雪桜
「……どうゆうことだよ。私が春を吸収してる?」
本当に何も覚えていないのか。無意識なのか。それとも最初からなのか。どちらにしろこいつは自覚はないみたいだな。
狼狽している西行妖に、魔理沙は少しだけ哀れみを覚えた。
この異変の元凶は間違いなくこいつだ。そして協力していたのはあの少女だろう。こいつの体を維持するために春を具現させて吸収させた。それなのに、何も理解してないんだな。
「そのまんまだよ。お前は生命力を食らって生きてる妖怪だ。恐らく。幽々子とのリンクが切れたからじゃないのか? でなきゃ別のエネルギー源を求めることはないはずだ」
どうゆう経緯があったのか知らないが、幽々子が死んだってゆう話は事実だったみたいだな。西行妖の存在そのものが、幽々子の死を証明している。
「まっ、そんなの関係ないけど」
「えっ?」
魔理沙は八卦炉を桜に向けて構え、魔力を最大限に溜める。
「何を!」
「お前が幽々子だろうが妖怪だろうが関係ねぇよ。春のエネルギーを吸収してんのがお前なら、お前を消せば春が戻ってくるだろ」
そい言って、今まさに撃とうとしたその時。
「待ってください!」
後ろの方から声をかけられ、魔理沙は撃つのをやめてその方に振り向く。そこにいたのはボロボロになった銀髪の少女、妖夢と。同じくボロボロの咲夜がいた。
「咲夜、それにあんたは」
「その子を、消さないでください」
泣きそいになりながら頭を下げる妖夢に面食らい、魔理沙は少したじろぐ。しかし理由もなしに頼まれても、魔理沙はハイとは頷かない。そもそもそんなんで頷く人間なんてこの世にはいないだろう。
「訳を言えよ。何も無しじゃ説得にもなってない。それに、あいつのことも放置はしておきたくない」
西行妖を顎で示して妖夢に教える。今は呆然としているが、いつまたやるきになるかわかったもんじゃない。
「……なら私が見張っておくわ。それならいいでしょ?」
咲夜が見張りをかって出てくれたが、それ以前に疑問がある。
「……なんでなんだ? 咲夜ほどやつが、情にでも流されたのか?」
こいつは仕事なら、冷血に、冷徹に、仕事をこなしていくやつだと思っていたが……私の思い違いだったか。
「情なんてもの、この子にかけるわけないじゃない。ただ、殺すには惜しい人材なのはたしかだからね。まずは話だけでも聞いてあげなさい」
それだけ言って咲夜は西行妖のもとに歩みより、縄で手首を縛り連れてきた。
「……それで? なんだってんだよ」
「はい……全ては、私から話ます―――」
ことの発端は、幽々子様が亡くなられたことでした。主を失い途方に暮れていた私たち従者は、一つの問題を抱えました。それは、幽々子様の遺書です。
幽々子様の遺書には、こう綴られていました。
『私が死んだら、桜の木を解放してあげて』
正直な話、意味が汲み取れなかったのです。昔から、幽々子様と西行妖には深い繋がりがあることは皆知っていました。極希にですが、幽々子様自身が桜の声がすると仰っていたこともあり、尚且つ幽々子様の体調に呼応するかのように、西行妖は花を散らせたり咲かせたりしていましたから。ですがそれだけで、本当に詳しいことは私たちには伝えていなかったのです。
頭を抱えた私たちは、苦悩する日々が続きました。その時です、以前より幽々子様と繋がりがあった、紫とゆう女の子が現れてある真実を教えてくれたのです。
『幽々子は西行妖の満開を望んでいるんだよ』
それを聞いて納得がいきました。西行妖が枯れ始めた時から幽々子様はもの寂しげで、毎日のように桜の満開が見たいと言っていたからです。きっとそのことが幽々子様の願いだと思った私たちは、桜を咲かせる方法を探しました。
ですが見つからなかったのです。
見つからない苛立ちや辛さ、主がいないことに対する不安から、多くの従者が屋敷を去りました。最終的残ったのは……私で最後でした。
諦めきれなかったのです。幽々子様の最後の言葉を実現するために、どうしても桜を咲かせたかったのです。
そして弥生の中頃。ある人が屋敷を訪れたのです。
ブロンドの短い髪に赤いカチューシャをした、青いドレスのようなワンピースを着た女性でした。その女性は名前を名乗りませんでしたが、桜を咲かせるためのある方法を教えてくれたのです。
それが、春を使った開花です―――
「春を使った開花か。………ブロンドの……短い髪」
魔理沙は何かが引っ掛かるようで、妖夢たちには聞こえないように女性の特徴を呟いた。
「そうです。ですが、それにはある間違いがありました」
話を続ける妖夢は苦虫を噛んだような顔をして、西行妖を見た。
「西行妖は開花せず、幽々子様の姿をした西行妖が現れたのです。偶発的ものでした。それから西行妖は春のエネルギーを手当たり次第吸収するようになったのです。それからは、皆さんの知る通りです」
そうか。ことの事情はわかった。しかしわからないことがある。
「一つ聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「なんでお前は春を具現化した結晶を持っていて、尚且つ私たちの邪魔をしたんだ」
私はこいつを協力者だと踏んでいたが、今の話だと違うみたいな感じだ。
「……私が春を集めていたのは、西行妖に春を吸収させるためではありません。これ以上無闇に春を吸収するのを防いでいたんです。あなたたちを邪魔したのは、味方かどうかわからなかったのもありましたが、はっきり言えば不安でどうにかしていたのもあります。すいませんでした」
妖夢の素直な謝罪に、魔理沙は毒気が抜けた。もっと追求してやるつもりでいたが、頭の後ろをかいて溜め息を吐き、何も言わなかった。
「……ですが結局、私は何一つなす事ができなかった。西行妖は咲かずかつ傷つき、幽々子様の生きた証を……殺してしまった」
「……」
咲夜は悲しそうにしているが、だがけして顔には表情をださない。
主をもつ従者だからこそわかることがある。先程やりあった時に言っていた、幽々子は死なないと言ったあの言葉。恐らくそれは幽々子の意志は生き続けるとゆう意味だったのだろう。咲夜とて、もしレミリアの身になにかが起こり、この世を去ることがあったなら。彼女の生きた証や、意思を、生かし続けるために奮闘するだろう。
もしかしたら起こりうるかもしれないことに、咲夜は胸を痛めた。素直に妖夢に同情もした。おそらくこの感覚は、大切な人がいる人にしかわからないものだろう。だけど私情は仕事には禁物だ。感情に任せたことをすれば、必ず判断が鈍る。だからこそ咲夜は冷静を貫くのだ、どんな時でも。
「……西行妖はどうなるんだ?」
魔理沙の問いに妖夢は首を横に振る。
「わかりません。大量の春を吸収したので、それを放出すればどうにかなると思うのですが」
「……あとは、西行妖次第か」
三人は西行妖を見る。妖夢の話を聞いて状況が掴めたのか、とても浮かない顔をしていた。それもそのはず、自分が目的の障害になっているのだから。それも以前に一心同体だった、幽々子の最後の願いのための。
「……そうだったんだな。私は以前の記憶がないから、幽々子のことを情報でしか覚えていないんだ。だけど、どんなやつだったかは覚えてる」
今でも頭の中に響く声があるんだ。とても優しくて、温かくて、安心する声が。きっとそれが幽々子なんだ。
いつの間にか涙を流していた。自分の中にあるなにかが共鳴して、心が泣きわめいているのだ。
「……西行妖」
妖夢は嬉しそうに目に涙を溜めていた。きっと幽々子のことを覚えていたことが嬉しいのだろう。
私は記憶なんてないし、自分が生まれた意味なんて考えたことなんてないけど、でもやるべきことだけはわかった気がする。
「縄を解いてくれ」
西行妖の頼みに咲夜は応じ、ナイフで縄を切る。西行妖は涙を脱ぐい立ち上がり、妖夢を真っ直ぐに見つめた。
「幽々子は確かに言ったんだよな、桜が見たかったって」
その問いかけに、妖夢は頷く。
「なら咲かせなきゃいけないんだ」
西行妖は桜に向き直り、一呼吸する。すると体が桜色に輝きだし、光る桜の花びらが西行妖の体から舞い散り始めた。
「……」
三人はそれを静かに見つめていた。驚くでもなく、悲しむでもなく、ただ静かに、覚悟を決めた彼女を見つめていた。
ああ……今ならわかるよ。幽々子が生まれてから死ぬまで、何を言って、何を感じて、何を思って生きてきたのかがわかる。そしてそんな幽々子を見続けていた私の気持ちもわかる。なんで今まで忘れていたんだろう。大切な……大切な友達のことを。
もう一度咲いてくれるかしら。
咲よ、もう一度。よく見ててね。最初で最後の、私からの贈り物。本当は生きてる間に見せたかったけど、ごめんね。私のせいでこんなことになって。だけど約束は守るから、許してね。
彼女の体が花びらとして散った。すると桜が輝きだしみるみる花が咲き始め、光り輝く花弁が枝の隅々まで咲き誇った。
その花びらは、まるで桜色の雪のようだった。
「……終わったな」
「そうね」
魔理沙は縁側に腰かけて、咲夜はその隣に腰かけた。妖夢はとゆうと、まだ桜の前に立っている。
「ほとんど偶然みたいな異変だったな」
「けれど、気になることはあった」
咲夜の気になることとゆうのは恐らく紫とゆう女の子と、ブロンドの女性のことだろう。ちなみに魔理沙もそこに引っ掛かりは感じていた。だが今は情報が少なすぎる。
「帰ったら調べないといけないかもな」
「そうね」
まったく。休む暇がないぜ。
二人して溜め息を吐くと、顔を見合わせた。
「……そう言えば」
「……なんか忘れて」
「―――りさーーー!!!」
上から声が聞こえたと思い魔理沙と咲夜は空を見上げる。するとそこから姿を表したのは霊夢だった。
「魔理沙!」
「霊夢? どうしたんだそんなに慌てて」
霊夢の様子は明らかに焦っていて、息はきらしていないにしても深刻そうなのはわかった。
魔理沙の顔を見るやいなや安堵の溜め息を吐く。
「よかった~、なんもなくて」
「何があったんだ?」
霊夢がこれだけ慌てるのは希なことだ、たいがい冷静に様々なことを処理する霊夢は、慌てる姿を見せたことがない。
「……実は―――」
霊夢が語りだした内容は、なかなかに二人には興味深い内容だった。紫とゆう少女が現れ、その少女の凄さや威圧感なんかを話の節々に感じた。
霊夢がこれほどまでに取り乱す相手なのか。魔理沙は少しだけ会いたいとも思ったが、ごめん被りたいとも思った。
霊夢の話が終わると、魔理沙と咲夜はこちらの経緯を話た。幽々子のこと、西行妖のこと、異変のこと。
「……ふ~んなるほどね、そうゆうことだったのか」
そう言うと、調度妖夢が三人のもとに戻ってきた。
「あんた家に来ない?」
「はぁ!?」
霊夢の唐突な誘いに妖夢は状況が読めずに慌てふためく。
「あんた使える主いないんでしょ? だったらこの家にいる意味もないわよね? なら家に来なさい」
どうゆう理屈なのかわからなかったが、霊夢なりに気を使っているのだろう。妖夢にもそれはわかった。
「折角の誘いですがすいません。私はもう、次に使えるべき主を決めたんです」
そう言って咲夜の前に来て、膝立ちになる。
「咲夜さん。私をあなたの従者として、使えさせてください」
「えっ!?」
予想外なことに咲夜慌てふためいた。
「私を負かしたあなたになら、この剣を捧げます」
「えっと……従者は困るから、部下としてなら雇えるわよ?」
そうゆう問題か!?
二人は内心でツッコンだ。
「ありがとうございます」
そして、妖夢は紅魔館で雇うことになったのだった。
「急展開過ぎるけど、まいっか」
二人は顔を見合わせて笑ったのだった。
これにて妖々夢編は終わりです!
次回から星蓮船編始動します!




