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東方幻想語  作者: みずたつ(滝皐)
星蓮船
25/41

昔日

 金平糖をあげた私は、賽銭箱の裏に回りしーちゃんの横に同じように座って、袋から一粒金平糖を取り出しポリポリとまた食べ始めた。


 しーちゃんは金平糖をジッと見つめて食べようとはしなかった。私は不思議に思って「なんで食べないの?」と言うと。しーちゃんは無理に笑って金平糖を口にする。


「美味しいです」


 先ほどの笑顔が本物だとすると、かなりの違和感がある。私は子供ながらに気を使い、金平糖の袋の封を閉じお腹の上にポンと乗せた。それを見たしーちゃんは今度は逆に不思議そうに聞いてきた。


「どうしたんですか?」


「金平糖……嫌いなのかと思って」


 少し寂しそうに呟く私を見て、しーちゃんはハッとして自分の空になった掌を見つめ、もう一度私を見る。


「ごめんなさい。そういうことじゃないの。金平糖は大好きよ」


 また無理をしている笑顔に、なんだか悲しさが膨れ上がり俯く。私は何も言わずに袋を両手で遊ぶように右手から左手、左手から右手へとお手玉をするように行き来させた。しーちゃんは困ったように私を見ると、何かを思い付いたように袋をヒョイとつまみ上げ、徐に袋を開け金平糖を食べ始める。


 咄嗟のことで袋を取り返せなかった私は、ただ呆然とその姿を見ていた。しーちゃんは美味しそうに金平糖を一粒、また一粒と口に放っていき租借する。私がちゃんと見ているか確認するようにチラチラと見ながら、しーちゃんは金平糖を食べ進める。


 五~六粒くらい食べたころだろうか、しーちゃんは見ている私に袋から金平糖を一粒渡してくれた。私は促されるように掌に乗せ、金平糖としーちゃんを交互に見る。しーちゃんは優しく微笑んで、また一粒金平糖を口にする。それを見て私も金平糖を口にした。砂糖の甘さが口に広がり、幸せな気分に浸る。しーちゃんはそれを見て安心したように袋を返してくれた。


「私。これでも甘いものに目がないの」


 包容力のある笑みに当時の私は完全に騙された。今思うと、これはしーちゃんの優しさだった。私が食べたいのに食べなかったから、自分が嫌いじゃないところを見せて食べれるように誘導してくれたのだ。


「……私も、好き」


 優しさに触れながら、私は金平糖を食べ進めた。この時はなぜしーちゃんが金平糖を拒んだのかはわからなかった。けれど、本当には嫌いじゃないんだろうなとゆうことは、なんとなくだが理解できた。


 それからお互い喋らなくなった。隣でしーちゃんはそわそわとしていたが、私は気には止めずにポリポリと金平糖を食べ進める。


「霊夢ちゃんは、ここの人?」


 しーちゃんの疑問に私は頷いて答えた。無言の空気が落ち着かないのか、しーちゃんはまたそわそわしだして一人で頭を悩ませていた。すると何か思い付いたようにまた私に話しかける。


「お父さんやお母さんは? お家?」


「……お父さんは知らない。お母さんは、死んじゃった」


 その答えにしーちゃんは言葉を詰まらせた。俯き暗い顔をして、膝を胸に抱き寄せた。私といえば、特に悲しいだという感情にはならなかった。すでに終わったことだから、話したところで悲しくはなかったからだ。


「……辛くは……なかった?」


 その問いに私は答えることができなかった。正直辛かったし、何度か人生を呪ったこともあった。しかしそれを言うことを、拒まずにはいられなかった。


 なんせ、言っている本人が一番辛そうにしているのだから。


「……しーちゃんは……なんで泣いてたの?」


 触れられたくないことだったろうが、ただ悲しみの理由が知りたくて、当時の私は特に考えもせず興味本意で聞いてしまった。


 しーちゃんは辛そうに瞼をふせると、喋りだした。


「……弟を、二日ほど前亡くしてしまって……今日は弟の誕生日だったんです」


「……そうだったんだ」


 私と同じだった。一年前の私と。肉親を亡くす悲しみは知っている。だが、それを癒すのは極めて難しい。私はそれ以降話すことを止めてしまった。いつだったかのお節介者も、こうしていつまでも黙って隣にいてくれたのだ。その時のことを思い出し、胸の奥が締め付けられる思いになった。


 何か言わなければと思う反面、何も言えない自分が歯痒くもあった。きっとあいつもこんな気持ちになっていたのだろうか? そう思うと、また胸が締め付けられる。


「……ごめんなさいね。霊夢ちゃんもお母さん亡くしてるのに、こんな話しして」


 また、無理な笑顔。私はその顔を見て泣きそうになった。きっとしーちゃんは今すぐにも泣きたいのだろう、だけどそれを私が邪魔している。私がいるために、しーちゃんは泣くのを我慢している。


 直感的に感じ取った私はスクッと立ち上がった。


「霊夢ちゃん?」


 きっとこのままではいけない。そう思った私は、金平糖の袋をギュッと抱えて鳥居の方に歩きだそうとした。すると。


「……しーちゃん?」


 しーちゃんが私の服の裾を掴んでいた。しーちゃん自身も咄嗟に掴んだのだろう。慌てたように手を離し取り繕うように苦笑いをした。その時思い出した。あの日、母親を失って泣きじゃくる私の側に寄り添って、ずっと頭を撫でてくれたあいつのことを。あれが迷惑であり、心の支えになっていたことを。


 そっぽを向いて下を向くしーちゃんに向き直り、私は恐る恐る手を伸ばし頭を撫でる。綺麗で手入れのいきとどった髪は柔らかく、ふわふわしていた。


 私はただ黙って頭を撫で続けた。するとしーちゃんの体が震えだし、息を殺すような泣き声が漏れた。


 緊張が解けたように声は次第に大きくなり、目から零れ落ちた涙の雫を必死に拭い始めた。だがけして、私に泣き顔は見せまいと、背中を見せたまま。


 それから何分たっただろうか。日は傾き始め、茜色が見栄隠れするような時間になっていた。きっとたいした時間はいなかっただろうが、それでもかなりの時間を共に過ごしたように感じる。


 いつの間にかしーちゃんは泣き止んでいた。それでも私は頭を撫で続けた。さもそれが、当たり前かのように。


 しーちゃんは一度目尻を拭うと、泣き腫らして真っ赤になった目をしてこちらを向いた。向くと同時に私は撫でるのをやめた。


「ありがとう」


 その顔は、肩の荷が降りたようにスッキリした顔だった。私はそれを見て安心して、また隣に座った。今度は体が密着するくらい近くに。腕から感じる人肌の温かさを感じながら、また袋でお手玉するように遊ぶ。しーちゃんはそれを見て、微笑んでくれた。


「弟はね、金平糖が好きだったの」


 唐突に話し出した弟さんの話しに、私は興味をしめした。


「駄菓子屋で何かお菓子を買うことがあれば、必ずっていうほど金平糖を買ったのよ? だから、金平糖には弟との思い出が詰まってるの」


 これが先ほどの理由なんだ。私はジッと袋を見つめ、それを脇に置いた。


「……それ、わかる」


 私にもそうゆう物がある。思いでの品、大切な記憶。私は髪を結わいているリボンをギュッと握り締め、俯く。


「それが……霊夢ちゃんの大切な思い出?」


 しーちゃんに問われ、私は頷く。このリボンは、母親が唯一くれた品だ。その時のことはよく覚えている。「霊夢は赤色が似合う」と言って優しく結わいてくれたのだ。母親の手の温かさ、髪を梳く指先、落ち着く声、その時の全てを覚えている。それらは、今となっては懐かしい。


「母さんがくれたの」


「……そうなんだ」


 しーちゃんはそう言うと、私の頭を撫でた。その行為に驚きはしたが、その撫でる手がまるで母親のようで、落ち着いた。


「そろそろ。暗くなってきましたね」


 しーちゃんが振り向き空を見る。空は青と黄色とオレンジの三色が、まるで層のように重なりあっていた。空高くには一番星が輝いていて、薄く透き通るような三日月が神秘的な輝きを放っていた。


「夜は危ないです。霊夢ちゃんはお家に帰りましょ?」


 夜は妖怪の時間。いくら神社とゆう神聖な場所でも、妖怪はその姿を表す。確かにこのまま外にいるのは危険が多い。それに今のうちに帰らないと、しーちゃんにも危険が及ぶ。それだけは我慢できなかった。


「帰る」


 袋を持って立ち上がり、賽銭箱の前に移動する。しーちゃんもつられるように後ろからついてきた。途中で私は足を止めて、しーちゃんは鳥居の前で振り返った。


「じゃあね」


 寂しさを織り混ぜた言葉。それだけ言って階段を下りていくしーちゃんを見送るように階段の前に行き、私はありったけの大声で叫んだ。


「また会える!?」


 その言葉にしーちゃんは振り返り、優しい笑みで。


「また会えるよ」


 そう言った。


 私はしーちゃんの姿が見えなくなるまで見続けた。姿が見えなくなるくらいには日は山肌に消えていき、星々が燦然(さんぜん)(ひし)めく夜空になった。


 それから夏の間は、境内の賽銭箱の前でしーちゃんを待った。「また会えるよ」の言葉を信じて待ち続けた。けれどもしーちゃんは、あの日以来姿を見せてはくれなかった。






「てっきり私のことなんて忘れてるんだとばかり思ってたわ」


 霊夢は悪態を吐くように白蓮に言った。白蓮は申し訳なさそうに目を伏せて、首を横に振る。


「忘れたことなんて一度たりともないわ。私はあの日、あなたに救われたのだから。だけどごめんなさい。行けなかったのには理由があったの」


「理由?」


「弟の死因が不自然なものでね。それを調べるために四方八方に行って、いろんな人から話しを聞いていたのよ。


 すると、あることがわかった」


 白蓮は一度深呼吸をすると、奥歯をギリッと噛んだ。


「弟はね、企業の魔術試験の実験台になってたのよ」

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