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どっちが正しい?

「ごゆっくり」とソフィーの母は言い残して退室した。当然居間に残されたのは、フレイとソフィーの二人である。


「フレイさんて貴族だったんだ。全然分からなかった」


「フレイでいいよ。別に貴族だからって大して偉くない。言った通り、デューター家は地方の子爵家だ。特に権力とかもないしね」


 興味津々といった感じのソフィーに対し、フレイは飄々と答えた。それよりかは早く宿題を始めたかった。


「宿題」


「え? ああ、そうね」


 居間にあるソファに座らせてもらう。机の上にひらりと一枚取り出したのは、宿題の問題用紙だ。全部で六問載っている。


 さらっと最初から最後まで目を通す。要は、勇者ウォルファートの行動に応じて適切な仕訳を作ればいいらしい。早速一問目から取り掛かる。


 1. 少し強くなった勇者様は遠出をしました。そして一つの村に着きました。そこで、彼は恐ろしい大狼が村を襲ってきたのを見ました。勇者様はそれを撃退して、20グランを手に入れました。


「こりゃ簡単だな」


「あっさりよね」


 資産 20(お金) / 利益 20



 フレイもソフィーも簡単に解けた。逆にあまりに簡単なので、何か罠があるのではと勘繰ってしまった。だが、おさらいだとしたらこんなものだろう。


 これと同じような難易度の問題が続いた。はっきりいって簡単である。フレイだけでなくソフィーもすらすらと解いていた。

 もっとも「勇者ウォルファートは二人の女性両方に声をかけた挙げ句、それがばれて最低! と罵られました。そして思い切り平手打ちされました。その怪我の治療に15グラン払いました」という問題を読んだ時はげんなりしたが。


「勇者が女癖悪いなんて幻滅......」

 

「案外英雄なんてそんなもんじゃないか?」


 年頃の娘らしく文句をいうソフィーに対し、フレイは比較的冷静だった。だが冒険も序盤でこれでは、この先どうなるのだろう。


 "君さー、俺のこと知ってる? 知らないわけないよねー、ほら、近頃有名な勇者、そう魔王を倒すべく旅立った勇者なんだよ。驚いたかい、そんな人類の救世主が君の隣にいるなんて!"


 ひどくうざいナンパな勇者がフレイの脳裏に浮かぶ。人格的に救われないな、と思いながらとりあえず問題を解く。


「金が減ったからそれを右側に書いて、左側は費用――治療費でいいか」


 費用 15 (治療費) / 資産 15 (お金)


「魔物にやられて治療とかじゃないんだ」


「勇者としては不名誉だよなー」


 まだジト目のソフィーに相槌を打つフレイ。この先隠し子とか出なければいいな、といらぬ想像をしてしまう。



 途中、ソフィーの母親がフレイの持ってきたタルトを紅茶と共に持ってきてくれた。あと一問というところではあるが、紅茶が冷めるのは嫌なので休憩にする。


「ソフィーさんさ」


「ソフィーでいいわ」


 たしなめられ、フレイは言い直した。


「ソフィーはアンクレス商会の子息なのに、なんでわざわざ無料の講座なんかに来てるんだ。商会なら商売するための基礎知識として簿記をきっちり教えてくれるだろう」


 フレイの言う通り、実家が事業をしている場合はその事業に関係ある学問は学府か私塾で学ぶ。見たところ15、6歳のソフィーが学府に行くのが少し早いとしても、私塾ならいくらでも行けるだろう。わざわざ無料講座で学ぶ必要はどこにもなかった。


「行かせてくれないのよね」


 ソフィーの返事にどこか湿ったものを感じ、フレイはいったんフォークを置いた。タルトを飲み込んでからその様子を伺う。


「なんでまた?」


「お前は大きくなったらどうせ嫁に行くのだから、学校なんか行かなくていいよ、とお父さんは言うの」


「そりゃまた......」


 なるほど、向学心のある女子には有り難くない父親のようだ。まだそういう旧弊的な考えの親父がいるのかと思わなくもないが、アンクレス商会を誰か他の者に継ぐ目処が立っているのだろう。それならば、無理にかわいい娘に勉学などさせたくないというのも、ありえなくはない。


 フレイはソフィーの顔をそっと見た。金色の髪、昨日は気づかなかったものの、紫色の神秘的な瞳のかわいい子だ。あと二年もすれば、その美しさは完全に花開くであろう。確かにこの器量なら良い結婚相手を見つけて、苦労のない生活をしてほしいと親が願っても不思議はない。


「でもね。あたしはもっと色々学びたいし、働いてみたいのよ。そのために学ぶ機会が欲しいから、とりあえず無料講座に行ってみたの」


 小遣いでは私塾の学費では足りないから、と付け加えソフィーは一口紅茶を啜った。


「両親はそれには反対しないんだ?」


「好きにしたらって言われてるわ。どうせ長続きしないだろうと思われているみたい」


 悔しそうに言うソフィー。

 フレイは少々申し訳ない気持ちになった。自分は行こうと思えば、私塾に行く程度の自由と金は持たされているのに日々何もしていない。向上心に溢れた目の前の少女と比べると、雲泥の差だ。


 (同じ無料講座に通っていても、心意気が違うよなあ)


 フレイははあ、と小さくため息をついた。


 気を取り直し最後の問題に向かう。お喋りも楽しいが、宿題をしにここに来たのだ。目的を履き違えてはいけない。



 6. ウォルファート様は傷薬を買うことにしました。なぜなら、まだ自分で治癒の呪文が使えない為です。魔物の攻撃を何発か喰らえばピンチになります。


「ふむふむ」


 フレイは納得しながら読んだ。怪我や傷を治癒する呪文は高度な呪文になるため習得が難しい。まだ低レベルのウォルファートには無理なのだろう。


「一個20グランの傷薬を二つ買いました、か」


 全部で40グランである、お金が減ったので資産の減少、つまり右側に資産を書く。左側は何だろうか。資産の減少だから費用か、とフレイは考えた。だが待てよ?


「お金が減るかわりに、傷薬を得たよなあ」


「フレイもそう思う?」


 ソフィーも同じ疑問に当たったようだ。机から顔を上げた二人は、互いの顔に迷いがあるのを認めた。


「ね、これ、資産であるお金を減らして、資産である傷薬を手に入れたんじゃないの?」


「えー、でもさあ、武器や盾や鎧なら分かるけど傷薬だぜ? 何となくだけどさ、資産て使い減りしないものを指すんじゃないのか?」


「あー、そう言われたらそうかも」


 ソフィーの頭がぐるぐるしてきた。フレイの説ももっともな気がする。考えてみれば、もし傷薬が資産なら仕訳はどうなるか。


 資産 40(傷薬) / 資産 40(お金)


 となり、右側も左側も資産となる。何だか変な感じだ。


 何となくだが


 費用 40(薬代) / 資産 40(お金)


 の方が正しい気がする。


「わかんねーな。両方正しい気がするぞ」


「う~ん? あたしもわかんない」


 フレイとソフィーは頭を抱えた。

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