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時にはその手に武器を持ち 2

「こりゃ酷いな。惨殺されてやがる」


 顔をしかめながら、ディルが辺りを見回す。二体の熊の死体は、個体としてはかなり大きい部類に入るだろう。野生の獣の中には魔物化する類の獣もいるが、この二体は普通の野生の獣だったようだ。とはいえ、全長四メートルはありそうな巨体が全身裂傷を負わされて地に沈んでいる姿は、ディルを戦慄させた。


 (......巨大熊二体の他に周囲に死体がないってことは、こいつらを仕留めた敵はまだ生きているわけか)


 油断なく、ディルは気配を探る。誤解のないように言っておくと、彼がきちんと武器を持てば、この熊くらいなら確実にほぼ無傷で仕留められる。二体いてもそれは変わらないだろう。


 だが、手負いであったり、あるいは武器がない状況で戦えば、かなりの苦戦を強いられる。野生動物の頂点近くに位置する存在とは、レベル20半ばの彼にして油断は出来ない敵であった。


 それが完全にやられているのだ。相手が分からないが、それ相応に強力な存在がいたのは間違いない。




「......ディル」


「なんだ、ロイド」


「こいつら、牙かな、鋭い物で毛皮切り裂かれてるぜ。しかもほぼ全身だ」


 熊の死体を慎重に調べていたロイドが、ディルに話しかけてきた。いつもの軽薄な態度はどこにもなく、頭を包むバンダナを結び直す。一息入れながら、ディルや他のメンバーにぎりぎり聞こえる声量で説明を始める。


「頭、肩、腕、脇腹、背中、足、足首......どこもかしこも傷だらけ。連撃だ。どんなにやばい相手でも、一匹だとこうはならねえよ」


「ロイド、君の勘を信じる。何がこの熊を殺った?」


 ロイドの説明に反応したのはスフィロスだ。この森の中の空地を囲む木々全てを警戒するように、彼はメンバー全員に指示を出し終えていた。その中心に立ち、スフィロスはディルとロイドと共に熊の死体を見下ろしていた。


「多分、ダイアーウルフの群れじゃないかな。圧倒的多数でなら、奴らならこのくらいのサイズの熊でも仕留めきるだろうし」


「面倒な敵だな」


 ロイドの推察に、スフィロスは顔をしかめた。ダイアーウルフとは、ウルフの名の通り狼型の魔物である。常に集団で行動し、狩りになると一斉に襲いかかってくる。勝てないとなると逃げ足も速い。厄介なことに知性もある。地形を利用して奇襲でもかけられると、魔術師などの後衛組はかなり危ない。


 ダイアーウルフの名前に全員の顔が引き締まる。もし遭遇すれば、ここ一週間で一番戦いらしい戦いになるのは間違いない。素人のソフィーを除いても12名もいる現在、そうそう後れはとりはしないが油断は禁物だ。


 だが、そこでスフィロスは気づいた。ダイアーウルフの群れが熊を襲う。そこまでは理解できる。けれども、奴らは殺戮の為に殺しはしない。全ての戦いは補食......餌を得るためという明確な目的がある。つまり殺した後は食べるのだ、それこそ骨のかけらも残さないくらい徹底的に。




「......気づいたかい、スフィロスさん」


「ああ。これはまんまとはめられたかもしれないな」


 ロイドとスフィロスの会話の意味を、全員が理解した。つまり、もしダイアーウルフがこの熊達を殺したとした場合――彼等が死体を食べずに放置したのは、辺りをうろつく他の獲物の注意を引き付けるためかもしれないということだ。


 知性のある狼なのだ。野生の運動神経だけが彼等の武器ではない。


「少なくともその可能性はあるってこったが......どうやら当たりらしいぜ」


 戦斧(バトルアックス)を握りしめたディルが低く唸った。集中した時の彼の聴力はロイド並に働く。その耳が拾い上げたのだ。


 森の木々の奥から響く、微かな狼のほえ声を。


 それはガサリと木立を揺らし、どこか含み笑いのような不気味なさざめきとなってディルの耳に届いた。




******




 「戦闘準備!」の掛け声が響き渡る。緑なす木々の隙間を縫って届く敵の気配は明らかである。姿が見えないにせよ、こちらを狙っているのは確実だ。ならば、最早スピードを落として静かに行動する必要もない。


「ソフィー、お前は後列だ! 撃てるようなら援護頼む!」


「任せといて!」


 フレイが背中から自慢のバスタードソード+5を抜きながら叫ぶと、ソフィーも素早く答えた。もともと戦闘経験などまるでない彼女だが、驚くほど飲み込みは良い。さしあたり問題ない程度には、護身用のクロスボウも使えるだろう。


 (結構ヤバい相手なのかも)


 腕力が劣る彼女でも使えるように、クロスボウには軽量化が施されている。それを肩に固定するようにして、ソフィーは構えた。通常のクロスボウならば矢を一本ずつしか放てないが、この特殊クロスボウは違う。専用の矢筒を付けており、そこから連続で矢を放つことができる。


 連射式クロスボウ。まだほとんど市場に出回っていない新型武器だ。


 荷馬車に繋がれたロバが、怯えたように鳴いた。そのあわれな鳴き声にこちらの気合いも削がれそうになり、思わず「しっ、大丈夫だから!」とソフィーは小声で叱咤してしまった。




 大丈夫だ。


 ここにいるのは素人ではない。


 皆それなりに戦う術を持っている。




 (落ち着け、私)


 意図的に一つ深呼吸。高まりそうな緊張が、ほんの僅かだがほぐれた。ソフィーはその時、自分のクロスボウが赤く光り出したことに気がついた。一体なんだと目を見張っていると、背後から「炎射撃(フレイムストライク)」とだけ、スフィロスが声をかけてくれた。


 弓にかける補助呪文だったかなと考えた時、二つの異なる声が前方で重なった。否応なく身が震える。ソフィーはビクッと顔をあげてしまった。




「来たぜ、やっぱりダイアーウルフだ!」


「ウオオオオオン!!」


 戦斧(バトルアックス)を両手で構えた大柄な男(確かディルと言った)が、戦意も露にして叫ぶ。そこに重なるは、聞いたこともない獣の吠え声だ。そしてソフィーの目にも、木立の間をこちらに駆けてくる灰色の狼達の姿が見えた。


「地上の奴は俺らがやる。上から来る奴を牽制頼むぜ」


 ソフィーを庇うように前に立ったフレイの声に、ソフィーは驚いた。「上って何よ!?」と反射的に聞いてしまう。そしてその間にも、狼達は自分達を包囲するような動きを取り、こちらが放つ矢や牽制用の攻撃呪文をかわしていた。


「あいつらな、枝を蹴って」


 答えながらフレイは前へダッシュした。前衛が飛び出した分だけ更に詰め、相手が突っ込んでくる隙を与えない為だ。


「頭上から来ることも出来るんだってよ!」


 フレイの言葉が終わった瞬間、斜め上を反射的に見上げたソフィーの視界に、太い木の幹を蹴って枝から枝へジャンプした三匹のダイアーウルフの姿が映る。


 異常に発達した四肢の筋肉、そして優れたバランス感覚が可能にする妙技。頭上からダイアーウルフが飛び掛かってくる光景を想像し、ソフィーの背筋が冷えた。



 (......だけどね、黙ってやられる訳には)


 構える。先制攻撃だ、当たらなくとも、奴らを威嚇することは出来るだろう。


「いかないのよね!」



 大まかに敵の姿を視界に捉え、ソフィーはためらいなくクロスボウの引き金を絞った。炎射撃(フレイムストライク)の効果で火炎属性を一時的に備えた連射式クロスボウが、真紅の矢を次々に吐き出す。


 それが一本だけなら、身の軽いダイアーウルフならば避けることも出来たろう。二本でも避けられたかもしれない。


 だが逃げ道を塞ぐように放たれた矢の雨は、容赦なくダイアーウルフの分厚い灰色の毛皮を貫いた。


 ギャフアアア! という情けない悲鳴が響く。それが自分の喉から漏れたと攻撃を浴びたダイアーウルフが気づいた時には、既に遅かった。攻撃のショックで着地しそこね、枝を滑り落ちる。そこから痛みをこらえつつ、受け身を取ろうと身を捻る。


「遅えよ、犬ころが」


 人の声、そしてヒュアッと何かが空気を切り裂いた音がした。次の瞬間には、落下するダイアーウルフの首筋を鋭いナイフが切り裂いていた。バッと散る血の雨は戦いを彩る血化粧となり、森の緑を赤く汚す。


「ありがとよ、お嬢さん。いい仕事だったぜ?」


 血に汚れたナイフを布で手早く拭きながら、ロイドはにやりと笑った。




******




 通常、ダイアーウルフは5から10匹の規模のグループで動く。そこから考えると、13人いるこちらよりは数が多くはないだろう、とフレイは考えた。彼以外の前衛が奮闘している為、まだ剣を振るう機会がないが、無論気を休める暇は無い。


 それに直接戦闘しなくても、フレイは味方の穴を塞ぐように移動している。それにより、後衛を狙おうと様子を伺っているダイアーウルフを牽制出来る。今も、ロバを狙おうと背後に回りこもうとしたダイアーウルフの一匹を追い払ったところだ。


「相手が悪かったよな。素人集団だったら、あっさりおまえらの腹の中だが」


 フレイに襲いかかろうというのか、真正面のダイアーウルフが殺気を放つ。通常の狼より二回りほどは大きい。運動神経の高さも考えると、一対一ではフレイも負けはしないものの、苦戦するのは間違いないところだ。


 だが相手の知性の高さが、ここではフレイに有利に働いた。他のダイアーウルフ達も苦戦しているのを見て、無理にフレイに挑むのを止めたのだ。


 グルル......とダイアーウルフが唸り、フレイと睨み合う。正直フレイとしては気が気ではない。早く逃げてくれと、心のなかでは冷や汗を垂らしていた。




 その時だった。ピイイッという高い音が、人と魔物が争う戦場を駆け抜けたのは。




「なんだ?」


 一匹のダイアーウルフを戦斧(バトルアックス)で屠り、次の相手を探していたディルは、その何とも言えない音に奇妙な不快感を感じた。わけもなく肌が粟立つ。


 ただの勘といってしまえばそれまでなのだが、最前線で敵と戦うディルは勘を馬鹿にしない。理由なんて後からついてくることはよくあり、肌で感じる気配と判断する速さが要求されるのが戦場だ。


 (狼共が退く?)


 自分以外の仲間に飛び掛かっていたダイアーウルフの群れ。見たところ、こちらが苦戦しつつも、狼共は残り4匹にまで減らされていた。それら全てが一斉に、仲間の死角をフォローしあうように後退していく。


 元々足の速さでは、ダイアーウルフは人間を上回る。それが本気で逃走し始めれば、追いつく術はない。だが、ディルはこの時追撃をかけた。少しでも敵の戦力を減らしておきたいのが理由の一つ、軽いとはいえ傷を負わされ腹が立っているのが理由の二つ。先に感じた不安は胸の片隅に置いておくに留める。


「おう、自分達から襲撃しておいて逃げ出すってのは、随分と自分勝手だよなあ!?」


 猛然とダッシュした。木立の隙間を縫うようにして、ダイアーウルフの一匹が逃走開始しようとしている。その進路を塞ぐような位置に回りこみ、鋭くバトルアックスの一撃を見舞おうとしたその時だ。




 視界の端、右側から高速で滑り込んでくる何かが引っ掛かった。耳は僅かな、ほんの僅かな切り裂き音を捉えた。


 なんだと思う暇も無かった。ただディルの鍛え抜かれた反射神経が、攻撃を仕掛けようとしていた身体に無理矢理回避行動をとらせる。


 次の瞬間、ディルは弾き飛ばされた。大柄な彼の体が鞠のように吹っ飛び、側の大木の幹に叩きつけられる。肺から空気が押し出され、ハーフプレートの腹部が切り裂かれた事だけが分かった。


 どろりとした熱い痛みと共に鮮血が自分の腹から吹き出し、鎧やズボンを赤く染め上げていく。木に叩きつけられた背中もビリビリと痛むが、それどころではない。


 (一体何が起きたんだ)


 何者かに攻撃されたのは確かだが、相手の姿さえまだ把握出来ていない。早く立ち上がらないと二撃目が来るかもという恐怖が、沈み込みそうな体を無理矢理支える。



「......一撃で仕留めるつもりだったが、なかなか上手く避ける」



 頭上から、見知らぬ女の声が聞こえた気がした。

 

 誰だと考えるのは止めた、とにかくマズイと思ったが、体が上手く反応しない。必死に視界を上へと移そうとする。手負いのディルの足元に、襲撃者の黒い影が映る。


「死ね!!」


「させるかよ!」


 頭上で二つの声が重なる、一つはディルを襲撃した女の声、もう一つは。



 空中ですれ違いざま女がかざした刃を、バスタードソード+5で受け止める。敵が何者かは分からないままだが、ディルが吹っ飛ばされた瞬間駆け出していたおかげで間に合った。


「――てめえがこの狼共の親玉か」


 危機一髪のところだった。何とかディルを救うことに成功したフレイ・デューターはその青い目を細め、新たに現れた敵を睨みつけた。




******




 フレイとディルが新たな強敵と向かい合っていたその頃。スフィロスら他の11人は苦境に陥っていた。最初に現れたダイアーウルフの群れを退けたと思ったのもつかの間、新たに森の奥から10匹以上のダイアーウルフが出現したのだ。先に攻撃してきた連中と合計すれば、優に20匹を超える計算になる。


「なんでダイアーウルフがこんなに!?」


 メンバーの一人から、畏れ混じりの声が上がる。数の暴力は軽視出来ない。ましてや退けたと思った次の瞬間に、その第一陣を上回る数の敵が出現したのだ。疲労も癒えない間に連戦を仕掛けられるのはきつい。


「疑問は後だ、落ち着け。勝てない相手じゃない」


 スフィロスは仲間を叱咤しつつ、呪文の詠唱を開始する。彼が得意とする雷系の攻撃呪文の一つを選び、それを放つ言葉を紡ぐ。

 その彼の横では、ソフィーが連射式クロスボウに新たな矢筒を装置(アタッチ)していた。さっきの戦いで、一つ丸々矢筒を消費してしまったのだ。


 疾風の勢いでダイアーウルフの群れが迫る。その勢いをくじくように、スフィロスの攻撃呪文が放たれた。


電撃一閃(プラズマスラッシュ)


 大気が震える。バリバリという轟音と共に、スフィロスがかざした杖の先から青い電撃が放たれた。一閃(スラッシュ)の名の通り、刃状に収束された電撃は敵を感電させ焼き切る。何発かは見事に当たり、ダイアーウルフに悲鳴をあげさせる。


「頭上はとらせない!」


 そして呪文を放ち無防備になっているスフィロスをカバーするように、ソフィーは動いた。木の枝伝いにこちらを狙うダイアーウルフ目掛けて、連射式クロスボウを放つ。ダダダッと力強い音と軽い反動がソフィーの肩に響くと共に、ギャン! と情けない悲鳴が枝の向こうから聞こえてきた。


 (やった、けど指が......)


 だが攻撃成功にもかかわらず、ソフィーの顔は浮かなかった。先程から連射式クロスボウを撃ち続けてきた為、戦い慣れない自分の体が思うように動かない。特に引き金を絞る右の人差し指が痙攣しかかっている。


 苦肉の策で中指に切り替える。射撃の正確性は落ちるが、これ以上の酷使は危険だ。不快な汗が流れ落ち、彼女の美しい金髪を額に張り付けさせた。



 はっきり言って怖い。


 出来ることなら逃げ出したいと思う。


 だが、それが出来ないならば戦って勝つしかない。



 そんな当たり前のことを心に刻みつけながら、ソフィーは頭上に武器を向けた。空き地で戦うパーティーのほぼ真上に張り出した高い枝、そこへそろそろと移動するダイアーウルフの一匹を見つけたのだ。


 死角となる頭上を取り、一気にダイアーウルフは枝を蹴り人間達に襲い掛かる。もし成功すれば、布陣の中から食い破ることになる。均衡を崩すだけの可能性はあった。それを阻む者がいたことが、その狼の誤算だった。


「甘いわよ!」


 躊躇わなかった。連射式クロスボウの矢を、ソフィーは真上に放つ。両手では間に合わないと判断した。片手で持ち上げたクロスボウから、真っ赤に燃える矢の雨が放たれる。赤い矢の連なりはダイアーウルフを見事に捉え、文字通り蜂の巣にした。


「すげーな、ソフィーちゃん。ほんとに初陣か?」


「マグレです」


 声をかけてくれた仲間の一人に答えて、ソフィーは指の痛みをこらえながら次の獲物を狙った。戦いはまだ終わっていないのだ。

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