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東方幻想語  作者: みずたつ(滝皐)
星蓮船
29/41

咲夜

「待っていた?」


 咲夜は目の前で紅き槍を持つ星を見る。


「なんで私たちの誰かがここに来るってわかるのかしら?」


 これは純粋なゆさぶりと、精神的に優位に立つための演技。そして、マジックの種を隠すためのミスディレクションの意味がある。


 咲夜はこの時すでに行動を始めていた。時間停止ができるように溜めていた霊力を活用して罠を張り巡らせる。わからないように、細かく空間を指定させながら。


「別にあのまま霊夢を置いて逃げてしまってもよかったんだけど?」


「それは無い」


 咲夜の言葉は勿論嘘だ。だけどそれをわからせないように常に芝居はしている。全く普通と変わらないその態度を見破れるはずはないはず。なのに星はきっぱりと無いと言ってのけた。咲夜にとっては癇に障ることだ。


 だが星は咲夜の芝居については全くと言っていい程わかっていない。


「仲間を見捨てるなんてあり得ないだろ?」


 元々そういう選択肢が星にはないのだ。咲夜がぬるい奴だと思ったのはあながち間違いではなかった。本当にお人よしなのだ。困ってる人が助けるし、仲間のためならなんでもする。ただ。お人よしだけでは終わらない。そうでなくてはこの星蓮船のリーダーなどつとまらない。


「それにもし仲間を救出したところで無意味だぞ。もうこの船は空を飛んでいる」


 言動。表情を一つ一つ確認して嘘を吐いていないことを確認した。つまりは、逃げることが困難になり、咲夜の思惑は一つ潰されてしまったことを意味する。


 咲夜がここに来たのは、飛び立つ前に動力を壊し、星蓮船をこの場に留めることだった。しかし先手を打たれてしまった。


 何気に頭が回るみたいね。


「降伏するなら、手は出さんぞ?」


「冗談」


「そうか。なら……死ぬか?」


 最初に会った印象がガラリ変わる。殺意の籠った目つきに、躊躇いなど一切なかった。


 これはきついかもね。でも。


 罠を完成させた咲夜は、最初一撃で全てを終わらせるつもりでいた。「それはごめんね」と一言呟いて手元に持ったスイッチを起動させる。


 咲夜は自分の世界に数多くの武器を保管している。それを空間に固定して、多数の位置から出現させ射出させる砲台を造り、根本に付けた爆弾を一つ一つ時間差で爆発させる。撃ちだされた武器は加速し、敵を貫く槍となる。


 幻影殺人鬼。


 まさに多勢に無勢といえるこの状況。しかし星はうろたえない。どっしりと槍を構え直し、深呼吸をすると咲夜に向かって突貫する。後から来る攻撃をほぼ無視して、前だけの攻撃に集中する。次々に来る武器の雨をその槍で的確に弾いていく。


 咲夜はそれを見てまだ爆発していない砲口を調整し星に向けて撃ちだす。


 追い付かない攻撃というのは存在する。星が綺麗に捌いたとしても一薙ぎではどうしようもない、まさに今の三つ同時の攻撃などがある。


 仕留めた。そう思った。


「甘い」


 星は棒高跳びのように跳ね飛びそれを躱し、空中で武器を数個叩き落とす。そして。


 空中で槍を投げる姿勢になり、槍の先端から紅い光が噴出しそれが渦を巻いて槍に纏わる。


「ゲイ・ボルグ!」


 投げられた槍は一直線に咲夜の心臓に向かって飛翔する。戦闘の最中に獲物を投げるなど馬鹿のすることだと思っているが、槍の速度は咲夜が撃つ武器より格段に速く、こちらの攻撃が当たる前にこちらが射抜かれてしまう。武器の射出方向を変え槍を撃ち落とすことを試みたが、槍は速度を落とすどころか全く微動だにしない。


 まさか。


 作戦を変え自身の空間の中に保管している最強の盾を取り出す。蛇の髪の女性が描かれた身の丈以上の盾。咲夜を覆い隠すそれは、槍を一瞬止める。凄まじい音が鳴り響たと思ったら、一瞬で盾に皹が入り砕け散る。


 レプリカとはいえ、イージスを砕くなんて。やはり本物。


 咲夜の体に槍が少し触れたその瞬間、なんとか時間を止めることに成功して着弾点をずらす。しかしすぐに時間は元に戻る。ずらしたと言えど致命傷は避けられない。


 右の胸を貫き、咲夜は血を吐き出す。


 だがこれで終わる訳にはいかない。咲夜は丸腰になった星に向かって剣を数本発射させた。槍は遥か後方、ここから避ける術はないだろう。


 その時だった。剣が確実に星を捕らえたと思ったその瞬間、咲夜の後ろに飛んで行ったはずの槍がいつの間にか星の手元に戻っていた。一瞬のことだったが、咲夜は目はそれを捕らえていた。槍が、自動的に星の手元に飛んできたのだ。


 槍が戻ってきた星は余裕で剣を叩き落とす。呆気に取られる咲夜に、まさに威風堂々といった立ち姿の星。勝敗は明確だった。


「諦めなさい。あなたの力では、私を……そして私の武器を超えることはできないでしょう」


「神具。まさかこんなところでお目にかかるとはね」


「知っていましたか」


「ええ。うちにも二人ほど、神具を扱う人がいますから」


 星の扱う武器、ゲイ・ボルグ。投擲によって敵の心臓を確実に穿つ、神の恩恵を受けた神なる武具。神具は今や数が限られていて入手は困難。先程咲夜が出したイージスのようにレプリカが跋扈しているのも原因の一つと言えるが、ただ単純に発見できないだけともいえる。


「しかし。ゲイ・ボルグを避けるとは、あなたは可笑しな能力を使うみたいですね」


「残念ながら。大した能力じゃないわ」


 咲夜本人は、この時間停止、空間操作の能力は使い勝手の悪い扱いにくい能力だと思っている。なんせ霊力の消費量は馬鹿にならないし、戦闘中はほぼ使えない。完全に実力が備わっていないと使えない能力だ。


 咲夜は額に脂汗をかきながら、熱を持ったみたいに熱くなっている右胸を押さえる。そこからはいまだに血が溢れ、大量の血を流しているせいか視界も霞む。しかし。咲夜はそれでも不敵に笑う。怪我を悟られないように笑うのだ。まるで、まだ何か策があるかのように見せるために。


 気持ち悪い。星は素直にそう思った。いままで数多くの敵と対峙してきた星でも、死の間際に笑う奴は初めて見た。誰しもがこんな状態では、死の恐怖に青ざめ、絶望に顔を歪めるのだ。それなのに、目の前にいる奴は、不敵な笑みを崩そうとはしない。頭ではわかっている。きっとそれはブラフで、もう動くことすらできないのだと。ただそれでも星は止めを指すことができない。咲夜のその嘘か本当かわからない顔が、星の手を止めているのだ。


 大丈夫だ。避けられたといってももう虫の息。もう一度投擲すれば確実に殺せる。大丈夫だ。


 心の中で何度も呟く。それでも懸念は一向になくなる気配はなかった。奥歯を噛みしめ、揺れる心を抑え込み。星は槍を担ぎ投擲のモーションに入った。


「いいのかしら? ここで私を葬ったところで、あなたの負けは確定しているわよ?」


「……それは嘘だ。お前はもう動けない」


 聞くな。あいつの言っていることはでたらめだ。流されるな。


「動けなくてもできることはある」


 できるはずかない。これで止めを。


「例えば……その後ろにある物を壊すだけの神具とかが」


 咲夜のその言葉に星は思わず後ろを向いてしまった。焦ったのだ。この星蓮船の動力を担っている宝塔。これを壊されてしまっては星蓮船は墜落されてしまう。この中には数多くの乗員がいる。それを皆死に追いやってしまうという恐怖と、咲夜の態度が星の思考を鈍らせたのだ。


「馬鹿ね」


 宝塔は勿論無事。咲夜にそんな神具は持ち合わせていないし、一瞬であれを壊せるだけの準備もできていない。だがこの一瞬が咲夜の生存率を大きく上げたのだ。


 私にはもうこれしかない。


 撃ちだされたのは星の槍と全く同じ形状の槍だった。ゲイ・ボルグのレプリカ。本物程の性能はないにしろ、威力は他の槍とは比べ物にならないくらい高い。


 星はしまったと思うが狼狽えてはいなかった。咲夜の状態は把握しているし、もし何かあったとしても一撃がせいぜいいいところ。逆にここで取り乱してしまえばそれこそ咲夜の思うつぼだ。振り返り、目線に入る同じ槍を星は叩き落とす。だがレプリカだけに力がいった。普段より大振りになったがこれで終わりだ。そう思った。


 だが、予期せぬ事態を目の前に目撃した。胸を貫かれ死ぬ間際であった咲夜が、星の目の前でナイフを握っているのだ。


「な!?」


 咲夜の切り札でもある時間軸の移動。ある時間軸ではこの時、この瞬間、咲夜は星と近接して闘っている。そこの立ち位置だけを入れ替え一瞬で星の目の前に現れたのだ。そんな予想も何もかもを飛ばした奥の手に対処できるはずもなく。


「さようなら」


 無残にも咲夜のナイフは、星の喉元に深々と突き刺さる。


「――――――!!」


 もはや声は出さなかった。星は自分の死を悟り、口だけを動かして誰かに語りかけると、そのまま仰向けに倒れた。


 その言葉は、咲夜だけがわかっていた。観察眼に長けている咲夜は口の動きだけで何を言っているのかわかる。


「……」


 すみません。聖。


「……あなたにも。守りたいものがあるのね」


 だけど。それは私も同じことよ。


 咲夜は朦朧とする意識の中。最後の力を振り絞り、星の落としたゲイ・ボルグを拾いそれを宝塔に深々と突き刺した。ガラスの砕けるような音と、刺し口から零れる膨大な霊力。動力を失った船は大きく船体を傾けると地震でも起きたかのように揺れ始めた。


 咲夜はガクリと膝を付き、宝塔を背凭れに自分の死を待った。もう助からない。あの一撃を受けたのにいままで意識を保てていたのすら、今考えれば奇跡と言えるだろう。


 薄れゆく意識の中、咲夜は自分の無線に電源を入れ、話しかける。


「霊夢……霊夢? 聞こえる?」


 数秒の後に、霊夢からの応答が入る。


『咲夜!? 咲夜大丈夫なの!?』


 慌てる霊夢の声に、咲夜は笑った。


「大丈夫よ……ちょっと手こずっただけ」


 自分の傷を悟られないように、普段通りに話す咲夜。心配させないための演技。


「そっちは大丈夫なの?」


『……問題ないわよ。それよりこの揺れはなんなの? 今あんたどこにいるの!?』


 いつになく取り乱している霊夢に「落ち着きなさい」と宥める咲夜。


「ここの動力を潰したわ。後数分の間に、この船は落ちる。水蜜を見つけて……脱出しなさい」


『……咲夜は?』


「私は大丈夫……すぐ……出るわ」


 動かない体。脱出など叶わない。けれど、霊夢たちが無事ならばそれでいい。


『……咲夜……こんな時くらい、嘘吐くんじゃないわよ!』


 霊夢の言葉に、咲夜の頬に一筋の涙が流れた。長い付き合いではない。それでも、絆は確かにそこにはあった。それがわかったことが、咲夜にとっては何よりも嬉しかった。


 私も、まだまだね。


『今すぐそこに行く! 早く場所教えなさいよ!!』


 激昂する霊夢に、咲夜は笑う。


『なんで笑ってんのよ!? 早く教えなさい!!』


「聞いて霊夢。私は嬉しいのよ、あなたがそうして取り乱してくれて、私のために心配してくれることが。ちゃんと、友達として見ていてくれたことが嬉しいの。だからお願い。私に……友達を殺させないで」


『―――ッ!!』


「霊夢。お嬢様の、あの人の大切にしているものを一緒に守って欲しいの。他でない……友達であるあなたに頼むわ。お願いね」


『何言ってんのよ……そんな甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ! ぶっ飛ばすわよ!? そんなこと頼む暇があったら……あんたが守ってあげなさいよ!』


 咲夜はもう一度笑うと。静かに無線を取り外し、電源を落とした。


 霊夢。頼んだわよ。


 ゆっくりと目を瞑り俯く咲夜。そして重力に逆らえなくなった体は、揺れによって真横に倒れた。

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