空
諏訪子の言った言葉に、この場にいる全員が息を飲んだ。少なからず取り乱し、疑惑の念が魔理沙に募る、だが。
一番取り乱したのは魔理沙自身だった。
目を見開き、唖然と凶悪な笑みを見せる諏訪子を見ていた。
なんで? なんでなんだ? あいつはどこまで知ってる? それともあいつの仲間? 目的はなんだ? どうする? 何をする? あいつを殺せば何も―――
「魔理沙さん!」
さとりの呼びかけに何とか気付けた。浅い呼吸を繰り返す魔理沙に、さとりはふらふらの体に鞭打って近づく。
「落ち着いてください。私が言うのもなんですが、心が乱れていると、よくないことがおこります」
「あ、ああ。うん、ごめん」
大きく深呼吸をして、早鐘を鳴らす心臓を抑える。何回も繰り返し、ようやく鼓動が元通りになった。
「ありがとう、さとり」
さとりは優しい笑みを見せ、諏訪湖に向き直る。魔理沙は再度深呼吸をしてから、隣にいるフランや妖夢を見やる。
なんとも気まづそうにしている妖夢と、葛藤し奥歯を噛みしめているフランがいた。魔理沙はその二人に向き直る。
「あいつの言うことは本当だ。私は3年前、母親を殺した」
聞きたくなかった事実に、フランは魔理沙の胸倉を掴んだ。
「おやおや~? さっきの友情はもう終わりなのかな~?」
諏訪子の茶々をフランは無視し、泣き入りそうな顔で魔理沙を睨む。
「魔理沙がそんな奴だなんて思わなかった。なんでよりよって、あいつと―――」
「レミリアのことか?」
「な! ……なんで魔理沙が」
掴んでいた手の力が弱まる。それを感じた魔理沙はそっと服からフランの手をどけた。
「あいつが言ってたんだ。私にはこのことを話した方がいいってな。これで何かが変わるのか私にはてんでさっぱりだが、あいつのやることは……贖罪なんだってことは分かる」
「魔理沙に何が!」
「私がすることも、あいつと同じだからだ」
それ以上。フランは何も言えなかった。魔理沙の誠実さの籠った言葉に、自分の棘だらけの言葉を伝えることが出来なかったのだ。
魔理沙は諏訪湖に向き直る。
「お前が何で知ってるのかは、お前を倒してから聞くことにするよ。まあどうせ、あいつの差し金なのは分かってるけどな」
「ふ~ん。もうちょっとバッキバキに心が折れてくれると私も助かったんだけど……いや別に君が本調子でもなくても私が負けることなんて万に一つもあり得ないけどさ」
ドン! っと地鳴りがした。魔理沙たちは諏訪子の後ろ。扉の向こうから諏訪子とは違う殺意の塊の存在に気付く。
「この子は勝てないかもしれないんだよね~」
扉が内側から真っ赤に膨れ上がると、扉は溶け高熱を持ったレーザーが魔理沙たちの丁度真上を捕えた。距離はあったのにも関わらず、部屋の埃は一切合財消えうせる。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――!!!!!!!!!!!」
けたたましい咆哮と共に現れたのは、おん柱を思わせる右手に液状に解けかけた左足。白いブラウスの胸部分には赤い瞳が埋め込まれている、少女だった。
一目で、普通ではないことが分かる。
「空」
さとりの言葉は、彼女の叫びにかき消えた。




