湖上の氷精
霊夢の奴大丈夫かな? あの妖怪だいぶ強そうな気配だったけど、ちゃんと勝てたかな?
霊夢の斜め後ろから付いて行っていた魔理沙は少しだけ一部始終を見ていた。しかし当たりを闇が包んでいたために中を確認することができなかった。
そのまま待ってもよかったのだがどうせなら先に進んでおこうと思って、現在森を抜けた湖の上を飛行している。
「あれが……紅魔館か」
湖の向こうに見える紅く染まった館、そこから霧が立ち込めていた。
「やっぱりあそこから霧が出てたみたいだな。さっさと止めにいくか」
速度をあげて館を目指していると。
「待てぇ〜い!」
湖から氷塊がいくつも打ち出される。魔理沙はそれを器用に躱していき空中に止まり、氷塊が打ち出された場所を見る。
「なんだ? 今の?」
「私の攻撃を避けるなんて。お前やるな!」
すると後ろから声が聞こえたので、魔理沙は後ろを向く。そこにいたのは、水色の髪をリボンで後ろに一つに括り、水色のワンピースを着た少女と。その隣に緑色の髪を横で一つに括り、水色のワンピースをきた少女がいた。
二人とも背中には羽ようなものが生えている。水色髪の少女は氷の結晶の羽が、緑髪の少女には透き通った羽が生えていた。
「ふっふっふっ」
水色髪の少女は腕を組んで威張って言う。
「ここを通りたければ私を倒していけ!」
「あ〜?」
何を言ってるんだこいつは? 見た目からしてこいつ妖精だよな? つーことはたいして強くないはずだけど、人間になら勝てるとでも思ってんのか?
「チルノちゃん。台詞が中ボスっぽいよ」
隣の緑髪の少女が、チルノと呼ばれた威張っている少女にヒソヒソと話かける。
「そっか! さすが大ちゃん!」
どうやらチルノはかなり素直は性格をしているみたいだ。そして大ちゃんと呼ばれた緑髪の少女、本名大妖精は、控えめで大人しい印象を受ける。
「まあそれはさておき。やい黒いの! 私と勝負しろ!」
「なんで私がそんなことしなきゃいけないんだ? 面倒だぜ」
「それはお前が私たちの遊び場を飛んでたからだ!」
こじつけだな。
魔理沙はそう思ったのも当たり前。この妖精は特に理由もなくただどんぱち暴れたいだけだ。適当な理由をつけて遊びたいだけだ。しかし魔理沙にその気はない。
暇なのか憂さ晴らしなのかは知らないが、私はそんなのに構ってるほど暇じゃないんだけどな。
一瞬逃走を企てたが、チルノ以外の視線を感じてやめることにした。チルノの闘争心からくるギラギラした目付きではなく、静かで落ち着いた殺気めいた大妖精の視線。妖精程度が出せるとは思えない重いものだった。
あいつがいる前じゃ、逃げるのは無理そうだな。
大妖精は魔理沙が逃走をやめたのを感じると、綺麗な笑顔を向けた。だが逆にその笑顔は不気味でしかたない。まるで、よかったですね死なずに、と言われているみたいだ。
「あ〜、わかったよ相手してやるよ。ただし、先を急いでるから全力でいくぜ」
それを聞くと、チルノは口元を緩め楽しそうに笑う。
「いいよ。だったら私も全力だ! 幻想郷最強をなめるなよ!」
幻想郷最強?
魔理沙はチルノのその言葉を聞いて、付きかけた闘争心が消えた。
バカなのかこいつ。今時幻想郷最強はねぇぞ。それに妖精のお前が大妖怪たちに勝てる訳ないだろ。
「さすがチルノちゃん。カッコイイよ!」
魔理沙が呆れている中で、隣にいる大妖精はチルノを煽てている。魔理沙から見れば少し異様な光景に見える。大妖精の力はまだ未知数だが、明らかに持っている内包魔力は大きいはずだ。少なくともチルノの数倍はある。それなのに、チルノの後ろにつき褒めちぎるようなことをしている。正直意味がわからない。
大妖精に煽てられ、チルノは頭の後ろを気恥ずかしそうにかく。
こいつはただ単に大ちゃんとか言う奴に乗せられてるだけなのか? それとも自分の意思で私にしかけて来たのか? 取り敢えず、そこら辺を観察しますか。
だがその理由がわかったところで魔理沙は特に深く関わり何かをする訳ではないが、少しの手助けはする。そこが霊夢との違うところだ。根はお人好しで優しいのだ。
騙されてるならそう言えばいい。だがもし騙されてても許すと言うなら、もう私がとよかく言う領域じゃない。後はお前はの問題だからな。
魔理沙は大妖精をチラリと見る。どうやらチルノとの戦いには直接の干渉はしないみたいだ。大妖精から闘志を感じることはなく、ただ静かに殺気は放っている。
舌を打ち、魔理沙は八卦炉を手に持ち箒に仁王立ちになる。
「さあ来いよ。相手してやるぜ」
「そんな余裕ぶっていられるかな? アイシクルフォール!」
チルノの回りに氷柱がいくつも出現し魔理沙に降り注ぐ。が。
えぇ〜。
魔理沙が減なりするくらい命中しなかった。嘗めてるのかと言いたくなるくらい氷柱は魔理沙を素通りし、湖に落ちていく。着弾したところは凍りつき氷の柱を作る。
当たれば強いんだけど、当たらなきゃただのカスだな。
心の中で思いはしたが、いちよう口には出さなかった。キレた時のチルノの対応が面倒臭い感じがするからだ。今でさえ、「何で当たらないんだよ!」って言ってるんだから、自棄になられたらこっちも色々と困る。
人間怒る時が何をするかわからないと言うが、妖精や妖怪だってそれは同じだ。いちよう人間に勝るとも劣らない知能を持っているし、感情も確かに存在する。そして妖精や妖怪はより本能に忠実な生き物だ。人間には抑制する理性が必ず存在するが、妖精や妖怪の場合は理性があろうがなかろうがお構い無しだ。感情に嘘は付かない、そうゆう思想の持ち主が大半だ。上級妖怪や大妖怪クラスになればその限りではないが。
ともかく、このチルノと言う妖精は単純で馬鹿で負けず嫌いなタイプみたいで、理性なんかはあんまり作用していない感じだ。
「術変えたらいいんじゃないか?」
魔理沙の憐れみからくる提案にチルノは、「そっか!」と、今気づいたように言った。
「ならこれだ! アイシクルマシンガン!」
チルノの回りに氷柱が出現するところは変わらないが、その後の氷柱の速度が先程の攻撃より段違いに速かった。
「うをっ」
さすがの魔理沙も予想以上のことに狼狽えるが、すぐに攻撃に対応してスルスルと躱している。
それを見てチルノはまた憤慨する。
「何で当たんないんだよ!」
「何でと言われてもな? この術が簡単なんだよ」
率直な感想にチルノは泣きそうな顔で。
「うるさぁぁーーーい!」
そう怒鳴ると、軌道的に魔理沙の横を通過するはずの氷柱が軌道を変えて魔理沙に突っ込んで来た。
咄嗟の対応でシールドを作り、氷柱はそれに当たりシールドを凍らせた。
なんだ今の?
魔理沙はチルノを見るが、チルノも今起こったことが理解できてないみたいで、頭に?マークが浮かんでいる。
チルノじゃないとゆうことは。
チルノの斜め後ろに控えている大妖精に目をやる。感情の読めない笑みを浮かべて魔理沙を見る。
戦闘に参加する気はないと思っていたが、買い被り過ぎたか。二体一だとたぶんこっちの方が不利になるな、さっさと片付けよう。
魔理沙は八卦炉の砲口をチルノと大妖精の間に向けて、一瞬で魔力を溜める。
「マスタースパーク!」
八卦炉を砲台に強力で大きな電磁力レーザーが放たれた。チルノはその勢いに恐怖を覚えてアイシクルマシンガンを止める。
「ひぃ!」
顔を覆い隠し身を屈める。そしてチルノに当たるといった瞬間、レーザーの中心に何かが激突し攻撃が少し外広がりになり抜ける。
「なんだ?」
レーザーは細くなり終息する。魔理沙はチルノがいた場所をよく見ると、チルノを横に抱えた大妖精が左手を前に翳していた。
「おいおい……」
マジかよ。こいつ、マスパを防いだのか。
「すいません、魔法使いさん。今日はここまでにしましょ?」
「……何で」
そこまで言って気づいた。大妖精に抱えられたチルノが動いていない。
「おい、そいつ」
「大丈夫です、気絶してるだけですから」
そう言ってチルノを前で抱えた。するとわかりやすく目を回して気絶していた。
「可愛いですよね。弱いのに、怖がりのくせに強がって。強い人と戦って結局勝てなくて悔しがり、また同じことを繰り返す。私はそんなチルノちゃんが大好きです」
どうやら、私の思い違いだったみたいだな。こいつらはちゃんと友達してるみたいだな。でも。
「なんで力を隠してるんだ?」
疑問だ。別に隠す意味はないと思うが、大妖精はなんで力を隠す。
「……もうこの力で、誰かを傷つけたくないんですよ」
実感と重みを感じる一言だった。そして魔理沙は悟った、大妖精は力で誰かを殺したんだと。
「……そうか」
「また相手してあげてください。きっと悔しがってまた挑んじゃうと思うんで」
まるで母親のような包容力のある笑顔に、魔理沙も自ずと笑顔になる。
「わかったよ。また会った時にな」
そう言い残し、魔理沙は紅魔館を目指して進んだ。
霊夢は湖の向こうの紅魔館を目指して、湖の上を飛んでいた。多少怪我の治療をしたが、溶けた服はそのままである。
すると、少し前を横切る影が見えたのでそれを追いかけると、大妖精とチルノがいた。大妖精はチルノを抱えていて、チルノはいまだに気絶したままだ。
「ねえ、そこの二人」
霊夢が後ろから声をかけると、大妖精は振り返る。すると霊夢は抱えられているチルノに目がいく。
「どうしました?」
「いや、あんたらがどうした? と聞きたいところだが急ぎなの。ここを黒い尖り帽子を被った金髪の子来なかった?」
「来ましたよ。彼女なら、たぶん紅魔館に向かったと思います」
「そう。ありがとう」
それだけ確認すると、霊夢は紅魔館へと進み始めようとした。しかし。
「気を付けたほうがいいですよ。あそこには、吸血鬼がいるって噂ですから」
大妖精の言葉に止まる。そして振り返ると、大妖精は綺麗な笑みを浮かべていた。
「ですから、死なないように」
本当に思ってる訳ではないのは霊夢はわかっていた。皮肉なのだろう。だから霊夢もそれに習って。
「ありがとう」
そう返した。
それだけ言ってまた紅魔館を目指した。