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フェルトール渓谷でピクニック 2

******


 籠球(バスケットボール)のルールは以下のものとする。


・チームの人数は五人。


・ボールをお互いのゴール(ボールよりやや口径が大きい鉄の輪、もしくは籠)に放り込めば、得点になる。


・普通のシュート(ボールをゴールに入れること)なら二点、所定の距離より遠い場所からなら三点、シュート体勢時に反則を受けて放る自由投(フリースロー)なら一点。


・ボールは床につくドリブルか、あるいは味方に投げるパスで進めていくこと。


・一試合は40分、それを四等分しそれぞれをクオーターとして区切る。第二クオーターまでを前半、それ以降を後半と呼ぶ。


・球技場サイズは横28メートル、縦15メートル。この長方形の短い方の辺の中央に互いのゴールを設置する。


・ゴールの高さは地面から305cm。


・試合終了時に一点でも多く取っていたチームの勝ちとする。


******


 (確かこんなルールじゃ無かったかしら)


 ベンチに座って後半開始を待ちながら、マレットは籠球のルールを思い出していた。日差しを防ぐ為にまだ麦藁帽子はかぶっているが、幸い球技場脇に生える木々が木陰を作ってくれているので、直撃は免れていた。


 その横にはイルエッタが座っている。楽しみ半分、驚き半分という顔だ。


「ねえ、フレイさんて北部州選抜って言ったの?」


「ええ。ね、それって凄いの? 私、球技疎いから何となく上手いんだろうなくらいしか分からないんだけど」


 まだ判断つきかねるという顔のマレットにふう、とため息をついて、イルエッタが説明を始めた。


「えーと。シュレイオーネ王国が東西南北に国土を四分割してそれぞれを州として管轄し、その中央に王都があるのは知ってるわよね?」


「当たり前じゃない、子供でも知ってるわよ」


「うん、でね、籠球に限らず球技が上手い人はそれぞれの州、東西南北プラス王都直轄ね、ごとに行われる大会に出るのよ。その大会で特に目覚ましい活躍をした選手が、州選抜として選ばれるわけ」


 イルエッタの説明を聞きながら、マレットにも何となく凄さが分かってきた。だが、まだぴんと来ていない。


「その籠球の州選抜って一つの州で何人選ばれるの? 20人くらい?」


「まさか。5人よ。一チーム編成できるぎりぎり」


「え? じゃあフレイさんて」


「そ、単純に考えれば、シュレイオーネ王国全体で上位25人以内に位置する上手さってことね」


「信じられない、そんなに上手なんだ」


 マレットは球技場に目をやった。彼女の恋人は、リラックスした表情で他の選手とシュート練習をしている。パッと見た限り、そんなに変わらない。


 (全国土内で25人に入るなんて、王国騎士団以上の精鋭じゃないの。ああ、まあ競技人口とか関係あるから一概には言えないかな)


「ちょっと楽しみよね。どれくらい上手いのか拝見させてもらうわよ」


「え、でもフレイさん、全然そんなこと言って無かったわよ。ほんとにそんな上手なのかな?」


 意気込むイルエッタをマレットはたしなめる。だが短い褐色の髪をかきあげながら、イルエッタは笑った。


「シュート練習だけ見てても分かるわよ? 凄く綺麗なフォームしてるもの。さ、後半が始まるわ」


 そう言われてもマレットにはシュートフォームの違いなど分からない。とりあえずフレイが楽しそうな顔で練習しているのでまあいいか、と思いながら後半開始の笛を待った。



******



 これを着けてと言われ、フレイはチームの選手から受けとった首飾りをかけた。それがパッと光り、服の上に白い靄のようなエフェクトが発生する。それと同時に体感温度も数度下がったようだ。どうやら、こういう球技をする際に使う魔道具らしい。


「こりゃ凄いな。これでチーム分けですか?」


 暑いのは嫌いなので、フレイにとっては体感温度が下がったのは何より嬉しい。フレイに話しかけられた選手は丁寧に答えてくれた。


「ああ。王都では人気のアイテムでね。まあ見ての通り、俺達とは反対の黒い靄のエフェクトがかかった方が相手チームだ。フレイ君だったよね、よろしく。ちなみに籠球の経験は?」


 一瞬本当のことを言うか迷ったフレイだが、とりあえず隠しておくことにする。相手に聞かれて変に警戒されても面倒だ。


「ま、三年間くらいやったことはあります。よろしくです」


「頼むよ。遊びだけど出来たら勝ちたいしね。見ての通り、俺達は今負けてるし」


 男がちらりと見た方にある得点板。そこに記された得点は黒が42点、白が30点だ。


「12点差っすか」


 一般的に、籠球は10点以上離されるときついとされる球技である。もし3Q早々に相手に得点を重ねられてしまったら、もう勝負あったということになりかねない。


「それでは第3Qを始めます。両チーム、球技場中央へ」


 審判の声がかかる。それに合わせてフレイは同じ白チームの選手にどうも、と言いながら、久しぶりの感覚に高揚を隠せなかった。


 (最初は様子見と思ったけど、そんな余裕もなさそうだし。全開でいくか)


 下は固く慣らされた土だ。本来屋内で行う籠球だが、これでも十分楽しめそうではある。自分のマークを確認する。急造チームだから誰が誰につくかは適当である。大体似たような身長の選手につくと、相手もこちらを見定めたようだった。


「よろしく」


「――どうも」


 フレイの挨拶に相手が短く答える、そんな試合前の一瞬も終わりを告げ――


 そして後半開始の笛が鳴った。






 籠球に一番必要とされる要素は何か。

 ボールスキル、スピード、当たりの強さ。確かにそれらも必要だ。だが、なんといっても高さが最重要項目だ。ゴールは305cmの地点にある。必然そこにシュートを決めるならば、高い打点から打たなくてはならない。しかも目の前には防御側の選手が手を上げて立ち塞がるのだ。


 (この後半から入ってきたやつ、ちょっとは上手そうだけど身長は大したことないな)


 その黒チームの選手は、自分のマークする相手を観察した。なるほど、経験者らしく足運びや動きにはキレがある。だが身長は精々170半ば。180ある自分より低い。


 (ドライブにせよ、シュートにせよ俺が抑えてやるよ!)


 そのフレイにパスが来た。何気なくパスを受けとったフレイは相手に向こうとした瞬間、肩だけ小さく右に振った。


 その動きに釣られ、相手が一歩下がる。素直な反応、いい動きだ。だが。


 (素直過ぎるよな、残念)


 相手が一歩下がったことで、フレイとの間合いが広がる。それを利用して、フレイはそのままそこから真上に飛び、ジャンプシュートを放った。右手の手の平から指先へとボールが滑らかにかかり、翻った手首のスナップが美しい弧を描かせる。


「な!?」


「はええ!?」


 相手選手達が思わず声をあげる程の、滑らかで無駄の無いモーション。そして無駄が無い故に、ボールキャッチ→肩によるフェイク→シュートリリースまでが極めて速い。


 ボールがゴールを通過した時、既にフレイはその方向を見ていなかった。まるで入るのが当然というように。


「これで10点差だ」


 黒42点vs白32点。第3Qの最初の得点はフレイが挙げた。そしてこれを皮切りに、白チームの反撃が始まったのだ。







「ちっ!」


「遅いね!」


 ゴールに向かって左サイドでボールをもらい、フレイがそのままドリブルでゴール目掛けて突っ込む。この動きをドライブと呼ぶが、余りに急加速するドライブの前に相手選手が簡単に抜き去られた。


 だが素早く戻っていた黒チームの選手二人が、同時にフレイの前にサイドステップで立ち塞がる。どちらもフレイより大柄である。このまま行けばシュートが叩き落とされるのは明らかだ。


 (さすがにあれじゃ無理!)


 観客席で見ていたマレットにも、それは容易に予想出来た。ブロックされるなと彼女が覚悟した時だった。


 (俺が一人抜いて二人ブロックきてるなら、当然オープンの味方がいるよな)


 さすがに味方の選手も経験者だ。ちょうどゴールの真正面の3Pラインで、味方選手の一人がフレイを信じて待っていた。フレイはドライブからそのまま高速パスに切り替え、どんぴしゃで彼が最もシュートを打ちやすい位置にパスを通した。


 余裕を持ってその味方選手が放った3Pシュートが、ゴールに突き刺さる。得点板が黒54点vs白50点を指したところで、第3Qの終わりを告げる笛が鳴った。



******



「ナイスパス」


「ナイッシューです」


 Q間の短い休憩時間に、シュートを決めた味方選手とフレイは声をかけあった。大した意味がないようにも見えるが、意外とこういう声かけ一つでチームの雰囲気が変わる。


「行けるよ、これ!」


「おお、フレイ君のおかげで攻撃(オフェンス)が断然楽になった、このまま4Qも取れるはずだ!」


 俄然沸く味方の選手達を見ながら、フレイは水を飲んでいた。確かにこのままのペースなら、確実に4Qの10分は逆転できよう。けれども、まだフレイは不安だった。


 (無策過ぎるよな。俺に防御(ディフェンス)を引き裂かれてるのが分かっていながら、何にも仕掛けてこないじゃん)


 前半12点もリードしていることから分かる通り、元々の自力は黒チームが上なのだ。このまま終わるとも思えない。


 さてどう出てくるかと考えつつ、フレイは観客席を振り返った。マレットとイルエッタがこちらに気づいたのか、笑顔で手を振ってくる。


 (ま、いいや。何とかなんだろ)


 あと10分だけだ。そう思いながらフレイも二人に手を振った。



******



「彼、凄いわね」


「そうね、それくらいは私も分かる」


 イルエッタの呟きに、マレットは頷いた。事実、フレイの動きはど素人のマレットの目にも際立って見えた。前半終了時の12点差を4点差にまで縮めた原動力は、間違いなくフレイの働きである。


「何か調子狂っちゃう」


「ん? どーいう意味よ」


「フレイさんて普段は凄くのほほんとしてるのよ、どっちかというとのんびり屋さんで。でも籠球してる時、凄く溌剌としてて」


 マレットが話すのを聞きながら、ついイルエッタはにやにやしてしまった。


「惚れ直したってことかな? 会計府じゃいつも冷静なあんたがこんなに熱入れて話すなんて初めて見たよ」


「茶化さないでよ、もう」


 ついムキになる同僚に、イルエッタのにやにやが止まらない。


「いやいや、でも真剣な話、あんた今の方が断然いいよ? 表情生き生きしてるもん。あたしが男だったらほっとかないな」


「それはどーもー」


 ぷいとそっぽを向きながらも、マレットは自分の顔が赤いのを自覚していた。確かにフレイと二人で会うようになってから、感情を表に出すことが増えた気がする。


 (素直に話せているから? うーん)


 首を捻っても答えは出ない。そしてこの間にも、次のQの開始時間が迫ってきている。


「このまま行けば勝てそう?」


「まあ、このまますんなり行けば、ね」


 マレットの問いに対し、イルエッタは顎に手を当てながら含みのある答え方をした。白チームの中心がマレットの彼氏なのは明らかだ。それなら当然止めにかかるだろう。


 (4Q開始直後。奇襲はいきなりが鉄則)


 イルエッタが呟く中、第4Qの笛が鳴った。フェルトール渓谷を流れる風が笛の音を散らす。



******



「やっぱ、そうくるよな」


 黒チームの防御(ディフェンス)が変わったのは、まさに第4Qの開始直後からだった。それまで一対一(マンツーマン)でついていた相手がフレイに二人割き、白チームの残りの四人を黒チーム三人で守りにかかったのである。


 フレイがボールを持っていない時でも、ぴったりと二人がかりでマークしてくる。さすがにこれではフレイも思うように動けない。


「焦るな、四人で三人を守ってるんだ! パスを回せばノーマークは作れる!」


 白チームにベンチから声がかかる。だがそれまでフレイ中心の攻撃(オフェンス)で攻めていた分、それが止められたのは痛い。勿論黒チームも勝負に出た分だけ消耗はあるが、もともとの地力が白チームより上なのだ。仕掛けた分だけ有利といえた。


「なるほどねえ。わざわざ第4Qまで二対一(ダブルチーム)を封印してきたのは、体力消耗のリスクを抑えるためかよ」


 しつこく付き纏う二人の相手をなんとか振りほどこうとしつつ、フレイは毒づいた。さすがに四人を三人で守ろうとするとボロも出やすい。それを運動量でカバー出来る時間の限界が10分と見込んだのだろう。


「しまった!」


 白チームが回していたパスがカットされる。頼みのフレイが封じこまれた動揺が、プレイの迷いに繋がったのだろう。球技場にこぼれたボールに、黒チームの選手が一早く飛びついた。

 倒れこみながらも仲間の選手にパスし、そのままパスを受けた選手がノーマークでシュートを決める。


 黒56点vs白50点。逆に差は開いてしまった。


「よおし! ここで差を開けるぞ!」


「くっ!」


 黒チームの意気込みに気圧されそうになる白チーム。だが、素早くゴール下からリスタートしようとしたその時だ。


全域二対一防御(オールコートダブルチーム)だと!?」


 フレイがボールを自陣近くで貰おうと下がった時である。通常ならば球技場のちょうど真ん中のラインからつき始める防御側の相手が、そこまでびったりとくっついてきたのだ。もし半域防御(ハーフコートディフェンス)ならば、相手がシュートを決めた後なら簡単にフレイがボールを持てる。しかし全域防御(オールコート)だと、それもままならない。


「とことん俺を封じようってか」


「やられっぱなしでは癪なんでね。本気で行かせてもらうよ」


「ボールも満足に持たないんじゃ、シュートは決められねえよな?」


 呻くフレイに二人の黒チームの選手が圧力を詰める。腰をしっかり落とし基本に忠実な構えだけ見ても、かなり鍛えこんでいるのは明らかだ。それが二人、しかも全域二対一防御(オールコートダブルチーム)である。


(――いいだろう、あんたら二人の足がもつれるのが先か。俺のスピードが振り切るのが先か。この第4Qで勝負決めてやるよ)


 フレイの目が細く締まる。雰囲気がぴりぴりと緊張を高める中、残り時間は9分少し。点差は6点、白のビハインド。だが勝負はここからである。

諦めたらそこで試合終了だよ。

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