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フェルトール渓谷でピクニック 3

「うおお、10点差きたー!」


 黒チームの観客から歓声があがったのは、残り6分半をきった時だった。確実にゴール下にボールを集め、無理矢理ねじ込んだシュートが決まったのである。


 黒チームの優勢は明らかだ。

 実にこの第4Qに入ってから白チームが打ったシュート本数は、僅かに二本。しかも両方入りそうもないタイミングで打たされたシュートである。点差もきつい、それ以上に自分達の戦い方が出来ていないのが一番きつい。


「これは勝負ありかなー。フレイ君がボールなんとか持てても、ゴールから離れた位置でようやくだもんね」


 イルエッタは額の汗を拭いながら、ため息をついた。さすがに全域二対一(オールコートダブルチーム)まで仕掛けられると、フレイの攻撃力はかなり落ちる。少しずつマークを引きはがしてボールを持つ機会が見受けられてはいるが、それがシュートにまでつながらない。


「大丈夫よ」


「え? いや、彼氏を応援したい気持ちは分かるけどさ」


「だってフレイさん、笑ってるもの」


 マレットの視線の先に、二人の相手に囲まれたフレイがいる。この苦しい状況にも関わらず、その口元が笑っている。マレットにはそれが見えたのだ。


 (頑張って)


 マレットは膝の上で思わずギュッと拳を握りしめた。球技のことなど分からない。だが、まだフレイが諦めていないことだけは伝わってきた。


 (だったら信じるしかない)



******



 (こいつ、まだ全然足が動いてやがるぞ?)


 (なんでだ? 二対一だぞ、こっちは)


 フレイについている二人の黒チームの選手は戸惑っていた。既に三分以上、フレイは二人の全域二対一防御(フルコートダブルチーム)をかわす為に、小刻みなダッシュを繰り返している。それについて回る二人も消耗してはいる。けれども二人いるので、少しずつは体力の消耗を抑えることが出来た。


 マークが二人分になった為、フレイの動く範囲は大きくなり、それだけしんどいはずだ。だが、その動きは一向に衰えない。点差こそ開いてはいるが、この二人に限定すれば逆に追い詰められている思いであった。


 (いや、そんなことはない! 絶対にこいつの動きもがたがくる。しつこくついて回れば)


「ねえ、聞いていいかな?」


 不意に聞こえてきたフレイの声に、二人は顔をあげた。ほとんど汗をかいていない顔がこちらを向いている。


「あんたらさ、ゴブリンに殺されかけたこととかある?」


「は?」


「な、何言ってんだ?」


「倒したと思ったら変身して襲いかかってくるような敵と剣を合わせたことは?」


 答えようのないフレイの質問に、二人は困惑した。この間にもマークは解いていないが、質問の意図が分からないので何となく不気味だ。


「そういうの経験したらさ、全然ぬるいんだよ、あんたらの防御(ディフェンス)なんて」


 言葉の末尾は黒チームの二人には半分聞こえなかった。なぜなら全く反応出来ないスピードでフレイが反転し、球技場の真ん中付近でパスをもらったからである。


「やばっ、ドライブくるぞ!」


「止めろ!」


 慌てて間合いを詰める二人、しかし左に一度フェイクを入れてからフレイが動いた。そのドライブの余りの鋭さについてこれず、あっさりと抜かされる。


「抜いた!」


「おおっ、二対一(ダブルチーム)を振りきったぞ、あいつ!」


 俄然沸く白チームの観客。しかし黒チームにしてみれば冗談ではない。二人がフレイに抜かれた為、瞬間的に三対五の数的不利に陥ったのだ。それでも一瞬でマークを切り替え、フレイのドライブの進路を防ごうと動いたのは流石である。


 (抜ける)


 一瞬スピードを緩める、それに引っ掛かった相手をゴールに向かって中央から抜きさる。ここにきてまだフレイはパスを出さない。この要注意人物の狙いに気づき、黒チームの残り二人が慌ててゴール下でブロックしようと跳んだ。


「高い!」


 観客席から上がる悲鳴とも歓声ともつかない声。確かに黒チームのブロックに跳んだ二人は、チームでも190cm近い最長身の二人である。腕の長さも含めれば、フレイとの差は相当にある。


 (高いけどな、これも超えられる!)


 だが、ドライブからそのまま踏み切り跳んだフレイの最高到達点は、その二人の差し上げた手の更に上だった。

 右手のボールを思いきり風車のように回す。腕の回転で勢いをつけ、二人分の防御(ディフェンス)を超えた。そのシュートが直接リングに叩きこまれた。


 激しくゴールが揺れ、ガシャと鎖製のゴールネットが軋んだ。一瞬遅れて、シュートの勢いに押されて吹っ飛んだ黒チームの二人が床に転がった。フレイはその傍らに軽く着地する。


「ダンク決めやがったぜ、あいつ!!」


「いや、それもそうだけど五人抜きだぞ!」


 どよめく観客、一気に沸き上がる白チーム。マレットは何が起きたのか分からず、呆然としていた。とにかくフレイが凄いというのは伝わったが、あんな風にボールをゴールの上から叩きこむシュートなど見たことがない。


「ね、イルエッタ、ダンクって何?」


「ああいう風にね、ゴールの上から直接ボールを叩きこむシュートのことよ。籠球の花形よ」


 完全に解説ポジションの位置についたまま、イルエッタも驚いていた。通常、ダンクは身長がかなり高くないと無理なシュートだ。それをあの180cmもないフレイが決めたのだ。


「そうなんだ。フレイさん、かっこいー!」


「って、いまさら!?」


 マレットがワンテンポずれた声援を送るのに、ついイルエッタは突っ込む。そしてこの時、球技場では白チームが怒涛の反撃を開始していた。



******



「当たれ! 全域一対一(オールコートマンツーマン)!」


 白チームのベンチから上がった指示に、全員が反応する。フレイのダンクでついたチームの勢いを逃さず、ここを勝負所としたのだ。黒チームのパスが回りづらくなる。味方の選手と二人がかりでボールを奪い、フレイはそのままノーマークでシュートを決めた。


 (やっぱりだ。全然体が軽い)


 軽やかに動きながら、フレイは何故他の選手に比べて疲れづらいのか、その理由に気がついた。

 二対一(ダブルチーム)をまだ仕掛けられているが、それもさほど苦にならない。


 分かってみれば簡単な話だ。レベルが他の選手より高いからだ。このレベルというのは籠球の上手さではなく、まさにレベルそのものである。魔物を倒しその経験が一定に達するごとにレベルは上がり、それと共に体力、集中力、精神力、敏捷性なども上昇する。戦闘を専門とする者から見ればレベル7はたいしたことはないが、一般人からすればかなり上だ。


 スタミナが枯渇してくる終盤にこそ、底力の差が浮き彫りになる。もともとのボールスキルの上手さは、この体力の上昇により更に生きたということだ。





 相手のシュートをブロックする。転がったボールを素早く奪い、一気に攻めに転じる。残り時間は5秒。浮足だった相手を攻め続けた結果、今の得点は白が65、黒が63と既に逆転している。ラストショットはこちらが握っているのだから、完全に勝ちモードだ。


 (最後に一本)


 フレイは3Pシュートの線の外側で構えた。ゴールと自分を結ぶラインをイメージし、それに乗せるようにボールをリリースする。膝に貯めた力をそのまま上半身へ。肩、肘、手首と伝わった力は最後は指からボールへと。


 シュートがゴールに吸い込まれる。そしてほぼ同時に、試合終了の笛が鳴った。


 最終得点は白が68点、黒が63点。後半だけで21点を叩きだしたフレイの独壇場であった。



******



「大活躍でしたね、フレイさん!」


「あー、まあそうですね」


 嬉しそうなマレットに対して、フレイは苦笑いだ。実はこの会話が繰り返されるのは六回目。最初は褒められて嬉しかったフレイだが、そろそろ食傷気味である。


 結局あの後、「もう行かないと」とフレイは二試合目への参加を断ったのだが、白チームの選手はもとより黒チームの選手からも握手を求められる人気者ぶりだった。二対一(ダブルチーム)を仕掛けてきた二人からは「今度は止めるから」と言われ「いや、もう疲れるからいいっす」とフレイは素で答えてしまい「そんなこといわずに再戦しようよ」としつこく誘われた。


 そんなこんなで両チームの誘いを振りきったのだ。ようやく予定通り渓谷にある大きな池、いやむしろ湖と呼んだ方が近いかもしれない、に浮かべたボートに乗って、二人は遊んでいるところである。



 付近の木々を水面に映し、湖は深緑と空の青が混じった静謐な鏡のようだ。時折、水鳥や同じようにボートで遊ぶ他の人達が立てる波紋が、その水面を揺らす。


「それにしても籠球なんてしていたんですね。知らなかったです」


「話す機会が無かったですからね。それにここ一年、いや、一年半くらいは、まともにやっていなかったし」


 フレイの言葉にマレットは驚いた。あれだけ出来るのだからずっと続けているのだと思っていたのだ。ボートを漕ぎながらフレイが口を開く。


「籠球始めたのは7歳の時です。うち、兄貴二人もやってたから一緒に遊んでたんだけど、やっぱりあっちの方が上手かったから最初は負けっぱなしでした。悔しいからずっと練習してましたよ」


 デューター家と同じくらいの家格の地方貴族で籠球をする人がいれば機会を選んで一緒に楽しんだり、私有の兵士の中に上手い兵士がいたら暇な時に教えてもらったりと工夫して、フレイは上手くなっていった。

 もともと馬で外を駆け巡ったり、剣術の練習などもしていたので運動の基礎は出来ていたのだという。


「16歳の時に北部州の選抜に選ばれて。それから一年間だけ選抜選手の名誉を受けてました」


「じゃあ17歳からはやってなかったんですか?」


「本気の試合はね。ちょうど膝を怪我しちゃって、その故障治すのに時間かかって。今では何ともないですけど。あとはぼちぼち遊んでいられないなあと思うようになってきたんで」


 そう言うフレイの顔には屈託がない。ほんとに籠球には未練がないのだ。もし続けていても自分の将来には特にプラスに働かない。


 (ただ、もうちょいやっても良かったかな)


 時折そう考えることがある程度だ。あの時点で有り得た選択肢の可能性を振り返っても、別に罰は当たらないだろう。


「イルエッタがね、もし良かったらまた遊びに来てと言っていましたよ」


「あの人すか......ちょっとああいう押しの強い人は苦手なんですけど、まあたまになら」


 イルエッタの勝ち気そうな顔を思い出し、げんなりとするフレイ。マレットの職場の同僚というなら、あまり邪険にも出来ない。それに――


 (久しぶりにやったら結構楽しかったしね。またやろうかな)



******

 


 ボートを出して30分ほど経過しただろうか。風も緩く、オールが水面を叩くパシャリという音と時折水鳥の羽ばたく音が聞こえてくるだけの、静かな時間が過ぎていく。


「知らないことってたくさんありますね」


 ボートの片端に座ったマレットが呟く。その視線はフレイの方ではなく、水面の一点に向かっている。何か言いたげに見えたので、フレイは黙ってオールを漕ぐのを止めた。


「私、フレイさんが小さい時何してたとか、どんな食べ物が好きかとかも知らないんですよね」


「まあ、そんなもんじゃないですかね」


 どう答えていいものか迷い、結局フレイはそんな気の利かない返事しか返せなかった。


「籠球があんなに上手いということも初耳だったし。きっとこれからも、フレイさんとお付き合いしていたら知らないことがたくさん出てくるんでしょうね」


「ん、多分。でもそれは俺も同じですから。俺もマレットさんのこと、まだ知らないことたくさんあると思います」


「そうでしょうか?」


「きっとそうですよ」


 答えながらフレイも湖面に視線を落とした。パシャリ、と小さな音を残して、小さな魚が水底に潜るのが見えた。

 それを見ながらフレイは口を開く。


「だから、時間をかけてお互い知っていけばいいんじゃないですか」


「――そうですね、うん」


 マレットが微笑みながら答える。その視線が湖面からフレイに向いた。


「私、フレイさんで良かったです。理由は分からないですけど、貴方の前だと、肩肘張った自分ではない素の自分でいられる気がします」


 その言葉の裏にマレットの過去の影を読み取ったのは、フレイの深読みだったかもしれない。

 だが昔、自分が同意してのこととはいえど、雇い主の年上の男の愛人という立場だった過去がマレットにはある。その時は、こうして誰に気遣うでもなく二人で出かけるなど、とても出来なかったのではなかろうか。


 再び湖面に視線を戻したマレットの横顔から何か分かるわけではなかったが、彼女にはもうそんな辛い思いはさせたくないなという気持ちがフレイの心を刺す。


 同情? 愛情? いたわり?


 いや、この気持ちに貼る名札なんてどうでもいい、ただ俺はこれ以上彼女が傷つくのは見たくないだけだ。


「マレットさん」


「はい」


 フレイの呼び掛けに、マレットは顔を上げた。その柔らかい表情を見てフレイはただ綺麗だな、と改めて思う。


「きっと、これからいっぱい良いことありますよ」


 フレイの言葉に照れたのか、マレットの頬が赤くなる。僅かに傾いたオレンジ色の日差しから顔を隠すように、麦藁帽子のつばを下げた彼女が呟く。


「......甘えちゃいそうです、フレイさんに」


 声に隠れた涙の気配に気づかないふりをしたまま、フレイは再びオールを手にとった。

作者的にはフレイが一番好感もてるのですが、どうなんでしょうね。

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