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北門近辺へ

「ねえ、フレイさん」


「はい」


「私は貴方が関係者だから調査協力してもらってるけど、まるで無関係の人を連れてきていいなんて事は、一度も言った覚えはないわよ」


 マレットの声は大きくはない。だが、それは平静という意味とイコールではない。こめかみがぴくぴくしているのがその証拠だ。


「え、えと話せば長いことなんすけど」


「長くないわよ。あたしがフレイを手伝ってあげるってだけのこと、簡単でしょ?」


「遊びじゃないのよ!?」


 何とかしどろもどろに言い訳しようとするフレイの腕。ソフィーはそこに自分の腕を絡める。何故かその姿にいらっとして、マレットは思わず声をあげてしまった。


 (どうしてこうなった)


 女二人に挟まれ、フレイは己の不明を恥じた。



******



 そもそもの原因は単純明快、昨日問い詰めるソフィーに対して、あっさりとフレイが全てを洗いざらいぶちまけたからだ。。マレットと共同でバーニーズ金物店の行方を追っているとフレイが話すと、ソフィーが急に目をギラリと輝かせた。そしてフレイに、自分も一緒に混ぜろと言い始めたのだ。


「駄目だ、お前全然事件に無関係じゃねえか。危険かもしれないし、構ってる余裕はないんだよ」


「そんなこと言ってる場合? 早くしないとバーニーズは逃げちゃうかもしれないでしょ。それに、王都で働く商人にはアンクレス商会は顔が利くわ。役に立つと思うけど?」


 何とか帰らせようと試みたフレイに対し、ソフィーも言い張る。正直こじつけのような自己正当化だが、あまりの真剣さにフレイも折れた。渋々マレットの承諾を得れば......と折れたのが昨晩の出来事だ。


 その時はそれがベストな決断だと思っていたのだ。けれども、いざこうして女同士が角突き合わせている現場に立つと、後悔が押し寄せる。あの時、意地でもソフィーを帰らせるべきであった。


 (まるでドラゴン二匹が睨み合いしているところに迷いこんだみたいだった)というのは、後になってこの状況を振り返った時のフレイの偽らざる感想である。



******



「ねえ、ソフィーさん。ほんとにこの事件は危険かもしれないの。だから近寄らない方がいいわ」


 マレットも、簿記講座に通っているソフィーのことは記憶している。出来れば穏便に断りたい。だが、目の前の金髪の美少女はそれを聞いているのかいないのか、フレイの腕に絡めた華奢な両腕にますます力を入れた。


「危険と聞いたら尚更よ。フレイ一人にそんな思いさせるわけにいかないわ。大丈夫、自分の身くらい自分で守れます。だから安心して下さい、マレット先生」


 左下から聞こえてくるソフィーの声、そして何やら肘に感じる柔らかい感触にフレイはくらくら来た。けして色気にやられたわけではない。むしろややこしくなる事態に、顔は青ざめそうだった。


「おいソフィー、聞いただろ。マレットさんが危険って」


「だってねー、付き合っている彼がそんな危ないことに首突っ込んでたら、ほっとけないじゃない」


「寝言言ってんじゃねー!! 誰がいつお前とつき合うなんて言ったよ!?」


 別にソフィーが嫌いなわけではないが、まるで聞いた覚えがないことを言ってまでこの件に首を突っ込もうとする彼女の態度に驚き呆れ、かつその意図を掴みかねた。とりあえず今のフレイの脳みそは予期しない単語に真っ白である。


「ふう......そういうことだったの。いいわ、これ以上痴話喧嘩を聞かされるのもウンザリだし、邪魔しないという約束さえしてくれる? それならソフィーさんも一緒に加わってもらっても」


「ちょ、誤解です! 痴話喧嘩って何すか、俺は別に彼女とはなんでもな」


 フレイの必死の抗弁は、マレットの冷たい目で遮られた。怒っているというよりはもうこれ以上時間を無駄にしたくない――はっきりとその目が言っている。


「フレイさんの言い訳は後で聞きます。ソフィーさん、状況説明と今後の方針を説明するから、聞いてもらえます? 考えてみれば、貴女がいた方が作戦に幅が出るかもしれないわ」


「わかりました、しっかり聞きます!」


 眉間にシワを寄せながらも冷静になりつつあるマレットに対し、満面の笑みで答えるソフィー。そしてフレイはおろおろすばかり。この図だけ見れば典型的な三角関係の修羅場だが、実際は会計府が絡む真剣な事件調査の場なのだ。


 だから、メリットを無理矢理想像してこの場を収めたマレットが何故か(別にフレイさんが誰と付き合おうと関係ないし)と思おうと。

 笑顔の奥でソフィーが(マレットさんと二人きりになんかさせてたまるもんですか)と考えていても。


 フレイに出来るのは、可及的速やかに頭を切り替えることだけであった。







 昨日マレットとフレイが考え出した作戦。

 

 それは、北門近辺にいると思われる目下最大のバーニーズ夜逃げ事件の関係者たるカラスの入れ墨男、あるいはバーニーズ本人を探し出す為の作戦だった。


「俺らがうろうろしたんじゃ絶対怪しまれる、だから探すにしても、その地域に溶け込む人間に探してもらうのさ」


「え、でもどうやって?」


 ようやく落ち着きを取り戻したフレイの説明に、ソフィーが反応する。それに答えたのはマレットだった。


「大人がうろうろするから怪しまれるのよ。余所の地域に溶け込んでもおかしくない存在、つまり子供の力を借りるの」


「ってわけで、そろそろその小さな助っ人達が来る時間なんだけど」


 そう言いながら、フレイは部屋の扉を見た。まるでそれに合わせるようにコンコンと扉がノックされる。


「来たな。入ってくれ」


 フレイの声に合わせて扉が開く。ひょこりと開いた扉から、合計六つの小さな顔が緊張した面持ちのまま現れた。その中の一つがフレイを見つけて嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「フレイ兄ちゃん、来たよ。ボイスを見つけるんだろ?」


「昨日の今日でわりいな、ヒューイ。にしても全部で六人か、よく集まったな」


 ひょいと軽やかに立ち上がりながら、フレイが少年――ヒューイに声をかける。ヒューイは得意そうに鼻下を指で擦った。


「当たり前だろ。皆ボイスを見つける手助けが出来るんだって張り切ってんだぜ。なあ、みんな?」


「「おう!」」


 ヒューイの声に応える子供達。男の子も女の子も両方おり、どの子も元気がいい。一人この展開に取り残されているソフィーが、フレイとマレットの顔を交互に見る。


「この子らなら北門近くで遊んでいても怪しまれないでしょう? それにね、それだけじゃないのよ。子供ならではの接近のしかたがあるの」


「でだ、ソフィー。お前にもこの子らと行動を共にして欲しい」


 マレットとフレイの説明に「げっ」という顔になるソフィー。フレイとマレットの接近を阻止せんと無理矢理割り込んだのに、この子供らと一緒にいたのではそれが出来ない。


 だがここで断れば「なら帰れ」ということに成りかねない。そのあたりの損得勘定を考え頷きかけたところに、マレットの駄目押しの言葉が降り注ぐ。


「加えて、アンクレス商会と付き合いのある北門近くの商会を訪ねて情報を引き出してくれますか。私達では怪しまれるかもですが、ソフィーさんならアッサリ口を割る可能性は高くなります」


「やるわ。任せておいて」


 真剣そのもののマレットの声の響きに、ソフィーの精神も引き締まる。とりあえず自分の希望は横にどけることにした。


「おっし、じゃあ作戦開始だ。マレットさん、憲兵のおっちゃんらに隠れ家手配してくれたんだよな?」


「憲兵のお兄さんよ、たいして貴方と年齢変わらないわよ」


 フレイをたしなめながらマレットは頷く。今朝、部下の憲兵二人を動かした。北門近くを見張る為、会計府の息のかかった不動産屋を通して部屋を手配しておく必要があったからだ。今頃は簡単な見張りの準備くらいは出来ているはずだ。


 あとは現地に移動しつつ、マレットとフレイがソフィーやヒューイ、他の子供達に具体的な作戦内容と指示を伝えることになった。バーニーズ金物店夜逃げ事件は、ここに大きな転機を迎えることになったのである。




******




 ご苦労さま、とマレットが声をかけると、二人の憲兵はさっと敬礼して姿を消した。普段の制服を私服に替え、二人はするりと北門近辺の人混みへと紛れ込む。ソフィー、ヒューイらと違い、この二人はとりあえずやることが無いので一旦会計府に戻るのだ。


「よし、これでうてる手はうった」


「そうね。あとは彼らの成果を期待しましょう」


 王都北門近くの一軒家。二階建てであるこの建物は、二階の空き部屋を賃貸に出している。その一室をフレイとマレットは借り、今回の作戦の拠点としていた。


 わざわざ北門近辺に拠点を構えた理由は簡単、ソフィーらの報告をいち早く入手できることに加え、彼らの身に危険が迫った時に迅速に対処するためである。


 この近辺で鬼ごっこなどしながら、屋台で買い物でもしてその際に店主から「僕の友達知らない?」とボイスの特徴を聞いてみること。また、信者でない者にも、ミサの参加を許可している宗教があれば二人一組で参加して(単独だと目が行き届かない、三人以上なら目立ち過ぎるから)ボイスか、あるいはバーニーズの所在をそれとなく探すこと。


 大まかに分けて、この二点がヒューイらに課された任務だ。


 とは思いついたものの、フレイとしてはこんな案をまだ小さい子供のヒューイが受けてくれるかどうかは半信半疑だった。だが、彼は幼い顔に決意をたぎらせて実行を約束してくれた。それだけでなく、ヒューイの友達にも声をかけてくれたのである。


 実際問題、ヒューイ一人では調査範囲は広過ぎる。子供達がボイスを、ひいてはバーニーズを探すのを手伝ってくれるのは、本当にありがたいことであった。


 無論子供達が増えた分だけ目が行き届かなくなり、危険に巻き込まれるリスクも高くなったのだが、背に腹は替えられないと最後はマレットが決断した。子供達には、それ相応に謝礼を出すつもりである。


 更にソフィーも手伝ってくれるのはありがたい。作戦考案段階では勿論数に入っていなかったが、いざ連れてきてみると「子供だけじゃなくて、あたしもいるし」と意気は高かった。




 そうしてソフィー、ヒューイらが散り調査を開始している間、マレットとフレイの主な担当は待つことである。正確には北門近辺の聞き込みに回った彼らの報告を待ったり、伝令役を担う子供から急を要する情報が寄せられた場合は、直ちに現場に急行するという部分を担う。これは基本的に受け身の仕事である。


 (ああ~、フレイがマレットさんと二人っきりになってしまう~)と内心がっくりきながらソフィーが歩く。その背をヒューイが早く行こうぜ! とばかりに急かしていた。そんな光景を二人が見送ってから、早一時間が経過していた。


 殺風景な部屋、最低限の家具だけが置かれた風景。粗末な椅子に座り、マレットは微動だにせず目を閉じている。腕組みをしているので何か考え事でもしているのだろう、とフレイは思いながら、何だか落ち着かない。


 会計府の書類だらけの調査専用の部屋と比べると、無味感想な分だけ相手の存在が浮かび上がる。どうしても意識してしまうのだ。


 (よく見たらマレットさん、睫毛なげー)


 ちらっと視線を走らせながら、そんならちもないことを考えるフレイ。もともと嫌いなタイプではないし、今回の調査を通じて割と砕けた口調で話せる程度の仲にはなっていた。それだけにソフィーのお付き合い発言の誤解はなんとしても解いておきたい、とは思っていた。しかし、それを言い出す機会が無い。


「眠れる時に寝ておいた方がいいわ」


「は?」


「子供達が動けるのは日中だけよ。日が沈んだら、私達がこの辺りを巡回するんだから」


 だから眠れる時に寝ておくべきなの、とだけ言ってマレットは今度こそ本格的に寝るべく、ぱたりと机に突っ伏した。フレイが声をかける暇もない。ほどなくスースーと静かな寝息が彼女から聞こえてくる。


「ほんとに寝ちゃったよ......」


 呆れたような声でフレイは呟いた。彼も一応男の端くれなのでこうも無防備な寝顔を見せられるとプライドが傷つかないでもなかった。だがそれはそれとして、よく見るとマレットの目の下にはうっすらと隈がある。化粧で巧みにごまかしてはいるが、じっくり見てみると隠しきれない程度には。


「やっぱ疲れてるんすか」


 やれやれ、とため息をついて、フレイは部屋にあった毛布をマレットの肩にそっとかけてやった。ソフィーと付き合っているという誤解は、起きてから解けばいいだろう。


「それにしても」


 机の上に突っ伏すように寝るマレットを見ながら、フレイは小さく呟いた。


 "ずいぶんかわいい寝顔しちゃって"

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