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ソフィー、相談する

今回はソフィーの話です。

「ただいまー」


「おかえりなさいませ、お嬢様。夕食は召し上がりますか?」


「ええ、着替えてくるから少し待って」


 講座から帰るとすっかり遅くなっていた。出迎えてくれた召使に答え、ソフィーは鞄を自分の部屋に置きに行った。外出着から部屋着に着替えて階下へ下りると、温められた夕食がきちんと準備されている。


「今日はお嬢様の好きな白身魚のポワレですよ」


「わ、ありがとう。いただきます!」


 顔をほころばせて、ソフィーはフォークとナイフを手に取った。15歳と女子の成長期は過ぎたものの、まだまだ食欲旺盛な歳である。好きな物を前にして無理にやせ我慢するようなひねくれた根性は、当然持ち合わせていない。



「お父さんとお母さんは?」


「旦那様はまだ商会のお仕事だそうです。奥様は今夜はお友達とお食事に出掛けられました。もうじき帰ってくるのでは」


 ぱくぱくと気持ちよく夕食を食べつつソフィーが聞くと、召し使いが答える。上級平民に属していることもあり、アンクレス商会はそこそこ儲かっている。なので少しは使用人を雇う程度のゆとりはある。この召し使いと庭師の二人だけだが、そもそも屋敷がそこまで広くない為、それで十分だった。


「そう。ねえ、ケイト。今あたしと話す時間ある?」


「何でございましょう、お嬢様。今宵はさほど忙しくないので大丈夫ですよ」


 ケイトと呼ばれた召し使いは微笑んだ。30手前になるこの召し使いは、アンクレス家にもう10年近くも仕えている。立場は使用人ではあるものの、ソフィーのよき年上の相談相手でもあった。


 自分から言い出したものの、ソフィーはなかなか切り出さない。何となく口を開こうとするのをためらったまま時が過ぎる。ようやく話し始めた時には、ケイトは皿を全て下げ食後のお茶まで用意していた。


「......あのね、男の人の気持ちってどうやったら知ることが出来るかな?」


「あら! お嬢様、誰かしら気になる殿方がいらっしゃるのですか?」


 ウフフと微笑みながら、ケイトはソフィーから少し離れた位置に座った。使用人ではあるものの、ケイトは信用が厚いので着席が許されている。アンクレス家にとっては、半ば家族のようなものだ。


「ちょ、ちょっとだけね!? 別にすごい好きとかそんなこと全然ないんだけど!」


 顔を赤らめながらソフィーは言い訳がましく言うが、その慌てぶりがケイトにはおかしい。笑うのをこらえながらウンウンというように笑顔で頷く。


 (もう、ケイトったらあたしのこと子供扱いして)


 ちょっと反発心を抱いたソフィーだが、その心中はけして不快ではない。ケイトが自分に対して優しいのを知っているからである。いわばソフィーのこのちょっとつっけんどんな態度は、彼女の甘えであろう。


「はい、少しだけ気になる方がいらっしゃるのですね。ソフィー様はその方と話すのが心地好いのでしょうか」


「えー、うん、まあ心地好い、かな」


 ソフィーはフレイの顔を思い浮かべた。とりあえず最初に彼に惹かれたのはベタに容姿からではある。しかしフレイとの会話も嫌いではない。むしろやや好きといっていいだろう。


「それなら良い方なのですよ。見た目だけよくて中身が駄目駄目な男は、話したらとっても不快になりますからね......!」


 記憶の底から何か苦いものでも掬い上げたのか。ケイトはギリギリと奥歯を噛み締めた。過去によっぽど嫌なことでもあったのだろうかと邪推しながら、ソフィーは曖昧に頷く。男女の機微についてどうこう言えるほど、恋愛経験があるわけではない。



 とりあえずソフィーはフレイの名は伏せて、これまでの彼との接触を話した。勇者様に学ぶ簿記で見かけてちょっといいな、と思ったこと。思い切って宿題を一緒にやろうと家に誘ったこと。この前焼いたクッキーを持っていってあげたことなど。


 (......こうして人に話すと、たったそれだけしか接点ないのね)


 ソフィーは少しへこんだ。今一度冷静になる必要がある。フレイのことが気になるだけの話であり、明確に好意を持っているわけではないのだろうとケイトの反応を待ちながら思う。


 ただ、それはそれとして、フレイが自分のことをどう思っているかは今後のためにも知りたかった。


「多分、お嬢様もまだご自分の気持ちがどんなものか分かってはおらず、戸惑っていらっしゃるかと思われます」


「やっぱりそう思う?」


「ええ。不肖このケイト、多少は恋愛経験ございますが、今お嬢様が話された程度のお付き合いで明確に好意を抱くようなことは中々ございませんわ。ただ、気になるというのであれば、もう少しお相手の方を知る機会をゆっくり作っていけばいいのではと思います」


 一気に言いきった後、ケイトは一息置いた。ふむふむとソフィーは頷く。


「でね、ケイト。そんなちょっと気になるくらいの男の人の気持ちって分かる方法あるかしら? それともそんな都合のいいものない?」


「ございますよ」


 いともあっさりと言い切ったケイト。ソフィーが食いつく。


「何それ、教えてよ!?」


「二人っきりで話す機会になった時に、相手に恋愛相談してみるんですよ、お嬢様」


 ソフィーは髪をかきあげた。細い指にすかれた金髪は、天井からの明かりを反射してきらきら光る。


「具体的にはどうするの?」


「今、私好きな人がいるんだけど相談に乗っていただけないか、とその男の人に聞くんです。ちょっとでもお嬢様に気があるなら慌てたそぶりを見せるでしょうし、全く気がないなら平然とされますよ」


「直球というか大胆な方法ね.....」


これを自分が出来るかどうかというのは怪しいな、とソフィーは思う。いや、考慮に値する選択肢が出来たことをまずは喜ぼう。そして実際に取る手段は状況に応じて変わるはずだ。


「物事分かりやすいのが一番です」


 ニコニコと笑いながら、ケイトはソフィーの頭を撫でた。子供扱いしないでほしいと思いながらも、ソフィーはついついケイトの面倒見の良さに懐いてそれを許してしまう。昔から続く二人の関係であった。


「分かったわ。試してみるかどうかは分からないけど覚えておく。ありがとう」


「はい、お嬢様。あ、あと男の人はギャップに弱いというのは覚えておくといいですよ」


「ギャップ?」


 眉をひそめて聞くソフィーにケイトはいい笑顔で返す。


「はい。有名なのがツンデレですね。最初ツンツンしている子が、ある時ふと相手に心を許してデレデレと甘えた顔も見せる。このいきなりの感情の高低差に男の人はキュンときますから」


「ツンツンからデレデレ......難しいわね」


「そんなことないですわ、お嬢様。お嬢様はツンデレ気質だと私は思っていますから」


 そのケイトの言葉にソフィーはびっくりした。今までそんなことを考えたことなどなかったからだ。


「あたし? そうなの?」


「ええ。お嬢様、誉められた時に素直に受け止められなかったり、変に強がるじゃないですか。そういうのがかわいいと思います」


 ウフフと口に手を当てて笑うケイト。自分はツンデレなのか、とすると男の人に好かれやすいということじゃないか、いや、世の中そんなにうまくいくはずがないぞ、という思考を一瞬にして三回転ほど脳内で回転させた。その結果、ソフィーは自分の顔が熱くなるのを自覚した。


「も、もういいわ。ケイトが変なこというからおかしな気分になったじゃない、あたし、上に行くから!」


 席を唐突に立ち上がり、食堂を出ていこうとするソフィー。だが出ていく時に彼女は背中越しにケイトを見た。


「怒ったわけじゃないからね? 長い時間相談に乗ってもらってこれでも感謝してるんだから! じゃ、おやすみなさい!」








「ほら、天然でツンデレじゃないですか」


 ソフィーがいなくなった後、ティーセットを片付けながら、ケイトは微苦笑していた。可愛くて仕方ないとでもいいたげに。

今回は簿記の話はゼロです。次回は、多分次回は出てくるはず。

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