知人
紅魔館についた二人は、いそいそと咲夜の寝室に向かい。着替えを始めた。
「霊夢はこれ着なさい」
咲夜が手渡したのは白いブラウスに黒のチノパンだった。
「動きやすい方がいいでしょ?」
「そりゃあね」
咲夜自身も同じような服を取り出し、藍色のネクタイを引っ張り出した。
「ちゃっちゃと着替えちゃいなさい」
「へーい」
霊夢は脱いだ服をベットに放り投げ、咲夜に渡された服を着る。咲夜は丁寧にハンガーにかけ、服を着てネクタイを絞める。
「服くらい畳みなさいよ」
「はいはい。わかったわよ」
まるで母親に注意された子供のような対応をして、面倒臭そうに畳もうとしたら。
「あれ?」
いつの間にか霊夢の服は畳まれていた。
妙な光景に霊夢は少しの間呆然としていたが、何かを理解したように何度か頷くと、咲夜の方に振り返る。
「咲夜。時間止めて畳んでくれたの? ありがとう」
「はぁ? なんで私が態々そんなことしなくちゃいけないのよ」
ドレッサーに向かったまま答える咲夜。ネクタイの結び目が気に入らないのか、何度か結び直している。
「えっ? でも、咲夜じゃなかったら誰が……」
すると、先程服を取り出したクローゼットが急に開いた。
霊夢と咲夜は音がしたので振り向いて見ると、そこには誰もいない。
「……」
「……」
互いにアイコンタクトをして自分ではないことを告げる。その瞬間二人は気配を部屋中に張り巡らせた。
二人の見解はこうだ。この部屋に私たち以外の誰かがいる。
精神作用系統の能力者? となると霊夢とは相性が悪いわね。
咲夜は冷や汗を垂らす。霊夢は単純で楽天的な性格故か、催眠術や五感に直接働きかける能力の類いに引っ掛かりやすいらしい。以前自分で言っていたが、中級妖怪に操られたけど魔理沙が助けてくれたと。
恐らくこれは認識を操るタイプの異能だろう。なら感覚に頼った方法では無意味か。なら、霊力を感知する方法はどうだろう? 霊力の痕跡を辿れば、見つけられるか?
モノは試しと、咲夜はクローゼットに残されているかもしれない霊力の糸を探ってみることにした。
集中して探ってみると、本当に僅かに粒子程度の霊力が残っていた。咲夜はそれを慎重に辿っていく。すると霊夢以外の霊力が微量だが漏れていた。それも、霊夢のすぐ後ろに。
「れい―――」
「霊夢!!」
「どわっ!」
咲夜が促すよりも前に、その微量霊力の物体が霊夢に飛び付いた。後ろからおぶさるように飛び付いたそれは姿を表し、霊夢は条件反射からなのか、首根っこを掴み咲夜のベットに放り投げた。
「きゃん」
ベットに俯せに倒れる少女。癖のある灰色のセミロングに、フリルのついたクリーム色のシャツ、緑のスカートに白いニーソックスを穿いていた。
「いった~」
起き上がり、オデコを擦りながらこちらに振り返る。オレンジと黄色を混ぜたようなレンズをした色眼鏡をしていて、目が固く閉じられていた。
「酷いよ霊夢」
「こいし?」
こいしと呼ばれた少女は元気よくベットから跳ね起き、霊夢の目の前に降りた。
「久し振り、霊夢」
満面の笑みに霊夢は頬が緩む。
「霊夢。知り合い?」
咲夜の問いに霊夢は苦笑いしながら、いちよう、と答えた。
「昔からなぜか私の家に来るのよ。来たところで何もすることはないんだけどね」
「そもそも、私が話かけるまで気づかないし」
こいしに言われ、霊夢はばつが悪そうな顔をする。
「……さっきのは感覚操作の類い?」
「そうだよ」
咲夜の問いにこいしは頷いた。こいしの能力は意識操作。つまり、認識を操る能力なのだ。例えば、先程のようにこいしから周りの認識をなくせば、あたかもこいしが消えたようになるし。霊夢に対する周りの認識を強くすれば、その時だけ霊夢の認知度があがる。ただし認識されない場合は、派手な行為や、叫ぶといった周りを否応なしに意識させる行為をすると、能力がとけて認識されてしまう。勿論誰かに触ったり触られたりしても認識されてしまう。
「とまあ、こんな感じかな」
「認識を操る。暗躍や潜入には持ってこいの能力ね」
そこまで言って咲夜は腕を組んで考え始めた。ほんの少しの時間が流れ、咲夜は一度こいしを見る。こいしは首を傾げて、咲夜に問いかけた。
「なに?」
咲夜は何かを決心したように一度頷くと、口を開いた。
「古明地さん」
「こいしでいいよ」
「……こいしさん」
「さんはいらないよ?」
こいしの言動に咲夜は少しイラついたが、息を一つ吐くことで気持ちを整える。
「……こいし。率直に言うわ」
「何?」
「私たちと一緒に星蓮船に乗り込んでくれないかしら?」
その発言に霊夢は驚いたが、同時に納得もした。
こいしの能力を使えば、星蓮船の連中に怪しまれることなく早苗の救出を行える。認識を弄ってしまえば、疑問に思うこともなくなるだろうから、これは大いに助かったと言える。
むしろこいしさえいれば、私たちがいらないかもね。それくらい今回の依頼には相性がいい。こりゃあ、思ったより早く終わるかも。
霊夢も表情には出さなかったが、内心でこいしにも参加して欲しいと思った。当のこいしは業とらしく悩むと、ニッコリと笑い頷いた。
「いいよ。なんだか面白そうだし」
「頼んどいてなんだけど、星蓮船よ? 本当にいいの?」
咲夜の念押しにこいしはあっけらかんと笑い「平気平気」と言った。
「星蓮船のことは知ってるけど、私からしたらどこも同じようなものだから。それに霊夢のことも心配だしね」
「あんたに心配されるほど弱かないわよ」
「でも、私よりは弱いじゃん」
「……それはね」
霊夢より強いって。この子そんな風には見えないのに……人は見た目にはよらないのか。
咲夜は感心していると、ふと思い出したようにクローゼットから服を取り出した。
「これ着なさい」
「何これ?」
咲夜がこいしに渡したのは、いわゆるゴシックロリータだった。
「なんで咲夜の部屋にこんなものが」
霊夢の問いに咲夜はばつが悪そうに俯き、照れながら答える。
「以前お嬢様用に買っておいたんだけど、渡す機会がなくてしまってたの」
「てことは、これはそのお嬢様サイズってこと?」
こいしは服を目一杯広げて自分に合わせる。見た目的には問題はなさそうに見える。
「まあそうだけど、着てみたら? あなたなら、もしかしたら合うかもしれないし」
促されるままこいしは服を脱ぎ散らかしロリータを着た。
「ん~。丈的には問題ないけど……胸が少し苦しいかな」
「こいしって見た目よりあるのね」
「私も言ってみたいわ、あんなこと」
霊夢は興味深そうにこいしをジロジロ見るが、咲夜は自分の胸に手を当ててなぜか肩を落とした。
「でも、とりあえずは平気」
「ならいいわ。じゃあこいしも入ったことだし、私たちの目的をもう一度確認しましょうか」
「「は~い」」
「まず、星蓮船はこの湖の端に停泊するらしい。時間は現時刻からあと……あら、もう七分後ね。それで潜入してからの目的は早苗の奪還。あと、これは私の勝手な考えではあるんだけど、星蓮船の状態も把握して起きたい。もしまたテロが起こるのならば、企業側である私たちは一戦交えるかもしれない」
「つまり、先に手を打っておくってことね」
霊夢の確認に咲夜は頷く。
「それで潜入してからなんだけど、奪還の方は全面的にこいしに任せたいと思うのだけど、いいかしら?」
「いいよ」
「ありがとう。先に潜入してる私の同僚がいるから、場所の確認は合流してからにしましょう。情報の収集は私がやるは。そうゆうのは慣れてるから」
「……あの、私は?」
とりあえず何の役割を振られていない霊夢は、自分を指差して咲夜に訪ねた。
「霊夢は私の護衛かな? もし戦闘になって、私一人で対峙できない奴がいたなら、霊夢に戦って欲しい」
「任せなさい。どんな奴が来ても捻り潰してやるわ」
「なんだか霊夢が言うと洒落にならないわね」
「えっ?」
「まあ、これからさらに詳しいことは中に入ってからね。たぶんそろそろ」
そう言って咲夜が窓の外に注目すると、こいしが窓に駆け寄った。
「お~。あれか~。すご」
窓を覗くこいしは感嘆声を出す。霊夢も咲夜も窓を覗きこいしの見ている方向を見る。そこには大きな船が紅魔館に迫っていた。
「あれが……星の蓮」
「本当に船なのね」
霊夢と咲夜は驚き、マジマジと見つめる。星の蓮は水着し、大きな水飛沫をあげて水上を速度を緩めながら進んでいく。星の蓮は湖を一周すると、紅魔館とは反対側の湖畔に停泊した。
「さっ! さっ! さっ! 咲夜さぁぁぁぁぁん!!」
すると咲夜の部屋に美鈴が飛び込んで来る。
「なんか湖に見知らぬ船がぁぁぁぁぁぁ!!!」
「わかってるから」
大慌ての美鈴があわあわと入って来たので、咲夜はとりあえず顔を殴って黙らせる。
「咲夜さん……酷いです」
「あんた頑丈なんだから、私の手の方が痛いわよ」
なんとか大人しくなった美鈴に事情の一端を説明して、パチュリーやレミリアに問題がないことを伝言するように伝えた。
「わかりました。でも、咲夜さんたちだけで大丈夫ですか? 仮にもテロ組織ですよね」
「まあ大丈夫よ。霊夢もいるし」
そう言って咲夜は霊夢を見ると、いまだにこいしと一緒になって星の蓮を観察していた。
「大丈夫よ」
「とても説得力に欠けますが、私に勝った人ですもんね。強さはわかってます」
「そうゆうこと。ああ見えて霊夢は強い。だから大丈夫」
美鈴はクスリと笑うと。踵を返してドアに向かった。
「なら、お任せします。お三方にはちゃんと伝えますので」
「お願い」
扉が閉まると、ウズウズしている霊夢とこいしが咲夜をジーッと見ていた。咲夜は気が抜けたように鼻で息を吐くと、携帯を取り出した。
「いちよう、連絡がきてから潜入ね。でも、近くまで行きましょうか」
「行くわよこいし!」
「合点承知!」
霊夢はこいしを抱きかかえながら部屋を飛び出して行った。咲夜はそれを急いで追いかけながら。
「勝手に殴り込みしないでよ!?」
再度霊夢たちに釘を刺した。




