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東方幻想語  作者: みずたつ(滝皐)
妖々夢
15/41

西行寺幽々子

 如月の中頃。白玉楼縁側。庭は連日の雪で真っ白に化粧され、一本だけ植えられた大きな桜の木にも雪が積もり、幻想的な景色を醸し出している。


「……もう、長くないかしら」


 灯籠に照らされた桜の木の枯れ具合を見て、主である私、西行寺幽々子は呟く。


 縁側に正座して桜の木を見ている。いつからこうしているのかわからないくらい、ただただ見ていた。寒さのせいで指先の感覚は薄れ、鼻の頭が赤くなっているのがわかる。


 西行妖。一年中通して咲いていた桜の木は今や見る影もないくらい枯れ果てている。


「もう、あなたの花を見ることはできないわね」


 悲しみや憂いとゆう気持ちがあるが、それがわからないくらい無機質な声だった。最近では感情が氷ついてしまったんじゃないかと思うくらい、起伏の激しさがなくなった。元々はこんな性格ではなかったと思うが、もう昔の自分を思い出すことができない。


「そんなとこにいると、風邪をひくよ?」


 いつの間にか隣に立っていたのは、金色のセミロングの髪に濃い緑のトレンチコート、黒のチノパンを履いている少女、紫がいた。見た目にそぐわない立ち振舞いと考え方をする不思議な少女。いったい本当の年齢はいくつなんだと問いたくなる。


「こんな時間にどんな用ですか?」


 私が訪ねると、紫は胡座になりながら答える。


「特に用はないんだ。もう君を説得することはできないみたいだからね」


「よくわかってますね」


 この人はここ一月半くらいに、毎日のように私のもとに足を運んだ、あることの説得のために。だが私は断り続けた。話を聞いては断る、それを繰り返した。だけどこの人は諦めなかったのだ、断られるのは知っていることなのに。


「知っていても説得するさ。それが私の仕事だからね」


「相変わらず気持ち悪いですね。その力」


「しかたない。私はなんでも知っているんだから」


 なんでも知っている。この言葉に偽りがないのが気色悪い。気味が悪い。気持ち悪い。こんな言葉では足りないくらい嫌悪感を抱く。


「すまないな。これは私自身が望んだ結果ではなく、世界から望まれたことなんだ。だから君が嫌悪感を抱いたとしても、私には何もできない」


「……そうですね。だったら何も言わずに私の気持ちを察してあげてください」


 もう気持ちを内に秘めているのが馬鹿馬鹿しくなり、本音の全てをぶつけることにした。


「そうだな。今度からはどうにかしてみよう。だがあまり期待しないでくれよ?」


 優しく笑う紫を見ると、やはり年相応で可愛らしいと思える。こんな性格じゃなければ。


「それで、本当は何の用で来たんですか?」


 本題を切り出そうとしたら紫は露骨に嫌な顔をする。


「いい加減敬語は止めてくれ。君の方が今は年上なんだからいつも通りで構わない」


 そう言えばこないだあった時も同じことを言っていた気がするな。


「そうね。最後くらいフレンドリーにしてあげるわよ」


 少し肩の荷が降りた気がした。いつも紫と対峙するときは気を使っていたので、緊張がとけて少しだけ楽になったのだろう。


「それくらいが私たちの間には調度いいだろ?」


 誇らしげに言う紫に呆れる。何をどうしたらこの距離感なんだ? と言いたいが、自分が案外嫌いな距離感ではないことが不思議だった。いつの間にか私は、こいつに心を許し始めている。


「それで? 本当に何の用なの?」


 また同じことを語調を崩して聞く。紫は少し罰が悪そうに頭の後ろをかくと、私の顔をジッと見た。


「……何?」


「知ってると思うけど、君の病状のことだ」


「なんだ、そんな話か」


 えらく言い難そうにしてるから、もっと重大なことだと思った。


「重大なことだよ」


「……心の流れを知っているからだけど、知られてるこちらとしては嫌なのよ?」


「すまない、こればかりは言わせて欲しい。君が死ぬことは、この世界を螺曲げるには充分な要素なんだ」


「……どうゆうことよ?」


 私は能力のせいで、自分が普通ではないことはわかっている。だがそれほど特別な存在であるとは思っていない。


「君の死をきっかけに、物語は動き出すんだ。君が死ななければ、恐らく私はこんな考えを起こさないだろう」


「何のことかわからないけど、私が死ぬことは必然よ? 明日には私は死んでいる」


 これは予言ではなく確証だ。それだけは、私は知っているんだ。


「君が明日死ぬことはわかっているよ。西行妖も、もう一輪も残っていないしな」


「知っての通り、私と西行妖は生命がリンクしている。西行妖が弱れば私も弱るし、私が衰弱すれば西行妖も衰弱する」


「ああ、その通りだよ。だけどそれは間違いだ幽々子。君と西行妖は生命がリンクしてはいない」


「え?」


「君は、西行妖から一方的に生命エネルギーを奪われているんだ」


 衝撃の事実に私の思考は停止した。そして、受け入れがたい事実に首を横に振る。


「嘘よ」


「嘘じゃない」


「だって私が弱まれば西行妖も弱まるのよ?」


「君から貰えるエネルギーが少ないから西行妖も弱まるんだ」


「じゃあその逆はなんだってゆうのよ!」


「西行妖が弱れば必然と吸収する量が増える。だからお前も衰弱していくんだよ」


「……信じられないわよそんなの」


 狼狽する私に、紫は優しく諭すように告げる。


「……それが真実だ。だからこれは、今までとは別の相談だ」


「……何?」


「君には、今すぐに死んで欲しいんだ」


 衝撃の言葉に私は目を見開く。確かに私は明日死ぬ。だが、それでも今日一日は生きていたい。最後の時を共に過ごしたい人達がいるのだ。


「……それは―――」


「わかってる。無理は承知だ」


 全てを知っている紫には、私が何を言うのかわかっていたはず。それなのに、いつもと同じように頼み込むのか。諦め悪く頭を下げるのか。


「……知ってるくせに、何でそんなに真っ直ぐなの?」


 純粋な疑問。普通悪い答えがわかっていれば、諦めたり、投げ槍になったりするものだ。それなのにこいつは、自分の意思を曲げない。そこがわからない。


「知っていても可能性に賭けるのが私だ。さすがの私も、変わった未来だけはわからないからな」


「見える景色は事象。だっけ?」


 いつか教えてくれた言葉を口にする。


「そう……事象だよ。私は答えがわかっているのであって、確定している未来を告げるのであって、まだ改編可能な未来を知ることはできない。いや、これでは語弊があるな。私は全ての未来を知ってはいる、しかしその全てが確実ではない。未来は変わるものだ。まるで水のように形状を変えていき、やがて別の未来になりかわる。だから私もわかってはいるが、確実ではないんだよ。


 そしてこの力は、自分に適応されないんだ」


「チート級の能力だと思ってたけど、そんな限定条件があったのね」


「ああ。自分の行動、言動には答えが見えない。だからわからないんだ。どうすれば未来が変わるのかが。


 このままいけば幽々子は私の頼みを断り予定通り明日死ぬ。だけど、少しくらい可能性を見たっていいじゃないか」


 ニコリと笑う笑顔は年相応以上の色気が備わっていた。不覚にもドキッとしてしまう。けれど。


「……私は、未来は変わらないと思う」


「えっ?」


 未来は変わるとゆうのはあると思う。だけで私はこう思うのだ。


「未来なんて運命でしょ? 結局結末は決まっている。結末が決まってるってことは、仮定が少しずれても結果は変わらないのよ」


 だって、私が死ぬ未来は変わらないし。心代わりだってしていないのだから。


「……君は、私の知り合いのようなことを言うのだな。


 私の知り合いも、死ぬ間際に言っていたよ。未来なんて簡単に変わるなんて思うなよって。確かにその通りなのかもしれないが、私は精一杯足掻かせてもらうよ。変えようと思えば世界は変わる」


「私は明日死ぬ。これは運命よ」


「……変えられないか。君の決意はわかったよ。今日はここいらで帰るとするよ」


 そう言って紫は立ち上がる。


「やけに素直じゃない。もう少し足掻くと思ったんだけど」


 挑発めいた口調で紫を煽る。しかし紫は肩を竦めて鼻で笑った。


「引き際は大切にしているだけだよ。まあでも一つだけ注意しておいたほうがいいよ。これは友人としての心配だ」


「あなたと友達になったつめりはないのだけど」


「そう言うな。私はそう思っていたんだ。さよなら、幽々子」


「……」


 それをしかと聞いて、紫は帰っていった。相変わらずよくわからない奴だ。恐らく全て言っていることは本当なのだろう。だけど確信をつくようなことは一つも言っていないし、尚且つ嘘がチラホラ見受けられる。そして結局、あいつはなんのためにこの屋敷に来たのだろう。


「西行妖か……」


 あいつの話が本当なら、私はあなたに殺されるのね。


「私とあなたは一心同体だと思っていたんだけど」


 少し残念な気持ちになるが、別の気持ちも浮かんでくる。


「……私を殺すなら、またもう一度咲くのかしらね」


 あなたの桜が、また見たかったわ。


「幽々子様、お体に触ります。寝室にお戻りください」


 いつの間にか隣に控えていた妖夢が心配そうな顔で私を見ていた。


「紫は?」


「お見送りは済ませました」


「そう」


 それはよかった。


 私は妖夢の言うことを聞き入れ、すぐ後ろにある寝室に入り、布団の中に入り。戸を妖夢が閉めようとしたので。


「もう少し桜を見せて」


 そう言って戸を少し開いた状態にしてもらった。


 妖夢は私に一礼してその場を離れ。私は枕元に隠していた遺言状を手に取り、一文を加えた。


 きっとこのまま寝てしまえば、死ぬのだろう。


 そんな確証があったが、睡魔に勝てず、私はそのまま床に入った。






 次の日、西行寺幽々子はその一生を終えた。


 桜の木は、枯れたままである。

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