宵闇の妖怪
霊夢は先行して館を目指し、道中の森の上を悠々と飛んでいた。
「最近ここら辺、妖怪たちが寄り付かなくなったわね」
以前、霊夢がまだ十歳だった時はこの森は小物から中級までの妖怪がわんさかいたものだ。しかし近ごろはどうゆう訳か、まったく妖怪を見なくなった。最初は共食いかと思いもしたが、痕跡が一切ないためその線はないものと判断した。じゃあ原因はなんだと言われたら、よくわからないと答えるしかない。
霊夢自身も理解はしていないのだ。そもそも妖怪退治も生活費を稼ぐためにやっているだけで、妖怪そのものに詳しい訳ではないのだ。生態系なんて自分とってはどうでもいい対象でしかない。
だからこそ考えることをしなかった。ここに妖怪がいないなら、別の狩場にいけばいいだけの話だから。
「でも……動物の気配がないのはなんだか怪しいわね」
妖怪がいなくなったのはどうでもいい。しかし生物の気配がないのは頂けない。生命がいなくなった場所には何かある、いなくなるだけの何かが。
そう言えばこの森。人食いの妖怪が出るとかなんとか、人里の奴等が言ってたわね。
思い返しながら飛行は続ける。今の目的は異変解決なので止まって調べるなんて善良なことはやらない。寧ろやりたくない。
まあその妖怪に報酬がかかってれば話は別だけどね。
そう思った瞬間に、霧の縫い目から漏れる月明かりがなくなった。
「……何?」
「まさかこんな形で会うとはね」
霊夢の斜め上の方から声が聞こえ、霊夢は見上げる。そこにいたのは金色のショートヘヤーに赤いリボン、シャツに黒のベスト、赤いスカーフを巻き膝下まである黒のスカートを履いていた。身長は小学生くらいの少女だった。
「……誰?」
霊夢が訝しげな顔で訪ねると、少女は八重歯を剥き出して破顔し両腕を広げて十字架の形をとる。
「相手に名前を聞くときは、まず自分から名乗るべきじゃない?」
「それもそうね。私の名前は博麗霊夢。今代の博麗の巫女よ」
「私はルーミア。先代の博麗の巫女に世話になった妖怪よ」
先代に? あの人が妖怪を生かしてるなんて、どうゆうこと?
「まああの時は私が封印される形で敗北したんだけどね。力では僅に私が上だったかな」
歴代最強と言われる先代巫女より強いなんて、こいつ化物ね。
そんなこと思っても霊夢は動揺することはない。寧ろいつも通りどうでもいいと思っている。
「でもこの封印も少しづつだけど解けてきててね。今は力の半分くらいは使えるよ」
ルーミアはリボンを指差して霊夢に言う。霊夢はリボンを注目して見ていると、確かに封印術式が施されているのがわかった。しかもかなり強力な神霊封印だ。これは普段暴走した神を抑えるために使う術で、妖怪に使うことはないに等しい。つまりこの妖怪は神レベルの力を持っているとゆうことになる。
「……本気で化物なのね、あなた」
「といっても、今はただの妖怪だよ」
ルーミアは自嘲するように笑い両腕を下ろした。
「それでも……お前よりは強いかもよ」
漏れる霊力は桁外れで大妖怪レベルのものだった。これで半分なのだから恐れ入る。
しかしそれを見せられても霊夢は表情を変えない。いつもと変わらない無愛想な表情だ。
「殺る気満々ね。私としては面倒はごめんだけど、あんたの緩んだ封印は見過ごせないから、今この場で再封印してあげるわ」
袖から札を三枚ほど取り出してルーミアに向けて投げる。札は意思を持つように不規則な軌道を描きながら、ルーミアに迫っていく。
ルーミアは手を前に翳すと、闇が実態をなしルーミアの手に黒い炎のように纏う。それが鞭のように動き札を破っていく。
「私の能力を見ようとしてるね。そんなことしなくても聞けば教えてあげたよ。
私の能力は闇を扱う程度の能力。闇こそが私の力そのものだ」
闇か……つまりここら辺一帯はあいつのテリトリー。厄介ね。それに、実力差がかなりあるみたいね。さっきの札は上級妖怪でも大ダメージを負うくらいの威力はあったんだけど、それをいともあっさり粉砕してくれちゃったからね。
霊夢は直感的に感じた。このルーミアとかいう妖怪は、私より遥かに強いと、出し惜しみしては勝てないと。
まさかこんな序盤で奥義を使うはめになるとはね。
霊夢は溜め息を吐くと、闇をその身に纏うルーミアを見た。そして目を瞑る。
「夢想天生」
霊夢がそう呟くと、服が緋色の炎になったように燃え上がった。徐々に炎が抑えられていき、最後には火の粉が散るだけになった。
目を見開くと、栗色だった瞳が紅く染まっている。
「夢想天生。懐かしいわね」
ルーミアはそう呟くと、何かを疑問に思ったのかまじまじと霊夢を見た。
「阿修羅じゃないわよね? とゆうことは、あなたと先代とは夢想天生が違うのね。その紅の瞳意外は」
そう言われても霊夢にはわからない。先代の巫女は霊夢がもの心がつく前に死んでしまったし、戦闘に連れ出されたことは一度しかないのだ。しかも相手は中級妖怪だったし。覚えていることと言えば、妖怪相手に容赦のない性格くらいか。
「まあ夢想天生は人によって性質が変わるからね。私の場合は纏う系統になるわ」
「そうか……でも親の血かね」
「……どうゆうこと?」
霊夢はルーミアに訪ねるも、ルーミアは「さあね?」と流した。
「それが知りたければ、まずは私を倒すことね」
ルーミアは両手を霊夢に向けて翳す。
「ムーンライトレイ!」
光のレーザーが霊夢に向けて放たれる。霊夢はそれを紙一重で躱しルーミアに特攻をしかける。
しかしルーミアはそのレーザーを振り回し霊夢に追撃を加えようとする。だが霊夢も反応してレーザーを避ける。
レーザーが終息するとまたレーザーを放つ。攻撃の隙をあたえないように追撃を加えていく。しかし霊夢はいとも容易くレーザーを掻い潜りルーミアに接近し、腹に拳を捩じ込んだ。
「がっ!」
そこから上に飛ばされたと思ったら踵落としが背中に決まる。地面に叩きつけられ地盤に罅が入る。
そうか。霊夢の夢想天生は身体能力を上げる衣を纏うのか。
拳を受けて始めてわかる、今の霊夢は岩をも砕く力はあるだろう。いくら大妖怪レベルのルーミアといえど、これほどの力で殴られれば一溜まりもない。骨は何本か折れるだろう。
「とどめ!」
霊夢はそこから追撃するようにまた踵落としをしようとしたが、ルーミアの闇に足を捕まれ止められる。捕まれたと同時に靴下が溶けていく。
「嘗めるなよ。霊夢」
そのまま振り回され木に叩きつけられる。衝撃で木は倒れた。
「ぐっ!」
闇は霊夢の足を離しルーミアの回りに戻っていく。
「あれくらいでとどめを刺せると思わないことね」
口許から流れている血に気にすることなく、ルーミアは静かに笑った。
霊夢は俯せから起き上がろうと両手で地面を押す。頭から流れる血を無視してルーミアを睨みつける。
「やってくれるわね。まだ異変の“い”の字も見えてないこの状況で怪我をするとは、思ってもみなかったわ」
「世の中何が起こるかわからないものよ」
「肝に命じておくわ」
霊夢は血を拭いまたルーミアに特攻をしかける。しかしルーミアの闇はそれを阻み霊夢の攻撃は通らない。しかもそれだけではない。
「くっ」
ルーミアの闇は強烈な酸の効果があり皮膚が焼ける。拳や足から血が滴り、霊夢は一旦ルーミアから間合いを開ける。
「無駄さ。ダークサイドオブザムーン」
足下からの闇が霊夢を包み服や体を溶かしていく。
「今敗けを認めるなら闇を解いてもいいけど、どうする?」
既にルーミアは勝ちを確証している部分がある。今は全力で力を使うことはできないが、相手を殺すことくらいはできる。だからこそのこの発言だが、実はこの時ルーミアは余裕ぶってる暇はなかったのだ。
「……しゃらくさいわね」
闇の中から声が聞こえると、内側から光が漏れた。次の瞬間闇が弾け飛ぶ。
「なっ!?」
そしてそこには霊夢はいなかった。
「どこに?」
「博麗式封印術」
上空から声が聞こえルーミアは上を見上げる。そこには両手を合わせて、合掌している霊夢がいた。いつのまにか夢想天生をといていて服装が元に戻っている。
「まさか」
ルーミアを中心にいつのまにか札が回りに浮いていて紅く輝いている。それを見てルーミアは苦虫を噛み潰したような顔をし、闇で札を破ろうてするが。
「羽織封印!」
霊夢が一歩早く術を完成させ封印術を発動させる。ルーミアのリボンは封印術に反応して緋色の文字が浮かんでくる。欠けた文字や霞んだ文字が修復されていき、やがて一つの術式が復元された。
「うっ! があああぁぁぁ!!!」
霊夢は体感したことはないが、力を封印されるのは体に相当な苦痛をあたえるらしい。それも力が強ければ強いほど痛みも強くなっていくのだそうだ。
今ルーミアは大妖怪レベルから低級妖怪レベルまで力を制御されている状態だ。それはそうとうな苦痛だろう。しかし、最初よりはましだろ、と霊夢は思わざるおえなかった。
神に等しいレベルの力を低級まで制御されるのだ、痛みで死ななかっただけましだとゆうものだ。
文字が光を失い、ルーミアのリボンは普通のリボンに戻る。消えたと同時にルーミアは両膝をついて横向きに倒れる。
「……これで再封印は完了」
霊夢はルーミアに近づき顔を覗き込む。辛い顔して気を失っていた。霊夢はルーミアの顔にかかった髪を避けてあげて頭を撫でる。
「でも……あの人のことは、わからずじまいね」
封印を確認して、霊夢は館を目指して飛び立った。
霊夢が飛び立って数分が過ぎ、ルーミアは意識を取り戻した。
「うっ……」
リボンがされている側の頭を押さえて当たりを見渡す。いつもと変わらない森が広がっていた。
「あの時と一緒か……」
ルーミアは立ち上がり、リボンに触れる。ほどこうと結び目に手をかけてみるが、まるで時でも止まってるみたいに固く、ほどくことも動かすこともできなかった。
「お前んとこの娘は、なかなかに優秀ね。それにあの夢想天生……血は争えないわ」
空を仰ぎ、いまだに霧がかかっているを空を見つめた。
「ね、霊華」