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クラスメイトに誘われる

「もしもし」


「はい?」


 二回目の授業が終わり、講師のマレットは去っていった後のことだ。ちょっと疲れたなと思っていると、フレイは声はかけられた。振り向くと金髪の少女がこちらを見ている。


 さっき質問してた子だ。正面から見ると、すっきり通った鼻筋が印象的な可愛さと綺麗さが両立した美少女である。


 フレイも若い男子である。見目麗しい女の子に話しかけられて悪い気はしない。


「えーと、何か用ですか?」


 ただし気が利かないので、こんな平々凡々なことしか言えないのだが。


「あなた、何やっている方なの? 良かったら教えてくださる?」


 丁寧な言葉遣いではあるが、口調ははっきりしている。無駄が嫌いなタイプだなと判断しながらフレイは答えた。


「別に何も? 日々ぶらぶらだけど」


「え? その日暮らしなの?」


「生活に困ってるわけじゃないけど、まあ似たようなものかな」


 改めて自分の状態を人に説明するとなかなかに情けない。実家のデューター子爵家から仕送りが送られているので食うに困らないのは事実だが、日がなやることがなくぷらぷらしているというのはあまり誇れることではあるまい。


 とはいえ、それを恥と思うほど高潔な精神をフレイは持ち合わせていなかった。要は人に迷惑をかけなければいいのだ。


 一方、声をかけてきた女の子は、フレイの発言を額面通り受け止めたようだ。


「つまり、日中時間あるのね。なら好都合だわ。あなたにお願いしたいことがあるのよ」


「厄介ごとじゃなきゃいいよ。何だい」


 もう二人以外の聴講生は帰っている。フレイも帰ろうと荷物を片付けていたところだったので、その手を動かしながら返事をした。


「次回の講義までに宿題が出たじゃない? あれ、自信ないのよ、あたし。良かったら一緒にやってもらえないかしら」


「......別にいいけど。君、家どこ? あと、名前教えて貰っていいかな」


 よかったというように表情を緩め、女の子はポケットから名刺を一枚取り出した。"ソフィー・アンクレス"という名前と住所がそこに書いてあった。


 アンクレスという単語にフレイの記憶の一部が刺激された。覚えがある。


「アンクレスってアンクレス商会のことかな。あの大きな商会のお嬢さんが無料講座に参加してるとは知らなかったよ」


「あら、うちも結構有名なのね。で、あなたの名前をお返しに教えていただけないかしら?」


 確かあの家は上級平民だったな、とフレイは記憶を確認しながら返事をした。


「フレイ。フレイ・デューターだよ。今は居候の身。で、何でわざわざ俺に声かけてきたのかな? 宿題を一緒にやるなら他にも人はいたと思うけれど」


「フレイさんね、よろしく。そうね、単純にあなたが一番この講座の聴講生の中で頭が良さそうだったから。後は」


「?」


「顔かしら?」


 ふふ、と悪戯っぽく笑うソフィーに呆気にとられたフレイは「あ、そう」とぼんやりと返答した。とてもこれだけ見ると頭が良さそうには見えない。だがソフィーはそんなことは気にしないようだ。


「じゃあご足労ですけれど、明日の午後一時にうちに来ていただける? それに住所書いてあるから」


 名刺を指差しながら、ソフィーはフレイの返事も聞かずにその場を去った。バイバイと手を振ってくれたのがせめてもの慰めだが、いきなり明日の予定を強制的に決められてしまった。フレイは一人ぽつんと誰もいない教室に取り残された格好だ。


「なんつーか、忙しい女だな」


 ぽりぽりと頭をかきながらフレイは教室を出た。どうせ毎日特に予定もない身である。ちょっとした日常の変化は歓迎すべきことであろう。



******


 

 翌日は生憎の雨だった。春の雨はしとしとと柔らかい雨音を紡いで降る、とフレイは思う。だからといって濡れずに済むわけではないのが悔しい。


「ちょい午後出てくる、傘借りるよ」


「あら、こんな雨の日に外出なんて珍しいわね。気をつけて」


 リーズガルデに一言告げると快く送り出してもらえた。あまり遅くならないうちに戻るとだけ言い残して、フレイは屋敷を後にした。


 アンクレス商会は、王都の何箇所かに店を構えるそこそこの規模の商会だ。名刺に書かれている住所は恐らく店舗ではなく邸宅の住所だろう。そう考えながらフレイは歩く。


 (あ。手ぶらじゃまずいか?)


 全く気にしていなかったが、仮にも人の家を訪ねるのだ。手土産の一つも持参するのが常識だろう。

 女の子の好む物と言えば菓子か、と即断してフレイは適当な菓子店に入って、焼き林檎のタルトを買った。


「お買い上げありがとうございます。お会計10グランになります」

 

「どうも」


 銀貨一枚を店員に渡し、タルトの入った平たい箱を小脇に抱える。


 (今、自分は10グランを払った。ということは資産であるお金が減ったのだから、仕訳の右側は資産 10(お金) になる)


 歩きながらフレイは最近習った簿記の知識を思い出した。さっそく応用してみよう。


 (資産が減ったことは費用で表すから左側は費用になるんだよな。えーと、タルトは食べ物だから食費? それともお土産だからお土産費用? いや、そもそもそんな細かく種類別れるのか?)


 多分こうでいいや、とフレイは仕訳を頭の中で作った。


 費用 10(食費) / 資産 10(お金)


 これが簿記か、と習ったばかりの知識を活用出来たフレイは少し気分が良かった。






 目指すソフィーの家はそれほど苦労なく見つかった。中級区にあるそこそこ小綺麗な家である。豪邸ではないが家周りの壁はしっかりしており、趣味のよい色使いが印象的な家だ。門に備え付けられた呼び鈴を押すと、程なく門が開き召し使いらしき女が顔を出した。


「フレイ・デューターと申します。本日一時にお宅のソフィーお嬢さまと面会のお約束があり、伺った次第です」


「お嬢さまからお聞きしております。雨の中わざわざありがとうございます、さあ、どうぞ」


 よそ行きの声でフレイが挨拶すると、すぐに召し使いは中に入れてくれた。服の袖に着いた雨を払い、傘を軒先に立て掛けて中に入る。


「こんにちは、フレイ」


 斜め上から降ってきた声にフレイは顔を上げた。淡いブルーのスカートと揃いの上着を着たソフィーが階段を下りてくる。


「ああ、こんにちは。これ、お土産」


「ありがとう! 後でお茶入れるわね」


 フレイがタルトの箱を渡すと、パッとソフィーの顔が輝いた。匂いで菓子だと勘づいたようだ。そのままソフィーの案内で家の中へと案内してもらう。




「お母さん、昨日言ってた簿記の講座のお友達のフレイさん」


「あらあら、こんにちは。はじめまして、ソフィーの母です。娘がお世話になってます」


「は、はあ。フレイ・デューターです。よろしくお願いします」


 案内された居間でフレイは頭を下げた。彼の前にはソフィーによく似た顔のご婦人がいる。つまり彼女の母親だ。親がいるなんて聞いてないぞ、とソフィーに文句を言いたかったが、普通に考えればいてもおかしくない。これは失念していたフレイが悪いだろう。


 (てか、昨日初めて言葉交わしただけなんです。お友達というわけではないです)という言葉が喉元まで出かかったが、それは飲み下した。その程度には大人である。


「デューター子爵家の方がお見えになるなんて光栄ですわ。どうぞゆっくりなさって」


 なるほど、さすがは情報に聡い商会の奥方である。地方の一貴族に過ぎないデューター家の名前もきちんと脳内にインプットされていたらしい。フレイがどんな人物かはともかく、上級市民のアンクレス家なら末端とはいえ貴族階級に属する人間を無下に扱うわけにもいかないであろう。


 残念なことに、それもフレイにしてみればこそばゆいだけなのだが。


「はは、俺はしがない三男坊なんで特にお構いなく」


「まあ、ご謙遜を。オホホホ」


「えっ、フレイさんて貴族だったの?」


 半分は作り笑いの母親と目が点の娘。無料講座に参加しているこの威厳の欠片もない男が貴族だとは、ソフィーは露ほども考えていなかったのであった。

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