紫
「まったくもって君……霊夢は面白い子だね。私の言葉に耳を傾けているようで実際そうじゃない。まるで知識生命体と対峙した時みたく探るように、かつどうでもよく聞き流しているでしょ? それじゃあなんのために対面して話てるかわかったもんじゃないよ。これなら動物……いやいや人間も動物だと言われたらそれまでなんだけど、動物を目の前に置いておいても同じなんじゃないかな? 狸の信楽焼とかなんとか。あれは物か」
長々と喋った紫は、お茶を啜る。霊夢はいまだに顔を強べたまま、一瞬の気も緩ませず紫の話を話半分に聞いている。
「さっきから一言も話さないでいるみたいだが、霊夢は私に聞きたいことがあるんじゃなかったのか? 西行寺幽々子がなぜ生きているだとか、お前はいったい何者だとか、なんの目的があってここにいるだとか、屋敷の住人はどうしているだとか。色々あるでしょうよ」
「……さっきから会話が成立してないんだけど。あんたは何? 宣教師かなにか? よくそこまでペラペラと言葉が出てくるものね」
皮肉を織り混ぜた嫌み。だがそんなものはきっと紫には効かないのだろう。いや、意に介さないのだろう。
「宣教師とはよく言ったものだな。うまい例えだ、確かにそうかもしれないな。これだけ流暢に言葉を連ねていたら一つの宗教をいつのまにか無意識に、気づかぬうちに作ってしまいそうだな」
意に介さないどころかそれを受け入れて何事もなかったかのように話を進める。会話になってないようで会話になっているこの感じはなんとも気味が悪い。
「あんたなら簡単に作りそうだけどね」
「作りゃしないよ。だって……私が作ったら全人類私の信者だぜ?」
本気だった。あり得ないような事実でも、こいつなら可能にする気がした。不可能を可能に不可逆を可逆にするなにかがある。寒気を覚えた霊夢は右手で左腕を擦る。
「寒いのかい? それとも緊張してるねかい? いや……恐れているのか」
本心を付かれ霊夢の体が一瞬ビクリとする。
「私に隠し事なんて無意味だよ。霊夢のことならなんでもわかる。いや、霊夢のことじゃなくてもわかる」
「心でも読めるの?」
「心はさすがに読めないよ。私はわかっているんだ、知っているんだ」
何が違うんだよ。
「違うんだよ」
「!?……なんで?」
「知っているのさ。霊夢が次の瞬間何を考えるのか。そして―――」
紫は目を伏せ手に持っていたお茶を卓袱台に置く。霊夢は左の裾から札を一枚手に忍ばせる。
「霊夢が今左に札を持っていることも私は知っているよ」
「……お前はなんでも知っているのか」
「きっとここで“なんでもは知らないよ。知ってることだけ”とか、“そう、私はなんでも知っている”とか言ってしまうと色々と盗作だなんだと言われるのだろうがあえて言わせてもらうよ。もちろんなんでも知っているよ」
圧倒的だ。紫の前では全てが無意味に思えてくる。どんな策略も、戦略も、知略も、謀略も、何もかもが道端の小石のように同じで、当たり前なのだ。
「あんたは……本当に何者なの?」
「……何者でもない。私は私だ。私であるから私なんだ。それ以外に私を私だと言えることはない」
間違ってはいないだろう。霊夢も、お前は誰だ? と言われれば“私は私だ”と答えるだろう。肩書きなどしょせん紙の上のインクと同じなのかもしれない。それが霊夢の考えだ。確かに自分を名乗る時は肩書き込みの名前を名乗るが、それ以外の時はそんなことはしない、する理由がない。私を知ってもらうには、私を知ってもらうほかない。
「肩書きは紙の上のインクと同じだって言うのが私の持論でね。霊夢だって同じ考えなんだろう? 私と同じ考えなんだろう? だから私は肩書きを捨てた。今は一人間としてこの世界に生きているよ」
人間とゆう単語が霊夢の頭に引っ掛かる。これだけ常識はずれな奴が人間と言ったのだ。
「人間……あんたは人間なのね?」
「人間だよ。誰がどう見ても見間違うことないほど人間だ。怪我をすれば血がでるし夜がくれば眠くなる。走れば疲れるし手を握れば温もりも感じる。そんなどこにでもいるありふれた人間だ」
「……じゃあその私同じ人間さん」
「なんだい?」
「あなたはここに何をしにきたの?」
「幽々子と話をしにきた」
確信をつく質問だと思っていたが、紫はあっさりと答えた。
「私にとってはこの問題は問題ではない。問題があるとすれば今の人間社会だろう」
そう言って紫はまたお茶を啜り、手に持ったまま話だす。
「幽々子には今から一月半くらい前からあることについて賛同を促していたんだ」
「あること?」
「このあることについては、霊夢に話す必要はないから省かせて貰うよ」
そこが一番の重要だろ。
「霊夢にとって重要だと思うことが私には重要じゃないとなぜ思う。これは話す訳にはいかないんだ、まだね。
話を戻そう。賛同を促していた私はそれから毎日この屋敷に訪れて幽々子と会話をしていた。幽々子は自分の死期が迫っているのにも関わらず新味になって聞いてくれていたよ。しかし先月、幽々子は病により命を引き取った。いくら知っていたこととはいえ、さすがにショックではあったよ。たかが一月程度とはいえ楽しくお喋りした仲だったからね」
「ちょっと待って! やっぱり西行寺幽々子は死んでるの?」
紫の話が事実なら、今魔理沙と対峙している奴は誰なの?
霊夢は不安で心が押し潰される気持ちだった。このままでは魔理沙が危ないかもしれない。
「霧雨魔理沙のことを気にしているようだけど心配はないよ。彼女は魔法使いだろ? ならば負けることはあっても死ぬことはない」
「……それも知っているの?」
「結果を知っている。だから私はこうしてゆっくり羽を伸ばしているんだ。そもそも霊夢は魔法使いとゆう人種を知らなすぎる。
魔法使いは他の人間とは違い、体内に霊力をもたず、魔力を持っている人のことをいう。だが大抵の人間は霊力を持って生まれてくる。ある例外を除いてな。そして霊力と魔力は陰と陽のように反発しあう。体に二つの力を保持しようとすれば、普通は体がバラバラに四散してしまうだろう。それなのに彼女たちはなぜ魔力を保持できるのか。話は簡単だ。体内の霊力と魔力を入れ換えればいい。
そうは言うもののことは単純なものではない。魔力を入れ換えれるために一度霊力を全て全損させなければならないんだ。霊夢も知っている通り霊力を無くすとゆうことは死ぬことと一緒だ」
「霊力は力を持つ人間にとっては生命力そのもの。でも例え保有霊力を限界まで使ったとしても、全損させることは不可能だと言われているけど?」
「ある術式を使うのさ。魔道輪廻の術だ。名前くらい聞いたことはあるだろう?」
「名前だけなら」
「魔道輪廻の術は霊力と魔力を入れ換える術さ。それを使えば誰しもが魔法使いになれる。だがそれには三つのリスクがある。
まず一つが、失敗した場合死ぬとゆうことだ。保有霊力を全損させるんだから当たり前だな。もう一つが、質量転換のための媒体。なぜこの術式を使う時に保有霊力が全損するかとゆうには、ここに秘密があったのさ。実は媒体にそのまま霊力を使っていたからなんだ。ただし保有霊力を転換させたところで質量が足りないのは事実。だから術者の肉体の一部、心の一部、感覚の一部のどれかを使う必要がある。人間の情報量は天下一品だからな。そしてそれは任意で選ぶことができない。ここばかりは運が作用するのさ。そして最後に、これは魔法使いになった後なんだが、保有魔力の限界。これは人間であるから当たり前なんだが、霊力と違って、魔力は自然に回復はしない。人間の体は霊力を回復するための情報を持ってはいるが、魔族と違って魔力を回復するための情報は持ち合わせていないんだ。だからいずれ終わりが来る。早いもので五年、遅いもので十年だそうだ」
「……」
知らない事実だ、魔法使いがこんなに危険なことをしていたなんて。魔理沙は今までそんなことは一度だって話た試しがない。魔理沙の腕が今の状態になったのが、私が知る限りで七年前。とゆうことは、最長で後三年しか魔力を使うことができないんだ。
霊夢は衝撃で顔を伏せるが、紫は構わず話を進める。
「だが魔法使いはそのリスクと引き換えに、特別な力を手に入れる。霊夢も知っている奴だ」
「……細胞に及ぼされた魔力は、直接的な能力の干渉を防ぐ」
「そうだ」
これだけは魔理沙に聞いたことがある。以前精神作用系統の能力を使う奴と対峙したとき、私は案の定催眠を受けたんだけど魔理沙には効かなかった。そのことを訪ねたら、霊力と違って魔力は体の細胞にまで及んでいるんだ。だから魔力で干渉を防げば能力の類いは効かないんだよ。そう言っていた。
「それが魔法使いの特権、能力を無効にしてしまう。それがあるだけでかなりのアドバンテージなんだが」
そこまで言って、紫は霊夢が入ってきた時に開いたままになっていた襖から庭を見た。
「西行寺幽々子はそれだけでは容易には勝てないだろう」
そうだ。もっとも重要なことを聞いていないじゃないか。
「西行寺幽々子がなぜ生きているか……かい?」
また先を読まれて、霊夢は苦い顔をしながら頷く。
「それは…………」
「………?」
急に口を閉ざした紫に不穏なものを感じた。そして直感的に察した。魔理沙の身に何かあったのだと。
霊夢は焦って立ち上がり外に飛び出した。
紫はそれを見送り、またお茶を啜る。
「終ったか。しかし恐ろしいものだな、魔法使いとゆうやつは。えーと……もう終わったんだよね?」
どこに話ているのかわからないが、誰かに話ている紫。すると霊夢が出ていった反対側の襖が開く。
「おこぼれは貰ってきたわよ。これだけあれば複製は可能だと思うわ」
金色のショートヘアに赤いカチューシャ、青と白色ベースのワンピースで、ところどころフリルの装飾が施されている服を着た、咲夜とたいして年齢の変わらない女性が立っていた。
「ご苦労様。しかしいいのかい? 親の敵とも言える彼女がいるのに」
挑発するような口ぶりを女性は冷静な口ぶりで返す。
「今は殺さないわよ。それよりも、早く撤退したほうがいいんでしょ?」
「そうだね。どうやら監獄の方でも一悶着あったみたいだし。急いで帰ろうか」
そう言って紫は湯呑みを置き女性に付いていく。
「次は夏ごろか。楽しみだな~、霊夢と話すのは」




