
危険度。それは企業が制定した、能力者が世界に及ぼす力の度合いを示している。それの最上位はSとされているが、純粋な戦闘能力ならばAの方が強い。
そもそもSの力は規格外という括りにされている。それは即ち、戦闘能力では図れない力を意味しており、こいしを例に例えると、世界から意識から干渉されないという能力が、規格外であるからSに認定されている。
変わってさとりはA認定。能力の規模は個人に収まるものの、その力は一度に100人を殺せるほどとされている。しかしそれはあくまで、世界を危機に貶めるまでの力ではないとされている。そこが、AとSの境界線。
どうにかできないのがSで、どうにかできるのがA。そういう括りだ。
しかしどうにかできると言っても、やはりA。その実力は桁外れで、現に今、衰弱しきっているさとりですら、神を相手に大立ち回りができるくらいだ。
諏訪子は黒く渦巻いた、まるで呪いの塊のような物を数個生み出す。さとりはそれを一別すると、小さく呟いた。
「投影」
さとりの回りには、紫色の火の玉が生まれ、それは互いにぶつかり相殺される。
「投影」
再度小さく呟くと、今度は四色の光の球体がさとりを囲むように浮遊する。それは、魔理沙の扱う。オーレリーズソーラーシステムに瓜二つであった。さらに。
「投影」
掌で青白い電気が走ると、それが刀の形を型どる。三勺七寸。妖夢の扱う桜楼剣だ。
刀を腰だめに構え前屈みになり、一呼吸の間に諏訪子の目の前に姿を表した。まるで妖夢そのもののような動きに、魔理沙たちは唖然としていた。
「なんだよあれ?」
魔理沙が疑問に思うのはもっともだ、そしてその疑問を答えてくれる人がここにはいる。
燐は苦い顔をしつつ、答えた。
「さとり様は多重能力者なんです。心の形を覗く目。過去を見通す目。そして、模倣する目です」
「三つ……」
驚くのも無理はない。普通能力を二つ以上持っているだけでも異常なのに、それが三つともなると、それはもうちょっとした人災だ。あり得てはならないことなのだ。
「さとり様の力は、この三つを同時に使うことで成り立ってます」
燐の話を元に、さとりの能力解説するならばこうだろう。
まず過去を見通す目。これは読んで字のごとく、他者の過去に起こった情景を、古びたフィルム映画のように見ることができるのだ。断片的で、コマ送り。それによりその者がどういった人生を送ったのかを見ることができる。
そしてもう一つの能力。模倣する目。これは特殊な能力で。物を真似ること、技を真似ること、性格を真似ること、模倣するという全てが可能の恐るべき能力だ。
だが真似るだけなら誰にでもできる。この能力の肝はそこではない。真似るのはそのモノ全て。人ならば感情表現から思考する速度、どのような理念をもち、どのような人柄で、どういった言葉を使うのか、その全てを再現するのだ。物ならば、構成している材質、概念、作り手の理念までも再現して生み出すことができる。技もそれ同様である。それによってさとりは、全てを模倣することができる。
だがこれには欠点が存在し、理念や概念が理解できても、それに共感できなければ完全ではないのだ。もしそれを怠れば、上っ面の作り物になってしまう。もしも完全に模倣するのならば、作り手の感情に、使い手の感情に共感しなくてはならない。その役目を担っているのが、心の形を覗く目であり、過去を見通す目なのだ。この二つなくして、三つ目はありえない。
さとりはこの三つの能力で、一つの能力を作り上げている。それこそが、投影。さとりにしか扱えない。唯一無二の力だ。
「ですが、これには大きな欠点がある」
「欠点?」
「大きすぎる力に体が耐えられないのです」
さとりがこの能力を使えるのは、最善の状態で10分が限度。今の状態ならば、5分もしないうちに限界が来るだろう。そうなれば絶望的だ。
「投影!」
さとりもそれがわかっているから焦っていた。早く決着をつけなければならなかった。だというのに、ここに来て、どうしようもないことが起こるのだ。
「ああああぁぁぁぁ!!!!」
「空!!」
相手に空かいる限り、さとりは本気で戦うことができない。諏訪子もそれがわかっている。だからこそ。
「ああああ!!!」
空は小さな太陽のような球体を作り出し、さとりに向ける。全てを塵に返す太陽の熱とでもいうのだろうか。恐るべき火力を誇るその攻撃は、地形を変えるほどである。ここは地下。それもさほど広くはない部屋。さとりたちはまだ扉の外で戦っているので、かなり密集した戦闘になっている。
さとりはその攻撃を受けるべく、星型の障壁を多重展開して身を守る。そして、更に星型の障壁で空の動きを制限する。
「投影!!」
その隙にさとりが投影したのは、魔理沙の八卦炉。全てを完全投影したその武器。さとりはそれを諏訪子に向け構える。
「ドラゴン・ノヴァ」
光よりも白い。もはや透明と言える。不純物を極限まで削りとったその魔砲は、魔理沙の使う神殺しの一撃。さとりの投影は、神殺しですらも再現する。
渾身の一撃と言えるそれは、狙い違わず諏訪子を飲みこんだ。光が晴れると、そこにはもう諏訪子の姿がない。
茫然とその光景を眺めるさとりだが、気を抜くことができなかった。まず、諏訪子を消したとして、空のことがある。彼女のことをどうにかしなくてなならないのに、休んでなんていられない。そしてもう一つ。諏訪子が本当に死んだのかどうか。
これが一番の問題だった。相手は腐っても神。生半可なことでは殺すことはできない。それがわかっているから、気を張り続ける。
「ああ! ああああああ!!!!!」
空に張っていた魔力障壁がもう持ちそうになかった。そして、さとりにも限界が近づいていた。
なんとかして空を元に戻さないと、彼女をこのままにしておけない。
ゆっくりと近づいて行くさとり。自分が今まで見て来た過去の中に、一つだけ、強力な封印能力があることを思い出し、それの投影にはいる。
「トレー――」
「さとり! 避けろぉぉぉぉ!!!」
魔理沙の叫びが木霊した。その声に反応するよりも早く。さとりは左腕を後ろから押された、何かがさとりの腕に当たりながら通ったのだ。衝撃で前につんのめりそうになるのを堪え、その何かを見つめる。
蛇だ。
真っ黒な蛇。影その物のような蛇。その蛇は上空に登りながら体を捻り、さとりを見下ろすように止まる。
「……あれは」
思考が追い付くと同時に、左腕に痛みが走る。いや、腕ではない。肩の付け根、そこが酷く傷んだのだ。恐ろしいほどの血を流しながら。
「あ……」
腕が、そこに有るべきはずの腕が、無残にも引きちぎられていた。
「ああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「あははははははは!!!!!!!!!!!!!」
泣き叫ぶ声と、高笑いする声が同時に鳴る。
「愉快だな君は。まさかあの程度の、中途半端な神殺しで私を殺せるとでも思ってなのかい?」
「あ……くっ……」
「痛みで声もでないか……でもまあ、私にこの力まで使わせたんだ、お詫びと言ってはなんだけど――」
蛇の頭から諏訪子が現れ、両手を広げる。
「神の力を見せてあげるよ」
すると影が凝縮するように集まり、諏訪子が乗っているのと同様の蛇が七匹現れる。




