ようこそ、旧地獄へ
階段を全て下りきると、目の前には大きく口を開けた洞窟が広がっていた。左右の端には御柱が立ちそれには無数のお札が貼られている。
「結界か?」
魔理沙は興味本位に御柱に触れてみるとなんてことはなくあっさりと触れてしまい、このお札は既に効力を失っていることに気づいた。
「特に何もないな」
「ですが、ここが地霊殿に繋がる洞窟……旧地獄って場所なんですよね?」
妖夢は洞窟を覗き込むと、奥から風が吹き荒ぶ。そして森の暗さも相まって、まさに一寸先は闇。洞窟の中は何も見えない。しかしそれは人間である魔理沙と妖夢だからであって、妖夢の隣で同じように中を覗き込んでいたフランは、「誰か来る」奥の方を指さす。
「まじか? 吸血鬼って夜目が効くんだな。私にはまったくだ」
「同じくです」
二人して目を凝らして見てみるが、やっぱり見ることは叶わない。
「女の人が一人……なんか桶みたいな……井戸水を組む時に使うやつ持っている」
釣瓶? なんでそんなものもってんだ。
魔理沙は疑問に思い、その釣瓶を持って来ている女性が上がって来るのを待った。ただ何が起こるかわからなかったので、洞窟からは少しだけ距離を開ける。
上がってきた女性は、金色の髪をお団子ヘアーにしており、焦げ茶色のジャンパースカートを着ている。そしてフランが言った通りに釣瓶を重そうに両手で持っていた。
「あれ? こんな辺鄙なところに珍しい。どんな用事で来たのかな?」
女性は「よっこらしょ」と釣瓶を下ろし、腰をトントンと叩く。魔理沙たちは下ろした釣瓶の方に目線のやるとギョッと顔を歪める。中に髪を二つ括りにした白装束の少女が体育座りをしていたのだ。
虚ろな目で空を仰いでいる少女に呆気に取られている魔理沙たちに、女性は「ああこの子?」と少女の頭を撫でてあげる。
「この子はキスメって言うんだ。感情と言葉をどっかに落としたみたいでね、いつもこうやって釣瓶の中に入っては上の空でどっか見てんだ」
女性の手に対して全く反応を見せなかったキスメ。女性はそれが当たり前のように優しい笑みをすると、最初の話題に戻す。
「そんで? なんでこんなとこに? 見たところ君と君は人間みたいだけど」
魔理沙と妖夢を次々に指刺す。
「ここは人間がくるようなとこじゃないよ?」
「だろうな。でも来なきゃいけない理由があるんだよ」
魔理沙が上手くぼかして答えると、女性は「ふ~ん」と適当な返事をする。
「まあその辺の詮索はしないよ。君たちにも君たちの都合があるんだろうし。私はもう用事は終わったけど」
「なんかあったのか?」
「たいしたことじゃないよ。この子をここに連れてくるのが私の日課なの。なんでもここで空を見てるのがいいんだってさ。私は全くわかんないけど」
「喋れないのに考えてることがわかんのか?」
当然の問いに女性は「私は無理だよ」と笑いながら返す。
「この地下の地霊殿って言う所に住んでるさとりって人が、昔教えてくれたんだ」
地霊殿という単語に三人は反応する。
「なあ……地霊殿って、ここからどうやっていくんだ」
「ん? もしかしてさとりに用があるの? やめといた方がいいと思うよ? 確かに昔は皆に友好的だったけど、最近めっきり外に出なくなって塞ぎこんでるって話だから」
「そうなのか。昔の友人からしたらそれは心配だな。見舞いがてら会いに行ってくるか。それで、その地霊殿ってのはどうやったらいけるんだ?」
流れるように嘘を吐く魔理沙。妖夢とフランは顔にこそ出さなかったが「いつ友達になったんだ」と内心で突っ込んでいた。しかしそんなことは知るよしもない女性は「そうなんだ~」と頷いている。
「よしわかったよ。地霊殿には私が案内してあげる」
「ありがとう。えっと……」
「ああ。私の名前は黒谷ヤマメ。これでも一様妖怪ね。君たちは?」
ヤマメに続き魔理沙と妖夢、フランは自己紹介を済ませる。
「魔理沙に妖夢にフランね。そんじゃあ人間のお二人さん、一様これ被って貰える?」
ヤマメが取り出したのは目元を隠す仮面だった。
「これは?」
「これから行く旧地獄ってとこは妖怪の宝庫だからね。のこのこ人間が入ってきたら食い殺されるよ? だからこれはその予防ってこと。それを被ってる間は多分人間ってばれないと思う」
何の確証があるのかわからないが、ものは試しと二人は被ってみる。しかし、特に何かが変わった感じはしなかった。
「これ本当に大丈夫なんだろうな?」
魔理沙の疑問もごもっともだが、現状これ以外に縋れる策は存在しない。甘んじて受け入れるしかない。
「大丈夫だよきっと。さとりもこれ被って旧地獄に来てたから」
ヤマメはあっけらかんと笑う。かなり楽天的な彼女に、魔理沙と妖夢は不安になってくる。
「それより早く行こ? 外が暗くなる前にさ」
「あの。キスメさんは?」
先に行こうとするヤマメを妖夢は呼び止めキスメを見る。ヤマメもキスメを見るが「いいのいいの」と無視して奥に潜っていく。
「夜までに戻ればなんともないからさ」
「……そんなもんなのかな?」
「私が知るか」
フランも魔理沙もキスメを気にするも、ズンズンと先にいくヤマメを見失わないように三人は後ろにくっついていく。
足場の悪い道を下ること30分程度。ようやく奥が明るくなってきた。
「そろそろ着くよ」
ヤマメのその言葉にフランは待ちきれずに走って行く。
「うわ~!!」
出た場所は切り立った崖のようになっており、脇に小道で下に降りれるようになっている。魔理沙たちも遅れてその場所に到着すると、フラン同様「おおーー!!」歓声をあげる。それもそのはず。その崖の下には繁華街が広がっており。洞窟の暗さをものともしない光量で煌びやかに光景を彩っている。
「すっげーな! 地下にこんな空間があったなんて!」
「私も驚きです!!」
三人の御登りさんをヤマメは楽しそうに笑う。
「最初はみんなそうなるよね。私もそうだったし。でも着いたよ。ようこそ、旧地獄へ」




