墜落
「咲夜! 咲夜!」
泣き叫ぶ様に何度も何度も友の名前を呼ぶ霊夢。しかしその声は虚しく虚空に響き、咲夜は返答をしてはくれない。
「霊夢! ここは危険です! 早く脱出を!」
白蓮の声に反応するもそれどころではなかった。頭では理解できてはいる。今この場に留まることは死に値すると言うことも、咲夜はもう死んでしまったのだろうということも。だが、それでも感情が付いて行かない。信じてても信じたくない気持ちが先行して、霊夢の足を阻んでいる。
「霊夢!」
いまだ打ちのめされている霊夢に、白蓮は胸倉を掴んで引き寄せた。
「仲間が死んだのは! あなただけじゃないんですよ!?」
白蓮は理解していた。先程の霊夢のやり取りで察したのだ。そもそも星に宝塔の守護を任せたのは白蓮だ。並大抵のことで星は負けたりしない。実力もあり宝塔を守るためなら死にもの狂いに戦うだろう。だからもし負けることがあるなら、それはきっと命が尽きた時なんだと白蓮は考えていた。だからこそこの状況は、寅丸星が死んだことを白蓮に告げていた。
動揺はする。だが嘆きはしない。それは最後まで自分の信念を貫いた者に対する侮辱であるから。
「私たちは生きなければなりません。それが死んでいった者への、せめてもの贖罪です」
白蓮の言葉に平静を取り戻していく霊夢。奥歯を噛みしめ「ごめん」と一言だけ言って立ち上がる。
そうだ。咲夜の気持ちに応えなければ。今はそれだけでいい。
「どこに行けばいい?」
「今この船は動力を失ってグライダー状態です。甲板に出ても風で飛ばされる心配はないでしょう。なので甲板から脱出を図ります」
「わかった」
霊夢はもう一度無線で呼びかけをする。相手は勿論水蜜だ。
「村紗。聞こえる?」
数秒のタイムラグの後に、ノイズの混じった声が入る。
『聞こえてる。博麗屋』
だが声の相手は聞いたことのない声だった。不審に思った霊夢だったが、声の主が『紹介が遅れたな』と自分の名前を言う。
『私は東風谷早苗。お前たちの救出対象だよ』
「あんたが」
『今回は助かった。だが状況はよろしくないみたいだな。何とか脱出したいところなんだが』
「なら、早く甲板に来なさい」
霊夢は白蓮から言われたことをそのまま早苗に告げ、落ち合う算段を付けてから白蓮と共に甲板に向かう。
「霊夢。返事はまた今度でも構いません。こんな状態ですし、何より仲間を失った今の状況ではまともに判断できないでしょう」
「……そうね。でもわかったことがある」
さっき咲夜に抱いた感情。あれが私が星蓮船に入ることを戸惑った原因だ。今理解した。私はあいつらのことが何より大事だったんだ。あそこが居心地が良くて、楽しくて、何より安心できる。それを裏切るようなことが、私にはできなかったんだ。
「たぶん私は星蓮船には入らない」
霊夢のその言葉に、白蓮は悲しそうに眉を寄せるが。なんとなくわかっていたようで、これ以上の勧誘はしなかった。
「そうですか。ですが、企業には気を許さないでください。あそこは何を考えているかわかりません」
「わかった」
霊夢としても。あんな話しを聴いて企業にこれからもお世話になろうとは到底思えない。だからこそ、早苗を救ったことが本当に正しいことなのかわからなかったが、咲夜が命を懸けて成し遂げたことだ。それを無駄にはできない。
「……白蓮。私は企業も、あんたたちも信じてはいない。でも、白蓮。あんただけは信用しようと思ってる。偽善に満ちているあんたの行動だけど。それでもいままで私たち能力者を守ってきたのは紛れもない事実だからね。そこは信用しようと思う。それに……あの優しいお姉ちゃんだもん。本質がそう変わるなんて私は思えない」
その言葉は白蓮にとってこの上なく嬉しい言葉だった。
「ありがとう」
甲板への扉をあけ放ち。そこにはすでに早苗と水蜜、そしてこいしやナズーリンたちが居た。ナズーリンは白蓮を見つけるとすぐさま駆け寄り抱きつく。
「白蓮……星が」
「わかっています、しかし悲しんでいる時間はありません。ここは脱出が先です」
「うん。メンバーの大半はもう船を降りた。後は私たちだけだ」
涙を拭き普段の凛々しい姿を見せるナズーリン。白蓮はナズーリンと一輪を見渡した後に早苗に目が行く。
「東風谷早苗……今回は見逃しますが、必ずやあなた方企業を潰します。その時は覚悟してください」
「ああ。肝に銘じとくよ」
今、星蓮船自体の圧力は弱くなっているが、聖白蓮が戻ったという事実が星蓮船に手を出させにくしている。白蓮は捕まっていた。それも外側の世界の方に。厳重なセキュリティ監視下の中に居て脱獄は不可能とさえ言われていたのに、何者かが脱獄を促した。誰なのかはわからないが、外からの侵入者が無いのは明白。あるとすれば内部のスパイ。恐らく今企業はその洗い出しでてんやわんやだろう。そんな状態で星蓮連を落とすのは危険過ぎるのだ。
白蓮は早苗を一瞥してからナズーリンたちと共に船を降りる。早苗たちはそれを見送ってから。反対側の方から船を降りた。
「随分派手にやられたみたいだね。神子」
とある施設の、とある部屋。椅子に座り片目に眼帯をしている神子の前に、一人の少女が来た。市女笠に目の飾りが付いた特徴的な帽子に、青と白を基調とした壺装束を身に纏っている。
「うるさい殺すぞ」
神子はその少女に睨み付けると、少女は「お~怖い怖い」と業とらしく怖がって神子の目の前の椅子に座る。
「上手くいった?」
「上々だ。今、青娥が分析してくれている所だ。それより、できそこないはどうしたんだ?」
「あああれ? やっぱできそこないだね~、もう壊されたよ。しっかし楽しかったな~」
ケタケタと笑う少女に、悪い趣味だ思わざるおえない神子。自らの娯楽の為に他者をどうとでもするこいつの神経は理解できない。
「それに可愛い子見つけちゃったしね。お陰様でほら」
少女は左の服の肩口を握る。そこには質量が無く、服だけがギュッと握られた。
「腕吹っ飛んじゃった。完全に意趣返しされちゃったよ~」
自らの腕が無いのにも関わらず、そんなことまるで無かったかのように話す少女。今日会ったあいつに似た危うさが存在する。
「でも、私にここまでやるなんて相当だよ。ああ、殺したのが惜しいくらいだ! もっともっと遊べたのに!」
「相変わらずのイカレ脳だな。大方弾みで力を入れ過ぎたんだろ? いつものことじゃないか」
「酷いな~、そんなんじゃないよ~。仕方なかったのさ。なんせ後ろに神殺しが居たんだから。私じゃ一瞬でパーンだよ」
どの口が言うんだ。この少女は、たとえ相手が神殺しの力を有していても、お構いなしに殺せるだけの技量を兼ね備えている。恐らく本気になればそいつもあっという間に粉微塵にできただろうに。しなかったのは、少女自身が楽しみを取って置いたからに過ぎない。単なる気まぐれだ。
「んで? 神子は誰抉られたの? その目」
「話すだけでも煩わしい。失せろ」
少女は話そうとしない神子にプクーっと頬を膨らませると「けちんぼ」と言って立ち上がる。
「いいよいいよ。また別の玩具を探してくるから」
「おい。忘れるなよ。私たちの目的は」
「神々の復活……でしょ? 大丈夫だよ。そういうことはこの諏訪子ちゃんにおっ任せ♡」
可愛らしくピースをして部屋を出て行く諏訪子。呆れて溜め息を吐きながら、神子は天井を仰ぐ。
今回で星蓮船編は終幕です。
長かったです(遠い目)
次回からは地霊殿編、魔理沙と妖夢ルートを書いて行こう思います。
不定期更新になりますが、よろしくお願いします。




