白玉楼
白玉楼へと続く石畳の階段。霊夢は首に巻いてる白いマフラーに顔を埋めて、地面すれすれを飛行していた。
『―――霊夢、魔理沙、聞こえる?』
『聞こえるぜ』
「何?」
霊夢の左耳につけた、おみくじ程度の長方形のタグから声が流れる。霊夢はそれを押さえて喋った。
『ちゃんと聞こえるみたいね』
『しかしこれ凄いな』
声の主は咲夜と魔理沙。魔理沙は関心したように嬉しそうにこのタグ状のモノについて語りだした。
『声を集音してそれを飛ばすなんて、よく考え付いたよな』
このタグ状のモノは、トランシーバーと同じものだと咲夜は言っていた。タグ状の端にイヤホンがついていて、その反対側の先端部には集音するためのマイク機能。イヤホンの反面側には集音機能をオンにするためのスイッチがついている。
『私は以前使ったことがあるからなんとも言えないけど、こっちでは珍しいのね』
「ここはド田舎だからね。都会から来たモノは珍しいのよ」
『そゆうものなのね』
「私と魔理沙は幻想郷生まれだからね」
『霊夢、咲夜。白玉楼が見えてきた』
「……私もね」
霊夢は階段の終点が見えて、少々身構える。もはやそこは敵の懐、何が起こるか想像がつかない。それに加え、西行寺幽々子は最強の能力に等しい力を持っている。霊夢や咲夜がもし出会ってしまったら、確実に殺されてしまう。
『私も見えたわ。じゃあ二人とも、手はず通りに』
「了解」
『任せな』
霊夢は飛行の勢いを止めずに白玉楼の門を蹴る。破砕音が鳴り響き門は破られれ。霊夢は入った瞬間札を構えるが。
「……あれ?」
中はシーンとしていて、人影一つもなかった。
「……」
咲夜の考えた作戦はこうだ。
まず霊夢がハデな演出で敵の注目を集め、白玉楼の使用人を相当数外に出させる。その後内部に侵入した咲夜が白玉楼内の使用人を掃討する。それらをやっている最中、魔理沙は本丸である西行寺幽々子を撃ち取る。といった作戦だった。しかし。
「誰もいない?」
『―――霊夢。聞こえる?』
「咲夜?」
霊夢はタグ状のスイッチを押して話す。
『裏口から侵入したんだけど、屋敷内は静かで人の気配がないわ。そっちは?』
「こっちも人っ子一人もいないわ。それ以前に門番すらいなかった」
普通のお屋敷ならば、かってな侵入をさせないために門番が門を見張っているはず。紅魔館でさえそうなのだから。
『そう……もしかしたら、もうこの屋敷には使用人はいないんじゃないかしら?』
確かにそう考えるのが妥当だろう。だが霊夢は一つ引っ掛かることがあった。
「……咲夜はそのまま色々と探って。魔理沙聞こえる」
『おう』
「西行寺幽々子はいるの?」
問いを投げ掛けてから数秒の間が空き。魔理沙は言った。
『枯れた木の前に立ってる。一人だ』
西行寺幽々子は存在している。なのに使用人は存在していない。
「魔理沙。少し気を付けたほうがいいかもしれない」
『……わかった。お前はどうすんだ?』
「屋敷を探ってみる。もしかしたら誰かいるかもしれない」
『……そうか。気を付けろよ』
「魔理沙こそね」
二人はトランシーバー越しにクスリと笑う。すると咲夜が。
『仲が宜しいことで。私にはないの?』
とチャチャを入れてきたので霊夢は咲夜にも気を付けるように言って、玄関から屋敷の中に足を踏み入れる。
中は外と同じように静かだった。最近掃除をした形跡もなく埃が溜まっていて、人が歩いた足跡すらもない。
霊夢は土足のまま中に入り辺りを見渡す。左右に別れた廊下は左右ともに直ぐに突き当たりに当たり、屋敷の奥に続くように延びていた。
「……人がいなくなって、二~三週間くらいかな」
霊夢は別れ廊下を左に曲がり、突き当たりを右に曲がる。見える景色は長い廊下。進んでいきまた突き当たりにを左に曲がると、庭が見渡せるように開けた空間になっていた。
霊夢は雪の積もった庭を見ながら廊下を進んでいき、襖が少し開いた部屋の前で足を止めた。
なんだ? 誰かいるのか?
ただの勘だった。しかしそう思わずにはいられないくらい霊夢は感じたのだ、“ただならぬ気配”とゆうやつを。
レミリアと対峙した時と同じ感覚。なんでこんなところで。
西行寺幽々子は魔理沙が言うには枯れた木の前にいるとゆう。つまりこの屋敷の中には存在しないはずなのだ。だがこれほどの気配を西行寺幽々子以外が発しているとなると不自然極まりない。レミリア・スカーレットや西行寺幽々子のような存在はそうそう出くわすことない希少な存在だ。この幻想郷に十人も存在しないだろう。圧倒的力。それこそが彼女たちなのだ。
「……」
霊夢は息を飲み、襖の隙間に手をかける。一度深呼吸をして、一気に襖を開け放つ。
「……おやおや。これはまた珍しい野郎に出会っちまったな。いや、女だから尼(あま)か」
金髪のセミロングの髪に濃い緑色のトレンチコート。霊夢とたいして年齢の変わらなそうな彼女は、客間の卓袱台に置かれている湯飲みを綺麗に正座して座視し、霊夢の方を一度も見ずにまるで小馬鹿にするような声色で喋った。
「しかしここに来るとは思っていたよ。博麗霊夢」
「えっ?」
不意に自分の名前を呼ばれ、目を見開く。それを感じて彼女は思い出したかのよいに笑い出す。
「何が可笑しいの?」
霊夢の問いかけに、彼女は手で制止した。
「いやすまない。え~と、君とは始めましてなんだよね? 私としたことが忘れていたよ。すまないすまない、これじゃあ私がお前を前から知っていたみたいじゃないか。気味が悪いと思うかもしれないが気にしないでくれ。私とお前は正真正銘の初対面だ。さてとじゃあ自己紹介といこうか。初めまして、お前は誰だ?」
初めて顔を霊夢に向けて話た。霊夢はその聡明な目に何かの引力のようなものを感じ、寒気を覚える。霊夢は少しばかり畏縮し答える。
「博麗霊夢。今代の博麗の巫女よ」
「じゃあ私の番だな。私の名前は紫。苗字は存在しない」
霊夢は口の中で紫の名前を繰り返した。その名前がまるでこの世のものでないかのように、何度か繰り返した。自分が覚えられるまで。
「強要はしないけど座るといいよ。積もる話もあるだろうが先ずは私の前に来てから話すといいよ。強要はしないけど」
そう言って紫は、自分の向かい側に手まねく。
霊夢が屋敷の中を探索しているてなると、私はやはり外回りを見るかな。
咲夜はあのトランシーバーのやり取りの後、庭を中心に散策を初めていた。雪を踏みしめる音と、風が耳を薙ぐ心地よい響きがする。
いちよう魔理沙のところには行かないようにしとかないと。巻き込まれたら大変だからね。
そう思いながら最善の注意を払って雪の中を歩く。
刹那。音もなく咲夜の後ろに刀を振り上げた妖夢が現れる。咲夜は気づかず歩いている。
決まった。
そう思ったのも束の間。咲夜は妖夢が刀を降り下ろすと同時に、その刀を両手に持ったナイフを振るうことで弾き返す。金属音が響き渡り、妖夢は後方一回転して地面に着地する。
「……気づいていたんですか?」
「なんとなくね」
咲夜にとっては本当に勘でしかなかった。気配なんてものは微塵も感じとれなかったし、音も一才なかった。ただ注意していただけなのだ。“もしかしたら”を想定して背後には気を張っていた。だからこそ反応ができた。
「やはり、あなたはここの使用人でしたか」
「西行寺幽々子の一番の遣いだ」
「……一つ、聞きたいことがあるんですが」
「……なんだ」
「西行寺幽々子は死んだはずよ。なぜ生きてる」
それを聞いて妖夢は目を伏せた。言えない、もしくは言いたくないとゆうのを雰囲気で全面に押し出す。咲夜は口を開かない妖夢に溜め息を吐いて、ナイフを追加で数本取りだし構える。
「あなたが何も言いたくないのならそれで構わない。けれど、奪った春は返してもらうわよ」
「させません。私には、春が必要なんです!」
「…………」
枯れた木の前。見ればその木は、大きな桜の木だった。その木を見るように立っている女性を、魔理沙は少し離れた後ろで見る。
「……いらっしゃい」
桜色のウェーブがかった、女性にしたら短めのフンワリした髪に、白い蝶々模様が施された水色の着物。虚な目は生気を感じられず、血色もよくない。だがこれが誰かはすぐにわかった。この屋敷の主である西行寺幽々子そのものだ。
「……あなたは誰?」
幽々子に問われ、魔理沙は帽子を少しあげて顔をしっかりと見せる。
「霧雨魔理沙」
「霧雨……魔理沙」
幽々子は繰り返したのち、口許を微笑ませた。
「お願い魔理沙。私を殺して」
なんの感情も込められていないあっさりとした言葉に、魔理沙は両目を見開いて驚愕した。
「……お前」
「お願い」
幽々子の言葉の真意はどうであり、彼女は確かに殺されたがっていた。魔理沙からしたら意味がわからない。生きてなんぼのこの世界で、死ねなんてバカな真似はしたくない。
けどまあ。死にたがってんなら……気は進まないが。
魔理沙は八卦炉の砲口を幽々子に向けて、電磁方を放った。




