幽人の庭師
「はああぁぁぁ!!」
上段から切り下ろし、そこから跳ねるように切り上げる。さらに体を捻り回転斬りで追撃する。
咲夜はそれを紙一重で避けながら、あることに警戒していた。
それは、結局暴くことができなかった妖夢の追撃攻撃。
あれをくらっちゃ駄目ね。けどなにかしらあれは?
妖夢の連撃を受け流していると、妖夢の目付きが変わったの気付いた。高速の袈裟斬りを咲夜は受け流さずに退くことで躱す。紙一重で避けたそれの後に、一瞬突風が刀の軌道上通過したのがわかった。
……まさか?
妖夢はさらにそこから横薙ぎを放って来たので、咲夜は刀を上に受け流す。
きた!
妖夢の目がより一層真剣な眼差しに変わる。この咲夜の受け流しを待っていたかのように、注意を向ける。
だが咲夜は至極冷静に先程の刀の軌道上にもう片方の手に持ったナイフを滑り込ませる。するとナイフは突風を切り裂き風が流れる。
妖夢はそれを唖然と見ていたが、すぐさま我に返り咲夜との距離をあけた。
「なるほど、仕組みは至極簡単だったのね。つまり私があの時受けた鈍器のような攻撃は、あなたが刀を振り抜く後に生じる空気弾だったのね。蓋を開けてみたら拍子抜けするわ」
咲夜はこうは言っているが内心ではそうは思っていない。普通に考えて、振り抜いた刀が生み出す風なんて微々たるものだ。それを妖夢は、突風は疎か人に害をなす空気弾に仕立て上げているのだ。霊的力を借りてるにしろ、振り抜く速度や、そこの領域に持っていく妖夢の筋力が計り知れない。風を巻き込むには、いったいどれ程の筋力が必要なのだろうか。
そして、だからこそ咲夜はまるでバカにしたように、または当たり前のように言うのだ。道化役者とはよく言ったもので、咲夜は相手を騙し、自分を偽り、物事を優位に進めようとする。勝てば官軍、負ければ賊軍。ようは勝てばいいのだ。相手をどんなに卑劣な罠に嵌めようが、自分がどれだけ汚く惨めであろうが、最終的には勝利を納める。正義の味方からしたら、それは卑怯者のするようなことなのかもしれないが、だが咲夜は胸を張って言うだろう、ならばなぜ勝てるモノを逃すのか? 卑怯だろうがなんだろうが、勝てなきゃ何も得られない。そう言うだろう。
「こんなちゃちな攻撃にやられるなんて。私の人生の中で一番の汚点ね」
そして相手を煽ることも忘れない。そこら辺はちゃんと心得ている。
道化役者を演じるにあたって、少なからず相手の真相心理を理解しなければならない。そしてそれは同時に、感情を操ることに匹敵する。相手の感情の流れを支配すれば、より一層道化であることがバレにくい。もはや咲夜の感情を読み取るのは、本当に心が直接読める人でないと無理だろう。それほど咲夜は、道化(ピエロ)として完成されていた。
ここで乗ってくれば容易い。後はじっくり仕留めればいいだけの話。さあ、どうする?
「……っ!」
刀の切っ先が、地面すれすれを擦り妖夢はそれを左斜め上に切り上げる。すると衝撃波のように残撃が地面を這って迫ってくる。
バカにされたら逆上する。子供(ガキ)ね。
だが咲夜は見誤まっていた。魂魄妖夢とゆう人物の力を。
「二百由旬の一閃!」
霞むほどの速度に一瞬で加速し衝撃波より早く咲夜に迫る。咲夜はとっさにコンマ一秒時間を停止しなんとかナイフを刀の軌道に滑り込ませた。しかし刀はナイフに触れるとまるで紙でも斬るかのように易々と斬り。咲夜は顔を後ろに傾けることでなんとか躱す。そこから衝撃波が迫り咲夜はナイフを捨て矛斧を取り出し受ける。
「ぐっ!」
駄目だ。弾かれる!
衝撃波をなんとか防ぐことには成功したが、矛斧は空高く弾け飛ぶ。
「死ね」
耳元に響け妖夢の声に咲夜は戦慄する。背後からの殺気。恐らくこのままでは咲夜は殺される。そう直感せざるおえなかった。
妖夢は首筋目掛けて水平切りを放つ。当たると思ったその時、咲夜の姿が消えトランプのスペードのエースが目の前に現れる。
これは! 以前に逃げられた時に使われた能力!
妖夢はトランプを真っ二つに切り裂き、咲夜の気配がする方向を睨む。
咲夜は冷や汗を一筋垂らしながら、不味い状況に追い込まれたことをひしひしと感じていた。はっきり言ってしまえば、この状況将棋で言えば既に詰んでいる状態だ。一発逆転なんかありはしない。
咲夜の能力である時間を操る能力。時間を操るとゆうことは空間を操ることに匹敵する。そしてこの力は咲夜が独自に編み出した、空間移動術だ。
時間が止まる仕組みとゆうのは速度の問題なのだ。互いの速度の振れ幅が広ければ広いほど、相手がゆっくりになったり止まったり見える。また速かったり時が飛んだみたいに一瞬で移動したかのように見える。だがこの空間移動術はその根本とは違うところにいる。
この空間移動は時間軸と時間軸を入れ換えているのだ。一つの時間軸。これを仮に咲夜が切られた時間軸とすると、その後に待っているのは無惨な最後だけである。だが他の時間軸では切られていない世界があって生きているかもしれない。咲夜はその世界の時間軸と、自分がいる世界の時間軸を入れ換えて、まるで空間が移動したかのように見せているのだ。ただし入れ換えることができるのは自分だけ。そして入れ換えることによって、当たり前だが世界そのものの運命を螺曲げている。しかしその歪みが行き着く先は、咲夜は知らない。
さらにこの力は膨大な霊力を消費するため、一日に一回が限度である。しかも移動した後は、反動で体が思うように動くことができない。それを今日一日で二回も使っているのだ。咲夜の霊力はもはや空の状態だろう。
このままでは死ぬ。確実に死ぬ。だが、だからといって逃げる訳にはいかない。恐らく妖夢はこの屋敷の中でもっとも実力のある手練れ。それを押さえられれば作戦の成功率は格段に羽上がる。例え他の従者がいなくとも、こいつだけ止めておけば幽々子は霊夢と魔理沙に任せておける。
「その程度かしら? だったら興ざめね」
だからこそ煽る。でなきゃ繋ぎ止めて置けない。しかし妖夢の返答は咲夜の予想を大きく裏切った。
「強がっているようですが、もう霊力がないことは百も承知ですよ? 死ぬ前に消えた方がいいんじゃないですかね? 逃げられればの話ですけど」
バレている。思ったほど冷静に物事を判断できているみたいね。この状況で私を逃がさないのはいい判断としか言いようがない。もう戦う力はおろか、立っているのですらやっとだ。恐らく突風一つで私は棒切れのように倒れるだろう。
「……だけどその判断が、幸か不幸か一つの時間を終わらせる結果になるわよ?」
「……何が言いたい?」
「……西行寺幽々子はまた死ぬわ」
「!!」
もちろんこれは口八丁。咲夜は西行寺幽々子が本当に生きているか死んでいるかなんてわからない。しかし魔理沙は西行寺幽々子を確認している。ならば幽々子は現在は生きていると仮定するのが大筋だろう。さらにレミリアの情報から、幽々子は死んでいることがわかっている。ならばなんらかの方法を取り生き返った可能性も考えられる。
しかしこれは賭けだ。勝率は極めて低いだろう。だが咲夜はこの作戦を取らざるおえない。誰のためでもない自分自身のために。
乗ってこい。乗ってこい。乗ってこい! 乗ってこい!!
「……死ぬはずありません。幽々子様は……幽々子様は……」
消えそうな小さな声は震えていて、力強く噛み締めた歯からはギリギリと歯軋りする音が聞こえている。
「幽々子様は……死なないんだぁぁぁぁ!!!!」
逆上した妖夢の気迫は鬼気迫るもので、咲夜は圧倒されたが直ぐ様冷静さを取り戻す。
「……」
やはりおかしい。何かが歯車から抜け出てるそんな感じだ。おおよその予想はついたがこれが正解な気がしない。もしもこれが正解なら、西行寺幽々子が生きている理由がつかない。だけどもし、もしも本当は西行寺幽々子が生きていなかったら。
「はあああぁぁぁぁぁ!!!!」
闘志を剥き出しにし、迫る妖夢に咲夜は鋭い目付きで睨み、両手にナイフを持つ。
気になることができた。ここは確実に死んでも勝たせてもらう。たとえ相手を。
「殺すことになろうとも」
――――――
「はぁ……はぁ……」
肩で息をし、折れたナイフを見る。そこから視線を移して、城壁に凭れかかり座っている妖夢を見た。頭からは血を流し、右肩には大きな刺し傷がある。
「……勝てた」
やばい……もう限界だ。
目眩が起こり咲夜は方膝をついて顔をさげる。
単調だから勝てた。もしこれがあのまま冷静にやられていたら、私はこうして生きてはいないだろう。
「…………ま……けた?」
か細い声が聞こえ顔をあげる。妖夢は呆然と地面を見つめていて、今にも死んでしまいそうだった。
「……生きてたの?」
「……いっそのこと、殺してください。主を守ることのできない従者など、いなくとも同じです」
その考えには共感できた。咲夜とて霊夢に負けた時はレミリアの従者であることを辞めようとさえ思った。しかし、レミリアはそれを頑として受け入れてはくれなかったのだ。
「……主を守れないか」
だけど、私の考えが正しければ。
「守るべき主がいないあなたに、いったい何が守れるのかしらね?」




